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第二百六十四話 誰よりも、君の幸せを願う14

「俺と勝負だ……?」

「はい! アルファスさん、剣の嗜みもあるんですよね? 自分も幼少期、習っていた事があるんです! ですから、その勝負で僕が勝ったら……」

 ああ、その為にタキシードと「剣」だったのか。……そう気付くと同時に、

「え? あ、あの……え?」

 ドン、とアルファスの前に立ち塞がったのは、ライトとレナだった。

「トニックさん、貴方の事情はわかりました。その心意気を買いたい位です。でも、そんな軽い気持ちでアルファスさんに……俺の師匠に、剣の勝負を挑まないで下さい。アルファスさんにとって、剣って考えてる以上に重い物なんです」

「私もこの人にお世話になってる身として止めさせて貰うよ。幼少期習ってたからー、とかその程度でこの人に剣の話持ち出しちゃ駄目だね。違うのにしときな。どうしても剣の勝負がいいなら私が代理でやってあげるよ。命の保証はしないけど」

 アルファスにとっての剣とは。その事を想い、世話になっている二人はアルファスの代わりに警告をする。勿論トニックは何も知らないので致し方無いのではあるが、それでも何処かアルファスにとっての剣を軽く見てるトニックの態度が我慢出来なかったのだ。

「…………」

 肝心のアルファスが一瞬言葉を失う。――こいつら。

「サンキューな、ライト、レナ。でもこいつは俺に話を持ち掛けてる。ちゃんと俺が対応する」

 純粋に嬉しかったアルファスは二人にお礼を言い、二人を落ち着かせる。

「でまあ、この二人が言った様に、俺にとって剣は作ってるだけじゃねえ。良くも悪くも、俺の人生その物だ。その俺に剣の勝負となると、生半可な気持ちではやれねえ。それでも構わないか?」

 そこでアルファスの目を見てトニックも察する。明らかに軍の関係者であるライトとレナ、二人がアルファスに対してそういう態度を取り、そしてアルファスのその言葉。そのアルファスに自分が勝負内容で、安易な気持ちで剣を選んでしまったという事。

「……構いません」

 でも、それを汲んだ上で、トニックにも覚悟が生まれる。

「アルファスさんにとって、それ程重要な存在なのであれば、寧ろそれで認めて貰えたら文句のつけようがないはずです。僕にとって、これは本当に重要な――人生を賭けた勝負にします」

 そしてそう言い切った。アルファスの目を見て、そう言い切った。――こいつ。

「わかった、そこまで言うなら相手してやる。お前が勝ったら、俺がお前の為にセッテを後押し。そうだな?」

「はい。僕が負けたら――」

「この街から出て行け。そして、二度とセッテの前に現れるな」

「!」

 負けた時の事を考えていなかったわけではない。条件はこちらが出す以上逆も然り。――でも、実際に出された条件は重かった。

「そんな意見を二転三転する様な奴、何度も信じられるわけねえだろ。これで何かあってもまた次に、次に、で最悪犯罪に走ったりする可能性だって捨てきれねえ。そうしないっていう保証が出来る程お前を知ってるわけじゃないしな。だから、俺と勝負するってのはそれが条件になる。……もう一度訊くぞ。それでも良ければ、勝負してやる」

 流石にトニックは即答出来ない。セッテに近付かない、更にこの街から出ていく。それはこの街で仕事をしているライフスタイルにも関わる話。完全に、人生の分岐点に来てしまった。

 でも、その人生の分岐点を作ったのは自分。そもそも先程自分で人生を賭けると言った。――その事に気付いた時、

「その条件を呑みます。――勝負、します」

 その答えが出た。――もう、後には退けない。

「わかった。――勝負の日付をずらしてもいいぞ。大きな話なのはわかる。もっと万全な準備をしてからでも俺はいい」

「いえ、今日でお願いします。日付をずらした所で、結果が変わるとは思っていません。なら心を決めた今日がいいです」

「そうか。――なら、裏庭行くぞ。付いてこい」

 促され、トニックはアルファスの後に続く。自然とライトとレナも一緒に移動。――裏庭に着くと、ライトが提案し、トニックからタキシードの上着を預かった。

「……どうやったって、アルファスさんには勝てないよな? というか、俺が言うのもあれだけど」

「いや、勇者君が言っていいレベルだよ。今毎日努力してる勇者君なら、多分余裕で勝てるレベルだね。習ってたって言うけど、お金持ちのお坊ちゃんで本当に触り程度じゃないかな。真面目なのはいいけど、そんなのどうでもよくなるレベル」

 ライトが言いかけた言葉をレナが汲み取り、疑問に答えた。――勝負の結果は、二人には既に見えていた。

「宜しくお願いします!」

 そう確認している間に、間合いを取り、トニックが身構え挨拶。

「……ふーっ」

 それに対し、アルファスは静かに息を吐き、ゆっくりと身構える。――そういえば、自分との稽古の時はアルファスさんって「身構える」っていう事はしないな、とライトがふと思うと、

「!?」

 ビリビリビリ、という鋭い威圧と空気が、裏庭一体を包み込んだ。

「これは稽古でもテストでもねえ。勝負だ。だから、俺も剣士としてお前の心意気に応えてやるよ」

 模擬戦で命のやり取りでは無いとはいえ、これは私情を挟んだ決闘。そういう認識を、アルファスは「した」。

(それってさあ……アルファスさん、結局セッテの事、滅茶苦茶大事に想ってるんじゃん……私が感じるのもあれだけどさあ……不器用だなあ……)

 流石に今口に出す内容ではないので心の中に留めてはおいたが、その事実はレナとしては驚きであった。アルファスにとってのセッテ。

 傍に置いてるので嫌いじゃない事はわかっていた。でも自分と同じで、アルファスは今一歩心が読めないタイプ。そのアルファスが、セッテの為に、「剣士」として、「身構えて」戦おうとしている。それがどれだけ大きい事か。

