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第二十五話 演者勇者と手品師の少年5

「……流石に暇だな」

 ハインハウルス城下町、収穫祭初日。玄人向けの武器鍛冶屋・アルファスの店は――暇だった。無理もないかもしれない。店のジャンルからしても、収穫祭とは無縁。収穫祭だから特別セールを……という性格でもない。

 アルファスとしても別にこれが初めての収穫祭というわけでもないので、大方予測はついていた。――ところが今年は去年までとは違う点が一つ。

「でも、収穫祭って素敵ですよね! 街の皆さんが笑顔になるし、見ていてこっちも楽しくなります」

 セッテの存在である。今日も今日とて、アルファスの店にいた。――いやお前若い女として普通に収穫祭に行って来いよ。何で収穫祭まで俺の店にいるんだよ。

「今年も色々やってますよ。特別セールに、特別営業、特別公演! どれも興味ありますよね」

 うんうん、とパンフレットを見ながら楽しそうに語るセッテ。――そんな様子を見せても俺は行かないぞ。

「アルファスさん、収穫祭の時って毎年何もしてこなかったんですか?」

「何となくわかるだろ、そういうの積極的に云々って質じゃねえからな」

「こう見えても私は収穫祭に関してはやり手ですよ! 時間のスケジュール管理から注目のポイントの絞り込みまで、このセッテにお任せ!」

 むふん、と胸を張るセッテ。――いやだから、俺は行かないんだよ。

「あっ、ちょっと疑ってます?」

「いや別にんなことはないけど」

「あれでしたら即興で「半日で回れる収穫祭に興味が湧かない人も楽しめるツアー」だって組めるんですよ! 今から五つの質問に答えてくれるだけで直ぐに決定!」

 ビシッ、とこちらを指差してくるセッテ。――うん、その、だからさあ。

「……はぁ」

「大丈夫です、気持ちが落ち込んだ人向けのツアーも――」

「どうせ店も暇だし、偶には外に昼飯食いに行くか。――食いたいもんあるか? 奢ってやるよ。店はお前に任せる」

 その言葉の意味が浸透すると、セッテは目を輝かせ、満面の笑みになる。

「任せて下さい! アルファスさん好みのお店は既に調査済みです!」

「だからお前の食いたいもんで……ああもう」

 結局アルファスが折れた。何だかんだでほぼ毎日店を手伝ってはくれている。偶には何かしてやってもいいだろう、という想いが生まれてしまったのだ。――その内俺流されっぱなしにならないだろうか。自分が自分で心配。

「さっ、早く早く!」

「子供じゃねえんだからそんなに焦るなよ……」

 アルファスを手招きしながら店の外に出るセッテ。明らかに興奮で周りが見えていなかった。――ドン!

「きゃっ」

「痛っ!」

 店の前を移動中の五人程の集団の内の一人の若い男に、思いっきりぶつかってしまった。跳ね返った反動で尻もちをついてしまうセッテ、相手も軽くよろけた。――アルファスは軽く溜め息。

「ほれ見ろ。――ちゃんと謝っておけ」

「私の不注意です。お怪我とかはないですか? すみませんでした」

 アルファスはそのままセッテに手を貸して立たせつつも、謝罪を促した。セッテも素直に反省し、頭を下げて謝罪する。――やれやれ、と思った次の瞬間。

「こっちは急いでるんだ、邪魔すんな馬鹿女!」

 その暴言と共にぶつかった男がセッテに向かって手を出し、

「――おい、お前何しようとしてる?」

「!?」

 ガシッ!――その手がセッテに思いっきりぶつかる直前で、アルファスが男の手首を掴み止めた。

「真面目に謝ったじゃねえか。手を出す必要性はなかっただろ。何が気に入らねえんだ、言ってみろ、うん?」

「痛てててて! は、離せ!」

「手首掴まれた感想なんざ訊いてねえよ。俺はどうしてあの場面で手を出す必要があったのか訊いてんだ。――言いたくないなら面倒だから言わなくてもいいや。でも謝罪はしていけ。こっちだってぶつかった謝罪はしたろ、な?」

「おい、そいつを放しやがれ!」

 別の男がアルファスに向かうが、

「五月蠅え今俺はこいつと喋ってるんだ邪魔すんな」

「ぐえっ」

 バシッ。――手刀一閃。空いてる手で一撃ノックアウトさせた。

「よく見たらお前等この辺じゃ見ない顔だな。収穫祭だから来た余所者か? 時間はかからねえ、ちょっと「話し合おう」か」

 こうして、アルファスと、そのアルファスの逆鱗に触れた謎の集団との(アルファス曰く)「話し合い」が始まろうとしていたのだった。



「モ、モンスターだって……!?」

「ここ、門に近いよな? やばいんじゃないのか?」

「逃げよう、逃げないと!」

「逃げろ! 走れ! 逃げるんだ!」

 モンスターの出現を知らせる叫びと共に、トラル一座の公演を見ていた観客に動揺が走り、その動揺は直ぐにパニックになり、逃げ惑う人々で混乱が始まってしまった。

「どういうことだ!? さっきレナとソフィが交戦開始、問題ないって報告を受けたばっかだぞ!?」

 あっと言う間の混乱にライトの思考は追い付かない。そもそも外部からの侵入ならばもっと違う形で判明するはずなのだ。それが目前になっての発覚。人々が混乱するのは仕方がなかったかもしれない。

「ライト、原因は後、今はこの場を落ち着かせて状況を把握するのが先ですわ! リバール、索敵をお願い! ここは私達で抑えます!」

「承知しました、出来るだけ早く戻ります。――ライト様、姫様をお願いします」

「わ、わかった!――皆さん、ハインハウルス軍です、落ち着いて下さい!」

「皆さんの安全は我々が守りますわ! 落ち着いて行動を!」

 声を出し、体を動かし、観客を落ち着かせようとする。既に押し合い引き合いでドミノ式に倒れる列まで現れていた。

聴音風波ちょうおんふうは

 一方でリバールは、近くの店の屋根に数回のジャンプで上り、索敵の忍術を使う。広範囲の音を拾う術で、具体的な襲撃位置を音で探る作戦であった。

(……? おかしい、何も感じ取れない……?)

