第二十三話 演者勇者と手品師の少年3
「ありましたよ。これがトラル一座の入国時の記録です」
ライトとレナは一旦リバールとは別れ、マークを呼び出し事情を説明。するとあっと言う間に資料を用意してくれた。
「ありがとう、早いね」
「担当者に直接お願いすると時間かかりそうですから、許可を貰ってこちらで勝手に探してきました。ライト騎士団の権力あってこそですよ」
そういう融通が利くというか、能力がある。――地味だがマークの能力をライトは再確認した。
「これで中々権力にも溺れないんだよねー、マーク君は。いつかやってくれると信じてるんだけど」
「その信頼即刻捨てて下さい!」
最近はよくレナに弄られるライトではあるが、自分が来る前はマークがもっと弄られてたのかな、と思うと変な親近感が湧いた。――マークも思ってたりするのかな。
「で、肝心の中身ですけど、可笑しな点は特に見当たりません。――トラル一座、人数十五名、代表はケンザー。目的は路上や広間等を利用した大道芸等のパフォーマンスの披露での営業。所持品等にも怪しい所は特になく、入国許可が下りてます」
マークから手渡された資料をライトとレナは一通り読んでみる。――確かに資料上怪しい点は何もなかった。
「既に入国許可を出してしまっているので、理由もなしに再調査等は難しいかと」
「だよねえ。そもそも悪者って決まったわけでもないし。これでリバールが気にしてなかったらお開きなんだけどなー」
レナは溜め息を付きながら資料を見る。――レナとしても、リバールが気にしている、というのが大きなポイントであった。彼女の忍者としてのセンスと感覚は認める所なのである。
「俺達がやれるだけやって、気のせいでした、何も起きませんでした、ならそれでいいよ。寧ろそれがベストだし。――マーク、このトラル一座がこの街に来る前の事って調べられないかな?」
「大きな街なら入国許可が必要ですから、その履歴はあるかもしれません。調べてみます」
「ありがとう。――レナ、明日もう一回俺達は街に出てみよう。違う観点から調べてみよう」
「日に日にお祭りムードが増していくな……」
翌日、公言通り、レナを引き連れてライトは城下町へ。――収穫祭まで後五日。徐々に確実に、街はその空気に染められていくのがわかった。
「そういや私も久々だよ収穫祭なんて。勇者君の護衛になるまでは最前線にいたし、そもそもそんなに興味もなかった」
ふーん、といった感じでレナは軽く街を見回しながら歩いている。
「無事に済んだら、レナも収穫祭を見て回るといいよ。リバールがシフト組んでくれるっていうし。俺もエカテリスが案内してくれるって言うしさ」
「姫様がねえ。――世話好きなんだかアプローチなんだか無意識なんだか」
「え、何か言った?」
「なんでもなーい」
レナの独り言はライトには届かない。よくある光景なのでライトも深く気にしないことにする。
「ま、私の事は気にしなくていいよ。さっきも言ったけどそんなに興味ないし。勇者君が気になるならお土産の一つや二つあればそれで満足するから」
「そう? 遠慮はしなくていいからな、ほらああいう洋服屋だって収穫祭セールとかやってるし。お祭り関係無しにお買い得だったりするだろ」
「あ、丁度新しい下着欲しかったんだ。勇者君一緒に行かない?」
「何で下着選びだけ行く気出すんだよしかも俺連れて! 本当に行くって言ったらどうするんだよ!」
「いや別に来て貰うけど。後で一緒に選んだ下着騎士団の会議で発表するよ」
「お願いだから少し恥じらって!」
何処までも一枚相手が上手であった。――そんな感じで更に進んでいくと。
「ほら勇者君、あそこに「目的の」美味しそうなスイーツあるよ、食べよ」
突然のレナの提案だった。なんだかんだで興味あるんだな、と思って見てみると、
「……ああ、そういうこと」
確かに結構な人だかりで人気がありそうなスイーツ店があり、
「うーん……」
少し離れた所で、ポケットから小銭を出して睨めっこしているネイの姿があった。――「目的の」に多少強調があった意味がライトにも伝わる。
「甘い物好き?」
ポン。――後ろから軽く肩を叩き、ライトはネイに話しかける。
「あ、勇者様!」