「っ……!」

 トニックはその威圧に負けて一歩も動けない。気を失わない様にするだけで精一杯――

「がはぁ!」

 ドガガガッ!――と分析する暇もない位の勢いで、気付けばトニックは吹き飛ばされていた。懐に移動したアルファスの、一閃。訓練用なので殺傷力は無いものの、その威力は果てしなく、激しい痛みと共にトニックは倒れた。

「以上だ。約束通り、この街から消えて貰う」

 ライトもレナも、当然アルファスが勝つ事はわかっていた。だから驚きこそないものの、それでもその圧倒的な結果に言葉を失い、体が固まる。

「悪いけど一応治療はしてやっといてくれ。大丈夫だ、致命傷にはしてねえから」

「あ……はい」

 促され、ライトはやっと体を動かす。トニックの下へ――

「……待って……下さい……」

 ――行こうとした所で、トニックがゆっくりと起き上がる。

「まだ……です……まだ、僕は、やれます……勝負は、終わってない……」

「終わってるよ。元気な時に俺の剣に欠片も反応出来ないのに、今のその状態で何が出来る」

「でもそれは、諦める理由にならない……諦めたく、ないんです……! だから、まだやれます……!」

 そう言って、トニックはふらつきながらももう一度身構える。――アルファスは溜め息。

「手加減してやろうか? それとも弟子のこいつにチェンジしてやろうか?」

「それに何の意味があるんですか……貴方に、勝負してくれるって言ってくれた貴方に勝たなきゃ、意味がないじゃないですか……!」

「そうか。まあそうだな」

 ズバァァン!

「ぐはぁ!」

 瞬間、再びトニックは吹き飛ばされていた。重すぎるダメージが、重なる。

「がほっ……げほげほっ……!」

 激しく咳き込むトニック。そのトニックを、冷静に、ただ冷静に見るアルファス。

「はぁ、はぁ、はぁっ……僕……だって……」

 流石にもう駄目か、とライトとレナは思ったが、それでもトニックは立ち上がった。

「僕だって……セッテさんの幸せを……願ってるんです……! 幸せに、してあげたいんです……! それだけセッテさんの事を想っていながらセッテさんの気持ちに応えてあげない貴方の代わりに……幸せに、してあげたいんですよ……!」

 普通ならばもう立てる様な状態ではない。それでもトニックは立ち上がった。自分が心惹かれる人の為に。――自分ではなく、目の前の男に心惹かれる人の為に。

「わあああああ!」

 そしてふらつきながら、傍から見たら倒れる様な動きでトニックはアルファスに剣を振るった。アルファスが剣で防ぎ、カァン、という乾いた音が響く。

「どうして、どうしてセッテさんを幸せにしてあげないんですか!?」

 そしてふらつく体とは裏腹に、強い想いがトニックの口から飛び出す。

「貴方がセッテさんを幸せにしてあげたら、それで良かった! セッテさんの幸せな顔が見れたら、僕はそれで気持ちの整理が出来た! 僕が諦められないのは、僕がこうして貴方に戦いを挑むのは、貴方のせいなのに……!」

「……っ!」

 その言葉に、一瞬アルファスの顔が歪んだ。

「わかってますよ、例え貴方の許可を得ても、セッテさんはいつまでも貴方を想っているだろうという事は! 僕は二番目の人間で構わない! それでも……それでも、セッテさんを幸せにしてみせる! 貴方を想うセッテさんを、僕は幸せにしてみせる! 貴方が幸せにしてあげない分、僕が、幸せにしてみせる……!」

「…………」

 アルファスはほとんど力を入れていない。最早その程度の勢いしかトニックの剣には無かった。

「……お前」

 だが、それに反比例する様にトニックの言葉に力が込められていく。なんの技術も勢いもないその剣に、トニックの覚悟が込められていた。

 剣士だから伝わる、その弱々しい剣から伝わる想い。

「お前本当に、セッテを、あのセッテを幸せにする覚悟があるのか?」

「あります……!」

「お人好しで自分の危険すら顧みず他人を助け、他人の為に動き、自分の幸せは二の次。そんな女だぞ。幸せにするのは難易度高いぞ」

「わかってます……! そんなセッテさんを、好きになったんですから……!」

「今みたいな根性論でどうにかなるわけじゃねえ。金でどうにかなるわけじゃねえ。わかってるか?」

「わかってます……! 何年、何十年懸けてでも、成し遂げてみせます……!」

「……そう、か」

 そしてアルファスは認めてしまった。その余りにも非力な剣から伝わる覚悟を。――本気の想いを。

(セッテ……お前、幸せになれるかもしれないぞ)

 次の瞬間、アルファスは剣を下ろしていた。トニックも体力など残っていない。流されるまま膝をついてしまう。そんなトニックの服の襟を掴み、グイ、と引き寄せ、

「覚えておけよ。――もしもあいつを幸せに出来なかったら、全力でぶちのめしに行く」

 そう告げると、その手を放した。――言葉の意味が、浸透する。

「ありがとう……ございます……! 必ず、必ず、幸せにしてみせます……! 命に代えても、必ず……!」

 トニックは、倒れそうになる体を必死に支えて、そうアルファスに約束するのだった。――ボロボロのトニックを、直ぐにライトが支えに行く。

「アルファスさん、いいの? 私が訊くのもあれだけど」

「……いいんだよ。後は、当人同士の問題だ」

「そうだけどさ……」

 それ以上はレナも何も言えなくなる。――そのアルファスの横顔が、余りにも寂し過ぎて。

 そして……

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