第二百五十四話 誰よりも、君の幸せを願う4
「セッテの……叔父夫妻……?」
物腰柔らかくコイルとタナーと名乗るその中年夫婦は、そう自分達の身分を明かした。
「はい。いつもセッテがお世話になっております」
「あ、いえ、こちらこそ。――今ちょっとあいつ出てて、いつ戻ってくるかわからなくて。遅くても昼には戻ってくると思うんですけど」
アルファスはそう説明して、申し訳ないがもう一度訪ね直してみる事を勧めてみる。――訪ねてくるとわかっていて忘れるようなセッテではないので、サプライズの訪問か。だとしたら運が悪い。
「いえ、セッテにはセッテで会いに来たのですが、貴方にもお会いしたくて」
が、夫婦はアルファスにも会いに来たと言う。――え、もしかして俺、この人達にも無い事無い事吹き込まれてる? と、変な不安がアルファスの中を過ぎる。
「時々くれるあの子の手紙に、貴方の事が書かれています。とても良くして貰っている、素敵な方だと。――失礼ですが、あの子の事はどの程度御存知でしょうか?」
「どの程度、って……」
そう言われてアルファスは気付く。――セッテの事はほぼ何も知らないという事に。
ある日突然店の前で出会い、それから付きまとう様に自分の店に半ば無理矢理出入りする様になった。最近根負けして従業員に正式にした。拒んでも拒んでも何故か自分に付きまとう変な奴。誰にでも優しく、誰からも愛される性格の持ち主。どうして自分の店にいるのか、どうして自分に拘るのか、と考えるのは最早諦めた。
そう、深く深く追求した事など無かったのだ。傍にいるのが当たり前になっていたから。
「やはりあの子、何も話していないんですね」
そのアルファスの様子に、夫妻も気付く。でも、責める様な様子はまったく見られない。
「あの子にはもう両親がおりません。あの子の父親は地方の領主で、一人娘でした。こちらの様な煌びやかな物では無かったとは思いますが、それでも地位のある家柄の子です」
「……!」
それから夫妻は、戦火に巻き込まれてセッテ以外がほぼ犠牲になってしまった事、生き残ったセッテをしばらく面倒見ていたが、セッテの強い希望によりハインハウルスでの独り立ちを見送った事を話す。
「あの子の夢は、もう一度、両親が作り上げ、守っていた様な暖かい場所を作る事なんです」
「そうだったんですか……いいご両親だったんですね」
「はい。自慢の家族でした。セッテにとっても、私達にとっても」
その両親あってのあのセッテ。――アルファスも何処か納得がいった。
「……でも、それで俺を訪ねて来るっていう事は」
そんな事だけを話しに、セッテに内緒でアルファスを訪ねて来たりはしないだろう。もっと話さなきゃいけない重要な話があるのだ。
「……あの子が貴方に、異性として気があるのは手紙の様子からしても、一目瞭然です」
「…………」
「あの子が貴方と結婚して、幸せになれるのならば私達は何も言いません。でも――あの子は、貴方と結婚出来ますか?」
「……それは」
その言い方からするに、アルファスが中々振り向いてくれないのも、何処となく伝わっているのだろう。
「……俺は、同情で結婚は出来ません。セッテが嫌いって言ってるわけじゃないです。あいつは何だかんだで、貴方達が言う通り優しくて今時珍しい良く出来た奴だと思います。だからこそ……同情で結婚は出来ない。その気はないと、あいつにも話してあります」
誤魔化すわけにもいかない。アルファスは想いを正直に話す。
「そう……ですか」
何処か納得した様な、辛そうな表情を夫妻は浮かべる。そして、
「ならば……いっそのこと、突き放して貰えませんか」
「!」
そのアルファスの答えに対しての夫婦の願いは、言葉にすれば冷たく残酷な物だった。
「あの子に、お見合いの話が出てるんです。先方もとても良い方で、あの子の過去を話したら、将来的に一緒になれたらあの子の両親の土地の復興を目指しても構わないと。そう言ってくれたんです」
