第百九十話 演者勇者とワンワン大進撃17
「侵入者だ! 侵入者だー!」
「全員集めろ! 叩き出せ!」
「屋敷に近付けさせるなー!」
マクラーレンが門を強引に破壊、侵入して直後、その声達と共に結構な勢いで傭兵と思わしき人種が集まってくる。その数はあれよあれよと膨れ上がり、
「……何ここ、何処かの軍の駐屯所? 戦争でもすんの?」
そのレナの感想の通り、数十名の武装した人間がこちらに向かってくる。大してこちらは六人と犬魔獣四頭。しかもいつも通りライトは戦力外。――人数だけで見れば、圧倒的不利な状況であった。
「騒ぎを気にして最悪の手段を取られると不味いな。――ここは俺がどうにかする。ライト、お前達は屋敷へ走れ」
元々先頭にいたマクラーレンが更に一歩前に出て、その指示を下す。――って、
「待って下さい、流石にマクラーレンさんこの数相手は!」
ライト達だけなら強行突破は出来るだろう。だが残されたマクラーレンはどうなってしまうのか。
「兄者、私も残る。私は恐らくこちら向けだ」
「私も残りましょう。アジサイの事、宜しくお願いします」
察したフロウ、サクラもマクラーレン側での参戦を表明。
「勇者君、これ以上の躊躇は時間の無駄になる。――三人を信じよう。私達は」
「っ……わかった、皆、無事で会いましょう!」
「勿論だ! 行けっ!」
「シルバー、具体的な位置は掴めるか!? 先導を頼む!」
「ワォォォーン!」
大きく吠え、走り出す四頭。その四頭を守るように共に走るドライブ。その後に続くライトと、そのライトを守るレナ。強引に突破し、直ぐに姿が見えなくなる。
「っ、二手に別れたぞ!」
「下手に侵入でもされたら俺達が処罰されるぞ! 追え、追うんだ!」
「残念ながら追わせるわけにはいかないな」
ズバズバズバ、ズバァン!
「ぐあぁ!」
「ぎゃあ!」
直後、ライト達を追う為に背中を見せた数名に、高速の波動斬撃が走る。
「私の前でそんな分かり易い殺気を垂れ流すか。いい度胸だ。――命は保証しない」
フロウの光音斬である。生半可な実力者ではそのフロウの居合で何が起きているのかはわからない。
「先にこっちを片付けろ! それからでも間に合う!」
「こっちは女一人だ、直ぐに終わらせる!」
「終わらせる、ですか。――そうですね、直ぐに終わりにしましょう」
シャラン。――不意に吹く優しい風。光の花びらが周囲に舞うと、
「がはぁ!」
「ぐはっ!」
ズバシュッ、ズバシュッ!――それに合わせてまるで演劇の舞いを見る様な美しいステップ、斬撃。
「散りなさい。この花吹雪の前に、立ちはだかる事は許しません」
サクラである。知る人こそここには居ないが、それは正に剣士だった頃、現役――「桜騎士」を彷彿とさせる動きだった。
「おい、女と思って舐めるな! 気を引き締めてまとまって叩け! ここは抑える、お前達もあっちへ加勢へ――」
「加勢へ行くのか? 俺を放って、他所へ戦力を回すのか?」
「!?」
ドォン、と広がる、圧倒的存在感。元々大きめの体が更に大きく見え、マクラーレンの存在に注目せざるを得なくなる。――なんだこいつは。ただそこに立っているだけなのに、どうしてそこまで視界を奪われる……!?
「ちっ、先にこいつをやる! 行くぞ!」
マクラーレンを倒さなければ他の行動に出れそうにない。その想いに囚われた男達はマクラーレンに戦いを挑む。まずは三人、同時に斬りかかるが、
「突っ込んでくるだけで崩せるわけがないだろう、精進が足りないな」
キィン!――マクラーレンは右手の剣で一人を抑えると、
「ふっ!」
ビィィン!――左手に持っていた盾に魔力を込め、一時的に大きく広げ、残り二人の攻撃をそこで受けると、
「ふぅぅぅん!」
「がほっ……!」
「ぐあっ……!」
そのままその盾でシールドバッシュ。シールドバッシュとは思えない勢いで二人は吹き飛ばされ壁に叩き付けられ、そのまま戦闘不能に。
「な……」
「驚きは隠せ。動揺は隙にしかならない」
そしてその光景に我を忘れたもう一人も、そのまま剣で切り伏せる。――あっと言う間の三人撃破。
「な、何だあいつ……バケモノかよ……!」
「あいつだけじゃないぞ! あの女も、あっちの女も普通じゃねえ!」
「化物、か。その化物に倒される理由を作るお前達は何なんだろうな。――お前達が本気で来る以上、手加減はせんぞ」
三人対傭兵達の戦いは、更に激しくなっていくのだった。
「邪魔をするな! 無闇に出て来なければ何もしない!」
先頭を行くシルバーに付き添うドライブが声を出しながら走る。――ライト達は無事屋敷内に突入、広い廊下を走っていた。中は外と違って傭兵の姿は無かったが、それでも住み込みの使用人はおり、時折姿を見せるのに対しドライブが警告を放っていたのである。
シルバーに迷いは見られない。目的の匂いを察知しているのか、ひたすらに走る。ライトとレナも後に続いて走る。
「クゥン」
と、不意にそんな声が。ハッとして見れば、隣には四頭の内、赤毛の犬魔獣が。何かを言いたげな目でライトを見ている。――何だろう。でもごめん、俺は生憎人間でして……
「勇者君あれないの? ニロフの時に使ってたじゃん」
「! ワントークか」
と、その様子に気付いたレナからアドバイス。勇者グッツで動物と喋れる様になれる飴。当時は無理矢理ニロフと喋る為に使ったが、今なら。
「えーっと……スモールタイプならあった!」
前回から補充はしていない……が、犬猫の分だけ小さい版があった。長時間は持たないだろうが、それでも。――急いで口に含む。
「? 急に貴方の言葉がわかる様になった……?」
「!」
わかる、わかるぞ! 声が横の犬魔獣から聞こえてくる!
