第二百五十八話 誰よりも、君の幸せを願う8
「お待たせ致しました。ようこそ、フラワーガーデンへ」
入店後、奥の綺麗な席に案内され、待つこと数分。煌びやかな衣装と気品溢れるオーラを纏って、サクラがアルファスの所へやって来た。――自分の店に来た時から綺麗だとは思っていたが、更に美しさを纏い、流石のアルファスも驚く。
「あのさ、来て席座っておいて今更なんだけど、俺って場違い?」
「? どういう意味ですか?」
「いや、あの時貰った名刺? 見せたら凄い驚かれてここに案内されてさ。正に予想外みたいなリアクション取られた」
そしてその疑問が濃くなった。――深く考えないで入ったアルファス。当然フラワーガーデンのシステムも知らないので、初めて入ったのに偉く丁寧な対応をされて戸惑いが隠せなかったのだ。
「申し訳ございません、ご心配なく。人気嬢のサイン付き名刺は中々手に入らない様になっているんです。それでいて一応人気一位の私の名刺を持っていらしたから、こういう結果に」
「成程な。――悪かったな、別に無理してあんたじゃなくても良かったんだけど」
「あら、寂しい事を言われるんですね。私としては、ちゃんと「もう一度」お話したかったんですよ? ですから、精一杯おもてなしさせて頂きますね」
そう言って、サクラは自然と距離を詰めて隣に座る。
「いらっしゃいませ、フラワーガーデンへようこそ!」
と、そこにカートを押しながらアジサイ――シンディがやって来る。
「アジサイ。こちら、ライトさんのお師匠さんのアルファスさん。貴女の事件の時に、私の剣を作ってくれた方でもあります」
「そうなんですか!? 初めまして、ライトさんにはお世話になりました! 今では公認御用達のお店に指定してくれて、凄く感謝してるんです」
「公認御用達なのか……」
事情を深く知らないアルファスとしてはホントにあいつ国王に染められて来てんじゃねえか、と本気の心配を少ししてしまう。
「それじゃ私もおもてなししないとですね! お隣、宜しいですか?」
「いやいや、何処かの国王みたいに両手に花を味わいたくて来たんじゃないんだ。嬉しいけどそんなに何人もいいよ」
軽くアルコールを口にしたいだけだったのに目的が変わってしまいそうで、アルファスは苦笑しながらシンディを止める。
「アジサイ、ここは私に任せて、貴女は他を」
そのアルファスの気持ちを直ぐに察し、サクラがやんわりとシンディにそう指示。
「畏まりました。それじゃ、サクラさんにお任せしますね。――あっ、でもライトさんのお師匠さんなら私も名刺、渡しておきたいです。受け取って貰えますか?」
「うん、その位は構わない」
シンディがペンを取り、サラサラとサインを書き込み、
「それじゃこれ、どうぞ。今度来た時は、私も指名して下さいね。ライトさんと一緒のご来店でもいいですよ」
「ま、考えておくよ」
アルファスにそれを手渡す。アルファスが素直にそれを受け取ると、シンディは笑顔でお辞儀をして、他のテーブルへと移動して行った。
サクラはそのままグラスにお酒を注ぎ、アルファスと自分の前に置く。
「それじゃ、乾杯しましょう。乾杯」
「乾杯」
コツン、と軽くグラスを合わせ、アルファスは注がれたアルコールを飲む。アルコールに特別詳しいわけではないが、飲み易い。
「……何か、想像してたのと違ったわ。こういう店ってもっとこう、ガンガン明るくて騒ぐものかと」
店を見渡して思う。キャバクラ、というカテゴリーにしては明るいは明るいが、優しい明るさ。静かではないが想像していたよりも全然五月蠅くなくて。
「一般的にはアルファスさんの想像通りで構わないと思いますよ。寧ろそういうのを求めてこの手の店に足を運ぶ方が普通です。――この店が、私達が、少し特殊なだけです」
