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第二百四十九話 演者勇者と忠義の白騎士22

 イルラナスに向けて振り下ろされるレインフォルの剣。適格に、でもまるでスローモーションの様にイルラナスの胸に向かって突き進んで行く。

「はいストップ、一旦ストップ」

 ――のを、寸前で喰い止めるその声。ハッとして見れば、

「え……王妃様!?」

 ヴァネッサだった。左手をレインフォルの肩に、右手でレインフォルの腕を掴み、その動きを制止させていた。

「いつの間に!? というか大丈夫なんですか!? お体の方は」

「大丈夫じゃないわよー、正直まだ戦闘中だったら困ってた所。まあ戦闘中ならそれはそれで介入したけどね。間に合って良かった。……治療期間伸びるわ、これ」

 ヴァネッサはそう言いながら苦笑する。実際レナとネレイザは目を丸くしていた。その目が常人が出来る事じゃないと物語っていた。

「……何の真似だ、天騎士」

 一方のレインフォルは、その手が震えていた。ヴァネッサも手を離さない。――手を離せば、そのままレインフォルの剣がイルラナスの胸を貫くのだけの力が込められたままなのだ。

「お前ならばわかるはずだ。今のこの状況が、どういう状況なのか。……イルラナス様に、生き恥を晒せとでも言うつもりか」

「いいえ。シンプルに、助けられる道がないか、模索しに来たの。駄目だったら私もここで責任持って見届けるわ」

「助けられる道などあるわけがないだろう! 私とて、助けられるなら助けるに決まっている! でも、これ以上このままにしても、結局本当のイルラナス様が押し潰されてしまうだけ!」

 結局今はイルラナス自身が弱まっている為、瘴気が弱まり、本来のイルラナスが表に出ている状態。イルラナスを回復させれば再び瘴気が強まり、レインフォルの知らないイルラナスに戻ってしまう。だから助けられない。――それがレインフォルだけではなく、ライト達も同意の結論だった。……だが。

「なら、瘴気を吹き飛ばせるかどうか試してみない?」

 ヴァネッサは、落ち着いた口調でそう言いだした。――瘴気を、吹き飛ばす?

「王妃様、お言葉ですがここまで広がった瘴気を吹き飛ばすのは、大本を叩かない限り無理ではないかと。いくら王妃様でも」

 ネレイザが申し訳なさそうにそう提言する。

「そうね。流石の私でも無理かな。だから、ライト君にお願いしようかな」

「え……俺!?」

「もしかして、勇者君のスケベは瘴気から出ていて、それを我慢すれば浄化される的な……!?」

「俺の横真剣な顔で驚かないでくれる色々違うよねそれ!?」

 状況を考えて欲しい。……は兎も角。

「王妃様、どういう事ですか? 俺に何が」

 ライトの問いに、ヴァネッサはライトの腰を指差す。腰にある物といえば。

「それなら多分出来るんじゃない? 瘴気消し飛ぶ位」

 聖剣エクスカリバー。――本物の勇者の装備で、圧倒的な存在。

「報告で聞いたわよ? 神創結界何枚も一気に破壊したって。それだけの力があれば、この瘴気だけを打ち払う事位出来るわ」

 それは勇者の花嫁騒動時。何者かによって作られ、ニロフすら解除に苦戦した神創結界を、エクスカリバーを抜いたライトが一掃した。

「確かにそうかもしれません。……でも俺、結局抜けないのはわかってますよね? 電流は流れなくなったけど」

 でもあれは偶然が重なった奇跡。今も言われてグイグイ引っ張ってみるが当然抜けない。――あの時会話をしたのも本当に夢だったのか、と今思えばしてきたが、

「じゃあ手伝ってあげるわ。ちょっと交渉してみて」

 ヴァネッサがやって来て、今度はライトの手を握り、一緒にエクスカリバーを握り直す。ボワッ、とライトの手に魔力が伝わる。ヴァネッサの物だろう。不思議な感じだ……と思っていると、

『だが断る』

 声が聞こえた。――って、

「まだ俺何も言ってねえ!?……ってもしかして」

 ハッとして周囲を見ると、その声はライト以外には聞こえていない様子。――これはもしや。

「まさか……本当にエクスカリバーか?」

『その者の魔力を通じて貴公に念じておる。――何となく話をしないといつまでもやりそうな気がしたからな』

 それはわかる気がした。……は、兎も角。

『状況は見ていたから知っている。――前回は確かに私の傲慢な部分、そして被害者の立場もあって特別に力を貸してやった。だが今回は違う。その者共は自業自得な部分もあるし、何より敵であろう。助けた所で何も変わらん。貴公が助けたいというのはわかった。だが現実はそう甘くはない。結果を、甘んじて受け入れろ』

「…………」

 そう言われると、ライトとしても一瞬何も言えなくなってしまう。エクスカリバーが正論だ。……でも。

「教えてくれ。目の前の人を助けたい。……そう思うのは、罪か?」

 せめて何か言わないと、気が済まなかった。

「俺が救えるのはほんの一握りの人だけ。しかも俺一人では誰も助けられない。こうしてお前と話をするのも王妃様の力があってこそだからだ。……その偶然で、奇跡で、人を助けたいと思うのは、駄目なのか?」

『…………』

 その問い掛けに、今度はエクスカリバーが一度黙ってしまう。……怒らせたのかな、と思っていると、

『なら駄賃をやろう』

 そう今度は切り出してきた。……駄賃?

