第二百六十七話 誰よりも、君の幸せを願う17
ワイワイガヤガヤ。――セッテがやって来て数日後のタタスキア家屋敷、広大な庭の一角にて。
「それで、私言ったんです。いつか貴方達だってお爺さんお婆さんになるんだから、今の内に優しくしておかないと駄目ですって。そうしたら偶然通りかかった王女様が、「お年寄りに冷たくした罪で検挙ですわ」って言って捕まえてしまって」
「まあ、そんな出来事が!」
「若奥様は勇気がおありですね……しかも王女様とお知り合いだなんて」
セッテが使用人の一部を招いて簡単なお茶会を開いていた。――いつまでも後ろ向きではいられない。前を向いて自分らしく。それならばまずはこの屋敷の人達と仲良くなろう、というセッテらしい考えであった。
元々のセッテの性格もあり、セッテの評判は上々。一度に全員を招くわけにはいかないので日ごとに交代交代で招待しているが、参加希望者は増える一方だった。
「美味い。美味しい。美味い。美味しい」
セッテの横には護衛のスティーリィ。勿論セッテが一緒にお茶をする許可を出すので、遠慮なくお菓子をパクパク。――これも使用人達からすると驚きの光景だった。いつでも無表情のスティーリィは何処か近寄りがたい不気味な存在。……だったのが、セッテの横でお菓子に手を出す姿は年相応の女の子そのものだった。
「スティーリィ、そんなに食べたら晩御飯入らなくなりますよ? 晩御飯、シェフの人が鴨肉のソテーって言ってました」
「む、鴨肉好き。じゃあお菓子は後一個にしておく」
初日に出会ってから、セッテとスティーリィの距離は随分と近くなっていた。一緒に居ない所を今では見ない程。その懐きっぷりも屋敷で暮らす人間は驚きだった。セッテの成せる技と、その技を真正面から受け入れたスティーリィの性格である。
「皆さん、楽しそうで何よりだわ」
「あっ、大奥様!」
と、そこに姿を見せたのはルルイ。使用人達は焦って立ち上がろうとするが、
「ルルイさん、すみません。私が皆さんを招待したんです」
「わかってますよ。何も貴女達やセッテさんを咎めに来たわけじゃないの。そのまま続けて」
笑顔でルルイがそう窘めると、スティーリィ以外の全員が安堵の表情を浮かべる。――スティーリィは何も気にしていない様子。
「でも、セッテさん少しだけいいかしら。セッテさん、ここに来る前はお店で働いてらしたとか。とても人気の店員さんだったってトニックが」
「人気だったかどうかはわかりませんが、武器鍛冶店の店員でした」
「なら、うちの関連の店舗、一つ任されてみないかしら」
そう言うと、ルルイはセッテの前に書類を置く。
「ハインハウルスでトニックに任せていたのは洋服専門の店だったけれど、この店はもっと小物とかアクセサリーとか、そういうのを中心に販売しているの。若い人の方が、やっぱりよくわかるでしょう? その点セッテさんなら」
「えっ、でも突然そんな事を言われても、流石に」
あくまでアルファスの店の店員だっただけ。店の経営など微塵も関わってないし考えた事もない。
「勿論最初から出来るとは私も思っていないの。私が注目してるのは、そうやって直ぐに周囲を虜に出来る才能よ。それがあれば、優秀な人間に慕われて確実に運営は上手くいく。優秀な人間に慕われれば、貴女自身も優秀になっていく。そうしてお店も繁盛し、タタスキア家はまた一つ大きくなれる。良い事尽くめなのよ」
「私が……お店を」
『アルファスさん! 私も正式に店員になったので、お店のワンコーナーが欲しいです!』
『あん? ワンコーナーで何するつもりだ?』
『手作りのワンポイントの小物を! 武器やそれを装備するのに必要な感じの物で、具体的にはこんなのを』
ズラリ。
『ふぅん……? 需要あんのかそれ』