「でもいい店だ。――ここが、新しい守る場所になったのか?」
サクラの過去を知っているから、周囲に他は誰も居ないからこその質問をアルファスはぶつけてみる。サクラは一瞬だけ驚いた様な表情を見せたが、
「はい。――この店と、仲間達は今の私の守るべき場所です」
そう、穏やかな笑顔を見せて言い切った。
「そか。――まあ、それなら俺もお前に剣を作って良かったと思うよ」
「あの頃に比べたら、全然小さいですけど」
「大切な物に大も小も無いだろ。それに力ある人間が必ずしも広く大きく何かを守らなきゃいけないなんて決まりも無い。自分の守りたい物、ちゃんと守れてる。その事実だけで、十分だ」
楽しそうに働く従業員。明るく何処か優しいこの空間。それを見て、アルファスの言葉を受けて、嬉しそうに笑うサクラ。――「幸せ」。その言葉が良く似合う光景だとアルファスは思った。
「ありがとうございます。――アルファスさんは、大切な物、守れてますか?」
大切な物。――色々な顔が過ぎった。
「どうだろな。俺自身が決めていいもんじゃないだろうし」
特に「あいつ」に関しては。本人は幸せそうにしてるけど、実際どうなんだろうな。――アルファスは苦笑する。
「きっと何処かで、周りの人達が、貴方に完璧を求めてしまう。――違いますか?」
と、そんなアルファスに、おかわりを注ぎながら、自分の分析をサクラが語り出す。
「今アルファスさんが私に諭してくれた内容は、アルファスさん自身にも通じる。私にだけじゃない、ライトさんのお師匠様なら、ライトさんに諭す事もあるでしょう? その中身だってそうです」
「…………」
「アルファスさんが完璧じゃないのを理由に離れる人がいるなら、その人はアルファスさんを見る目が無いんですよ。少なくとも、私はそう思います」
「……ははっ」
サクラにそうあっさりと断言され、つい笑ってしまった。注がれたアルコールを再び口に運び、気付く。
「そっか。俺、しばらくの間誰かに自分の事を愚痴った事無かったわ。……誰かに聞いて欲しかったのかもな」
「それを理由にこの店に足を運んで、私に会いに来てくれるのならば、私は光栄ですよ。飲んで忘れるも、好きなだけ吐き出すのも、お付き合い致します」
軍に居る頃からだろうか、いつからか自分を客観的に見る事で終わらせて来た。自分の弱い所や、悩みは話すのを避け、話すとしても結論を出して報告のみ。そうする事で……せめてそうする事で、自分のしてきた事を背負って行ける。そう信じて来た。
その想いが変わったわけじゃない。でも今日は少しだけ、心の何かが緩んだ。
「……幸せになって貰いたい奴が、いるんだよ」
気付けば、誰にも語る事の無かった本音が零れ始めた。
「馬鹿みたいに優しくお人好しで、精神的は兎も角肉体的には強くもないのに、弱い人間の為に直ぐに走り出す。見た目は贔屓目無しでまあ可愛い。そんなだから誰からも愛される人気者だ。そして周囲が幸せなら、自分が幸せになれるめでたい奴だよ。自分自身の幸せは二の次でもな」
「その説明だけだと、その方はとても幸せそうに聞こえます」
「かもな。でも困った点が一つ。――そいつ、俺の事が好きなんだと。放っておいたら直ぐに自称婚約者だの未来の妻だの言いだしやがる」
「あら、それは困るお話ですか?」
「困るんだよ。……俺はそういう意味で、誰かを幸せにするつもりも権利も無え」
グラスを空け、少しだけ遠くを見る。――忘れられない光景が、過ぎる。
「俺、弱い人間でさ。自分の過ちっていうか、そういうのを戒めとしてずっと心に残してる。――さっきの奴の事、俺自身が嫌いとかそんなつもりはねえ。寧ろ人として十分魅力的だと思ってる。でもそれ以上に俺の戒めが強いから、いくらアプローチされても、そういう目では微塵も見れない。我慢とも違う」
