第百八十六話 演者勇者とワンワン大進撃13
ハインハウルス商店街を抜け、城内で管理しているので安全な自然区域へ。その中の草原区域へ向かって二人と四頭は移動中。道中、時折シルバーが振り返ってドライブの顔を見る。まるで「大丈夫だよ」とでも言われている様で、
「っ」
「? ドライブさん、どうしたんです?」
「感動した。本で見た事がある」
信頼関係からそういう行為に出ると本から知識を得たドライブは感動。オーバーな……とツッコミを入れようかともシンディは一瞬思ったが、ドライブの顔が本気だったので言えなかったり。
「シンディと彼らは、本当に良い信頼関係で結ばれているんだな」
「はい。私の中では家族も同然です。でも……やっぱり、テイマーとしてはそれじゃ駄目みたいで」
「そうなのか?」
「ペットと飼い主と違って、主従関係をよりハッキリと厳しくしておかないと、いざという時の指示命令にズレ、遅れが生じるし、主従関係を結んでお互いを行き来させる魔力の流れにもムラが出来てしまうそうで。――だからどうしても悩んじゃうんです。私の目指すテイマーに、私のやり方ではなれないかも。やり方を変えるべきなのか、駄目なのをわかってそれでも自分のやり方を貫き通すべきか」
「……そうか」
先日は勢いで発言したものの、実際こうして悩まれるとドライブとしても一概にどちらがいい、とは言えなくなる。何せテイマーの知識も素質もあるわけではないのだ。軽い言葉は何の励みにもアドバイスにもならないだろう。
「もし私がテイマーになれなかったら、って考える事もあります。応援してくれる母、叔父、それから神様に会わせる顔がないなあ、って」
「……神様?」
突然のフレーズだった。母、叔父の並びに出て来る存在としては若干の違和感。
「あ、私信じてるんですよ神様。――ドライブさんは、神様って信じますか?」
「ああ」
「本当ですか!? 良かったら――」
「何せ、一度戦ったからな」
迷いのない返事に対し即座に反応し、私と一緒に信じてみませんか、という勧誘のフレーズをとんでもない返事が遮った。――戦った? 神様と?
「冗談……ですよね?」
「いいや、長達と一緒に戦った。地域限定の神だったがな」
「どうして、神様に刃を向けたんです? 神様って、そういう物じゃない」
「大切な物を、大切な人達を守る為だ」
思い起こされる、故郷の日々。全て捨てたが、消える事の無い大切な人の面影。
「長達と知り合ったのはその事が切欠だ。俺はそこで全て、それこそ自分自身の命すら終わりにするつもりだったが、長に助けられた。俺は生きていていいんだと、彼らは言ってくれた」
「…………」
「だから俺は長の為に戦う。神の意思など受け付けない、俺の意思で戦う。仲間の為なら、何度でも神と戦ってみせる」
ドライブは無意識だが、その言葉はシンディの勧誘を綺麗さっぱり、バッサリと断っている。ふとシンディの表情を見れば、何処か神妙な面持ち。「神様」に何かしら特別な想いがある事をドライブも察する。
「シンディは神様がテイマーになるな、と言ったら諦めるのか?」
「え?」
それを汲み取った上で、あえてその質問をぶつけた。
「ああ、別に否定するつもりはない。そこで諦めるのがシンディの意思だと言うなら、俺がとやかく言う事じゃないからな」
「私は……」
神様に言われたら? 神様は絶対。その神様に言われたら、私はどうするの?