「これも何かの縁、奢るよ。好きなの選んで」
「私あの苺のデラックスってやつでお願いします」
「しれっと自分も奢って貰う気満々だな、しかも一番高いの! まあいいけど。――で、ネイは?」
「でも……勇者様に買って貰うなんて……」
「遠慮しなくていいって。これでも結構お金持ってる」
事実、演者勇者を務めると契約したライトには、結構な給金が渡されていた。比較的今まで質素な生活を送っていたライトとしては中々使い道に困り、一気に使うのもまた困り。
「ありがとうございます。じゃあ、あのチョコレートのがいいです」
「オッケー」
そしてネイが折れた。――そのままライトは店に並び、自分の分を含む三人分を購入。ベンチで並んで座って食べる流れとなった。
「僕、今日の事一生忘れません」
「大げさだよ。――中々お小遣いじゃスイーツなんて買えないもんな。勇者っていう立場抜きで、その気持ちがわかる一人の大人の優しさと自己満足だと思ってくれよ」
何処までも恐縮そうに食べるネイ。良くも悪くも子供らしさが足りない感じがした。――まったくないわけではないだろう。ライトが勇者だと最初に認識した時の様子は、確かに年相応であった。
「勇者君のも美味しそうだねー、一口頂戴。私のもあげるからさ」
ピン。
「呑気だな――うん?」
ピン。――さっきからレナが何かをさり気なく指で弾いている。……ライトの指にある、真実の指輪だった。
(ネイに……使えっていうのか?)
それ以外の意味はないだろう。意を決して、ライトは指輪に力を込める。
(「ネイ……旅芸人見習い……大きな決意」……大きな決意?)
その一言だけだと何とも言えない。良い方向でも悪い方向でも、決意は決意である。――あらためてライトは自分の魔力の足りなさを恨んだ。
「ネイは、ずっとトラル一座でやってるの?」
仕方ないので会話から何かを探ることに。――もっとも、ネイ自身の事が気にもなるので、純粋な質問でもあった。
「はい。お父さんもお母さんも団員で、僕も産まれた時から」
「そっか。――辛くはない?」
「皆優しいから平気です。お父さんは僕が二歳の時に事故で死んでしまったみたいで、僕は全然記憶にないんですけど、でも僕にとってお母さんは勿論、団の皆が家族です」
「そう……」
嘘を言っている様には見えなかった。――トラル一座は入国手続きを見る限り、大きくもない有名でもない。生活も決して楽とは言えないだろう。それでも十歳の子供が前向きにそう言えるのだから、本当に団員はネイに優しいのだろう。
(……って、ちょっと待て。そうなるとますますトラル一座は何も怪しくないということになるぞ。リバールの感が外れたのか……? いやでも、大きな決意……)
ピン。ススッ。――レナが指輪を弾いた後、指で「?」マークを描いた。ライトは素早く「大きな決意」と指で描き返す。
「夢は? 何かある?」
その様子をネイに察しられないように、新しい質問をぶつけてみることに。
「一回でいいから、ヒーローになりたいです」
「ヒーロー?」
「はい! 勇者様の様に、弱い人を自分の力で助けてあげたいんです! 今も毎日――」
「おっ、ネイ、こんな所でどうした?」
と、そこにネイの言葉を遮るように話しかけてくる男が一人。
「オランルゥさん!」
ネイがオランルゥと呼ぶ。――この男が、ネイに技術を与えた男であった。ライトの目からすると、人の好さそうなオジサン、という雰囲気に見えた。
「この人達が昨日話した勇者様と護衛の人だよ! 今日も……その、ご馳走になっちゃって」
「ああ、ウチのネイを気に入ってくれたとかで。何だか申し訳ない」
「この程度のことでお気になさらず」
「ありがとうございます。ウチも勇者様のお気に入りがいると思えば鼻が高いですよ。ぜひ本番公演も身に来て下さい。――さあネイ、練習と準備の時間だ。ああ勇者様に奢って貰ったことはトトアには内緒にしておけよ。あいつは結構気にするぞ」
「うん、わかった。――勇者様、ありがとうございました、それじゃ」
そしてネイとオランルゥは二人の前から去って行った。――そのまま座って残りを食べるライトとレナ。
「――見られてたよ」
「え?」
そして、突然のレナの一言。――見られてた?
