第二百五十五話 誰よりも、君の幸せを願う5
「こんにちは、お疲れ様です!」
コンテストまでまだ日付はあるものの、かといって悠長にしてる程の余裕があるわけでもない。セッテは仕事の合間(とは言ってもアルファスの店で彼女の仕事はそんなにないのだが)を縫って、タタスキア商会に通い、ウリィ、トニックと話し合い、制作過程の確認の日々が始まっていた。
「ここは……こういう感じかこういう感じ、どっちかなんだけど、セッテちゃんとしてはどっちがいい?」
「うーん……どちらかと言えば後者で。ここに、裏手のお店にあるじゃないですか、あれを使いたくて」
「あー、成程、セッテちゃんらしい考え。そうなると生地が……ちょっと待ってて、倉庫見てくる」
ウリィもデザイナー魂に本当に火が付いた様で、生き生きと制作に臨んでいた。無理を言ってしまった自覚があるセッテとしてはそういう姿を見れれば一安心な部分もあったり。
「まいったな、ウリィさんがあんなに楽しそうに仕事してるの初めて見ましたよ。上司失格かも」
トニックは倉庫に小走りで向かって行くウリィの背中を見て苦笑する。
「すみません、本当に私の我儘な依頼なのに」
「いえいえ、最初に言いましたけど、上手くいけばこの店の知名度が大幅に上がり、こちらにもメリットが出ますから。それに……本当に、素敵な話だと思ったんですよ。セッテさんの理由が」
「ありがとうございます」
面と向かってそう言われると、流石に少々恥ずかしさが出てくる。
「そのアルファスさんという方が羨ましいです。こんなにも想って貰えてるなんて」
「唯一にして最大の欠点が、私の想いに応えてくれない所なんですけどね」
「それはそれで凄い人です。セッテさんみたいな素敵な人に想われて応えてくれないなんて。羨ましい。僕なんて、取り柄は家柄だけで、他に特筆すべき所がない。女性にもてた経験もなくて」
本当にそう思っているのがわかるような苦笑をトニックは見せた。……でも。
「トニックさんも、私は素敵な男性だと思いますよ」
その言葉は、何の迷いも無くセッテの口から出てきた。
「こんな風に私の我儘にお付き合いしてくれるなんて普通出来ませんし、この何日かお話してわかります。お優しい方です。タイミングが合わないだけで、全然魅力的だと思いますよ」
笑顔でセッテはそう言い切る。その笑顔に、眩しい程の笑顔に、トニックの心が揺れる。
「……もっと早く、貴女に会えていたら良かったのに」
「えっ?」
「あ、いえ、何でもありません。――さあ、デザインを詰めていきましょう。制作の時間を考えれば、早ければ早い程いいですから」
そう言って、何事も無かった様にトニックは笑顔を見せるのであった。
「はっ……はっ、ふぅ……ありがとうございました」
「おう、お疲れ」
アルファスの店……の裏庭。今日も今日とて、ライトは稽古をつけて貰いにやって来ていた。ミラージュを教わり始めて多少の期間が過ぎたが、まだまだ手探り状態。体力も多く使っている。
でもそれは、自分が選んだ道で、自分の為。――そう思えば、辛いと思う事は無かった。
「店長、兄者、お疲れ様だ」
と、終わるタイミングを見計らって、フロウが飲み物を持ってきてくれる。
「やー、どうもどうも」
「お前ベンチでゴロゴロしてただけじゃねーか」
「わかりました、今度からゴロンゴロンにします」
「何が違えんだよ!?」
そんな感じで当たり前の様にレナもコップを一つ取る。溜め息交じりのアルファスの指摘通り、レナは何もしていないので疲れてはいない。――と、
「――あれ? セッテさんは?」
当たり前の様にフロウが飲み物を持ってきたが、これはいつもならセッテの役目。正確には自主的にやってくれているので役目ではないのだが、持ってきてくれるのが当たり前になっていたのでついそう尋ねてしまった。
「何だ兄者、私じゃ不満か?」
「いや、そういうわけじゃなくて」
「ふふっ、冗談だ。私も手伝いで兄者達が来るまでは出てた所だぞ」
「セッテさんの……手伝い?」
その問いに、アルファスが軽く溜め息。
「何でも今度城下町でやるコンテストに出るとかで、それの準備で忙しいんだと。――レインフォルっつったか、あいつが言ってたぞ。確か姫さんとかお前の仲間も出るやつだ」
「ああ、セッテさん、クイーンブライド・コンテスト出るんですね」
成程、とアルファスの軽い溜め息に納得。――ちなみにライト騎士団から出場するエカテリス、ネレイザ、ハルも最近は色々と準備に動いている様子。
「アルファスさんも罪だねえ。明らかにセッテの目的はアルファスさんへのアピールじゃん」
「そんな事されても俺の評価は変わらねえ。セッテはセッテ、それだけだ」
たとえどんな事情があって、どんな想いであいつが今いるんだとしても、同情で嘘はつけない。――それが、俺なりの精一杯の信頼の証なんだよ。
「ふーむ」
と、そんなアルファスの様子を見て、レナが少し考えた後、
「アルファスさんって、結婚願望とかって無いの?」
そんな質問をぶつけてみる。結婚願望。――結婚。
「一番願望が無さそうなお前に訊かれたくはねえが」
「失礼な、私だってあるよ。将来は甘やかせてくれてグータラさせてくれる人と結婚してまったりしたい」
「旦那じゃなくてもいいじゃねえかそれ」
実際魔王を倒して世界が平和になったらレナは一人ででもやっていそうであった。――は兎も角。
「実際、店長はどうなんだ? 私はセッテの味方だが、でも今日の話はセッテには秘密にしておく」
