第二百六十五話 誰よりも、君の幸せを願う15
アルファスがトニックを認めた翌日の夜。セッテから大事な話がある、二人だけで話がしたいと言われ、閉店、そして夕食後、アルファスは店の中で待っていた。
「……ふぅ」
話の内容はわかっている。流石に誤魔化したり逃げたりするつもりもない。――これが、最後なのだから。
「お待たせしました」
「おう……って、お前」
入って来たセッテは、クイーンブライド・コンテストで披露した、ウェディングドレス姿。
「そこまで気合入れなくても、流石に今日は逃げたりはぐらかしたりしねえぞ?」
「私が着たかったんです。アルファスさんに、似合ってるって褒めてもらった、このドレス」
「そか」
「似合ってるんですよね?」
「今更答えを翻すつもりはねえよ。安心しろ、似合ってる。俺に構ってる時間が無かったら、優勝してても可笑しくねえよ」
「ありがとうございます」
嬉しそうに笑うセッテ。その笑顔が、ドレス姿が、眩しい。――痛い程に。
「立ちながら一言二言で終わる話じゃねえだろ? 座れよ」
「はい。――あ、ありがとうございます」
ドレスなのを気遣って、アルファスは手を取ってセッテを椅子に座らせた後、自分も椅子に座る。
「それで? 何の話だ?」
「二つ程。まずは一つ目、報告です。――トニックさんに、プロポーズされました」
有言実行と言えばいいのか。トニックはそのまま、セッテに想いをしっかりとぶつけていた。
「勿論明日明後日いきなり、っていうわけじゃないけど、婚約者となって、前向きなお付き合いがしたいと。そして将来的に、って」
「そうか。どう返事したんだ?」
「返事は待って欲しいってお願いしました。考える時間と、確認したい事があるから。――トニックさんが店に来た後、アルファスさんと戦って、アルファスさんが背中を押す約束をしたって本当ですか?」
「本当だよ。――中途半端な心意気なら絶対に認めるつもりはなかったけどな。あいつは本気でお前の事を想って勝ち目のない俺に挑んで来た。だから認めたよ。流石に認めた。あいつは、お前の為なら何倍にだって強くなれる男だ。だから、真面目に考えてやれ。俺なんかよりずっと、お前を幸せに出来る男だ」
「……そう、ですか」
そう告げるアルファスの横顔は、何処か安心した様な、それでいて何故か寂しそうな、相手次第でどうとでも受け取れそうな不思議な表情で。――それを見て、セッテも決意を新たにする。
「じゃあ、一つ目の話はひとまず置いておいて、二つ目の話です。――アルファスさん」
「うん?」
「私、アルファスさんの事が好きです。世界中の誰よりも。だから――私と、結婚して下さい」
「ぶっ飛んで来たな」
「今までが嘘でも遊びでもないですけど、でも今日は今までよりも断然本気です。このドレスだって大会だって、アルファスさんに本気で振り向いて欲しくて出場したんです」
「成程な。フロウも噛んでたのはそのせいか。――あいつ、いい奴だな」
「はい。アルファスさんの弟子に相応しい人です」
そんな奴が自分に出会う前は、戦場の死神として過酷な日々を送っていた。――人生、何があるかわからないものだな、とアルファスは思う。……本当、何があるかわからねえよな。俺も、こいつも。
「一つ訊いていいか? どうしてそこまで俺に拘る?」
それは、アルファスが何度もセッテに確認した問い。
「あの日、アルファスさんに助けられたからです」
その問いに、何度も答えた物と同じ答えをセッテは返す。
「酔っ払いに絡まれたのを偶然振り払っただけじゃねえか。その後の俺の態度はわからないとは言わせねえぞ? 俺にそこまで入れ込む要素が無いだろ」
思い出される出会いの日。店の前でアルファスはセッテを助ける為じゃなく、邪魔だった酔っ払いを追い払おうとして結果としてセッテを助ける形になっただけ。それなのにセッテは自分に一途。その流れがアルファスはどうしてもわからないのだった。
「アルファスさん。私、アルファスさんに助けられたあの日からずっと、アルファスさんを想ってましたよ」
「だから――」
「私、デンツっていう田舎の出身なんです」
「……何の話だ? というか、デンツって……」
聞き覚えのある地名だった。――あれは確かまだ軍時代に……でももうその名前は……というかそれが何だって……?
