第二十一話 演者勇者と手品師の少年1
「へえ、こんなに早くからもう色々準備するんだ」
ライトがアルファスに弟子入りしてから少ししたある日。ハインハウルス城下町では、普段よりもお祝い、賑わいの様子を見せ始めていた。というのも、丁度一週間後に年に一度行われる収穫祭を迎えようとしていたのである。そしてライト騎士団は、その収穫祭の視察、全体的な警護を命じられていた(警護に関しては一般兵士も一定数参加する)。
「当たり前ですわ。この国きっての一大イベントの一つですもの。住人は勿論、他の国からの観光客も大勢来ます。気合が入って当たり前よ」
「成程ね……本国の祭り、噂には聞いたことあったけど、実際に来たことなかったんだよ」
本日はその準備開始の様子をエカテリス、リバールと共にライトは視察していた。ちなみに「姫様とリバールがいるなら私はいらないでしょ、今日はお休みしまーす」とレナは自主的に(?)休みを取っているので同行していない。
「ノッテムでも収穫祭はあったでしょう?」
「あったけどスケールが違い過ぎるよ。前日位から準備して、町の中だけで祝う感じだし」
「ライトはそれじゃここまでの規模の収穫祭は初めてなのね……いいわ、それなら今年は私が直々に案内してさしあげますわ」
「本当に? 嬉しい……けど、警護の任務が」
「兵士も出るし、開催中全員がずっと出ている必要性はないわ。シフト制にしても構わないでしょう、リバール?」
「はい、お任せ下さい。姫様がライト様をご案内出来るようなシフトを組ませて頂きます。私、レナさん、ソフィさんのどなたかが更にお二人の護衛という形で付くことにはなると思いますが」
「その辺りは任せますわ」
あれよあれよという間に、エカテリス直々の収穫祭ツアーが決定。――これは純粋に楽しみだな。任務も頑張ってメリハリをつけてより楽しめるようにしないと。
「あっ、エリー……じゃなくてエカテリス様、収穫祭用の新作があるんです、良かったら見て行って下さい!」
「あら、そうなの? それならちょっと試させて頂こうかしら」
「エリーちゃん……じゃないや、エカテリス様、こっちもお願いします! サービスもするんで味見を!」
「いい匂い! 腕を上げたわね、今行きますわ!」
そんな間にも、エカテリスは市場の店主達に声を掛けられ、忙しく駆け回る。その様子は、(一応)身分を隠して冒険者エリーとして視察をしていた頃とお互い何ら変わらず。
「市場の人達も、エカテリスのままでもエリーの時と同じ感じで接してくれてるね、良かったよ」
ライトはエカテリスに聞こえないように、軽くリバールにそう告げてみる。
「はい。姫様のお人柄は勿論ですが――この町の人達の優しさを感じ取れます。あの時説教をしてしまった立場としては、余計に嬉しいです」
ついエリーと呼んでしまいそうになる、ついタメ口になりそうになる、など若干問題点はあるのだが、それ以上に楽しそうに町人と話すエカテリスの姿は、本当に微笑ましく、輝いていた。チラリとリバールを見れば、こちらも穏やかで優しい表情でその様子を見守っていた。――本当に、大切に想ってるんだな、という事を改めて感じ取れた。
「はい、ライトとリバールの分ですわよ。食べ歩きははしたないけれど」
「姫様と同じ品を食べ歩きというシチュエーションの方が大事です、頂きましょう」
「ははは」
ライトもつい笑ってしまう。直ぐにいつものリバールに戻る辺りもそうだが、でもこの雰囲気が、何より楽しかった。――そんな感じで視察、食べ歩き、談笑を続けていると、
「さあ、見て行って見て行って! スペシャルショーの始まりだよ!」
大きな噴水がある広場で、そんな声と、軽い人だかり。
「大道芸人かな? にしては」
「随分……幼いですわね」
チラリと視界を傾けて見れば、声の主はまだ見た目十歳前後と思われる少年であった。近くに保護者がいる様にも見えない。ただ彼の少し前にチップ入れがある辺りを見れば、その少年が大道芸人であることが察せられた。三人は何となく足を止め、人だかりの後ろの方で見物してみることにする。
「そうだな……」
うーん、と少年は観客を見渡すと、
「そこのお兄さん、ちょっと手伝って貰える?」
「俺か?」
比較的前の方にいた、小太りな若い男に目を留め、近くに呼び寄せた。
「さあ見て見て、今僕の手には怪しい物は何も握られていません! でも彼の体に念力を送って、不思議な現象を起こしてみせましょう! では、少しずつ念力を送っていきます。むーん」
