第十七話 演者勇者、武器を求めて2
ライト専用の武器を作ろう、という事が決まった翌日。ライト、エカテリス、リバールの三人は城下町へ足を運んでいた。何でもエカテリス行きつけの武器屋があるとのこと。とりあえず勇者の鎧や輝きのマントを売っている直売所ではないらしい。
「――って、あそこじゃないんだ」
更にデイモンド商会、という看板を抱えた大きな建物の鍛冶屋をあっけなく通り過ぎる。武器だけでなく防具も扱う、城下町でも一、二を争う大きな商店なのだが。
「決して品ぞろえの悪い店ではないですけど、今から行く所に比べたらレベルが違いますわ。そうね……デイモンド商会が大衆向けで、今から行く所は職人向け……とでも言えばいいかしら」
「ほえー……」
素人のライトとしては何とも間抜けな返事がつい出てしまう。立派な所の方が色々あって融通が利きそうな気がついしてしまっていた。
「さ、着きましたわよ。――ごめんくださいませ」
そのままもう少し歩いた所に、「武器鍛冶・アルファス」と書かれた小さく少し汚れた看板と、こじんまりとした店舗が。――先程デイモンド商会の店を見たから、余計にそう感じるのかもしれなかったが。
エカテリスに続き、ライト、リバールも店の中へ。
「いらっしゃい……って、姫さんか」
店主と思われる男が顔を出す。二十台後半から三十代前半位の雰囲気をライトは受けた。――と、エカテリスに対する呼び方が気になった。その呼び方は、まるで……
「アルファスは、以前は軍に所属してましたのよ。腕は抜群、今でも軍の一部の人間は専属でお願いしていますわ。私の槍も彼の作品ですの」
「お褒めどうも。――まあ俺の作った武器を見事に使いこなす国の姫様も姫さんだけだけど」
やはり、エカテリスを正式にハインハウルスの王女だと知っているからこその呼び方だった。――多少ラフなのは、元々の性格故だろうか。
「今日は槍のメンテ……じゃなさそうだな、察するにそっちの彼が何か用件がありそうだ」
「初めまして、ライトと言います。お察しの通り、エカテリスの紹介で来ました。実は――」
ガチャッ。――と、ライトの自己紹介と説明を遮るように、再びドアが開く。
「こんにちは。――あら、エカテリス姫様、いらっしゃいませ」
そのまま店に入ってきたのは若い女性だった。こちらもエカテリスと既に知り合いの様子。
「ごきげんよう、セッテさん。――ライト、こちらセッテさん。この店の……」
…………。
「――セッテさん、いつでもこの店にいますけど、この店とどういう関係ですの?」
ワンテンポ置いてエカテリスがセッテにそう訊ねた。――いや知らないで知り合いになったんかい、とライトは心の中でツッコミ。
「私、アルファスさんと婚約、結婚前提でお付き合いしています」
「ぶっ」
きゃっ、という感じで頬を軽く赤く染めて、でも迷わず告げるセッテと――驚きのあまり吹き出すアルファスが。
「まあ、そうでしたの! 素敵、そして何よりお似合いですわ! 式には呼んでくださいね、正式に参列させて頂きますわ!」
「姫様に参列して頂けるなんて光栄そのものです、ありがとうございます!」
「ちょっと、ちょっと」
きゃあきゃあ、と盛り上がるエカテリスとセッテ。何かを訴えているアルファス。ライトもよくわからないので交互に見てると、「違う違う」と首を振って猛烈アピールするアルファスの姿があった。
「出会い、切欠は何でしたの?」
「半年前、用事があって帰りが遅くなってしまったんです。その時に、柄の悪い人達に絡まれてしまって――」
「困ります、離して下さい」
半年前のある日。夜も更け、すっかり暗くなった街並。偶々帰宅が遅くなってしまったセッテは、丁度アルファスの店の前でチンピラ三人に囲まれていた。酒の匂いがきつい。要は酔っ払いである。
「そう硬いこと言うなよ、俺達いい店知ってるんだ、一緒に行こうぜ」
「そうそう、こんな時間に一人で歩いてるんだから、こういう誘い待ってたんだろ?」
「すぐに楽しく気持ちよくなれるぜ、ほらほら」
腕を掴まれ、強引に連れて行かれそうになる。恐怖で体が上手く動かなくなる。――誰か、誰か助けて……