「悩む位大きな夢なら、立ち向かってみればいい」
「……でも」
「大切な物は、その位の覚悟を越えて、初めて手に入る物だ。悩むなら抗ってみせろ。――直接戦うのは危ないから、必要なら俺を呼んでくれたら加勢する」
ドライブは至って真面目だった。――ああ、この人、本当に自分の大切な物の為に、神様と戦える人なんだ。凄いな。私? 私は……私は。
「……私も」
「うん?」
「私も、神様に駄目って言われても、一度位は反論したいです」
ドライブに比べたら弱気な内容かもしれないが、それでもシンディにとっては大きな言葉だった。
「ずっと持ってた夢なんです。自分の実力不足ならまだしも、神様に理由も無く駄目、って言われるのは、納得がいかないです」
「そうか」
「ありがとうございます、ドライブさん。ドライブさんのお陰で、自分の夢の大きさ、再確認出来ました」
「俺は何もしていない。シンディの持っている物が、最初から強かっただけだろう。――応援する」
「ありがとうございます」
ドライブの後押しに、シンディは感謝。同時にシンディの中に芽生える気持ち。それは先日の商店街デートの時から生まれ、少しずつ、確実に出来上がっていく。
「ドライブさん。ドライブさんって、その、私の事……えっと」
「?」
「あー、うん。つまり……どういう風に、今、想ってくれてますか?」
芽生えた気持ちの許容量が少し溢れ、零れたそれはつたない言葉となってついシンディの口から発せられる。
「尊敬している」
そしてその小さな勇気は、ドライブの鉄の壁にぶつかって呆気なく塵となる。
「夢に向かって努力する姿、俺には出来なかったその姿勢は、尊敬しかない。俺はシンディの夢が叶うと信じているし、叶わなかったとしても俺の尊敬が揺らぐ事はきっとないだろう」
「えっと……ありがとうございます。……ただ、その、そうじゃなくて」
「わかっている」
「え?」
わかってる? 私の気持ちが……わかってる!? それって、つまり――
「何とかして、マクラーレンにも今の生活の全てを、自分が努力する意味合いを認めて貰いたいのだろう? テイマーの夢だけじゃない、そこも認めて貰おう。俺もそれを含めて応援しているつもりだ」
「うわー……本当に、わかってる……」
でもわかって欲しい部分が違った。――うん、そこじゃなくて。いやそこもわかって貰えるのは嬉しいけど。
「幸い長の仲間にはマクラーレンとの旧知の仲もいそうだ。俺なりに相談してみよう。何、焦る必要もない。ゆっくり、確実に進めばいい」
そして意味合いは違うがそのフレーズがシンディの心を落ち着かせる。――焦る必要はない。
「うん。そうです。焦る必要、ないですね。――出会ったばかりだし」
「うん? 最後何て――」
「ありがとうございます。私、もっともっと頑張ってみます。――見ていて下さいね」
こうして二人は、草原デート……ではなく、散歩を楽しんだのであった。
「というわけで、新参者なのに申し訳ないが、皆の手を借りたい」
そして翌日の午前。団員が必ず顔を出す団室にて全員集まった所でドライブはシンディとマクラーレンの事を相談――したのはいいのだが、
「ドライブ……相談してくるのはいいんだ、寧ろ俺も色々考えてたし……ただ何だろう、もう少し経緯はオブラートに包んでいいんだぞ……?」
そこに自分が辿り着いた経緯を説明するにあたって、昨日のシンディとの出会い、行動、会話を細かく説明された。これはシンディ側からしたら中々に辛い。そしてドライブは無自覚。――俺達は子離れ出来ないお前の親か。
「散々興味を持っておいてあれだけどさー、こう来ると何か凄い冷静になれるよね」
「……同意です」
前回の時ヒートアップしたレナ・ハルの意見にライトも同意だった。こっそり知るのが楽しいのかもしれない。――まあそれは兎も角。
「マック殿がシンディ殿をあそこで働く事を認めて貰う方法、ですか……そうですなあ……」
「ボク達と一緒にシンディさんのお店に連れていけばいいんじゃないかな? あそこのお店素敵だったし、お姉さん達も素敵だったし、マクラーレンさんも認めてくれるよ」
「サラフォンさんの言いたいことは最もなんだけど……何が難しいって、堅騎士がド正論な所よ。私が前線にいた頃もあいつと口論で圧勝した事ない。そんな平和なやり方じゃ絶対に認めてくれない気がする」
ネレイザ、前線で大先輩のマクラーレンさんと口論しまくったのか。――マークがここに居なくて良かった。今の話を聞いたら胃に穴が開いたかもしれない。
「ネレイザちゃんの言葉を借りるなら、マックさんのド正論を上回るド正論を用意すればいいんでしょ? いっその事国王様に頼んで国王公認にして貰えばいいんじゃない?」
「レナ様の仰りたい事はわかりますが、でもその場合ヨゼルド様が調子に乗るので私の仕事が増えるのでその案は遠慮して頂けると助かります。レナ様が代わりに見張っていて下さるというのなら別ですが」
「シンディさんはフラワーガーデン以外の仕事じゃ駄目なのかしら? それこそお父様に頼めば御城の仕事を紹介する事も出来ますわ」
「王女様、俺が話した限りではシンディはあの店に、あの店の従業員である事にも誇りを持っています。あの店に出会う前ならその案でも良かったかもしれませんが」
色々案は出るが、中々一歩届かず。国家権力、シンディの想い、マクラーレンの正論。……ん? 待てよ?