「フウラさんは、覚えていてくれましたよ」
「フウラ? 何でそこでフウラの名前が……」
が、そのフウラの名前を出された事で、アルファスの中の記憶がついに呼び起こされる。――そう、あれはフウラと二人で……
「まさか……お前、あの時の……!?」
それは、珍しくアルファスとフウラ、二人が中心となっての任務であった。
当時アルファスは既にヴァネッサの部隊から独立、部隊を持たず単身行動。そして今回は同じく単身行動のフウラと組み、少数の兵士を連れてモンスターの進行、そして暴走が勃発している地域へ出撃していた。
勿論二人の実力は圧倒的であり、ほとんど二人だけでその地域一帯の鎮圧を順調に進めていた。だが情報が入ってくるのがそもそも遅かったせいで到着した時には既に被害は大きかった。壊滅してしまった箇所もあった。
「……酷いもんだな」
被害の様子を見て偵察部隊の増強を考えるべきだな、とアルファスは溜め息。――ヴァネッサさんに早めに進言すっか、と考えていると……ガサガサ。
「…………」
後方の草が生い茂ってる所から不自然な音。風か、小動物か、それとも潜んでいる敵か。――全ての可能性を吟味して、草をどかしてみれば。
「ひっ……!」
人だった。女性……というよりも、少女。アルファスの登場に驚き、怯える。――明らかに戦火に巻き込まれた被災者であった。
「――っと、こんな所にも人がいんのか。おい、大丈夫か?」
「あ……あ……あの……」
アルファスから恐怖は感じなかったが、それでも突然の遭遇に少女は上手く言葉を発する事が出来ない。――アルファスは直ぐにその心境を汲み取る。
「あー、無理しなくていい。それから心配もしなくていい。俺があんたを助けたのは偶然だが、助けた人間を見捨てる程俺も出来損ないじゃねえから。――そうだな、ギリギリで偶然を引き寄せた自分の力だとでも思っておけ」
「アルファスさん、調子どう……って終わってたか、流石」
と、そこに反対方向へ向かっていたフウラが合流。
「あーフウラ、残りの確認と上への報告頼めるか。生存者だ。ちょっと面倒見てくる」
「オーケー、そもそも俺とアルファスさんじゃ戦力オーバーになる案件だったし、後は俺だけでいいよ」
「頼むな。さてと、怪我は……転んだのか? 擦り傷がいくつかあるな。動けるか?」
アルファスはしゃがんで少女の状態を確認。大きな怪我な無さそうだが、心理的ショックなのか、言葉動揺上手く体も動かせない様子。
「そこは黙って抱きかかえてあげるのが男だろアルファスさん」
「五月蠅えさっさとお前は行け。――仕方ねえな(ヒョイ)」
フウラに促されたから……というわけではないが、アルファスは少女を抱え、俗にいう「お姫様抱っこ」の状態に。
「あ……」
「嫌だったら言えよ、俺だって人一人抱えて歩くのは大変だしな。それから――俺に気を使って泣くのを我慢もしなくていい」
「!」
「怖かったんだろ? 死ぬかと思ったんだろ? その恐怖から解放されるんだ、色々爆発しちまうのは仕方ねえだろ。こんな時に取り繕う必要性なんてないさ。少なくとも、俺は何とも思いやしねえよ」
「う……あ……ああっ……!」
少女は泣き始めた。アルファスに抱き抱えられ、その腕の中で小さくなって、泣く。
「お父様も……お母様も……みんな、みんな……! 私だけ……私だけ……っ!」
「そか。……遅れてすまなかったな。俺達がもっと早く来れてたら」
そのアルファスの謝罪に、少女は首を横に振る。――この状況下で、俺達を責めないのか。よく出来た娘だな。
「辛かったよな。これからも辛い。その傷が癒える事なんて簡単な話じゃない。――でも、だからと言って自分一人が生きてる事を、責めるなよ」
「え……?」
「お前は生き残った。だから、お前が大切に想っている人達の分まで、幸せにならなきゃな。いつか胸張って、幸せです、生きてますって報告してやれ。その為に、精一杯、自分らしく生きてみろ」