「あのタイミングで偶然っぽく出てきたけど、その前から見てた。多分ネイ君の事を見張ってたんじゃないかな」
「まったく気付かなかった……」
「リバール程じゃないけどね、私でもあれはわかる。途中から視線がネイ君じゃなくて私達に移ったもん。そこで確信した」
自分に向けられることで確信に至った、か。――戦場では必要なスキルなのだろう。ライトとしては改めてレナの凄さを確認させられる。
「しかも登場のタイミングよ。またネイ君に何か語らせないようにした」
「? また、って……昨日の母親同様ってことか」
「うん。要約すると、ネイ君を騙して利用する気満々ってことでしょ。……というかさー」
ふぅ、とレナが一息つく。そして、
「あの目が気に入らない」
「っ……!?」
次いで出た言葉は、そして雰囲気は冷たく、隣のライトさえも怯ませる物。――時折見せる、レナの普段とは違うオーラであった。
「人の良いオジサンと、本当の顔を使い分けてる。そういう人間の目だよ。――本当の顔は、言わずもがな、かな」
「……そうか」
「時間はまだある。――勇者君、やるなら確実に、がいい。ああいうのは逃げ道を用意していると思う。マーク君の調査次第では、公演をやらせて逆に罠を敷く位でもいい」
「わかった、レナを信じる。――もうエカテリスにも黙ってはおけないな。一度城に戻って会議を開こう」
二人はベンチから立ち上がり、帰路に付く。
「――勇者君、先に謝っておくよ。あの子を助けてあげられるかどうかは、わからない」
「ネイのことか……」
「うん。――身分的な事もそうだし……精神的にも」
ネイが何か関わっていたとしたら軍人として確保し罪を問わなければならないし、例えそうでなくても周囲が確保され罪の烙印を押された時、まだ十歳の少年は何を思うのか。――考えると、心が痛んだ。
「わかってる。わかってる……けど」
「うん?」
「それはそれで、俺……精一杯、やってもいいかな」
曖昧で、でも何を言いたいかはわかる言葉。――レナの表情も解け、フッと優しくなる。
「構わないよ。――見える範囲にはいてね。それなら、何かあっても多少の無理はしても勇者君の身は守ってあげるから」
「ありがとう。頼りにしてる」
勇者に憧れている、ヒーローになりたいと言っていたネイの表情を思い出す。――憧れ、か。
「なあ、レナはさ……誰かの期待を裏切った事、ってある?」
「日常茶飯事」
「それはそれでどうなんだよ」
「私の実力だけで私の性格を誤解する人は多いからさー。呆れて去って行く人も沢山見てきたよ。慣れっこ。でなきゃこんな感じでなんてやってけないって」
「そうか。……タフなんだな」
そんな会話をしていると、やがて城門が見えてくるのであった。
そして、日付は過ぎ、収穫祭初日を迎えた。
「…………」
その男はハインハウルス城敷地外――城下町の入口を辛うじて確認出来る位の位置にある森の入口に立っていた。フード付きのコートを羽織っており、表情は伺えない。
ポケットから時計を取り出す。時間を確認すると、意を決したように杖を取り出し、詠唱を――
「隠れてやりてえなら殺気も隠せよ。駄々洩れなんだよ」
「!?」
――しようとした所で、そんな声。ハッとして見れば、両刃斧を持った騎士と、剣を持った赤髪の騎士。
「まあ、おかげで直ぐにこっちは場所わかったけどな」
「ソフィのそれ便利だよねー。今度呼びたくなったら殺意漏らすよ」
「構わねえけどそのまま出会い様に全力で斧振るぞ」
要は、狂人化状態のソフィと、レナの二人である。
「さてと。大人しく捕まるか、アタシ達にボコられて捕まるか――好きな方、選べ」
こうして、波乱の収穫祭初日は始まったのであった。