第二百五十三話 誰よりも、君の幸せを願う3
「これが依頼の品だ」
武器鍛冶アルファスの店。アルファスがカウンターに二本の長剣を置く。対になっており、二刀流として扱える仕様。
「これは……そうか、凄いな……持っただけでわかる。私の為の剣、模擬戦で私の剣術を見抜いた上でのこれ以上にない程の私の剣だ。――感謝する。ありがとう」
「まあ、これが俺の仕事だしな」
受け取ったのは長剣二刀流使いであるレインフォル。――オーダーメイドで依頼していた専用の武器が出来上がり、受け取りに来ていたのだ。
「にしても……あれはどうしたんだ?」
レインフォルが促す先では、
「ただきらびやかなだけじゃ意味がないと思うんです。自分で言うのもあれですけど、私が突き詰めるのはそういう方向性じゃない。ドレスも、お金を出来るだけかけずに、でも私らしさを全面的に。そういうのがいいです。――今まで培って来た商店街パワーを全力で発揮する時が来ました! 一つ一つ、色々な物をお願いしに行こうと思います」
「そしてその上でドレス以外の審査項目も突き詰めていかないとな。こちらの方は私も協力出来そうだ」
レインフォルの来店に気付いてもいないのか、セッテとフロウがせっせと意見を出し合っている。
「最近少しでも手が空くとああだ。何でも城下町で花嫁コンテストだか何だかがあるらしくて、それにセッテが出るんだと」
「成程、それの話し合いか。――そういえば旦那様も国王に頼まれたとかで出場者を募集してたな。上手く騎士団から決まった様だが」
「旦那様……? もしかしてライトの事か」
「そうだが。私にとって仕えるもう一人の方という意味合いを込めて、そう呼ばせて貰っている」
あいつついに敵側の人間までここまで堕とすのかやべえな、とアルファスが感心(?)していると、
「ライトさんの騎士団からも出場者がいるんですか!?」
ズイッ、といきなりセッテが喰いついて来た。――そこは聞こえたらしい。
「ああ。結局事務官とエカテリス姫と国王専属の使用人が出ると言ってたな」
「ネレイザさんとエカテリス様とハルさん……!? 強敵、強敵ですフロウさん!」
「確かにな。だが冷静になれセッテ、お前はその三人誰とも方向性が違う。お前だけの個性で、勝つ。勝てるんだ」
「フロウさん……そうです、そうですよね! 負けるわけにはいきません! 寧ろライバルを倒してこそ本当の勝利!」
「その意気だ、私もお前のマネージャーとして全力を出す」
いつの間にかマネージャーになったフロウだった。二人からは闘志の炎が燃え上がっていた。アルファスからすれば何でそこまでこの大会に拘っているのかわからないので、一体フロウまで何があったんだ、とお手上げ状態。――ついにフロウもセッテに毒されたのか……?
レインフォルは特に気にする事もなく、礼を言って退店。直後、
「アルファスさん、私達午前中留守にします、店番お願いしますね」
そう告げて、セッテとフロウが店を後に――
「ああ。……っておい、ここ俺の店、それ指示すんのお前じゃ――」
「アルファスさん」
至って正論のアルファスのツッコミを遮る様にセッテがアルファスの名前を呼び、真正面に立ち、その目を見る。
「私、頑張りますから。全力で、精一杯。だから……見ていて、下さい」
いつもと同じ様で、でも違う。理由こそわからないが、その目からセッテなりの覚悟をアルファスは感じ取った。
「――はしゃぎ過ぎて、馬鹿な真似はすんなよ。変な真似したらこの店クビにするからな」
「大丈夫です。――最高の私を、見せてあげますから!」
そう宣言し、改めてセッテとフロウは共に公言通り午前中を有効利用する為に店を後にした。――その後ろ姿を、アルファスは何となく見送ってしまった。更に言えばその前に宣言した時に見せた笑顔が、何故か脳裏を過ぎる。
「ホントに、何があったんだあいつは」
理由が思い当たらない。とりあえず何でもいいがトラブルは勘弁して欲しいと思うアルファスだった。――と、少しすると店のドアが開き、人が入ってくる。