『店長、セッテの肩を持つわけじゃないが、女性としては結構嬉しい品だったりするぞ。しかもよく出来てると思う』
『へえ。じゃあ邪魔にならない所だったら置いていいぞ。わかってると思うが余計な暴走はクビ案件だからな』
『やった! ありがとうございます!』
『ちなみにお前わかってるか? 一生懸命になるのはいいけどこの店は決まった客しか来ないぞ?』
『それを少しでも解消出来たらいいじゃないですか! フロウさんも言ってた様に、需要はあるんです! 案外人気が出たりして』
『セッテは売れっ子になって独立、この店からおさらばか。――お世話になりました』
『なりました』
『いなくなりませんよぉ! フロウさんまで止めて下さい!』
「……あの時は、冗談だったのにな」
つい思い出される過去。もう戻れない過去。場所。
「セッテさん? ごめんなさい、乗り気じゃなかったら無理して受けなくてもいいわ。あくまで提案というだけだったから――」
「ああ、いえ、違うんです。――前から少し興味があったんです、こういうの」
もう会えなくても、これでもしも自分の名前が少しでも広まったら、アルファスは喜んでくれるだろうか。ふとそんな事を考えてしまった。そして、
「私、やってみたいです。詳しいお話、聞かせて貰えませんか?」
そして、ペンを持って、書類にサインをするのであった。
「どーもです」
午後、武器鍛冶アルファスの店。ほぼ常連しかやって来ないこの店、今日もやって来たお客は常連だった。
「バルジか」
「メンテお願いしたくて」
バルジ。ハインハウルス軍では珍しい内陸部専門の騎士で、その中でも屈指の実力を誇る。当然外部に回っても一流の仕事が出来る男であったが、内陸部にも確実な戦力は必要というヨゼルドとヴァネッサの判断により、彼はハインハウルス城を中心に内陸部に目を光らせている。
相手の武器をピンポイントで破壊するという独特の技を駆使する彼、やはりアルファス制作の武器を愛用しており、こうして足を運ぶ事があるのだ。
「――あれ? いつもいる元気な人、今日は居ないんすか?」
「セッテか? あいつは店を辞めた。婚約して今頃その相手の家だ」
「へえ。まあ綺麗な人でしたもんねえ」
バルジとしては思う事がないわけではない。ただその一言だけでそれ以上追及する事はなかった。――空気は読める男である。
「? お前、近々なんかあんのか?」
一方のアルファス。受け取ったバルジの剣を見て気になる事が。――あまり剣がくたびれていない。いつもならばもう少し使い込んでから来る。つまり、何かに備えてこうして自分の所に足を運んで来ている、というのが予測出来た。
「ああ、流石っすね、わかりますか。近々デカい山ありまして。その前に一度見て欲しかったんすよ」
「へえ、内陸部のお前がデカい山か。結構な話だな」
「内偵に何年か費やしてますからね。まあ自分が調べたわけじゃなくて調べたのは専門の調査チームですが。で、ついに具体的な戦力って事で自分の所に話が来たんすよ」
「ご苦労だな。内偵なんてリバールに頼めばもっと早く終わりそうなもんだが」
「それは最後の手段っすよ。あの人は「王女様のメイド」なんすから」
「ま、そうだな」
その度にリバールを頼っていたらリバールはエカテリス専属使用人ではなくなってしまうし、リバールを想うエカテリスが許さないだろう。それを重々わかっている二人、そしてハインハウルス軍である。
「まあ何にしろ預かる。この程度なら直ぐ終わる。明日のこの時間にでも取りに来い」
「了解っす。お願いします」
こうしてバルジは店を後に。直後、様子を見ていたフロウが出てくる。
「初めて見る顔だったな」
「あー、フロウが来てからは顔出すの初めてだったか、バルジは。――いい腕をしてる奴だよ。変わった技使うしな。普通なら敵をぶっ倒した方が早いシチュエーションで敵の武器を破壊する方が早く済むっていう独特な奴だ。内陸部専門でよくおっさん……国王様の護衛とか、近場の緊急事態の出撃をこなしてる」