 広間のパニックの音、それに気付いて何だ何だと集まる人の足音、声。更にまだこの異変に気付かない位置での商店での様子。徐々に範囲を広げていっても、これらの音は拾えても、モンスターの音が拾えない。――というか、これは拾えないというよりも。

「っ……そういうこと……!」

 想定していた結論の一つ――残念ながら、悪い方向性での想定であったが――であることをリバールは認めざるを得なくなり、直ぐにライト達の所へ戻ることに。

「落ち着いて下さい! 落ち着いて、冷静にお願いします!」

「逃げろ! ここは危ないぞ! 走るんだ!」

「っ、皆さんどうか私達の話を聞いて下さい、落ち着いた行動の協力をお願いしますわ!」

「助けてー! モンスターよー!」

 一方のライト達、というよりもトラル一座の公演会場は最早最悪の状況になりつつあった。ライト、エカテリス、マークでどれだけ収拾に努めても次から次へ飛び火してまったく落ち着かない状態。

(どうなってるんだよ……!? というかこれ、最初より人増えてないか……!?)

 それぞれが四方八方の方向へ逃げようとする観客、ぶつかり合い転び合い、結果一向に逃げられず、一向に混乱は収まらない。当初より人が増えたんじゃないかと見えてしまう程の混乱っぷりであった。

(駄目だ、このまま声を出してるだけじゃどうにもならない……そうだ!)

 ライトは自らの勇者グッツを漁り、一つを掴み、

「エカテリス! これを使って! それで声を出して!」

 エカテリスに投げ渡した。キャッチして見れば、「勇者の叫び オレンジ味」と書かれた飴玉が。包装を剥がし、口に含む。

「「「「皆さん、落ち着いて下さいませ!」」」」

 そして次の瞬間、エカテリスの声はエコーが掛かり、現代で言うマイクのような響きと音量で会場に響き渡った。――要は、舐めている間だけ自らの声を増幅、エコーを掛けるアイテムだったのだ。

「「「「私はハインハウルス第一王女、エカテリス=ハインハウルス、ですわ! 王女の名に懸けて、皆様の安全を守ります! ですので、一旦落ち着いて、我々の指示に従って下さいませ!」」」」

 響き渡るその声は圧倒的であり、パニックになっていた観客もピタリと足を止め、声の主であるエカテリスに注目し始めた。――ライトの作戦は成功した。自分が使うよりも、エカテリスが使った方が浸透し、言う事を聞いてくれるだろうと思ったのだ。エカテリス、そしてハインハウルス王国第一王女という存在は大きかった。

「お見事です、ライト様、姫様」

 と、直後にスタッ、とリバールが空から舞い降りて来た。――メイド服のままなので傍から見たら空からメイドが降ってきている。しかも何で空から舞い降りて来れるのか。

「「「「リバール! どうでしたの!?」」」」

「エカテリスとりあえず一旦飴玉包み紙に出そうか」

「「「「一度口に含んだ物を出すなんてはしたないですわ」」」」

 買い食いは気にしないのにそこは気にするらしい。――会話がし辛いから、と説得すると仕方がない、と出してくれた。

「それでリバール、どうだった?」

「索敵に引っかかる異常はありませんでした。モンスター出現の気配もありません」

「え? どういう事?」

 モンスターが出てきたからパニックになったのにモンスターの気配がない?……ということは。

「モンスターの出現自体が、デマでしたのね」

「嘘ってことか? ちょ、悪戯にしては質が悪いな! 公演だって止まったし、怪我人だっているかもしれない!」

「ライト様の仰る通りです。――ですが、今回に関しては、本当の判断ミスは……」

 何かを言い淀むリバール。表情は悔しそうな心情を隠そうとしていない。――本当の判断ミス? 一体何が……

「あれ?」

 そして、その「恐怖の声」は、落ち着きを取り戻しつつあった観客の中から聞こえてきた。

「財布……財布がない、俺の財布がない!」

「あれ、俺の財布もないぞ!」

「私のもないわ!」

「私の財布もなくなってる! どうして、ちゃんと鞄に入れておいたのに!」

「畜生、今の騒ぎで掏られたのか! 誰だ、何処のどいつだ!」

「私の財布ー!」

 一つ声が挙がると、その声は一気に広がっていく。――だが、今回はどうやらデマではないらしい。財布が盗まれる。気付かない内に。……嫌でも、一人の顔が思い浮かぶ。

「私の想定ミスです。もっと深く厳重に計画を読んでおくべきでした。申し訳ございません」

 リバールが、ゆっくりとライトとエカテリスに頭を下げる。ライトは、そのリバールの姿と、新たな観客の騒ぎをただ耳に通すことしか出来ないのであった。

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