「お前達誰だ! ここで彼女に何をしていた!」
不意に響く声、ハッとして見れば一人の男――アルファスがそこに立っていた。最後のチャンスと思い、精一杯の力で恐怖を振り切り足を動かし、セッテはアルファスの後ろに隠れる。
「助けて下さい、その人達が」
「ここを何処だと思っているんだ! こんな事は止めろ!」
ズバッ、と凛と言い放つアルファス。勿論チンピラ達は黙ってはいない。
「おい兄ちゃんよ、俺達はそこの彼女と楽しくお喋りしていただけだぜ。邪魔して貰っちゃ困るな」
「困っているのは彼女の方だ。今すぐ手を引くのなら今回は見逃してやる」
「っ、上から目線で偉そうに! 痛い目に合わないとわからないらしいな!」
「――そして襲ってきた人達を一瞬で返り討ち。優しく私を介抱してくれたんです。その時に感じたんです。これは運命で、この人が私の運命の人なんだと」
「素敵……素敵ですわ! セッテさんにとって、アルファスは白馬の王子様ですのね! これはもう結婚間違いなしですわ!」
きゃあきゃあ、と更に盛り上がるエカテリスとセッテ。――方やアルファスは、頭を抱えて項垂れていた。
「あの……あなた目線、というか、実際どうなんです?」
「……聞いてくれるか」
流石に気になったライトはこっそりアルファスに近付いて真相を訪ねてみた。
「時期は半年前で間違いない。俺の店、つまりこの店の前ってのも合ってる。で、だな――」
「……うん?」
半年前のある日。夜も更け、すっかり暗くなった街並。偶には外で酒でも……と嗜んで、帰宅してきたアルファスの視界に入ってきたのは、
「困ります、離して下さい」
「そう硬いこと言うなよ、俺達いい店知ってるんだ、一緒に行こうぜ」
「そうそう、こんな時間に一人で歩いてるんだから、こういう誘い待ってたんだろ?」
「すぐに楽しく気持ちよくなれるぜ、ほらほら」
自分の家、店の前で絡み絡まれる四人の人影。――溜め息をついた。何してんの俺の家の前で。
「えーっと、君達何してんのここで」
やんわりと指摘したら移動してくれないかな、という希望の元、そう軽く話しかけてみたら、一人の女が自分の後ろに隠れるように逃げてくる。――っておい。
「助けて下さい、その人達が」
いや助けて欲しいのは俺ですけど。俺を巻き込まないで頂けませんかね。――そう思いつつも諦めずにアルファスは事情を説明することに。
「ここ俺の家の前なのよ。というわけで止めてくれないかな。他でやって」
だがやんわりだろうが厳しくだろうが、注意という指摘をされた時点でチンピラ達は黙ってはいなかった。
「おい兄ちゃんよ、俺達はそこの彼女と楽しくお喋りしていただけだぜ。邪魔して貰っちゃ困るな」
「困ってるのは俺の方だよ……とりあえず揃って何処か移動してくんないかな、ね」
「っ、上から目線で偉そうに! 痛い目に合わないとわからないらしいな!」
「――んで、問答無用で喰ってかかってきたから正当防衛はした。正当防衛し終わって帰ろう寝ようと思ったら、まだ俺の後ろにセッテがいたわけだ」
「つまり、セッテさんを助けたかったわけじゃなく、自分の家の前で騒ぐの五月蠅いから止めて欲しかった的な?」
「うん」
助けたのは事実だが、アルファスの感情にかなり違いがあった。台詞も似たような意味合いのようで全然違っていた。
「それは流石にセッテさんに説明した方がいいのでは」
「したよ。するに決まってるだろ。でもそしたらあの女、「もう、照れ屋なんですから!」って言って聞こうとしねえ」
「うわあ……」
それで押し切られてるのか。ヤバいタイプの人種かな、という認識をライトは持った。
「お察し下さいライト様、人の想像空想妄想は時にその人を動かす大きな力となりえます」
「リバールが言うと説得力があり過ぎるから困るよ……」
いつの間にかこっちサイドにいたリバールが、冷静にそう告げてきた。彼女は彼女で妄想癖があるせいだろうか。
