第二百五十六話 誰よりも、君の幸せを願う6
「料理……料理……料理……?」
ブツブツ呟きながらハインハウルス城内を歩き回っているのは、クイーンブライド・コンテスト出場予定者の一人、ネレイザ。――料理が全然駄目なのが発覚&自覚してしまい、対策を練っていた所。
思えば迂闊だった。兄は何も言わずにいつでも平らげてくれていた。――言ってくれれば良かったのに。人生で初めて少しだけ、お兄ちゃんを恨んでます。
と、マークを恨んでいても始まらない。打開策を練らないと致命的。
手っ取り早く考えられるのは、誰かに教えを乞う事。では誰に? 聞いた情報によれば、エカテリスは団員には頼らず自力で今猛特訓中らしい。となると自分も何となく団員には頼りたくない。特にレナには頼りたくない。――というかなんであの人しれっと料理出来るのよ腹立つ!
団員以外。その条件で最初にパッと浮かんだのはフリージア。――でもライトの為の料理をフリージアに教えを乞うのはそれはそれで負けな気が勝手にしてしまうネレイザだったり。
「あーどうしよう、ホントにどうしよう」
ここはやっぱり自力で何とかするしかないのかも、出来るかな、と思っていた、その時だった。
「あれ? ネレイザさんじゃないッスか。どうしたんスかそんな浮かない顔して」
ドゥルペだった。――余談だが既に我が物顔で一人で城を歩き回っている。彼の性格もあり普通に城内部で交流も色々深めている様子。
「別に……」
流石に相談する気にはなれない相手だった。指摘通り表情に出てしまうのも隠せない。
「お疲れの様ッスね。――おひとつどうッスか? 甘い物はそういう時によく効くッスよ」
対してドゥルペはカパッ、と手に持っていた箱を開ける。するとそこには一口サイズのプチケーキがいくつか並んでいた。ドゥルペが持っているのは若干不釣り合い(ネレイザ個人の見解)だったが、
「ありがとう、頂きます」
そんな事を気にする余裕もなく、シンプルに美味しそうだったのもあり、お礼を言って一つ口に放り込む。
「あ、美味しい。何処の店の?」
甘過ぎずでもしっかりとした甘さが広がる絶妙な匙加減が見事で、ついそう訊ねていた。ところが、
「店じゃないッス。自分が作ったッス」
「へえ」
返って来たのは意外な答え。何とドゥルペの手作りだと言う。――人は見かけによらないわね。ああでも正確には人じゃなくて竜人……
「――って嘘でしょ、これアンタが作ったの!?」
「そうッスよ」
一度冷静になってみたら驚きが爆発した。――見た目も綺麗で店売りだと言われても疑わない。それでいて味も見事。
「もしかして……料理、出来るの?」
「趣味ッス。人間の街は食材が豊富で楽しいッスよ。イルラナス様とかレインフォル様とか、美味しそうに食べてくれるから――」
「確保っ!」
ガシッ。――ネレイザ、ドゥルペの腕を掴み、ズルズルと引きずって自分の部屋へと連れて行く。
「え? ちょ、待って欲しいッス、自分は食べても美味しくないッスよー!」
「何でそういう発想になるのよ! 料理教えて欲しいの! 協力して欲しいの! お礼はちゃんとするから!」
「お礼参りで報復されるッスか!?」
「そのお礼でもない! ああもう、先にあんたん所の人達に説明に行った方がいいわ、行きましょ!」
「あーれー」
そんな二人の様子を、偶然にも少し離れた所で何となく見守る形になってしまった人影が二つ。
「ふふふ、ネレイザさんも色々と支度を進めている様ですね」
「ですね。――ネレイザ様は向上心も高いですから、会得してしまえばかなりの物になるのではないでしょうか」
ハインハウルス女性使用人ツートップ、リバールとハルである。
「姫様も着々と支度を進めてますよ。――ハルさんは? 仕事ならある程度は肩代わりしますよ?」
「ご心配なく。ドレスはサラを通じてサディアンヌ様の伝手でお借り出来そうですし、料理等も今更何をするでもないですから」
事実、ハルの料理を含めた家事の腕は超一流である。
「それに私はあくまで数合わせ。優勝を目指しているわけではありませんし」
「そうなんですか?」
「自分の立場とスペックはわきまえてますから。勿論ライト騎士団の肩書を背負う以上、恥ずかしくない程度にはきちんとするつもりでいます。――それじゃ、あっちの仕事がありますから」
そう言って、ハルは凛としたままスタスタと歩いて行く。その背中を見送る形になるリバール。
「自分自身を把握出来てませんねハルさんは。私の中では、優勝候補の一角ですよ? 容姿も中身も、そして何より特定の人を愛する気持ちも」
つい微笑みながらそう呟くと、リバールも自分の仕事に戻るのであった。
「うーん」
ハインハウルス商店街、食材関連の店が並ぶ通りにて。セッテは頭を悩ませていた。
クイーンブライド・コンテスト、ドレスの支度は後はお任せに出来る所まで行ったので、セッテは他の支度に入った。差し当たってはコンテストで披露する料理に関して。
大人になって料理も覚え、一通りの事は出来る。晩御飯当番の日、お世辞を言わないアルファスがしっかりと平らげてくれている以上、下手ではない自覚はあった。
でもそれだけじゃ勝てない。自分自身に納得がいかない。今回、更なる上を目指したい。――というわけで、悩んでいたのである。食材を眺めては調味料を眺めては頭の中であれこれこねくり回し。
「セッテさん」
