第二百六十二話 誰よりも、君の幸せを願う12
「魔法止めて下さーい! 武器を持っての決闘も止めて下さーい! 人を抱えて走るのも出来れば止めて下さーい!」
クイーンブライド・コンテスト会場に司会者の声が響く。何せ会場は一部の出場者とその関係者――全てライト騎士団の関係者だったが――によって料理を披露する場所から闘技場の様になり始めていたからだった。
当然あくまで一部であり、その他の出場者はいる。その中にはその戦いっぷりに唖然とし手が止まってしまう者、覚悟が足りなかったと辞退を考える者、触発されて必要以上に気合を入れる者、様々で。
「――よし、出来た!」
出場者の一人であるセッテは触発されて気合が入るタイプだった。――皆さんあんなに頑張ってるんだもの。私の見た目、料理の中身は兎も角、絶対に気持ちだけは負けられない。
料理を完成させ、持ち運ぶ準備をし、目的地を見据える。――幸い、目的の人は呆れ顔で騒動を見ており、動いていない。呼吸を整え、気持ちを新たにして、移動を開始。
「セッテさん!」
と、移動中に声を掛けられる。ハッとして見れば、
「あ……トニックさん。見に来て下さったんですね」
「ええ。店の宣伝が掛かってますし」
それもあるが、それ以外の理由も当然あるだろう。当然セッテもそれはわかっている。
「これ、宜しかったらどうぞ」
セッテは包んであった料理の中から小鉢を一つ、トニックへ手渡す。
「いいんですか?」
「はい。色々な人に食べて貰える様に、こういうのも用意しておいたんです」
実際、フロウや機会が合えばライト達にも、と思い色々この短時間で用意した。その内の一つに過ぎない。
「ありがとうございます。大事に食べますね」
でも、トニックにしてみれば自分が心惹かれる人の手料理を初めて味わえる瞬間でもある。嬉しさと――切なさと。
「私こそ、本当にありがとうございます。このドレスに、それに……色々考える切欠にもなりました」
「…………」
「今までの私が嘘だったわけじゃないんですけど、でも改めて気付いたと言いますか、ハッキリさせたくなったと言いますか。本当に、本当にこの気持ちが大事だって気付いたんです」
「そうですか。その切欠が僕なら、それは光栄です」
トニックはそう言って笑顔を見せる。その笑顔の裏側は見えない。
「それじゃ私、行って来ます! 私セッテの人生を賭けた勝負に! 本当に、本当にありがとうございました!」
セッテは笑顔でお礼を言うと、小走りでその場を去って行った。
「……セッテさん……僕は……」
その背中を、純白のドレスの後ろ姿を、トニックは見送った。
笑顔が忘れられない。女性を好きになった事がないわけではないが、その一途な想いを抱えて走る姿が、自分の心を捉えて離さなくなった。お見合いの話なんて無ければ。知り合わなければ。――小鉢から伝わる温もりが、彼女の温もりの様で、辛い。
笑顔は既に消えていた。そして、心の中で、消しきれない想いが、溢れていくのであった。
「アルファスさーーーーん!」
その声の主は、満面の笑みでドレスの裾を気にしながらこちらへ駆けて来る。その姿はまるで、そうまるで本物の新郎を見つけた花嫁の様で。
「花嫁セッテ、今そちらへ……きゃっ!?」
ズドドドン!
