第百八十七話 演者勇者とワンワン大進撃14
「それでは、本日はここまでとしましょうか」
「ありがとうございました」
夜。恒例となるハルの特別授業をライトは受けており、予定分を無事終了。しっかりとお礼を言い、片付けに入る。ライトは部屋の片づけで、
「ヨゼルド様もお疲れ様でした。今外しますので」
「うむ」
ハルはいつも通り縛られて運ばれてくるヨゼルドの開放作業。最近ではサラフォンに頼んで特殊な椅子を作った様で、縛られながらでも水分補給が出来るように口元にボトルとストローなどがセッティングされている。――気遣われているのか雑に扱われているのか最早よくわからない。
「そういえば国王様、今日はいつもより大人しかったですね?」
普段は良くも悪くも色々あったりする。ライトの言う通り、今日は比較的大人しかった。
「今日はこの後予定があってね。下手に邪魔をして時間を引き延ばすわけにもいかなかったんだ。……ハル君違う、城内の予定だから。縛り直さないで」
解きかけていた縄をこの時間の予定と聞いて改めて縛り直そうとするハル。――そんなこんなで三人で部屋を出ると、
「丁度か」
「マクラーレンさん?」
マクラーレンが部屋の前で待っていた。
「この後マクラーレンと部屋で軽く酒を飲む約束をしていたのだよ。ヴァネッサからの報告も兼ねて」
「そうでしたか。仰って下されば今日は縄は弱めにしておきましたのに」
縛らないという選択肢はないらしい。
「なのでハル君、今日はもう終業、休んで構わんぞ」
「ですが、お二人のお酒のご用意、片付けは」
「その位は俺がやろう。安心しろ、潰れるまで飲んだりもしない。ヨゼルド様の気遣い、受け取っておけ」
マクラーレンもヨゼルドの考えに同意。
「……畏まりました。お気遣い、ありがとうございます」
そうまで言われて意固地になるハルではない。素直に受け取り、二人にお礼を言う。
「あれならハル君もライト君としっぽりしてきてはどうかね。偶にはいいだろう」
「もっと違う言い方ないんですか!? ハルも俺も凄い気まずくなる!」
別に俺もハルとしっぽりしたくないわけではない……じゃなくて。――横のハルも溜め息。
「ライト様。――お酒のお相手でしたらいつでも致しますので、御遠慮なく」
そして直後、ちょっと小声で、優しい笑顔で、そうライトに告げる。――その表情にライトもドキッとする。可愛い。
「何だ、二人はそういう関係だったのか?」
「違います、ああいや、ハルが駄目ってわけじゃないんですけど!」
そんな風にマクラーレンにまでからかわれていると。
「国王様! こちらにいらっしゃいましたか!」
兵士が一人、全力で駆けてくる。息を切らしながらも報告の為に片膝をついた。
「どうした物々しい。ヨゼルド様は就寝も近い、そこまで急用か?」
マクラーレンがヨゼルドの一歩前に立ち、兵士に話を聴く。ライトもハルも流石に気になってその場で待機。
「侵入者です! 自分は国王様の知り合いだ、急を要するからどうしても国王様に会いたいと、強引に門を突破! その者自身は捕えましたが、陽動で仲間等がいる可能性もございます、念の為に直ぐに護衛を受ける支度をして頂きたく!」
その内容を聞いて一気に緊張が走る。確かに急を要する内容だった。勿論天下のハインハウルス、そう簡単に好き勝手出来るはずもないが、油断したら万が一、という事もあり得る。
「侵入して来たのはどんな奴だ?」
「女です! 犬系魔獣を一匹引き連れています、現在はその犬魔獣も動く様子はなくその女の隣にて待機中!」
「犬魔獣……テイマーか?」
その犬魔獣という報告、そしてマクラーレンのテイマー、という言葉に何か嫌な予感をライトは覚える。――まさか、まさか……だよな?
