第二十四話 演者勇者と手品師の少年4
「おい、団長達に報告。不審人物は確認、確保に入る。取り敢えずの心配はいらねえ、収穫祭の警護を続けてくれ、ってな」
「はっ!」
最初から伝達係として呼び寄せていた兵士が一人、返事と共に馬に乗って城の方へ。
「どうして……ここがわかった?」
ぐっ、とフードの男が杖を強く握りしめながらそう訊いてくる。
「トラル一座の入国手続きの履歴を他の街からも取り寄せたんだよねー。手続きが必要な街って基本一定以上大きな街じゃん? 色々記録は残ってるのよ。で、見事にここ最近の滞在期間中に、どの街も一回ずつ、モンスターの軍勢に襲撃を受けてた」
「襲撃って言っても小規模、その街の警備兵が対応、街には何の被害もなく処理してる。はっきり言えば町人ですら一部は気付かないレベルの襲撃だ。だが共通点が一つ。――原因が、掴めてねえ」
「ホントならちゃんと踏み込んで調べるべきなんだろうけどね、余裕で対処出来る規模だったのと、それ一回きりだったから、街も気にしなかったみたい」
「原因不明のモンスターの出現ってのは裏を返せば原因はある程度絞れてくる。例えば――テメエの足下に描かれてるみたいな魔法陣から召喚する、召喚型のモンスターテイマーによる暴挙、とかな」
「く……」
フードの男の視線が、一瞬、だが確実に足下に動いた。男の足下には大きな紙、描かれているのは中々複雑な魔法陣。
「つまり、予行練習してたんでしょ? 今日の為に。――本物の街相手に練習とか、大胆なんだか慎重なんだか」
「テメエが収穫祭をモンスターに襲わせるのとトラル一座がどう関係すんのかは「いくつか予測がついた」けど、どのパターンだったとしても――ここでテメエを片付けちまえば、そこまでだ」
「勿論、万が一少しでも突破されたら直ぐに連絡が行くように出来てるからねー。収穫祭は中止に出来ても、誰かが被害を被るような結果にはさせないかなー、うん」
男の背中を、汗が流れ続ける。――同時に生まれる、覚悟。見つかった以上、どう転んだとしても、このまま真っ直ぐは歩いてはもういけない。ならば、いっその事――という覚悟が生まれた。
「んで、覚悟は出来た? ああ一応言っておこっか、私達、タイプは違うけど手加減出来ないタイプだからね。こっちは手加減苦手なタイプで、私は手加減面倒なタイプ」
「馬鹿にするなよ……」
「あん?」
「俺はこれでも召喚士として一流の能力を持ってる、高ランクのモンスターだって召喚出来る! 覚えておけ、俺の名を! 俺は――」
「ごめんそういうの興味ないや」「知るか五月蠅い長いわボケ」
「うわああああ! 馬鹿にしやがって!」
覚悟の自己紹介を途中で潰され、何かが弾けたフードの男は、腰にぶら下げていた、薬品が入った小瓶を魔法陣に叩き付ける。ガシャン、と小瓶が割れ、中の液体が広がると、魔法陣が光りだした。
「ボオオオオォ……」「グシュルルルル……」
そして直後、二体のモンスターが魔法陣から生まれた。一体は土と岩を主体としたゴーレム。もう一体は巨大な木のモンスターだった。
「成程、一流かどうかは兎も角、三流じゃなさそうだな」
「ほざいてられるのも今の内だ! お前等、こいつらをやれ!」
「ボオオオオォ!」「グシュルルルル!」
命令の共に、土ゴーレムがレナに、怪物樹木がソフィに襲い掛かった。――ゴオオオオ!
「ボオオゥゥ!?」
そしていざ土ゴーレムがレナに攻撃――といった所で、土ゴーレムの足下から炎の竜巻が巻き起こり、そのまま土ゴーレムを包み込む。
「ごめんねー、取り敢えず突っ込んでくる奴には罠を仕掛けておきたくなるんだー。――んじゃ私自身も行きますか」
要は、土ゴーレムが召喚されて直ぐに、自分に向かってくることを察したレナが、魔法による地雷式の罠を仕掛けておいたのである。そのまま自らの剣にも魔法で炎を纏わせ、未だ炎の竜巻を振り払おうとしている土ゴーレムに突貫する。――ガキィン!