でも夫婦は申し訳なさそうに、そして切実な目で、アルファスにそう切り出してきた。
「あの子には幸せになって欲しいんです。でも、今のままならどうなってしまうのでしょうか。あの子は両親も友人も一度全て無くし、どん底を見ている。幸せになる権利があるはずなんです。重ね重ねになりますが、貴方と一緒になれて幸せになれるのならばそれでも構いません。でも、仰る通り同情ではいつまでも幸せは続かないでしょう。ならばあの子の夢の為に、あの子を突き放す……ううん、背中を押す手伝いをして貰えませんか。手遅れになる前に。後悔を、して欲しくないんです」
「…………」
後悔をして欲しくない、か。――そりゃそうだよな。後悔のない人生が歩けたら、どんなに幸せか。
「あいつはお見合いの話は」
「勿論伝えてあります。先方がどんな方で、セッテの夢を叶える事が出来る人だと。ですから」
「だったら――俺から出来る事なんて、何もないでしょう」
そのアルファスの言葉に、夫婦の顔に困惑が走る。
「本当に後悔させたくないなら、自分で選ばなきゃ意味がない。セッテが自分で選ばなきゃ、意味が無いじゃないですか。俺に言われたからお見合いするとか。それこそそれで最後後悔されても俺困りますから」
「でも……それは!」
「勿論、あいつがお見合いを自分で選んだら、俺は止めません。あいつがその人と結婚するってなら、まあ関わった立場として祝福しますよ」
「…………」
「貴方達がセッテの事を想っているのは良くわかります。お気持ちもわかります。でも、俺の結論はきっと変わりません。……俺からは、それだけです」
アルファスの言葉に何も言えなくなってしまった夫妻は、少ししてアルファスに頭を下げると、店を後にする。
「……俺だって、あいつに不幸になれだなんて微塵も思っちゃいねえよ。あいつには……」
その呟きは、一人になった店の中に消えていくのであった。
「セッテちゃん、例のコンテスト、出るんだって?」
「はい! 優勝目指しちゃいます!」
「頑張ってねセッテちゃん、セッテちゃんはこの区域の代表なんだから。応援してるわ」
「ありがとうございます! セッテに清き一票を!」
商店街を歩けば声をかけられ、応援され、セッテも挨拶。――まるで選挙だな、とフロウは表情には出さず心の中で笑ってしまう。
「……まあ、それだけセッテが慕われているという証拠でもあるか」
「? フロウさん、どうしました?」
「いや、何でもない。――票集めよりまずは準備だな。手始めにドレスか」
「自前でもレンタルでもどちらでもいいみたいですけど……」
手持ちの参加者用資料には、ドレスのレンタルシステムあり、と書かれていた。ドレスがないと出場出来ないという枠を狭くする流れを防ぐ結果だろう。
「出来れば自前がいいですね」
「気持ちはわかるが、恐らく兄者側三名も自前、特にエカテリス姫の息がかかったデザイナー辺りが手を出してくる可能性が高いぞ。自前で対抗出来るか?」
「だからこそ、です。王女様とはまったく違う方向性のドレスを、商店街パワーで作って貰うんです」
「成程、そういう事か」
ここでドレスのレンタルを選んでも、エカテリスの息がかかったドレスを越えられる可能性は低い。ならば最初から個性を出す為のドレスを目指す。それがセッテの作戦だった。
生地、小物やアクセサリー、美容院等、それぞれ必要なジャンルの店に足をどんどん運んでいく(当然全てセッテの顔見知りなので話は早い)。そして皆やはり協力的であり、話もどんどん纏まっていく。
「素材は集まりそうだな。――後は実際に形にしなくてはいけないわけだが」
「勿論コネがありますよ。セッテパワーを見せてあげます」
本当に何処から何処までも商店街はセッテの物(?)だった。改めて驚きをフロウは隠せない。――実は支配してるとかじゃないよな? 店長と私はセッテの掌で踊ってるとかじゃないよな?