「そうか。国王様は駄目なら、俺達でいいじゃないか」
「? 勇者君どういう事?」
「公式、じゃないけど勇者の騎士団の御用達のお店にすればいい。そうすれば安全かつ箔が付く。世間一般からしたらそういう店なら働く事は名誉の方に傾くんじゃないか? そもそもあのお店凄いしっかりしているわけだし。後はちょっとシンディさんの働き出した時期とか俺達が関わり出した時期とかの設定を弄れば」
「必要ならば書類等の改ざんは可能かと思われます。マクラーレンさんに気付かれない様にする事も」
直ぐにリバールがそう申し出る。流石だった。
「素晴らしい案です、ライト殿!」
「うぉう!?」
さて皆はどうかな、と訊こうとした所でガッ、とニロフが感動で詰め寄ってくる。
「シンディ殿を支援しつつ、更にはあのお店が我々公認、行き付け、つまり定期的に通うのも任務の一環となるわけですな! 名刺を頂いておいた甲斐があったというもの……!」
「……いつの間に」
スッ、とニロフは懐からフラワーガーデンの名刺を数枚取り出してみせた。――流石ではある。まあでもこれでニロフの同意は得た。他の皆も……
「ライトの案は最もですけど、何か気乗りしませんわ」
ん?
「つまり、マスターが定期的にあそこに行くって事でしょ? 何か嫌」
んん?
「団長、お持て成しが必要ならば私がしましょうか?」
んんん?
「私としては、ライト様を縄で縛る真似は出来れば避けたいのですが」
「うおおおいちょっと待って待って!? あるぅぇ!?」
……一部女性陣が乗り気じゃなかった。
「いや違うよ、俺が行きたいとかじゃなくて、ほら、シンディさんとマクラーレンさんの為を想ってだよ!?」
「勇者君。――私は最後に、私の所に帰ってきてくれたらそれでいいよ」
「何かその台詞が一番怖い!? 真顔で言わないで!? ねえちょっと!」
というわけで、ライト騎士団公認案は、もうしばらく会議が続く事になるのだった。
「ふぅ……」
夕焼けの道を一人、シンディは歩く。――養成所から自宅への帰宅中。今日はこれから帰った後、フラワーガーデンに出勤だった。
ここ数日で色々な変化と思う事が出来た。自分の夢、自分のしたい事、応援してくれる人。――突然の、出会い。それぞれを思い出せばやる気が出て、それぞれを思い出せば――少し、胸が熱くなる。
「あ」
そして気付けばいつも散歩で通る土手。思えば、ここで視線を感じる様になったのが始まりだった。――あれがドライブさんだったなんてね。
「……?」
そんな事を思い出したせいか、久々に「視線を」感じた。このこっそり見られる感じは久しぶりだった。
「もうドライブさん、もう堂々と出てきて良いって言ったじゃないですか」
そう言って振り返るが――そこには誰も居ない。
「あれ?」
ドライブじゃなかった。何だ気のせいか、色々思い出していたせいかな、なんて思っていると――
「!?」
突然視界が真っ暗となり、そのままシンディは気を失ってしまうのであった。