「特殊な道具で喋れる様になってる。効果時間は長くないんだ。でも、君が何か言いたげに見えたから」
「そうなの……ありがとう、訴えに来てみて正解だったわ。――レイよ。サブリーダー的な役割をしてるわ」
「ライト。一応人間側のリーダーで、こっちがレナ。ドライブは……わかるよな?」
「ええ」
手短な自己紹介。ちなみに傍から見たらライトがワンワンと言っている。――緊張した場面だからドライブも気付いていない様子。
「ライト、お願い。私達はどうなってもいいの、でも代わりに必ずシンディは助けて。彼女に、後腐れだけは残して欲しくない」
「言われなくても全力で助けるつもりだよ。――でも、改めてどうして?」
「彼女は、私達の希望の光」
「希望の……光?」
確かに素敵な人だが、そこまで絶大な人だったのか?
「犬魔獣はね、テイムするのが比較的簡単で、初心者向けと言われてる。だから最初は皆私達の所に来るけど、あくまで最初の練習用としか見てくれない。マスターしてくれれば、私達だって他に引けを取らないのに。――でも、あの子は違ったわ。私達を見て、私達と一緒に成長したいって言ってくれた。本気の匂いがした。嬉しかったわ。でも同時に、少しの罪悪感も生まれた」
「どうして?」
「あの子、養成所の成績は良くない。何故なら、初心者向けの私達に付き合う時間を増やしているせい」
「!」
確かにシンディは成績は良くないと言っていた。こんな所に理由があった。
「きっとあの子は才能がある。私達としては、最後に私達の所に戻ってきてくれればそれだけで良かった。でもあの子は頑なに私達と一緒に成長する茨の道を選んだ。もう少し、もう少しであの子の才能は開花するの。こんな所で終わりになって欲しくない。私達を信じてくれたあの子を、駄目にして欲しくないの」
「そういう事か……」
「貴方達、軍の人なんでしょう? 私達が何かあっても、あの子だけは。あの子の才能を、潰さないで」
切実な願いが、本気の願いが伝わってきた。人とか犬とか関係ない。本気の想い。
「大丈夫。必ず助けるよ。シンディさんも。そして君達の事も、必ず守る」
「私達の事は――」
「シンディさんは君達と成長して、君達と一緒に開花する事を望んでるんだろう? だったら、君達が犠牲になったら希望の光も何もないだろ?」
それはシンディを助けたとは言えない。シンディを本当の意味で助けるならば、完璧に元の生活に戻れる様にしなくちゃ意味がない。――シルバー達の犠牲など、あってはならない。
「……ありがとう。貴方の事、信じるわ」
意図を汲み取ったレイが、お礼を言う。――ああ、シンディ、素敵な人達と知り合えたのね。
「うん。お互い、頑張ろう」
そこでワントークの効果が切れる。気付けば屋敷の奥の方へ――
「……行き止まり?」
――来ていたのだが、そこは行き止まりだった。だがシルバーの嗅覚を信じるならここ。
「オッケーわかった、こういう仕事は私の出番」
レナが何かを察したのか、手近な部屋に入り、使用人らしき男を一人引っ張ってくる。
「正直に答えて。今正直に答えたらこっそり報酬が出るかも出ないかも」
あ、この報酬で釣るのはもしまだマークがいたら後で押し付けるパターンだ、ネレイザだとどうだろう、とふとライトは思った。
「隠し扉とか隠し階段とか隠し部屋とか、まあつまり何か秘密の空間あるでしょ。知ってたらオープン」
「……わ、わかりました」
男がレナに促されると、明かりの下の壁を押す。するとガコッ、という音と共に壁がドアの様に開き、下へ降りる階段が現れた。その先にドア。隠し部屋だ。――レナの予想通りだったのだ。
「ちなみに君の認識ではあれは何の部屋?」
「坊ちゃまの部屋です。時折ご友人を連れて何かをしている様子です。使用人は許可なく入ってはいけません」
「成程ねー」
あらためて階段の先を見る。健全な理由で作られた部屋には到底見えなかった。
「ワォン! ワオワォン!」
そしてそのドアに向かってシルバーが激しく吠える。
「……ここみたいだな」
「だね。――行こっか。その坊ちゃんとやらをぶった切りに……じゃない、シンディちゃんを助けに」
「別に隠さなくていいから。ぶった切りたい気持ちは俺も同じだし」
「長、順番の問題だ。シンディを助けるのが最優先で、その後ぶった切ろう」
「冷静に分析してる! お願いだから無抵抗で投降とかしたら一応ぶった切らないでね!?」
「ガゥゥゥ」
「噛んで引きちぎるのも状況を見てからだよ!?」
「勇者君ワントークまだあったの?」
「何となくわかっただけ!」
でも合っているだろう。シルバーは敵意むき出しだ。
「とりあえず行こう」
階段を降り、一度全員目を見合わせた後、先頭のドライブがバァン、と勢いよくドアを開ける。――予想よりもかなり広い空間がそこには広がっており、
「シンディさん!」
「! 皆……!」
その部屋の奥のベッドに縛り付けられているシンディと、そのシンディの上に跨る男、そしてその様子を眺める男。――ゼルクとトームとついに対面するのであった。