『貴公が変わった人間で、私も見ていて飽きないのは事実だ。だからその観覧料として、全部で三回、私が拒む理由でも私の力を貸してやる、という事にしよう。その内一回は前回の神創結界。つまり後二回、使用するチャンスをくれてやる。その内の一回を、今使うかどうかだ』

「使う。今一回、使わせてくれ」

 即答だった。その言葉を聞いて、ライトは迷わなかった。

『少しは悩め。後悔しても知らんぞ』

「今使わなくても後悔する。だったら使うよ」

『ハハハ、やはり見ていて飽きない。その馬鹿正直が何処までこの世界で通用するのか、楽しみだ。……私とお前との念話に協力している者にそのまま協力を頼め。お前だけでは微妙なコントロールなど出来まい』

「わかった」

 ライトはヴァネッサに手短に事情を説明。ヴァネッサも驚きを隠せないが、直ぐに承諾し、そのまま二人でエクスカリバーを――

「待って……下さい」

 ――抜こうとした所でその声。イルラナスだった。

「ライトさん。……貴方は一体、何者なんですか……? どうしてここまで、してくれるんですか……?」

「何者か、と尋ねられる程、裏なんて無いですよ」

 一歩人生の選択を間違えたらここには居ない。今も何処かで燻ぶったままの毎日を送っているだろう。……だから。

「俺は、俺に出来る事を精一杯やってるだけです。肩書は勇者、でもその実は勇者様に憧れる、一人じゃ何も出来ないから仲間を大切にしたいだけの、我儘な人間です」

 そう言うと、ヴァネッサと二人でエクスカリバーを抜き、ゆっくりと振るったのだった。



「あー疲れた、もう何にもしたくない」

 瘴気が晴れたバンダルサ城。安全も確保された所で待機していた一般攻略兵達が無事到着し、現在後処理の開始中。その傍らでヴァネッサが寝転んでいた。

 実際完治していない身で、先に出発したライト達に追い付き、あれだけの事をした。最早超人ではなかろうかのレベルである。

「王妃様、枕貸しますよー」

「レナちゃん、ありがと」

 レナが気を使って、マイ枕をヴァネッサの頭の下に置く。――レナは自分のアイテムを中々人に貸す事がないので、本当にヴァネッサの事を認め労っている証拠である。

「それから抱き枕もどうぞー」

「レナちゃん、気が利く」

 更にレナが気を使って、そう言ってライトを差し出して――

「待って俺いつからレナの抱き枕になった!?」

「忘れられないあの夜から」

「適当な事言って誤解を生むのは止めて!?」

 ライトに一度もレナの抱き枕になった記憶は無い。

「ヴァネッサ、今回は本当に相当無理をしただろう。本国へ戻ってしばらく休め。バンダルサ城を堕とした以上、こちらの体制は更に盤石になる。後の事は俺達に任せておけばいい」

 と、やって来たマクラーレンからも気遣いの言葉。

「うん、この前帰還休暇取ったばかりだけどそうさせて貰うわね。キース君の部隊がこれで空くでしょ、呼び寄せて布陣を組んでいいから」

「わかったわかった、その辺りも俺達でどうにかしておく。――お前達、意地でも休ませろよ。今回は確かに助かった形かもしれんが、放っておくとまた治らない内に動き出すからな。――お前達も良くやった。大したもんだ」

 マクラーレンは念を押し、ライト達にも労いの言葉を残すと、実際色々やる事があるのだろう、その場を離れる。

「少しいいだろうか」

 と、次いでやって来たのは、レインフォル、ロガン、ドゥルペと、レインフォルに抱き抱えられたイルラナス。

「レインフォル! イルラナスは大丈夫なのか!?」

「大丈夫ではないが、どうしても自分も一緒にと言って聞かない」

 レインフォルが困り顔を見せた。――実際瘴気を払い、元に戻ったイルラナスだが、消耗、衰弱は激しい。一秒でも早く整った施設で体を休めて欲しい状態なので、当然自力で歩いたりも出来ない。なのでこうしてレインフォルに運んで貰う形なのだろう。