「だから……その方に、幸せになって欲しいと?」
「あいつの中で満たされないのは俺からの愛情だ。でも俺はそれは出来ない。……今みたいな自己満足じゃなくて、本当に幸せになってくれるには、どうしたもんかな、ってな」
今だって異性に告白されて困ってる。素直に受け止めれば幸せになれるかもしれないのに、俺がいるから。――いや別に俺は悪くないって言えば悪くないんだけどさ。
「アルファスさん。アルファスさんは、その方を十分に幸せにしてあげてるのかもしれません。――傍にいれるだけで幸せ。そうやって心配して貰えて幸せ。その幸せを急いで崩してまで、その方は本当に幸せになれるのでしょうか」
「……気が変わる事のない俺の傍に居続けるのが、本当に幸せだ、とでも?」
「あくまで無数にある中の答えの一つです。――それからもう一つ。アルファスさんは、その方に助けて貰ったら駄目なんですか?」
「俺が……あいつに?」
後先考えず突っ走る姿を、要所要所、何だかんだで助けて来た。正直、今この瞬間存在が消えても、日常生活で困る事は無い。店の運営も困らない。助けて貰う姿なんて、考えた事が無かった。
「その心の戒めを、少しずつ、その方に委ねていけば、解けていけたりはしませんか? 今こうして私に零せるんです、その方にも少しずつ、零せますよ。――心の弱さを零すのは弱さじゃない。寧ろ勇気です」
「…………」
「もう少しだけ、落ち着いた目で、長い目で、見つめ直してみてはどうです? 色々な可能性はあると思います。でもその可能性に辿り着いた時、納得出来る様にするには、時間が必要な気が私はします。でも逆に、もう少しだけ焦らないで見つめられたら、きっと正しい答えが見つかりますよ。見つけられますよ。アルファスさんと、その方なら」
サクラの優しい言葉が声が、アルファスの心に響く。――でもその言葉が、アルファスの中の戒めと混じり合い、見つけられない答えとなって消えていく。
「正しい答え……か」
アルファスはそのまましばらくの間、フラワーガーデンでアルコールに身を任せるのであった。
「おはようございまーす!」
バァン!――翌日。朝、アルファスの店のドアをセッテが元気よく開ける。
「おはようございます。――店長、お言葉に甘えてセッテの所に泊めさせて貰った」
「それはいい、俺がそうしろって言ったんだから。……ただ、今直ぐセッテのボリュームを下げてくれ。頭に響く」
結局あれからアルファスはフラワーガーデンでつい酒が進んでしまい、二日酔いという結果に。――久々に飲み過ぎたわ。後半全然関係ない話してたな多分。サクラか。人気一位侮れねえ。トーク上手過ぎだろ。
「もう、アルファスさん私が居ないからってお酒飲み過ぎるなんて! 寂しいならそう言ってくれたらいいのに!」
そういつもの様に笑顔で個人的な結論を出すセッテの、
「…………」
何となく顔を見てしまうアルファスだった。……セッテか。セッテねえ。
「え? あれ、アルファスさん、もしかして本当に――」
「ちょっと酔い覚ましに散歩してくるわ。開店の準備頼む」
「なっ! アルファスさん、大事、今凄い大事ですよ! アルファスさーん!」
叫んで止めようとするセッテをフロウに託し(本当に頭に響いた)、アルファスは外へ。少しぶらついたら戻ろう。……そんな風に考えた、その時だった。
「あの……」
「ん? 俺か?」
一人の青年に呼び止められた。知らない顔だった。
「アルファスさん、ですよね?」
「そうだけど、お前は?」
「初めまして。――僕、トニックといいます。セッテさんの、お見合い相手です」
そして、頭痛が治るその前に、新しい頭痛の種かもしれない出会いが、アルファスを待っていたのだった。