「え、土の癖に硬っ」
音も感触も、見事に自分の刃が止められたことを感じさせるには十分だった。そのまま土ゴーレムは反撃に入る。その巨体に似合わぬ素早いパンチがレナを襲い、
「っ……とっ……っと!」
ガァン!――回避、ガードと防戦一方に。一旦間合いを開けると、既に放った炎の魔法は消えていた。その様子から、大きなダメージは入っていない様子。
(炎に強いのか……それとも魔法耐性があるのか……どっちにしろごり押しはきついかな)
ドシン、ドシン、ドシン!――助走を付け、再び土ゴーレムがレナに突進してくる。
「仕方ない、この方法にするか」
ボワッ。――レナは剣だけでなく自分の体に薄い炎を纏わせる。自分の得意魔法である火の魔力を纏うことで、強引に身体能力を上げたのだ。――ガシィン!
「さーて、根比べかな、っと!」
ギィン、ガァン、ギィン!――速度で翻弄しながら、レナはまるで周囲を何人かで取り囲んでるかのような勢いで周りながら色々な箇所に攻撃を加える。その度に響く金属音。
「無駄だ無駄だ! そんな速度重視の攻撃で、このゴーレムは倒せはしない!」
勝機が見えてきたのか、フードの男がそんな声を出す。確かにこのままではレナが疲れて終わってしまうのではないか、という空気が流れ始めていた。――その一方で。
「チッ……面白みのねえ戦い方して来やがって……!」
ズバッ、ズバッ、ズバシュッ!――怪物樹木とソフィの戦いも、長期戦にもつれ込みそうな空気を出し始めていた。接近して大技を放ちたいソフィだが、怪物樹木は自らの枝を次々と伸ばし、距離を置いてソフィに攻撃。ソフィは両刃斧で次々と切り刻んでいくのだが、枝は直ぐに再生し、攻撃を再開してくる。
要は、手数にソフィは苦戦をしていたのである。各枝を切れている以上、接近してしまえば本体に致命傷を与える自信はあるのだが、その隙が見当たらない。
「――隙がねえなら、作るまでだ!」
ズバァン!――両刃斧に魔力を込め、振り下ろし、衝撃波を発生させる。迫ってくる枝を全て切ることは出来なくとも、自分と間合いを作る事には成功。その隙を見逃さず、ソフィは地を蹴る。――ガシッ!
「!?」
「グシュォオオ!」
が、射程範囲内まで後一歩という所で体が止まる。足に何かが絡みつき強引にその場で止められた。見れば、
(っ、根っ子まで自由自在か……!)
地面から怪物樹木の根っ子が飛び出して、ソフィの左足に巻き付いていた。急いで切り離すものの、その間に再び枝による打撃がソフィを襲う。
「チィッ……」
バシッ、ガシッ、ダァン!――直撃こそ避けたものの、ガードと若干のダメージと共にソフィは再び後退。その隙を見逃すまいと自ら移動しつつ、更に枝を伸ばす怪物樹木。――ゴオオオオ!