「今日夜間の指揮を執っているのは誰だ?」
「バルジさんです」
「そうか。――ヨゼルド様、酒盛りは延期にしましょう。代わりに今日は俺が護衛に入ります。指揮はバルジに任せておけば問題ないかと」
直ぐの申し出。確かにマクラーレンの護衛なら心配ないだろう。
「マクラーレン、その前にもう一つの可能性を一応当ろう」
が、ヨゼルドはその提案をマクラーレンに出す。
「? もう一つの可能性……?」
「本当に私の知り合いの可能性さ。――ライト君、何か遠目にその侵入者を確認出来そうな勇者グッツを今持ってないかね?」
「本当に、本当に知り合いなんだよ! お得意様なんだ! 国王様以外頼れる人がいないんだ! お願いだから話だけでも通してみてくれって!」
「五月蠅い、誰がそんな戯言を信じるか! 国王様がお前の様な侵入者と知り合いなわけがないだろう!」
ハインハウルス城、正門を少し過ぎた辺りでその問答は続いていた。女は掴まり兵士数名に囲まれているが、それでも諦める事無く叫ぶ。
「まあまあそう言わず、話だけでもさせてくれないか」
「何言ってるんだ、駄目な物は駄目……って国王様!? ライト様、マクラーレン様まで!?」
直ぐに兵士達は背筋を伸ばし道を開ける。その先に居たのは。
「国王様……! 良かった、信じて来てくれたんだな……! あたし、もうどうしようかと……!」
フラワーガーデンで接客嬢をしているバラだった。捕えられ、後ろ手で縛られている。
「ワォン!」
そしてその横には犬魔獣が一匹。特に何をするでもなく、バラの横に待機中。――って、確かあの魔獣は、
「シンディさんが世話をしている内の……一匹……?」
「……ああ。俺も見覚えがある」
養成所を訪ねた時に紹介して貰った時にいた。その時一緒だったマクラーレンの同意でライトの予測は確信へと変わる。――最初に報告を受けた時に生まれた嫌な予感が、少し膨らむ。
「さてと。――身分こそ明かしているが、あくまで私があそこに足を運んでいるのはプライベート、お忍び。この状態の私をこの様な形で尋ねてくる、という事がどういう事かは……わかっているかね?」
「っ!」
一瞬、鋭い空気が辺りを走る。――ヨゼルドの人柄を知るライト達は直ぐにわかった。ヨゼルドが、バラを試している。
冷静に考えてもバラのやっている事はあまり良い事ではない。国を抱える立場として、従える者達への配慮も考え、問答無用で許すわけにはいかない。そういう事案を起こしている覚悟を、試しているのだ。
「申し訳ありません、国王様……!」
その鋭い視線に直ぐにバラは縛られたままで精一杯頭を下げる。
「でも、どうしても話を聞いて欲しくて……! あたしはどんな処罰でも受けます! だから、話を……!」
そして直ぐに頭を上げ、再び懇願。その言葉に雰囲気に、バラなりの覚悟を感じ取れた。
「ハル君」
「はい」
だからヨゼルドはハルを呼び、バラを縛る縄を解かせる。
「国王様!?」
「大丈夫さ。マクラーレンも勇者ライトもいる。――バルジ君に伝えてきてくれ、後はこちらで処理をすると」
「は……はっ!」
そして動揺する兵士達にそう指示。焦りながらも兵士達は報告の為に走って行く。――結果、この場に残ったのはバラ、ヨゼルド、ライト、マクラーレン、ハルの五人だけに。
「さてバラ君。実際、あまり感心出来るやり方ではないぞ。私が居なかったらそれこそ君はただの犯罪者になってしまう。私を頼ってくれるのは嬉しいが、冷静になって欲しい所だ」
「すみません……でも、他に思い付かなくて……あたし馬鹿だから……他に……っ」
バラの目には少し涙が浮かんでいた。怒られて冷静になれたのだろうか。――ポンポン、とヨゼルドが優しくバラの肩を叩く。
「それで? そこまでして私を頼りたい案件……一体何があったのかね?」
そして優しく、落ち着いた表情で本題に入った。
「アジサイが、行方不明なんです!」
