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第二十二話 演者勇者と手品師の少年2

「あの子のパフォーマンスが、スリの技術……!?」

 リバールからの直入の一言にライトは驚きを隠せない。――移動しながら、リバールの説明は続いた。

「片方の手であからさまに色々触れる、トークに気を引かせる、というのは手品でも必要なスキルです。ですが、思い出して下さい。最終的にあの少年が起こした現象は、相手に気付かせない様に財布を取る、髪留めを外す、ポケットに手を入れて飴玉を入れる、ペンを取る。――全て、相手の所持品に知らない間に触れている行為なのです」

「それは……確かに」

 触れている場所、品の違いこそあれど、思い返してみれば確かにあの少年の技術はそこにしか辿り着いていなかった。

「んー、私は見てないからわかんないけどさ、手品としてまずそれだけ覚えたとかはないの?」

「勿論可能性としてはあります。ただ、もし私が彼に手品を教えるとしたら、もっと違う所から教えると思います。それこそ他人を使う前に自分一人でやれる手品……とか。その方が比較的簡単ですし」

「だから、確認に行く所だったのか。エカテリスはこの事知ってるの?」

「いえ。杞憂ならそれに越したことはありませんし、収穫祭前に出来れば大事にはしたくはありませんから。――ですが、最悪のケースを考えた場合、早めの確認が必要かと思いまして」

「最悪の……ケース?」

「あー、そういうことね。わかっちゃったよ。そりゃリバールが動くわけだ」

 ふぅ、とレナが先に納得がいったようで、軽く溜め息。どういうこと、という視線をライトはレナに送ってみる。

「リバールは、黒幕の可能性を考えてるんでしょ?」

「黒幕……!?」

「辿り着けば一つのスキルのみのあの少年ですが、でも逆に言えばその一つのスキルは私の目からしても素人レベルを超えていました。昨日今日で子供が会得出来るものではありません。つまり――あの少年に、あの技を伝授した人間がいるはずなんです」

「!」

 その説明で、ライトにもわかった。同時に感じる緊張。

「あの子に、手品を教えたのか、スリを教えたのか。もしも、後者だったら」

「見逃すわけにはいきません。収穫祭を控えた今、余計にです。――だから、確認をしないと」

 そうこう話をしている間に、昨日の噴水広場に到着。

「! 今日もやってる!」

「まずは終わるまで待ちましょう。レナさん、念の為に周囲の警戒をお願いします」

「はいよー」

 昨日と同じく、人だかりの最後方で見物をしながら待つ形となった。

「お兄さんの明日の予定は、彼女とデートだね」

「え、どうしてそれを?」

「だってお兄さんの手帳に書いてあったもの。ほら」

「あれ、それ俺の手帳! いつの間に!」

 わっ、と観客が湧く。昨日から変わらない高等技術がそこにあった。だが、ライトは今日は素直に楽しめない。

「――それでは皆さん、今日はここまで! ありがとうございました!」

 そのまま後二人程相手にパフォーマンスを見せた後、終了の挨拶。やはり観客が思い思いのチップを入れ、離れていく。

「今日も素敵なパフォーマンスだったわ」

 そして全ての観客が離れた所で、リバールはチップを入れながら少年に話しかけた。ライト、レナも一緒にチップを入れる。

「ありがとうございます。えっと、昨日も見てくれた人ですか?」

「あら、わからない?」

 リバールは何処からともなくスッ、と愛用のペン――昨日少年がパフォーマンスに使用した物――を取り出す。そしてそのペンを見て少年も合点がいく。

「もしかして、昨日のメイドのお姉さん? わからなかった!」

「昨日は仕事で買い物の途中だったけど、今日は正式にご主人様にあなたのパフォーマンスを見て頂きたくて」

 ご主人様? あれ、エカテリスには内緒で来てるのに?――という当たり前の疑問がライトの頭を過ぎった。

「……もしかして」

 そして直ぐに過ぎる嫌な予感。……このシチュエーションで、ご主人様の役が相応しいのは一応一人しかいない。

「こちらライト様。ハインハウルスが誇る、勇者様よ。私が仕えるご主人様でもあるわ」

 やっぱりか! やっぱり俺か! 一緒に来るならいっそ利用してやろうというやつか!――ライトは口に直接出したいのを必死に堪えて心の中でツッコミを入れる。……と同時に、レナが耳打ちしてくる。

