第二百七十話 誰よりも、君の幸せを願う20
「アルファスさんが……剣聖……!?」
剣聖。天騎士、夢幻騎士と並ぶ、三大剣豪の一つとされる称号。
天騎士は今目の前にいるヴァネッサで、夢幻騎士はバンダルサ城攻略の際一緒だったフウラ。そして最後の一人、剣聖が想像以上に近くにいる人間であった。その正体をまったく気にならなかったわけではないが、そこまで深く考えた事は無かった。それだけに、ライトは驚きを隠せない。
ハッとして周囲を見れば、大小あれどその事実にやはり驚くエカテリス、ネレイザ、ハル、サラフォン、ニロフ、ドライブ。――って、
「あれ? もしかして、結構有名な話だったりする……?」
逆に言えば、残りのライト騎士団団員――レナ、リバール、ソフィ、更に団員ではないがフロウも驚く様子を見せない。つまり単純に知っていた、という事になる。
「ごめんね勇者君。暗黙の了解って奴で、アルファスさん広めたがらないのよ。アルファスさんの意に反したら武器用意して貰えなくなっちゃうし」
「それにしたって……リバールが知っていて私が知らなかったなんて、ちょっとショックですわ」
「姫様!? 違うのです、このリバール、決して姫様を欺こうなどというわけでは……! 申し訳ありません、これ以上の隠し事が無い証拠に、本日は一糸纏わぬ体で姫様の添い寝を……!」
それはリバールにとっては罰則ではなくてご褒美になるのではなかろうか。……は兎も角。
「悪かったな姫さん、リバールを責めないでやってくれ。リバールだけじゃない。――皆、俺の意思を尊重してくれたんだ。俺は軍を辞める時に、この称号は捨てたつもりだったんだ。だからその時を境に、その事が語られる事が無かった。……感謝してる」
確かに知らないのは年齢的に敢えて分けたら若い層と、外部からの入団等。レナ、リバール、ソフィもそう差があるわけじゃないが、そのわずか数年でキッパリと分けられて秘密として誰にも語られていない辺り、アルファスの希望を叶えようという心遣いが相当あったのだろう。
「いいだろう。――君がその称号をもう一度背負うというのなら、この度の作戦への参加、国王として許可しよう」
「ありがとうございます」
そして個々よりもきっと大きな権力で緘口令をひいたであろうハインハウルス夫妻。――アルファスへの、信頼の証が改めてよくわかる瞬間だった。
「ちなみに私は店長と最初に遭遇して一騎打ちになって負けた後、店長が渋々教えてくれた。私を納得させる為にな。――私は店長に直々に内密に、という話があったから言えなかった。済まなかったな、兄者」
「いや、それならフロウを責める理由なんてないよ」
逆に言えばそこまで知っているフロウだからこそ、アルファスは今回連れて来たのだろう。
「――にしても、言われてみたら納得です。……俺、凄い人に稽古つけて貰ってたんですね」
その圧倒的強さ。ヨゼルド、ヴァネッサからも信頼される人間性。正体を知れば、納得がいく。
「んな大したもんじゃねえ。称号なんて飾りだ。確かにお前に比べりゃ強いが、でも俺もお前と同じ、一人の人間。それ以上じゃねえよ」
「でもアルファス君は実際強いのよー。場合によっては私かそれ以上かも。――アルファス君、あれやってみせて。私のあれ。久々に見たいのよ、客観的に」
ヴァネッサが目をキラキラさせてアルファスを促す。一体何をするのかな、と思っていると、アルファスは軽く溜め息をついた後、
「ソード・オブ・ワールド」
両手をかざして、数本の剣を使役させてみせた。――って、
「そんな、それはお母様の……!?」
そう、「ソード・オブ・ワールド」はヴァネッサの技。誰にも真似出来ない……真似できないと思っていたその技を、今目の前でアルファスが披露している。
「剣聖。――全ての剣技を振るう者、という意味合いよ。アルファス君は、剣士としての技なら、生まれつきの血筋とか種族特有とか特殊条件が無ければ、全て自分の物に出来るの。フウラ君の夢幻斬だって使えるわ」
「勿論難しい技になれば完全再現は出来ないけどな。実際ヴァネッサさんのこの技も八割が限界だし」
「そこが凄いのよ。これ、見ただけで普通八割もコピー出来ないから」
そう言いながらアルファスは技を止め、剣を仕舞う。
「アルファス! 私もアルファスに剣を教わりたいですわ! 私も弟子にして下さる?」
「いいですな、ぜひ我も」
「俺も一度、本気の手合わせをして貰えないだろうか」
「あ、皆さんが行くなら「アタシ」も起こしていいですか?」
「待て待て勘弁してくれ! これ以上弟子を取るつもりはねえって。面倒見るのは武器だけだ」
そして一気に迫られるアルファスだが、全員の依頼を断った。
「くぅ……ライトが羨ましいですわ……」
嫉妬の目をエカテリスが隠さない。――確かに、本当に自分が光栄な存在である事がわかってしまった。蔑ろにしていたつもりは微塵もないが、これからはより一層、稽古の時間を大事にしようとライトは思った。
「話を戻させてくれ。――バルジ、出撃はいつだ? 俺とフロウはいつでも行ける」