「で、ああやって勝手に店に通うようになっちまってな……俺にその気はないと何度言ってもさっきの台詞と大丈夫の一点張りだ。流石にここまで伝え続けたら後は何があっても俺の罪にはならないだろうと思って放っておいてる」
「応援する人が一人増えましたが。国家権力持ちの」
「勘弁してくれ……」
「ぐ……私は姫様を応援すべきなのか、姫様に真実を伝えるべきなのか……!」
大きく項垂れるアルファス、新たな悩みを見つけてしまったリバール、未だ盛り上がりを見せているエカテリスとセッテ。――どんどん場が違う方向に向かっていた。
「……あの、本題に戻っていいでしょうか」
キリがないのでライトはそう宣言。流石にエカテリスも気付いたようで、オホン、と咳払いをしてこちらに戻ってくる。
「ああそうか、今の所姫さんとお前が何しに来たかさっぱりわかってなかったわ。んで?」
「実は――」
ライトとエカテリスは、ライトが勇者を演じる事になった事から今までをアルファスに掻い摘んで説明した。
「ふぅん、国王も面白いこと考えるもんだ。――で、ライトだっけ」
「はい」
「まともに剣、振ったことほとんどないとか言ったな」
「……はい」
「当然、自分用の剣なんざ持ったこともない、と」
「その……はい」
言われると恥ずかしく情けなくなってくる。――そんな身分で専用の剣とか、怒られるのだろうか、とライトは不安になってきた。
「ふーむ」
一方のアルファスは、ジッ、とライトを見て、少し考える。やがて意を決したように立ち上がると、
「ちょっと店の裏手に行ってくれ。剣が振れる位のスペースはあるから」
そう告げ、自分は店の奥へ。言われるままにライト達は一度表に出て、そこから裏手に回った。成程簡単な庭のような場所があった。流石武器職人、試しで振ったり切ったりする場所が必要なのだろう。
「待たせたな。――ほれ」
数分遅れてやって来たアルファスの手には、一本の剣が。それをそのままライトに手渡す。
「これは?」
「今回みたいな話があった時の為に用意しておいたサンプルだ。これで答えが出るはず。これで……そうだな、姫さん、模擬戦してくれるか? ああ普通にやったら姫さんが勝つのわかってるから、姫さんは基本受け流す感じで」
「わかりましたわ」
「ライトはこいつを素直に使え。正直な気持ちで使うんだ」
「あ、はい」
というわけで、あれよあれよと言う間にライトの為の模擬戦が決定。――エカテリスとは一度模擬戦をしているが、あの時は瞬殺されたからな、と思い出しつつライトがアルファスに渡された剣を抜いてみると。
(! これは)
抜いて直ぐにわかる、信じられない位のフィット感。重さ、長さ、柄の握り具合、伝わる雰囲気、全てが瞬時に自分に適合したような、そんな感覚になる。――これがサンプル? この剣は何なんだ?
「ほれ、始めろ」
「あ、そうか。――エカテリス、行くよ」
「ええ」
バッ、と足を動かし、エカテリスに切り掛かる。――ガシン!
「!」
瞬間、エカテリスの表情が驚きの物にかわる。――これが、ライトの太刀筋ですの? この動きが出来るなら、あの時私にあそこまで簡単に負けることは……!?
カァン、キィン、ギィン!――そのまま連続でライトは剣を振るう。信じられない位体が軽く動く。今まで振れたことのない勢い、動きで剣が振れている。エカテリスに全て防がれているものの、エカテリスの表情は真剣で、気を抜いている様子は一切なかった。
「はいストップ。オーケー、よくわかった」
わずか一分少々の時間で、アルファスはその模擬戦を止めた。
「感想を聞こうかな。まずは姫さん」
「驚きましたわ。初心者らしさは拭えませんが、でもこの動きが出来るなら、軍の兵士と一対一なら勝てるかもしれません」
「成程成程。ライトは?」
「抜いた瞬間に俺も驚きました……こんなに扱い易い剣があるなんて、ここまで剣一本で変わるなんて。これなら、俺でも戦える気がします」
これを作ったのがアルファスならば、本当に凄い武器職人なのだろう。ライトはあらためて実感する。軍の人間が専属にしたくなるのがよくわかった。
「……俺の予想通りの展開、だな」
「え?」
「よし、それじゃ最終検定な。次は、俺と模擬戦だ」