「いつの間に調教したの?」

「してないよ! 何だよ調教って!」

 流石に声に出た。小声で叫ぶという矛盾したツッコミをレナに入れる。――が、そんな様子はお構いなしに、少年の目がキラキラしながらライトを見ていた。昨日もライトはチップを入れたのだが、そこまでは覚えていなかったらしい。リバールもそれを見越しての案の様子。

「凄い……! 本物の勇者様だ……! こんな風に直接会えるなんて!」

「えーと……感動してくれてありがとう。君のパフォーマンスも凄かったよ。俺も感動した」

「そんな、僕なんてまだまだで……あの、握手してもらっていいですか?」

「あ、ああ、うん、勿論」

 握手をせがまれ、ライトは笑顔で握手。笑顔を引きつらせないように気を配る。――そうだよな、勇者様って結構こういう存在なんだよな。この先こういうシチュエーション出てくるかもな。慣れないと。

「ハインハウルス王国で勇者君と握手!」

「レナそれ発想が国王様と同じ……」

 ニヤニヤしながらレナがライトを見ていた。――まさか本当に握手する日が来るとはあの時は考えもしなかったものだ。

「ライト様に昨日の事をお話したら、一度見てみたいと仰って。時間が合ったから、護衛の方と一緒に来て頂いたのよ」

「え、わざわざ僕を! 嘘みたいだ……! ぼ、僕っ、勇者様に憧れてて!」

 少年の目のキラキラ度が増し、パフォーマンスで見せていた大人ぶった雰囲気は消え、年相応の雰囲気を真っ直ぐにぶつけてきた。――やっぱり、あの大人ぶった口調は演技だったのか。こうして見ると普通の子供だなあ。

「でも、何処でそれ覚えたんだい? ほら、俺は今でこそ勇者様、なんて言われるけど君位の歳の時は特別な物なんて何もなかったから。君位の歳でそれは凄いから、興味があるんだ」

「オランルゥさんに教えて貰ったんです。お前には才能があるぞ、って」

「オランルゥさん……って?」

「僕、旅芸人一座の一員なんです。トラル一座っていうんですけど、オランルゥさんは副団長さんで」

 旅芸人の一座か。それならあのパフォーマンスにも頷ける……かもしれない。――とライトが考えていると、

「勇者く……様、ご提案が」

 いつもの癖で勇者君、と呼びそうになったレナがライトに耳打ち。ハッとして見ると、どうやらリバールと目配せしていた模様。――耳打ちの内容を、ライトは素直に受け取る。

「えっと、君……名前、訊いてもいいかな」

「ネイといいます」

「ネイ、今度良かったらハインハウルス城に来てみないか? 君さえ良ければ国王や王女様にも紹介したい」

「本当ですか!?」

「うん。悪い話じゃないと思うよ」

 リバールとレナの考えとしては、(言い方は悪いが)先にネイだけでも城内に連れ込んでしまえば探りを入れ易くなるというものであろう。向こうが何もなければそれでよし、何か企みがあったとしても国や勇者がいるという脅しになればそれでもよし。――収穫祭という大事を無事に終わらせることを優先させた案である。

「君が乗り気なら、具体的な日取りを決めてしまっても――」

「ネイ、誰と話をしてるの?」

 と、そこに話を割るように一人の女性が現れた。

「お母さん!」

 ダッ、とネイが女性の所へ駆け寄る。――ネイの母親らしい。

「聞いて聞いて! あの人達が、僕のパフォーマンスを見て招待したいって!」

「本当に? 凄いじゃない! えっと――」

「ライトといいます。良かったら、城の方に招待したいと俺が」

「……城……あなたは……」

「ライト様は、勇者様なんだよ! 二人もお付きの人!」

「!?」

 ネイの母の表情が驚きの物に変わる。――ただしそれは、先程最初の報告をネイから受けた喜びの表情を消した……まるで、「まずい物に出会ってしまった」と言わんばかりの表情であった。