「いらっしゃいませ」
声をかけさて接客……と思ったが、この店を利用するような人間には見えなかった。中年の物腰が柔らかそうな男女。夫婦だろうか。とても自分の店の武器を欲している様には見えない。――まあ、一応見た目だけで判断はしねえが。この前のサクラもそうだしな。
「何かお探しですか」
何にせよ冷やかしにも見えなかった。店を間違えたのかも、と思ってそう続けて尋ねてみると。
「あの……アルファスさん、という方は」
「俺ですが」
俺目当て? ますます何者だ……と思っていると。
「初めまして。私はコイル、こっちが妻のタナー。……セッテの、叔父と叔母になります」
そう、自己紹介をされるのだった。
「クイーンブライド・コンテスト、具体的には何やるんだろ」
ライト騎士団から出場者が決まってライトとしては一安心だが、具体的な内容もこうなると気になってくる。ドレスを着るのは前情報でわかってはいたが、それ以外に奥さんらしさを競うとは一体。
「んー、奥さんらしさでしょ? 旦那の浮気調査とか、マザコン男の調教の仕方とか?」
「何で駄目夫と結婚した前提のコンテストなんだよ!?」
いつも通りライトと一緒に移動中のレナの予測は極端であった。――夢も希望もないコンテストだよそれ。
「具体的にはこの様な競技が予定されている様です」
「ぬわ!」「うわ」
と、何処からともなく目の前に降り立ったのはリバールだった。ライトは勿論、流石のレナも驚きを隠せない。――そんな二人の様子を気に留める様子もなく、そのまま資料と思われる紙を手渡して来た。
「何々……ドレスアップ対決、手料理対決、夫への好感度アップシチュエーション対決、愛の言葉対決……」
「うーわ後半やば。出なくて良かったわー」
流されるままに二人でその資料を見た。レナのストレートな感想が実に彼女らしい。
「まあ、レナの気持ちはわかるけど男目線から言わせて貰えばどれも興味はあるよ」
ネレイザ、エカテリス、ハル。三人共何をさせても似合うだろう。
「しかしながら、私としては問題が浮上してしまいまして」
「リバール?」
スッ、とリバールが真剣な面持ちになる。一体どんな深刻な問題が――
「姫様はお立場上、料理の経験や異性とのそういった交流経験が少ないです。なので私が今から料理等をお教えして完璧な花嫁姫様を仕立て上げて堪能するか、それとも不器用にでもピュアな保護欲に駆られる姫様を堪能するか、一体私はどちらの姫様を堪能すればいいのでしょう!?」
…………。
「……あら? ライト様? レナさん? 一体何処へ行ってしまったんですか? ぜひ意見をお伺いしたかったのですが!」
「んー、奥さんらしさでしょ? 旦那の浮気調査とか、マザコン男の調教の仕方とか?」
「気持ちはわかるけどリバールとの遭遇を無かった事にするなよ!?」
というわけで、リバールの暴走をいち早く察したライトとレナはリバールの射程範囲外に移動していた。レナに関しては時間を巻き戻して台詞を言い直していた。――んな無茶な。
「ほら見ろ、遭遇するのもリバールじゃない。ネレイザだぞ」
「リバールの変装かもしれないじゃん」
「それをやる理由は!?」
そんなこんなでネレイザと合流。参加者であるネレイザに先程見た資料の中身を語ってあげた。
「ネレイザは料理は出来るの?」
「当然! お兄ちゃんに作ってあげてたもの!」
「…………」
『あー、お腹空いたー、ご飯ご飯……ってうわマーク君、何食べてんのそれ。駐屯地での戦闘前の落ち着いた時間なんだから普通の食べ物食べなよ。ドMなのは知ってるけどさ』
『違うんです……さっき、ネレイザがわざわざ訪ねて来て、お弁当作ったからって……近くで戦える機会早々ないから、って……』
『いや、気持ちはわかるけど流石にそれはこっそり捨てればいいのでは』
『かもしれませんけど……でも、それやっちゃうと次会った時に後ろめたくて……後僕ドMじゃないです……』
「へー、それなら大丈夫そうだな」
自信満々に胸を張るネレイザを見て、ライトは納得。――ポン。