「国王様の許可が下りれば、早ければ明後日にでも」
「いいだろう。バルジ君の部隊、ライト騎士団、それからアルファス君とフロウ君。以上のメンバーで、タタスキア本家への強制捜査を明後日慣行する。指揮はバルジ君に」
「了解っす。――皆さん、宜しくお願いします。明後日の朝、集合で」
その一言で、この場は一度解散、各々支度に――
「アルファス君」
――入ろうとした所で、アルファスだけがヨゼルドに呼び止められた。
「私情を挟むなとは言わん。寧ろ今回、剣聖の称号を引っ張り出したとはいえ、君の参加理由は私情だろう」
「…………」
「だが、いくら君が剣聖でも、私情だけで今回のセッテ君は救えない。既にそういう所まで来ているし、証拠も挙がってしまっている。その状況で、君は何を目的に今回の作戦に参加する?」
「俺なりの、けじめをつけに。――わかってます、俺も軍人でした。俺はセッテを救いに行くんじゃない。俺が行かなくてもきっとあのメンバーなら解決するし、何も変わらないでしょう。でも俺は行く。……俺が行かなきゃ、いけない」
「例えその先に、綺麗な物など何も残らなかったとしても……かね?」
「ええ。その虚しさを背負って……また一つ、罪を増やして、俺は生きていきますよ。――寧ろ、それを見届けにいく。自分が犯した罪の結末を、見届けに」
そう言い切ると、アルファスは今度こそ、玉座の間を去る。
「……強くて弱いな、アルファス君は」
「何処までも強かったら、アルファス君は完璧人間になっちゃうわ。アルファス君だって、人間だもの。……弱い箇所は、誰にでもあるの。貴方にも、私にも」
「……そうだな」
夫婦二人だけになった玉座の間。ヨゼルドは自分の左手をヴァネッサの右手の上に優しく乗せると、ヴァネッサも優しく握り返してくれる。
「歯がゆい話だ。権力でセッテ君を助けてもアルファス君は喜んではくれない。この国の為にもならない」
「それでも、やらなきゃいけない事がある。私達にしか、出来ない事があるわ」
「ああ。――アルファス君。結果どうあれ、私達は、君の味方だぞ」
今は届かない夫婦の気持ちが、静かに玉座の間を通り抜けるのであった。
「臨時休業……?」
玉座の間での会談、アルファスの正体発覚の翌日。つまり強制捜査を明日に向かえたこの日。ライトは剣の稽古の為にレナと共にアルファスの店を訪れると、店の扉にはそんな立て札が。
「アルファスさん、居ないのかな」
「明日の支度なんじゃないの? おやつ買ったりとか」
「遠足じゃねえ!?」
そんなやり取りを二人でしていると、店の中に人影が見えた。――フロウだった。フロウは二人に気付くと手招き。それを確認すると、二人は店の中に。
「大丈夫だ、店長も居る。ただ念の為に、大きな仕事が入らない様にああしているだけだ」
フロウがそう説明していると、
「まあ、大きな仕事なんて入る店じゃねえけどな」
奥からアルファスもやって来る。
「稽古だろ? つけてやるよ。裏行くぞ」
「あ、はい。お願いします」
変にピリピリしたり、重かったりする様子はない。あくまでいつものアルファスだった。少し緊張していたライトとしては一安心。
「というわけで、私もいつものレナさんですよ。持参した枕がこちらです」
「安心して下さい何の心配もしていませんよ!」
そのままレナがベンチに寝転がりながら、フロウが普通に見学の中、いつも通りの稽古が始まり、終わる。
「はっ、はっ……ありがとうございました」
「おう。――流石に明日は休みな。素振りも休んでもいいぞ」
「いえ、素振りはやります」
任務中でどうしても出来ない時以外は、本当に毎日続けている。やるのが当たり前になっていて、やらないと違和感を覚える位にライトはなってきていた。
「そか。にしても……」
アルファスがぶんぶん、と腕を回す。そして、
「俺も一応ウォーミングアップするか。――フロウ、付き合ってくれるか? レナでもいいけど」
「勘弁してよアルファスさん、明日の前に今日の方が疲れるじゃん」
「私は構わないぞ。私もウォーミングアップ必要だしな」
そのままライトと立ち位置を交換する様に、フロウがアルファスの前に。休憩がてら、ライトが見学する形となる。――そのまま軽く身構えて数秒後、
「っ!?」
ズバァン!――ぶつかり合うアルファスとフロウの剣に、ライトは衝撃で体が吹き飛ばされそうになる。そのまま始まる「ウォーミングアップ」は、二人をもしも知らなかったらライトには真剣勝負の果たし合いにしか見えない。
(そうなんだよ……この人は……凄い人なんだよな……)
肩書が文字となって現れるわけではないが、でも今、ライトの目にはそれが映って見える気がした。――剣聖。
「ふむ。――アルファスさん、中々気合入ってるよ。色々思う事、あるんだろうねえ」
「俺としてはレナさんが寝たままなのが一番驚きですが」
「だって「ウォーミングアップ」じゃん。――本気のアルファスさんだったら、流石の私もこんな事絶対出来ない」
もしかしたら一番凄いのはレナかもしれない。――そんな事をふと思うライトだった。そして、
――そして、決戦の日を迎える。