最初は肩、腕、背中等、色々な箇所に掌を当てていき、念力を送る様子を見せる。
「あれま、お兄さんちょっとお腹の脂肪が多いな、ここは念力が通り辛いぞ」
「余計なお世話だな!」
お腹に触れるとそんな軽いジョーク。観客に笑いも起きる。――そして、その笑いの直後。
「はいお兄さんの財布が僕の手にワープしました!」
「え!? あ、あれ、俺の財布いつの間に!?」
気付けば少年の手には財布が。どうやら小太りの男の物らしく、更には全く察することも出来なかったようで、素直に驚いていた。観客から拍手が起きる。
「へえ、凄いな。俺はまったくわからなかった」
「私もですわ。生半可な物じゃなく、しっかりと練習したのね」
三人も素直に拍手。少年は軽くお辞儀をして、拍手に応えた。
そしてその後も少年は観客を一人一人呼び寄せ、パフォーマンスは続ける。ある時は女性の髪留めを瞬時に外してみせ、ある時は男の胸ポケットから花を咲かせてみせ、ある時は自分よりも更に幼い子供のポケットに飴玉を入れてみせ。
また少年のトークも中々上手く、それも相まって気付けば観客も増え、チップも溜まっていた。
「さて、そろそろ時間かな。次が最後になります。最後はどなたと――」
パフォーマンスが二、三十分続いた頃、少年は締めに入ろうとする。――すると、スッ、と手を上げる人間が一人。
「はい、じゃあそこの手を挙げてくれたメイドのお姉さんにしよう!」
「え?」
「リバール?」
手を挙げたのはリバールだった。ライトとエカテリスも驚いてしまう。リバールは軽く二人に笑みを残すと、少年の所へ。
「――まさかリバール、忍者の血が騒いでトリックを暴きたくなったとか?」
「そんなことはない……と思うのだけど」
ライトとエカテリスの困惑が抜けきらないまま、少年のリバール相手のパフォーマンスが始まった。
「お姉さんお仕事でこの服着てるの? 趣味で着てるの?」
「仕事よ。でもこの服自体は好きだから、嫌じゃないわ」
少年の質問に笑顔で答えるリバール。一方の少年はリバールのメイド服を物珍しそうに、リバールの周りを回りながら見る。
「生地も高そう。きっと凄い所で働いているんですね」
「そうね、そんな感じかしら」
流石に王女に専属で仕えてしかもその王女が見ているとは言わない様子。
「ということは、このペンも高級品なのかな?」
そして、気付いた時には少年の手にペンが。
「あれ、リバールのペンですわ! いつも持ち歩いてますもの」
驚きながらエカテリスが補足してくれた。やはり今回も注意深く見ていても気付かなかった。いつの間に。――リバールも自分の体をあちこち探すようにパン、パン、と触ってみるが、やがてお手上げポーズを見せると、観客がドッ、と沸いた。
「それでは皆さん、ありがとうございました!」
リバールに笑顔でペンを返すと、少年は深々とお辞儀。観客は大きな拍手を送り、思い思いのチップを入れ、その場を後にする。――三人もチップを入れ、帰路へと就くことにした。
「凄かったですわ、あの少年。リバールの目からしても、どうでしたの?」
「本物ですね。あの年齢であの技術は中々身に付くものではないかと」
「……ちなみに、暴こうと思えば」
「暴けますけど、それをするシチュエーションではないので素直に受けました」
やっぱり暴けるのか。それはそれでライトとしては驚きでもある。
「――でも、なんであの歳で大道芸なんかやってたのかな」
後になって出てきた疑問であった。前述通り、少年は見た目十歳位。普通は友人と遊んだり、時間帯によっては学校に通ったりで、あまり大道芸でお金を稼ぐ歳ではない。
「そうですわね……前向きな理由だといいのだけれど」
将来本格的な手品師になりたくて修行をしている……とかならいいのだが、家にお金がないので、とか、身寄りがなくて、とかだと、中々に世知辛い理由となってしまう。
「何にせよ、収穫祭のスケジュールに合わせて来ているのかもしれませんね。収穫祭の来客の中でやれば、今日よりも断然観客は増えますし、彼の目的が何にせよ、大勢の前でやれるのはプラスでしょう」
「でしたら、私達はより一層収穫祭の警護、警備を頑張らないといけませんわね! 抜かりのないようにしましょう」
こうして三人は決意を新たに、帰路を進むのであった。
「――という出来事が昨日起きたわけなんだけど」