「勇者君。――マーク君は、優しかった。優し過ぎたのよ」
「…………」
優しくライトの肩を叩くレナの目が何処か遠くを見ていた。――その台詞といい、まさか。
「ネレイザ、念の為に訊くんだけど、マーク以外に料理、作ってあげた事ある? 美味しいって言って貰った事ある?」
「ないけど。お兄ちゃん以外に作ってあげたいと思った事ないし」
「ネレイザちゃん。――マーク君は、もういないんだよ」
「何で急にお兄ちゃん死んじゃったみたいな言い方してくるの!?」
レナと察したライトが、さり気なくネレイザの考えを正そうとする。――こうなって来るとネレイザも気付かない様な疎いタイプではない。言いたい事を察する。
「二人共、疑ってるんでしょ私の腕! いいわ、ちょっと作ってあげるから! 来なさいよ!」
「え? あ、ちょ、俺達は別に」
ガシッ。――ライトが腕を掴まれ、引きずられていくので、
「ちょ、勇者君、私は別に確認したくない」
ガシッ。――条件反射でライトがレナの腕を掴む。
「レナ、君は俺の護衛なんだから俺を守る立ち位置に居てくれないと!」
「傍にいてもこれ守れない案件じゃん! 嫌だ! 放してー!」
というわけで、二人共ネレイザの部屋に連れ込まれた。
「じゃあ、簡単な物作ってあげるから、見ててなさいよ!」
エプロンをして料理を始める姿こそ、幼な妻の様で様になっているが……徐々に独特な匂いがしてくる。その匂いを嗅いで隙を見てはレナが逃げようとするがライトが放さない。そして、
「出来た! はい試食どうぞ」
コトッ、と二人の前に紫色の塊の上に青いソースがかかった何かが置かれた。――何だこれ。何を料理して何を使ったら紫と青の品が出来るんだ。
「オ、オイシソウナ魚ダナー」
「ポークソテーよ?」
「な、成程、そういう名前の魚だね」
「豚肉のソテーって意味だけど?」
何処からどう見てもポークソテーには見えない。ついでに言えば本当は魚にも見えない。
「ネレイザちゃん。これは流石にポークソテーじゃないよ。これ自分で試食した? 悪い事は言わない、してみ?」
腹を括ったレナが、ストレートにそう告げる。ネレイザはムッとしながらも、紫のポークソテーを一口――
「げほっ!? 何これ、何で!? レシピ通りに作ったのに!」
――食べようとして、吐き出した。ある意味予想通りの味だった様子。……何のレシピ本を見たんだ。黒魔術の呪いの書と間違えてなかろうか。
「ネレイザちゃん、これは駄目だよ。ハッキリ言えば料理って何かを基礎から考え直すレベルだから」
「む……ぐ……な、何よ、それじゃレナさんは作れるの!?」
レナに言われたのが悔しいのか、せめてもの対抗心をネレイザが見せる。
「……ふむ」
が、ここからはネレイザは勿論、ライトも少々予想外の展開が待っていた。――レナが立ち上がり、ネレイザと交代する様にキッチンに入り、素早く料理をして、
「ほい。ポークソテーってこういうもんでしょ」
コトッ、と二人の前に一皿差し出した。――見た目シンプルだが、でも美味しそうな、誰が見てもポークソテーとわかる品。匂いも食欲をそそる物で、二人は口に運ぶと、
「美味しいな……」
捻りこそないかもしれないが、でもしっかりとした味。美味しさが口に広がった。
「レナ、料理出来たんだ」
「この位は。趣味なわけじゃないから、今は自分で作る必要性ほとんどないからやらないだけ」
確かに城に居れば食堂があるし、遠征に行けばソフィがよくおやつを作ってくるし。手を出す必要はない。――レナの意外な一面を見た。そういえば部屋も綺麗だった。面倒臭がり屋だけど、こういう所はしっかりしてるんだな。
何となく手が止まらず、二口目三口目と手を伸ばすライト。それを少し満足気に見るレナ。それはまるで、本当の夫婦の様で――
「だーっ! わかったわ、じゃあ見てなさいよ! 本番までに、ちゃんとしたの、これより美味しいの、作ってみせるんだから!」
――ネレイザが、闘志を燃やすのには十分な理由となるのであった。