「成程。少し聞いてしまったが大きい山か? 確かにあるかもしれないな」
「? どういう事だ?」
「ここ数日、商店街を買い物してると時折不穏な気配がした。あまりいい気配じゃなかった。場所は言って無かったか、もしかしたらこの城下町での話かもしれないぞ」
「へえ。まああいつなら安心だ、そういう腕の持ち主だし。――セッテが居たら五月蠅かったかもな。「商店街の皆さんに避難を促して来ていいですか!」とか」
「軍人からしたら洒落にならない話だ、店長を信頼してあの男も話をしたのにそこから筒抜けになったら」
そんな話をして二人で軽く笑う。――笑える様になった。セッテの話をしても。
こうやって、思い出になっていくんだろうな。もう会う事はなくても、いつか幸せになった。そんな噂が聞けたらいい。
「さて、鍛冶の稽古するぞ」
「了解した。宜しくお願いします」
そんな風に思いながら、二人は工房へ行くのであった。
コンコン。――クイーンブライド・コンテストから一週間程経過した午前。ライト騎士団は朝は恒例となる団室に全員集合の時間に、そのノックの音がする。
「どうぞ、開いてます」
特別重要な話をしていたわけではない。促すと、
「どーも。ご無沙汰っす。自分の事覚えてますかね」
「えっと、バルジさん?」
「正解っす」
挨拶して入って来たのはバルジであった。ライト達とは一度、シンディとの物語の時に、シンディが勤めるフラワーガーデンでバルジがヨゼルドの護衛として――
「あれからどんな感じですかあのお店。凄い行き易い店だったんで自分は後輩連れて行きましたけど、勇者様公認のお店になっててビックリしたっすよ。どの人がお気に入りっすか」
「マスターァァァ……知らない間にそんな風にせっせと通ってたなんて……花嫁の私が居ながら……」
「違う確かにシンディさんの為あのお店の為に許可は出したけど国王様みたいに趣味みたいに行ってないから!?」
「というかネレイザちゃん別に花嫁の格好したけど勇者君と結婚したわけじゃないでしょうに」
「そ、そうだよネレイザちゃん! ライトくんの花嫁はハルに」
「サラ、余計にこの場を混乱させるのは止めて……」
ちなみに内緒でニロフと一緒に数回足を運んだのは余談。当然ニロフは黙っている。流石――
「……って確かにあのお店以来ですけど、どうしたんですか?」
と、ライトは急いで本題に戻す。バルジが訪ねて来た理由。
「あ、そうそう。ちょっと助力をお願いしたくて」
「大きな案件ですか? バルジ程の人が珍しいですね」
ソフィもバルジの実力を知ってかそんな質問を直ぐにする。バルジの実力を知っているなら、余程じゃないと現状内陸部最大戦力のライト騎士団に助力を頼む事はないと思えるからだった。
「あーいや、そんなに身構えないで下さい。全員じゃなくてもいいんですよ。数人顔貸してくれるだけでも。――今度ガサ入れやるんすけど、結構デカいんで、睨み効かせたいって言うか、周囲にも目を配りたいっていうか。国王様にも許可貰ってきたっす」
「それなら資料とかあります? スケジュール的には大丈夫ですよ」
大きな仕事だとわかりネレイザも直ぐにスイッチを入れ、バルジから資料を預かり軽く目を通す。
「あ……本当、結構大きいわ。ここガサ入れするんだ、ちょっとびっくり」
「内偵に何年か費やしてるみたいっす。大捕り物の可能性があるんで」
「私もお父様から耳にしていないということは本当に極秘で行っていたのね。ネレイザ、何処かしら?」
エカテリスに促され、ネレイザが資料をテーブルの上に置く。
「タタスキア商会です。ほら、あの洋服とかで有名な」
そして、全員にそう告げるのであった。