優しく語り掛けてくるアルファスの言葉が、少女の心に響く。
「頑張れよ。これ以上俺に出来る事は何もないけど、でもそうだな……お前の生き方、お前の大切な人を侮辱する奴を見かけたら、ぶっ飛ばしておいてやるよ。だから、幸せになれる様に、頑張れ」
「その顔は、思い出してくれたんですよね?」
そう言って笑いかけて来るセッテの顔が、あの日の少女と重なった。――出会っていた。助けていた。
「……お前もフウラも、記憶力良すぎだろ……出来事はそれなりに覚えてるけど、顔まで覚えてねえよ……」
「忘れるわけないです。……忘れるわけ、ないじゃないですか。あの日の事は、全て。それに、思い出して……くれましたよね?」
「ああ」
はぁ、と溜め息交じりに軽くアルファスは頭をかく。――盲点だった。確かに些細な救出ではない。あの時自分とフウラが出撃していなければ、セッテの命はまったく保証出来なかっただろう。
そして合点がいく。助けて貰ったからの意味に。
「なら最初からそう言えよ……俺が受け入れるかどうかは兎も角、理由が可笑しな変な奴とは思わなかったぞ」
「思い出して欲しかったんです、どうしても。そこで、運命を感じたかったんです」
「結局自分でヒント促したじゃねえか」
「それは仕方ないじゃないですかもう!」
そう言って、二人で軽く笑う。その笑顔が愛しい人と――切ない人。
「アルファスさん。あの日言われた様に、私、幸せになりに来ました。アルファスさんと一緒になる事が、アルファスさんと一緒に幸せになる事が、私の幸せです」
「…………」
「私と、結婚して下さい」
そして、改めてのプロポーズ。――アルファスは思う。目の前にいる人間がどんな人で、自分にとってどんな存在か。そして……自分は、どんな人間なのか。
「セッテ。俺は、お前を幸せにはしてやれねえ。お前と一緒にはなれないよ、やっぱり。――俺は、幸せになる資格はない。お前を幸せにしてやる資格も、自信もない」
そして、導き出されたのは――あの日から、変わる事の無かった答えだった。
「強いて言うなら、お前が他の奴……あいつと一緒になって、幸せになりましたって言ってくれる事が、俺の幸せだよ。助けて良かったって思える瞬間だよ。それだけだ」
その言葉の直後、セッテが軽く俯き、震えだす。
「ずるい……ずるいです、そうしたら私、トニックさんのプロポーズに応えるかもしれませんよ……?」
「ああ」
「私、この店から、この街から、居なくなっちゃいますよ……?」
「……ああ」
「私の事、そんなに嫌いですか……? アルファスさんのその想いすら乗り越えてみせるのに……! そんなに嫌いですか!?」
「嫌いなわけ……ないだろ」
寧ろ。――その言葉が出かかって、危うく焦る。
「だったら……だったら!」
「それでも、だ」
そしてセッテは顔を上げる。その目から、拭いきれない程の涙が零れている。その涙が、これで終わりなんだと物語っていた。
「意地っ張り……! 意地っ張り意地っ張り意地っ張り!」
「……だな。自分でも思うよ。でもだからこそ、お前には幸せになって欲しい。俺のこの判断が間違いじゃないって、証明して欲しい」
「そこまで言うなら、証明してあげますよ……後悔させてあげますよ……あの時、私と一緒になってれば、もっともっと幸せになれたって……! もう一個、アルファスさんに私っていうトラウマ、植え付けてあげますからね!」
そう涙ながらも力強く言い切るとセッテは立ち上がり、アルファスに背中を見せる。
「さよなら、アルファスさん。――私、今までもこれからも、貴方の事が、一番大好きです」
そのまま背中越しにそう告げると、そのまま店を後にした。そして――
――そして、この店からこの街から、セッテは姿を消したのであった。