「マスター、止まりなさーい! 止まらないと私事務官辞めちゃうからね! ああでも辞めたくないから止まって!」
「ライト、ハル、止まりなさい! 特にハル! 止まらないとクビに……ああハルをクビにしたらお父様を管理してくれる人が居なくなるから絶対に出来ませんわ! 兎に角止まりなさい!」
「人間界の花嫁って凄いのね! でもリハビリのおかげで私も体調も大分良くなってるから、私でも頑張れるわね!」
「イルラナス様、僕が思うに多分違うと思います……ついでにレインフォル様とドゥルペ止めませんか? イルラナス様の指示じゃないともうあの二人止まりませんけど」
花嫁セッテ、謎の(?)妨害に遭遇、流石に足が自然と止まりアルファスの下へ辿り着けない。
「店長、私が道を切り開いてくる。後の事は頼む」
フロウは笑いながらも太刀を持って立ち上がる。
「好きにしてくれ。もうどうにでもなれだ」
アルファスは溜め息をつきながらフロウに許可を出すと、フロウ出撃。飛び火してくる魔法等の攻撃を太刀で切り裂き、セッテの安全を確保。その隙にセッテを促し、セッテが移動再開。
「お待たせしました! 花嫁セッテになります!」
そして、ついにセッテがアルファスの目前に到着。――出前で注文したみたいに来るんじゃねえよホントに。
「ちょっと場所変えるぞ。飯食うにしろ話するにしろこんなドタバタしてる所で出来るか」
「! アルファスさんからのデートのお誘いですね!」
「違えけどここで俺が逃げたらフロウ巻き込んであいつらみたいに戦闘開始になるだろうがどうせ。そっちの方が面倒だ」
そう言って促しアルファスは移動開始。セッテが後に続く。――少しだけ移動した所に、程よくテーブルと椅子。ひとまずライト達の攻撃の火花も飛んでこない場所だったので、そこに落ち着く事に。
「アルファスさんを想って作ったんですよ」
そう言って早速セッテはテーブルの上に料理を並べようとするが、
「お前、ドレスの感想はいらねえのか?」
そのアルファスの一言にセッテの手が止まり、ガバッ、と喰いつく様にアルファスを見る。
「言ってくれるんですか!?」
「そこまでやってるのに何も言わない程俺は残酷じゃねえよ。――自信持っていいぞ。綺麗だよ、お前は」
そのストレートな言葉を受け、セッテは顔を赤くして、そのままスライムの様に溶けそうになるのを必死に堪えて、
「ありがとうございます!」
それでも出来る限りの想いを込めて、アルファスにお礼を言った。
「それじゃ、お料理用意しますね」
改めてセッテはテーブルの上に料理を並べる。その料理達は、アルファスにとって「見覚えがある品」ばかり。――って、
「お前、これ」
「最初は新作も色々試作したんです。でも何か違うな、私らしくないなって思って。それで色々悩んだんですけど、変にチャレンジするよりも、アルファスさんの好物、並べた方がいいかな、って」
確かにどれもアルファスが好物と挙げていい品々だった。――って、
「……俺、お前にもフロウにも好物の話をした事無かったと思うが。飯を残した事も無かったはずだし」
「ですけど、手を伸ばす頻度、速度の違いでわかりますよ。ちゃんと見てるんですよ?」
「最早恐怖だわお前。お前剣の才能あったら一流になれっぞ」
これからは飯もカモフラージュして食べなきゃならねえのかな俺。……と思ってると。
「特に好きなのは、これですよね」
そう言ってセッテがアルファスの前に置いて促したのは、肉の薄切りに、塩味のタレを絡ませた一品。――そういえば、セッテが当番の日にはよく出てきたな、これ。
「……いただきます」
アルファスも逆らわず、肉を一切れ、口に運んだ。味は当然知ってる。いつも通りの美味しさ。白米が欲しくなる味。不思議と自分で再現しようと思っても何故か出来ない、セッテの味。
「!? あの、アルファスさん、私、失敗しましたか?」
「へ? 別にしてないぞ、いつも通りだ」
「じゃあ、どうして」
セッテが焦った様にアルファスの目を見ていた。そこでアルファスも気付く。
「……は?」
そして自分でも驚いた。――目から、涙が零れていた。
「アルファスさん……?」
「ははは、そうか、そういう事か」
服の裾で涙を拭うと、直ぐに涙は止まった。
「俺は昔から、大事だと思う人間に幸せになって貰いたいんだよ」
そして、今まで語る事の無かった想いが、不思議と躊躇い無く零れ始めた。
「知っての通り、俺は剣の才能があった。深く考えないで軍に志願したな。平和にしたいとかじゃねえ。様は就職、食べていく為に働く、その才能を生かしてまともな道を歩く。そんな目的だったと思う」