フロウも興味があった様で、アルファスに改めてそう尋ねる。――確かにこの手の話題はセッテの前ではし辛い(暴走が目に浮かぶ)ので、尋ねる滅多にないチャンスであった。
「…………」
アルファスは急に黙り、ゆっくりと空を見上げた。――結婚。大切な人と家族になる事。……大切な人と。
『アルファス君。君の責任は上官の私の責任。だから、君が一人で抱える話じゃないわ』
『以前だったらそうかもしれないけど、今は俺独立して単独じゃないすか。俺の責任です』
『そんな事を言ったらアルファスさんを紹介した私にも責任があります。私も同罪です』
『それも違え。面倒見たのは俺だ。お前が抱える話でもねえよ、リンレイ。――二人共、俺に気を使ってくれるのはいいけど、戻って下さい。忙しい立場なんだから』
ガチャッ。
『あ……』
『……すみません、アルファスさんというのは』
『俺です。――今回の件は、俺に責任が』
『彼が、本当にお世話になりました。ありがとうございました』
『っ!』
『以前から伺っていました。アルファスさんという方の弟子になれた。最高の師匠に巡り合えた。人生の自慢だと。貴方の事を語る彼が、輝いてました。そんな彼を見るのが、幸せでした。彼も、幸せだったと思います』
『ですが……俺は』
『彼と一緒になれなかったのは悲しいです。でも感謝こそすれ、貴方に恨みなんてありません』
『…………』
「俺にはさ」
『……謝って済む話じゃねえのは重々承知してる。でも謝らせてくれ。――すまなかった』
『…………』
『俺は』
『貴方はもっと、私達姉弟の幸せを考えてくれているんだと思ってたわ』
『……それは』
『わかってるわ、貴方は悪くない。貴方は悪くないの。でも……貴方は敵を倒せても、私達家族を幸せにはしてくれないのね』
「俺にはさ、結婚して、誰かを幸せにする権利なんざ、ないんだよ」
そう呟くアルファスの横顔は、何処か切なくて。それ以上は、誰も何も訊けなくなる。
「ああ誤解すんなよ。俺がセッテを恋愛対象として拒んでるのはまた違う話だぞ。――別に俺とてあいつの事を認めてないわけじゃねえ。ただ出会いとその後の行動がインパクト過ぎてその気にまったくならねえだけだ」
「うわあ……わかってはいたけど……どうすんのセッテ」
基本逆効果じゃん。――レナの想いは、ライトもフロウも同意見だった。でも。
「きっとセッテさんはそれでもスタンス、崩さないだろうなあ」
「まあ私が言うのもあれだが駆け引きが得意な女ではないだろう。それが魅力なんだからな。確かにマイナスかもしれんが」
「もう既成事実作ればいいんじゃないの? それしかないでしょ」
「レナ、それはセッテさんのピュアストーリーが一気に泥沼化するから駄目だろ……」
「つーか俺を目の前に俺とセッテをどうにかする相談するの止めろ」
呆れ顔のアルファス。そんな彼をそのままに、三人の相談はもう少しだけ続くのであった。
「ただいまです、すみません遅くなりました!」
そして夕方も終わりかけの頃。セッテが小走りに店に戻って来た。
「気にすんな。いつもの俺の店だ、別に何があるわけじゃねえ。明日とかも気にすんな。この先一生来なくてもいいぞ」
「話の根本が崩れるのでそれは駄目です! いざとなったら分身してでも来ます!」
「お前はリバールか」
真剣にリバールに教えを乞う姿が想像出来てアルファスは洒落にならん、と思った。
「フロウさんも、私の分まで店番ありがとうございます」
「言っただろう、私は応援すると。この位いくらでも。――兄者も応援してくれてたぞ」
「本当ですか? 今度会ったらお礼言わなきゃ」
嬉しそうにするセッテ。――何で俺の周り俺を応援する奴いないんだよ、と心の中で落胆するアルファス。
「さて、今日はもう店仕舞いだな。片付けるぞ」
「はい」
「私は夕飯の支度をしてくる」
夕飯登板だったフロウが店の奥へ消え、アルファスとセッテ、二人で閉店の支度に入る。――とは言ってもそんなに大そびれたことをするわけじゃない。掃除、運営金の片付け、備品等のチェック。忙しい店でもないので動きも少ない。
「セッテ」
「はい」
「楽しそうだな、お前」
不意に、そんな言葉が漏れた。普段のアルファスなら何で俺そんな事訊いてんだ、と思うだろう。でもライト達との会話が今日はあったせいか。何となく違和感無しに、その言葉が出てきた。
「はい! 今までの人生の中で、一番楽しいかもしれません」
「そんなにかよ」
「そうですよ! 花嫁として、認めて貰うんですから、アルファスさんに!」
「そうなのか」
「何で他人事なんですか!?」
傍から見たらいつも通りアルファスが適当にあしらっている様に聞こえるその言葉。でも今日は、何処か本当に客観的にアルファスはその言葉を発していた。
「まあ、俺云々は置いておいて」
「置いておかないで下さい!」
「お前は幸せになる権利は持ってるよ。だから、後悔はすんなよ。目先の事に捉われて、先々を見失うな。――幸せって、一時だけじゃ逆に辛いだけだ」
「アルファスさん……?」
「お前はこの街で、一生懸命周りを幸せにしてる。だから、「本当の」幸せを、ちゃんと考えろよ」
そう言って、アルファスは売上金を金庫に仕舞う為に、店の奥に消える。
「私の……本当の幸せは……」
そのアルファスの背中を、何処か寂しそうなアルファスの背中を見て、セッテはそれ以上は何も言えなくなってしまうのであった。