そして翌日。場所は変わってハインハウルス城内。
「いや、出来事が起きたのはわかったけど、それで何で私と勇者君でリバールを見張らなきゃいけないの?」
ライトは前日たっぷり休んだ(!)レナを呼び出し、二人でリバールの行動を見張りたいと申し出ていた。レナは護衛役としては勿論、一人では監視が難しくなった時の事も考えていた。
「うーん、何か引っかかるんだよ。あの時リバールは、どうして率先して挙手して、あのパフォーマンスを体験しに行ったのか」
そう。ライトは昨日のリバールの一部の行動に、少し違和感を感じていたのである。
「勇者君も少し考えたんでしょ? 忍者の血が騒いだとか」
「確かにそれは思ったんだけど……でも、リバールは真実の指輪を使っても隠せるレベルで忍者の血筋を抑えられるんだ。あの程度の手品でいちいちうずいてたらキリがない気がする」
「まあねえ」
「それに、あの時はあの子のパフォーマンスに意識が行ってたから俺もエカテリスも感じなかったけど、よく考えたらエカテリスが一緒なのに必要以上に目立つのはタブーだろ」
いくらリバールが大抵の事には対応出来るとはいえ、自らの存在をアピールすれば、エカテリスの存在がバレる可能性は十分にある。それをわからないリバールではないだろう。それなのに、リバールは挙手をしてまで参加を選んだ。それは何故か? という疑問が、ライトはどうしても拭えないのである。
「ふむ。――ならこんなまどろっこしいことしてないで、直接訊けばいいのに」
「何となくはぐらかされそうな気がして」
「だからこっそり監視して、いざとなったら脅迫、っと。リバール美人だしねえ、勇者君の男が疼くのは仕方ないね」
「ごめんツッコミ所満載なんだけど」
「あれ、脅すのは姫様の方?」
「脅迫から離れて!?」
表情を変えずに告げてくるので、もしかして本気で思ってるのかと感じてしまう。……本気じゃ、ないよな?――ガチャッ。
「あ」
と、そこでこっそり見ていたリバールの私室のドアが開き、リバールが一人で出てきた。
「――って、私服だ」
そこにいたリバールは、いつものメイド服ではなく、私服であった。髪型も若干違い、まるで何処か良家のお嬢様といった所。元々が美人なので、余計にそう見えてしまう。
「ハッ、ということは、今リバールの部屋に忍び込めば、いつもリバールが着ているメイド服が盗める……!?」
「何勝手に俺の想像風に変態風味の台詞足そうとしてるんだよ! 盗まないよ!」
一応補足すると、先の台詞はライトではなくレナ、ツッコミの方がライトである。
「まあ、それは兎も角――これは勇者君の予想が当たってるかもねー」
「? どういうこと?」
「私服ってことは、姫様に暇を貰ったってことだもん。リバール、城下町行く時仕事ならメイド服のまま行くから」
「成程……」
「というわけで声をかけよう。――おーい、リバール、待ってー」
「え、ちょ、ええ!?」
小走りで移動しながらレナはリバールに声をかけた。――隠れた意味がない。
「リバール相手なら中途半端に尾行するなら姿見せた方が確実だよ。本気出されたら私でも確実に撒かれる。大人しくリバールの部屋でメイド服の匂い嗅ぎながら待ってる?」
「せめて普通に待つ選択肢をくれ!」
「ライト様に……レナさん?」
少し驚いた様子で二人の顔をリバールは交互に見た。――そのままレナが事情を説明(勝手な変態イメージまで説明し出さないかライトとしては冷や冷やした)。
「そういうことでしたか……」
「ごめん。でも何か気になってさ」
リバールは目を閉じ数秒考えると、覚悟を決めて口を開く。
「わかりました。確証が得るまで私一人で、と思っていましたが……お二人共、一緒に来て頂けますか? 説明は、移動しながら」
「わかった。――レナ」
「ほいほい、流石に断らないから安心して」
こうして、正式に三人での移動を開始。
「目的地は城下町……というより、あの手品の男の子の所だよね?」
「はい。同じ場所でやってくれているといいのですが」
「リバールは何がそんなに気になるのよ。子供って事以外は、普通の手品師だったんでしょ?」
レナのその問いに、リバールの表情が少し難しい物に変わる。
「あれは、普通の手品ではありません。そもそも……手品でも、ありません」
「? どういうこと?」
「あれは、手品に近く、それでいてまったく異なる物。――スリ。……窃盗の、技術です」