「でも、アルファスさんは」
「まあ、感化はされたさ、一部の人間に。昔の俺とあの人達の想い。混ざり合って、俺も少しずつ変わっていった。それで人よりも高かった剣の才能。――全部の人間は幸せには出来ないけど、でも俺がそう思える人間は、俺の手で幸せにしてやろう。そう思う事が出て来る様になった」
思い起こされる当時の事。入ったばかりの頃。その背中を見て得た物。そして。
「でもそれは、思い上がりだった。俺の剣は、敵は倒せても、味方を守れても、他人を幸せに出来る剣じゃなかった」
「私は……」
「ライトとフロウの前に、弟子を持ってた時代があるんだよ」
何かを言いかけたセッテを遮る様に、アルファスは自分の話を続ける。
「一時期有名になっちまって、弟子入り希望者が殺到してな。面倒だからあしらってたんだが、その内二人、どうしても引き下がらないのがいて、俺も根負けして剣を少しずつ教えていった。特別強くはないが二人共努力家でさ、今ライトとフロウに教えてるみたいに、熱心な分俺も向き合って返していった。――だから俺は、教えちまったんだ」
「何を……ですか?」
「「ミラージュ」。――今ライトに教えてる、禁断の剣術だ」
セッテもある程度の所まではミラージュの特性は聞いていた。ライトに強くなれない、でも立ち続ける為の剣技だと言っているのも。でも、
「結果、そいつらは二人共死んだ」
「!」
その話は初耳だった。――アルファスが空を見上げる。
「今でこそライトにそれ前提の教え方が出来るが、その時はそんな風になるなんて思ってもいなかった。単純に弱い奴が強くなれる道だと信じて、認めたそいつらに俺は教えたんだ。――結果がそれだ。当然俺は遺族に謝罪した。片方には婚約者がいてな、言われたよ。そいつは、俺の弟子である事を誇りに思ってた。自慢してたってな。だから、幸せでした、ありがとうございましたってお礼まで言われた」
「それって」
「嫌味じゃなかったと思う。ある意味嫌味の方が分かり易くて助かったかもしれない。――その時はまだ、そのせいで何処かで俺は許されるのかもしれない。そんな風に思ってた気もする。……でも、やっぱり違うって思い知らされた」
「どうして……ですか?」
「もう一人の方さ。そいつの姉とは幼馴染でな。気心知れた仲だった。――戦争が終わって、独り身だったら俺が幸せにしてやるよ、なんて冗談で言った事もあった。……お互い、まんざらでも無かった気がするよ」
「!」
当然、初めて聞く話。断言こそしないものの、お互い好意を持っていた相手。アルファスにだってそういう相手が過去にいてもおかしくはない。でもセッテにしてみれば中々に衝撃的な発言である。
「そして言われた。「貴方は敵を倒せても、私達家族を幸せにはしてくれないのね」って。――そいつ、姉一人弟一人の家族だったんだよ。その唯一の家族を、俺のせいで死なせた」
「そんな……そんなの、アルファスさんのせいだなんて」
「向こうがそう思ったらそれまでだ。……わけがわからなくなったよ。方や死んででも幸せでした、方や生きてる人間に幸せにはしてくれないって左右から言われて。教えて良かったのか良くなかったのか。少なくとも……俺の剣は、他人を幸せにする事は出来ないってわかった」
「…………」
「そんな事ありません」――そう言いたいのに、言えない。アルファスの横顔を、今の横顔を見たら、言えなかった。
「俺は軍を辞めた。幸い剣の次に鍛冶の才能もあったからな、それで贖罪を続ける事にした。本当に大丈夫だと思える人間にだけ託して、でも俺の力だけではどうにもならない「武器」というカテゴリーだけにして」
それが、アルファスの過去だった。初めて知る、アルファスの過去だった。そして、
「結果として生まれたのが今の俺だ。俺は誰かを幸せにする力は無い。誰かを幸せにするつもりも無い。――自分でも思う。何て弱い人間なんだってな」
そして完成したのが、アルファスの結論だった。他人が例えどう思っても、決して揺るぐ事のない、アルファスの弱い答えだった。――自分の責任になる事を避ける。自分の責任になりそうになった時に、全力でそれを阻止しに行く。でも自分から他人の人生には出来る限り介入しない。強くなった男の、弱い生き方の始まりだったのだ。
「セッテ」
「はい」
「お前はいい女だよ。皆から愛されて愛して。幸せになる権利がある。だから、幸せになれ」
その言葉は、アルファスの心からの言葉である事はわかる。わかるけど、でもその言葉に乗る、アルファスの想いの意味が。
そして、セッテの想いが――