「責任ある立場だもの。いくら弱っていたとしても、こちらから足を運ばないと」

 そう言うイルラナスをレインフォルはゆっくり下ろし、座らせる。

「ハインハウルスの皆様、本当にありがとうございました。どれだけお礼を言っても言い切れません」

 ゆっくりと、座ったままイルラナスが頭を下げた。一緒にレインフォル、ロガンが頭を下げ、ドゥルペも気付いて急いで頭を下げる。

「もう私は魔王軍としての権限も権力も無いし、情報等も大して提供出来る物もありません。それでもこれからは皆様の為に精一杯尽くしたいと思っています。必要ならばどんな罰も受けます。全ての責任を、負います。ですので――」

「そんなに気負う必要無いわよ、イルラナスちゃん」

 流石に起きていたヴァネッサがイルラナスに近付き、優しく笑いかける。

「色々訊く事はあるだろうし、ハインハウルス城での生活は慣れるまで大変でしょうけど、私達は同じ所を目指す仲間。貴女が魔王の娘でも関係無いわ。貴女の目指す世界が私達と同じなら、手を取り合って生きていくだけ。そうでしょ?」

「っ……ありがとう、ございます……!」

「まずはゆっくりと体を休めて。こちらに来れば、元々の体質も良くなっていけるわ。強くなって」

 ヴァネッサはそのままイルラナスをゆっくりと抱き締めた。イルラナスの目から涙が零れる。

「イルラナス様。大切なお話がございます」

 やがてその抱擁も終え、一息つくと、改めてレインフォルがそう切り出し始める。

「私はしばらくの間、イルラナス様のお傍には居られません」

「え……どういう……事?」

「今回の恩義の全てを返す為に、彼らの任務が全て終わるまで、彼らに手を貸そうと思っています」

 促す先に居たのは、ライトとその仲間達。

「全てが終わったら、貴女の傍に戻ります。私の主は貴女だけ。だから、しばらくの間、お暇を頂きたいのです」

 それがレインフォルの答えだった。イルラナスの為に全てを賭けて戦った。だから本当はイルラナスの傍に居たいに決まっている。でも、その想いを我慢して、ライトに全ての恩義を背負い返す事を選んだ。それこそイルラナスの分まで。

(本当に、何処までも忠義の騎士なんだな)

 だからライトは決めた。――そもそも、最初から決めていた事だが。

「レインフォル」

 その名を呼び、一歩前に出てレインフォルとイルラナスの前に立つ。

「お前の身柄を預かっている立場としての、最後の命令だ。――お前には、ハインハウルス城で暮らすイルラナスの、護衛を命じる」

「!」

 そして、その命令を出した。契約奴隷としての指示として、それを指示した。

「いくら立場が無くなるとはいえ、やっぱり重要な存在として迎え入れるわけだから、護衛や身の回りに人が必要だよ。物凄い重要な任務だ。だから、それをお前に頼みたい」

「それは……でも……っ」

「もちろん、いざとなったらこっちにも力を貸して貰う。お前はもう、ライト騎士団の立派な団員だからな」

 レインフォルが要らないわけではない。寧ろ任務に同行してくれたら更にライト騎士団としては任務が楽になり、ライトの安全度も増すだろう。――でも、それでも、俺が選ぶ道は、そこじゃないから。

「……っ……」

 レインフォルはライトの言葉の意味を受け止め、一瞬溜まった涙を急ぎ拭うと、ライトに対して片膝をついて、自分の立場を示す。

「私の主は、イルラナス様お一人」

 そして、想いを口にし始める。

「だからお前を主と呼称するわけにはいかないが、それでも主と同等の立場である事をここに認め、忠義を誓う」

 今までも認めていなかったわけじゃない。それでも、今この瞬間、レインフォルはライトの事を本当に認め、イルラナスと同等の忠義を誓う事を表明した。

「あー、止めてくれそんな堅苦しくしないでいいから。さっきも言ったけど、いざって時はお前の強さを見込んで助けて貰うから。俺達は仲間だ。それだけだよ」

「ありがとう。本当に、ありがとう。――これから宜しく頼む、旦那様」

 こうして、黒騎士――もとい、忠義の白騎士の物語は……

「――ってちょっと待って、今俺の事旦那様って呼んだ? 何で?」

「主では無いが、同等の立場であるが故、名前で呼び捨ては控えて当然。それを考慮した上で相応しい呼び方を選んだ。これに関しては譲れないぞ。お前は私の大切な旦那様だ」

「いや、その、気持ちは嬉しいけど、流石にその呼び方は」

「わー、勇者君結婚したみたーい」

「こういう事になっちゃうからさあ!」

「? 別に望むなら身を差し出す事も結婚も構わないぞ。私で良ければだが」

「だあああそういう事言っちゃうとまた色々と変な事になるから駄目えええ! 違うっ、皆違うぞ、俺は別に!」

 ……これから、第二幕を迎える事になるのだろう。

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