と、そんなセッテに声をかける人が。ハッとして見れば、タタスキア商会のトニックだった。
「トニックさん。トニックさんも食材探しですか?」
「いえ、僕はその手の事はからきしで。偶然セッテさんを見かけて声をかけただけです」
実際何も出来ないのだろう、恥ずかしそうにトニックはそう告げて来た。
「ドレスの方は順調に進んでますので、ご心配なく。セッテさんは」
「コンテストで披露する料理を考えていたんです。私らしさを出すには、何がいいかな、って」
「成程。――良かったら、一緒に探しながら相談に乗りましょうか? 確かに料理は出来ませんが、味覚はまともです」
「でも流石にご迷惑に」
「大丈夫です。セッテさんを応援する立場として、セッテさんがどうするのかも気になる所ですから」
そのまま少し押し切られる感じで、トニックはセッテに同行。最初は申し訳ないという気持ちの方が強かったセッテだったが、何処までも優しいトニック、次第に会話は弾み、楽しく食材探しが出来ていた。男性視点というのも確かに参考になり、完成とはいかないもののセッテの中で少しずつアイデアが生まれ始める。
とりあえずいくつか目ぼしい食材を購入し、買い物は終了。セッテは流石にお礼がしたいと、近くのカフェにトニックを誘った。
「今日は本当にありがとうございました。おかげ様で一歩、先に進めそうです」
「それなら良かった。それに、僕個人もセッテさんと楽しくお話出来て、嬉しかったです」
「それは私もです。だからですかね、つい甘える形になってしまって」
「いえいえ、そう思って貰えるなら何よりですよ」
実際、トニックは穏やかで優しく、近くにいてとても居心地が良かった。
「トニックさん、本当に女性にもてた経験、無いんですか? 先日もお伝えしましたけど、とても魅力的だと思いますよ」
結果、そんな言葉が不意に出てしまう。――そのセッテの言葉にトニックは苦笑。
「本当ですよ。いざって時に尻込みしてしまったり、家の事が色々あったりでどうしても。――僕も先日伝えましたけど、アルファスさんという方、そんなセッテさんに想われて本当に幸せですよ。羨ましい」
羨ましい。――その言葉が、一瞬何処となく重く感じた。……気のせいかな?
「セッテさん」
と、セッテがそんな事を考えていると不意にトニックが真剣な面持ちになる。
「僕、セッテさんに謝罪をしなくてはいけないんです」
「? 私に……ですか?」
知り合ってまだ日が浅い。何かをされた記憶はまったくない。――ドレスは順調のはずだし。ああでももしかして料金の話をしなくちゃいけないのかな……とセッテが瞬時に頭を巡らせていると。
「コイルさんとタナーさん、御存知ですよね」
「知ってるも何も、私の叔父と叔母ですけど……寧ろトニックさんがどうしてその名前を」
「先日、お会いしました。お見合い相手の親族の方で。お見合い相手として、姪御さんを紹介して下さったんです」
「!?」
衝撃の告白だった。つまりそれは、
「トニックさん……私の、お見合い相手だったんですか……?」
「お名前だけですが、セッテさんの事を知らされていたんです。――黙っていて、本当に申し訳ありません」
という事だった。ゆっくりと、深くトニックが頭を下げる。――言われてみれば、少しだけ最初に会った時に不思議な対応だった気がする。でもこれが理由ならば、確かに合点がいった。
「あ……あの、大丈夫です。確かに驚きましたけど、でもだからと言って怒りがこみ上げたりはしてません。ですから頭を」
嘘ではなかった。優しく誠実なトニック。今その話をされても、驚きこそあれど「騙したな!」という叫びを我慢するような気持ちは微塵も無い。
セッテに促され、トニックはようやく頭を上げる。
「僕も偶然に驚いてしまって。言おう言おう、言わなきゃと思ってつい言い辛くなってしまった」
「寧ろ、言わないでくれた事に感謝です。最初に言われてしまったら、ドレスの話を持ち込み難いじゃないですか」
「確かに」
何が楽しくてお見合い相手と知っていてに他の人を振り向かせる為の協力を仰がなきゃいけないのか。――その「if」のシチュエーションを想像して、二人でつい笑ってしまった。
「コイルさんとタナーさんから話は伺っていましたが、そのお話通り、いえそれ以上にセッテさんは素敵な人で驚きました」
「トニックさん……その、私は」
「わかっています。――僕が、貴女の背中を押したいという気持ちも、嘘じゃないんです」
「え……?」
ハッとして見れば、トニックは真っ直ぐ、ただ真っ直ぐにセッテを見ていた。
「その大切な人の為に一生懸命な貴女が、素敵だと思いました。それを邪魔して振り向いて貰っても、お互い辛いだけです」
「……トニックさん」
「だから、今まで通り精一杯頑張って下さい。ドレスの件もそうですが、僕は全力で応援します。貴女がそれで想い人と結ばれるのなら、笑顔で祝福出来ますよ」
トニックは優しく、罪悪感に包まれそうになるセッテをその言葉で守った。――ああ、この人は本当に優しい人で。
「ただ……お願いがあります」
「何ですか? 私に出来る事なら」
「もしも……もしもの話です。本当にその、万が一、セッテさんが大切な人に振り向いて貰えなかったら」
「貰えなかった……ら?」
そこで、トニックは一呼吸置く。想いを、勇気を確かめたくて、自然に手に力が籠った。
「僕の事……真剣に、考えて貰えませんか」
そして、その告白をするのであった。