「ネイ、今日はもう帰りましょう。――すみません、失礼します」

「あっ、お母さん――」

 そして何かを言いたげなネイの手を取り、半ば無理矢理この場を後にした。――残される三人。

「――顔色、変えたな」

「だねー。あからさま過ぎるでしょ。あれで疑うなっていう方が無理だわ。甘いなあ」

「もう一歩踏み込んだ調査が必要ですね。幸い少年の名前、所属する一座、そこの副座長の名前までは判明しました。旅芸人一座ということは入国の際に手続きを行っているはずです。その辺りから調べてみましょう」

 止まっていても仕方ないので、三人は帰路につきながらの会話となる。

「それにしても……旅芸人の一座が、どうしてスリの技術を……?」

「客観的に言えばパフォーマンスの域を越えないんだよねー。例えばそれでお金盗みたくても、パフォーマンス中は盗めないでしょ、流石にばれるし。大人がパフォーマンスしてるからあの子に盗んで来い、だとしてもそれが良いか悪いかわからない年齢でもなさそうだし。あの子にあのスキルを持たせた理由が掴めない」

「レナさんの言う通りではあります。だからこそ、何か引っかかるんです。――先程申し上げましたように、私はこのまましばらく調査を続けますが」

「当然俺達も手伝うよ。遠慮なく言ってくれ、なあレナ?」

「ソウデスネ」

「何で片言なんだよ!? 今凄い無表情だったよ、「私がこれ以上出しゃばらなくてもリバールが頑張るなら大丈夫だよー」とか思ったんだろ!」

「ソウデスネ」

「そこは否定しろよせめて! 兎に角俺が動いちゃう以上レナは強制だぞ」

「わかってるって冗談だって。――とりあえずソフィとマーク君は巻き込むからね。人数多い方が効率いいし私の負担減るし」

「正直過ぎる……」

「いつものレナさんですよ。逆に張り切ってたら不気味になります」

「こっちも正直だった……」

 そんな会話をしていると、あっと言う間に城門が見えてくるのであった。



「お母さん、凄いよ、チャンスだよ! これで僕らもっと有名になれる!」

 一方別方向の帰り道。ネイと、そのネイを半ば強引に引っ張った母親――名前をトトアという――である。

「ネイ、落ち着いて。迂闊にあの人達に近付いちゃ駄目よ」

「えーっ、どうして?」

「あの人達が本物の勇者様かどうかもわからないのに。私達を騙してるだけかもしれないわ」

「そうかな、僕は本物だと思うよ。あのメイドのお姉さん、昨日来てた仕事服凄い高そうな所の服だったし。上手くいけば、お母さんだって楽に――」

「ネイ、少し落ち着いて」

 厳しそうな表情のトトアに、ネイも黙ってしまう。――どうしてお母さん、こんなに後ろ向きなんだろう?

「おっ、二人とも戻りか?」

「あ、オランルゥさん!」

 と、宿の近くで姿を見せたのは四十台位の男。ネイが名前を呼び駆け寄る。

「聞いてよオランルゥさん、今日ね――」

 ネイは勢いのまま先程までの流れをオランルゥに説明した。

「へえ、そいつは凄いじゃないか」

「でも、お母さんが乗り気じゃないんだ。折角のチャンスなのにさ」

「ネイ、お前の気持ちもわかるが、お前のお母さんの気持ちもわかるぞ。母親ってのはな、いつだって息子が心配なんだ。それにほら、考えてみろ」

「?」

「お前のその技術は――「世界の平和の為に、皆の幸せの為にある」じゃないか。そんなに安売りしていいもんじゃない。そうだろ?」

「そっか……そうだね、そういうことか!」

「ああでも、お前に話をしてきた勇者様ってのは興味あるな。飯にしよう、その時に話を聞かせてくれるか?」

「うん!」

 笑顔のネイを連れて、オランルゥは宿の中に消えていく。

「…………」

 トトアはいつまでも、不安そうな表情で、その二人の背中を見ていたのだった。

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