「!?」
アジサイ――シンディが、行方不明。
「成程、穏やかな相談ではないね。――落ち着いて、具体的な話をしてみたまえ」
「あいつ今日出勤日なのに店に来なくて。サボったりとか無断欠勤とかする様な奴じゃないからちょっと店抜け出してあいつの家、行ってみたんです。そしたら家にも居なくて。何か変なトラブルに巻き込まれてたらどうしようと思ってとりあえず一度店に戻って姉御に相談しようと思ったら店の前にこいつがいて」
「ワォン」
その通り、とでも言わんばかりに犬魔獣が返事をする。
「こいつ確か、アジサイがテイマーの訓練で面倒見てる奴だってプライベートのあいつに紹介された事あって、きっとこいつも何か察して心配で探してるんだと思って! だからあたし駄目元で国王様に頼もうって……国王様なら何とかしてくれると思って……! お願いします、あいつを探すの、手伝って貰えませんか! あいつに何かあったなら、助けて貰えませんか……!」
ガバッ、と再び勢いのままにバラはヨゼルドに向かって頭を下げる。
「ウォン! ワォワォン!」
直後、横の犬魔獣も強めに吠えた。――まるで一緒に頼み込んでる様に見えた。
「国王様、俺に――俺達に、やらせて下さい。何かあってからじゃ遅いです、俺達なら」
だからこそ、ライトはその提案は直ぐに出来た。――放っておけない。本当に、何かあってからじゃ遅過ぎる。
「いいだろう。――寧ろ、そう言ってくれなかったら困る所だよ」
ヨゼルドは力強くライトに頷くと、
「バラ君、今回の事はここにいる勇者ライトに任せる。――心配いらん。彼とその仲間達の実力は本物だ」
バラに向かって、優しくそう告げた。直後、バラの目からブワッ、と涙が溢れる。――当然不安だったのだろう。今までは勢いだけで乗り切っていただけに、差し伸べられた救いの手に緊張の糸が解けたか。
「! 勇者様……! ありがとうございます、勇者様! ありがとうございます、国王様!」
それでも直ぐにその涙を拭い、ライトとヨゼルドにお礼を言う。――強い人なんだな。ライトはそう思った。
「ハル、全員の招集をお願い出来る? 出来ればレナが最初がいい。レナが居れば俺が先行して動ける。大よその事情を話せば皆それぞれ動けるはずだ」
「承知致しました、直ぐに」
ハルが走って城内へ戻る。
「俺も一度装備を取りに戻る。時間は喰わない」
そう言ってマクラーレンも――
「――マクラーレンさん、手伝ってくれるんですか?」
――戻ろうとしたので急ぎ確認。
「ここまで話を聞いておいてお前は俺に何もするなと? 乗りかかった船を降りる趣味はないぞ」
「ありがとうございます、助かります」
当然戦力としても、経験の力としても存在は大きい。一人でも強力な味方がいてくれるに越した事は無い。
「あの……ただ、話しておかなきゃいけないことが」
ただ問題を言えば――マクラーレンは、アジサイがシンディである事を知らない。緊急事態とはいえ、参加して貰う以上もう黙っているわけにもいかない。
「話なら終わった後で聞こう」
「いえ、本来ならそうなんですけど、でも」
終わってからじゃ意味がない。――だが。
「安心しろ。――「終わった後で」大丈夫だ」
「……!」
少しだけ含みのある言い方。――この人、もしかして……?
「う……」
頭がボーっとする。前後の記憶があやふやだ。――確か私、家に帰る途中で、あの土手で……
「あ……!」
そう、土手で急に気を失った。誰かに後ろから突然襲われて、そのまま。
「っ!?」
意識もハッキリとし、急いで起き上がろうとするが起き上がれない。――両手両足が、ベッドに縛り付けられていた。何とか首だけ動かして周囲を見ると、
「おう、目が覚めたか」
「こ、こんばんは、シンディさん」
「どういう……こと……!?」
そこに居たのは、シンディと同じテイマー養成所に通う、ゼルクとトームの二人なのだった。