「グシュォゥウウ!?」
そしてその移動の道筋に、罠はあった。――レナの炎の竜巻である。モンスターとはいえ元は木、炎には弱いらしくあからさまに苦しむ様子を見せる。
「っらあっ!」
更にソフィは後退しつつ百八十度回転、怪物樹木に背中を見せ――土ゴーレムに、突貫。全力の飛び込み振り下ろしで、土ゴーレムの右腕を切り離し吹き飛ばすことに成功。これはレナの炎の魔法剣では土ゴーレム相手では出来なかった芸当である。
「いやーよく燃えるよく燃える。まるで今の私の想いを見ているみたい」
「あ? じゃああの炎見せかけの偽物か?」
「うわ酷っ」
そんな冗談を織り交ぜつつ(!)、気付けば怪物樹木の前に立ち塞がったのは、レナであった。――要は、戦いの最中で自分の得意不得意を確認し、特に合図もしないまま、レナとソフィは戦う相手を入れ替えたのである。信頼と経験、そして才能の成せる技であった。
「おっしゃあ、やっぱ戦いはこうでなきゃなぁ!」
そのままソフィは迷うことなく土ゴーレムの懐に突貫、全力で両刃斧を振るう。攻撃・防御に能力を特化させた土ゴーレムは、腕を失い、確実にソフィに押されていく形に。
「うーん、戦いはやっぱこう楽がいいよねー」
方やレナ。こちらは怪物樹木の枝攻撃をことごとく燃やし灰にしていく。その速度は怪物樹木の再生速度を上回り、こちらも確実に追い詰めていく形に。
「な……そ、そんな……」
結果として、召喚した二体のモンスターが倒され、フードの男が追い詰められるのはあっと言う間の出来事であった。残念ながら自信があったのだろう、状況に驚愕を隠せない。
補足をしておけば、決してこの男の実力が低いわけでも、召喚したモンスター二体が弱いわけでもない。――単独でそれぞれ撃破するレナとソフィの実力がずば抜けているのである。
「お、お前等、何者なんだ……!? 軍の騎士ってのはこんなに強いのか……!?」
「あー、自分で言うのもあれだけど、私達は特別だよ。これでも勇者様が束ねる騎士団のアタッカーと、直属の護衛だもん。弱くちゃやってられないって」
「勇者!? 聞いてないぞ、そんなの相手にするなんて! しかもこんなに、こんなに強いのか……!」
勇者本人(しかも演者)が弱いのはご愛敬である。
「観念するか? するなら一応命は取らねえぞ。団長の命令なんでな」
「ついでに色々ペラペラ喋ってくれると多少は罪が軽くなるかも。ならないかもしれないけど」
「俺は……俺はそそのかされただけなんだ! 言う通りにしてくれれば、大金を払うって!」
「うんうん、その調子でドンドン喋ろうか。あっ、帰りながらね」
最初から用意していた縄で両手を縛り、二人で連行する形で帰路に付く。そして――
――そして、時間は少し遡り、場所はハインハウルス城下町。収穫祭初日の真っ最中。西門近くの大広場では、トラル一座が公演を開始していた。前日までの宣伝とネイの路上パフォーマンスが効いたらしく、それなりの観客が集まっていた。
「今のところ異常はなさそうです。このまま警戒を続けますね」
「うん、ありがとう」
軽く報告をして、マークが移動していく。――ライト、エカテリス、リバール、マークの四人は、問題のトラル一座公演を警備――実際の所監視に近い――を行っていた。
「レナとソフィ……大丈夫だよな?」
信じていないわけではないが、未知数の敵に二人だけを送るというのは、ライトとしてはやはり心配だった。――四人で現場警戒、二人が外で実行犯を抑えるというのが、事実関係を把握した結果、練った作戦であった。
「あの二人なら簡単に負けはしませんわ。私達は、ここでちゃんと警備をして、あの二人を出迎えましょう」
「ライト様、いざという時は私が救援に向かいます。レナさん、ソフィさんを含め、我々はライト様を悲しませる結果を起こす真似は致しません、ご安心下さい」
「ありがとう、二人共」
エカテリス、リバールに宥められ、気持ちを落ち着かせる。――そうだな、俺もしっかりしないと。
「ライト様、エカテリス様、申し上げます」
と、そこに一人の兵士が。伝達役としてレナとソフィに同行させた兵士である。
「レナ様、ソフィ様、不審人物の確保を開始しました。心配はいらない、警備を続けてくれ、との伝言です」
「わかった、ありがとう。――君も、いつでも伝達が出来る位置に戻って」
「はっ」
兵士が返事をして、駆け足で去って行く。――大丈夫、予定通り進んでいる……と思った、矢先であった。
「モンスターだ! モンスターが出たぞ! モンスターだ!」
その叫び声が突然、広間を切り裂いたのだった。