そのままセッテはフロウを引き連れ、比較的大きめなとある店舗へ。
「ごめんください」
「いらっしゃいませ。――あらセッテちゃん」
入ったのは、「タタスキア商会」と書かれた大きめの店舗。ファッション全般の店であり、どちらかと言えば高級志向な店。――だがセッテが用があるのは、この店の商品ではなく。
「ウリィさん、ウリィさんに折り入って相談がありまして」
デザイナーとしてこの店舗に所属している、ウリィという女性個人に対してだった。――高級志向の店に普段用はなくとも人柄が合えばセッテのお友達触手は簡単に伸び、ウリィもその触手に身を任せた(!)一人であった。
セッテは簡単に現状を説明。そして、ウリィにデザイナーとしての協力を求めた。
「面白そうじゃない! それで本気でアルファスさんを落とそうだなんて! いいわ、協力する!」
「やったー! ありがとうございます!」
「デザイナーとしての腕が鳴るわ! タタスキアに所属はしてるけど、ファッションは高級が全てじゃないってのを見せてあげる!」
ウリィはデザイナー魂に火が付いたのが、目を光らせてセッテの依頼を受諾。いくら裁縫が得意なセッテとはいえ、ウェディングドレスとなればやはりプロの力が欲しかった。ある意味一番の戦力かもしれない。
「そうなってくるとスケジュール調整しちゃおうかな。――店長ー! ちょっといいですかー?」
ウリィが奥のスタッフルームに向かってそう声を出す。すると奥から二十代後半位だろうか、眼鏡をかけた男性が――
「――ってあれ? ここの店長さんって」
――出てきたのだが、セッテの記憶ではこの店の店長は四十代位の男性だった。
「あ、うん、変わったの。前の店長は出世して本社勤務になってね、今は社長の息子さんが現場研修も兼ねてこの店の店長になったの。よっ二代目!」
「ウリィさん、その呼び方は止めて下さいって」
セッテの疑問にウリィがからかいながらの説明。二代目、と呼ばれて恥ずかしそうに出てくるその男性、線も気持ち細く、優しそうな印象を受ける男性だった。
「初めまして。トニックといいます」
「セッテです。ウリィさんとは仲良くさせて貰っていて、個人的な相談で足を運ばせて貰いました」
セッテは笑顔で挨拶。するとトニックが一瞬固まった様にセッテを見る。――あれ、何か私マズい事したのかな。
「お仕事中なのは承知しているので、駄目でしたら後日に――」
「ああいえ、大丈夫ですよ。……貴女がセッテさん、ですか」
「? 私の事を知ってるんですか?」
「今更何言ってるのよセッテちゃん、セッテちゃんこの商店街から切っても切れない存在なんだからここに来たら直ぐに名前なんて耳にするわよー、ねえ店長?」
「ええ、まあ」
ウリィの予測補足に、トニックは直ぐに笑顔でそう返事。――ああ良かった、仕事中だから怒られるのかと思った。
「でね店長、セッテちゃんの為に私協力したい事があって、スケジュール調整したいの。今そんなに忙しい仕事なかったわよね?」
「大丈夫ですが……理由を具体的に伺っても?」
「はい、大丈夫です」
セッテはそこでトニックにも事情を簡単に説明する。
「成程……素敵なお話ですね、いいですよ。ただし、上手くいったら正式にこの店がプロデュースしたと宣伝させて下さい」
「ありがとうございます、それは全然構いません!」
笑顔でセッテはお礼を言う。そのセッテの笑顔に、トニックも嬉しそうに微笑んだ。
こうして、セッテの計画は一歩一歩着実に進んで行くのであった。
――それが、同時に一歩一歩着実に歯車を狂わせていっているとは知らずに。