第百八十五話 演者勇者とワンワン大進撃12
「いらっしゃいませー!」
「御指名入りまーす」
ハインハウルス城下町、夜。フラワーガーデンは今日も賑わいを見せていた。
「アジサイちゃん、今日は何か特別可愛いなあ」
「またまたお上手なんだからー」
「いやいや本当だって! 何かあったの?」
「何もないですよー。でも、ありがとうございます」
当然人気の嬢は忙しい。三位のアジサイことシンディも、笑顔で接客中。
「姉御、アジサイの奴、なんかあったんですかね?」
でもその笑顔が、ちょっとだけ違う。昨日よりも、ちょっとだけ輝いていた。それは馴染み客も、そして従業員側も何となく気付いていた。――合間を縫って、人気五位のバラがサクラに尋ねる。ちなみにバラは高身長の勝ち気な美人で、男勝りな姉御肌が人気というこの手の店には特殊なタイプであった。
「さあ、私は何も聞いていませんが。気になりますか?」
スイッチが入ればサクラも問題無い。表情を変えず何も知らないふりをする。
「まー、急に何か一皮剥けた感じがすりゃそりゃ多少は気になりますって。話聞いた事あるけどあいつ学費稼ぐ為にウチにいるんでしょ? 苦学生じゃないですか。何かあったら助けてやりたいし」
「でも、悪い笑顔には見えません。なら、いいんじゃないですか。何かあったら自分から言ってくるでしょう」
「バラさん、ご指名です」
「ほら、指名入りましたよ。お客様を待たせない様に」
「うーっす」
バラも気持ちを切り替えて、指名が入ったテーブルへ向かった。
「ふふっ、貴女からの素敵な報告が来るの、私達、楽しみにしてますからね、シンディ」
シンディの笑顔とバラの背中を見ながら、サクラは笑顔でそう呟くのであった。
「ドライブさん、そっち行ってる、二人!」
「了解」
ハインハウルス城を出て南に一キロ程行った所にある森林地帯。他国からの盗賊団が潜伏しているという情報が入り、ライト騎士団が緊急で出撃中。
物語中は語られないが実際こういった事案はそこそこライト騎士団に回って来ており、こなす度に勇者ライトの功績として重なり、国の治安と共に勇者とその騎士団の名誉を上げる事案となっている。
勿論ライトは直接戦闘は出来ないので森の入口でレナと共に待機中(記録上は指揮を執ったとして残る)。森の中では数手に分かれて戦闘中。こちら後衛にネレイザ、前衛にドライブという組み合わせ。
「くそっ……何だよ、何なんだよ、お前等……!」
「何だと尋ねられれば、勇者様とその騎士団だ、としか答えようがないな」
人数は盗賊団が上だが、戦力指数で言えば圧倒的にライト騎士団が上。勝負らしい勝負にはならず、次々と盗賊団を戦闘不能、捕獲という形になっていく。――解決は、あっと言う間であった。
「皆、お疲れ様」
森の外でライトとレナと共に待機していた護送用の兵士達に身柄を渡し、任務終了。少しの休憩後、帰還へ。何も出来なかった分、ライトは少しでもと全員に労いの言葉をかけていく。
「ドライブも初任務、お疲れ様。こんな感じの事案も時折あるけど、大丈夫そう?」
ちなみにこれがドライブのライト騎士団としての初任務だった。
「この程度なら何の問題もない。寧ろ長の師に作って貰ったこの新しい薙刀のお陰で戦い易さが増している。予想以上の出来に驚きしかない。今度感謝を言いに行かせてくれ」
「わかった」
新加入のドライブは、わかってはいたが他メンバーと遜色ない実力者であり、更なるライト騎士団の実力アップに繋がっていた。――と、
「マスター、ちょっと」
「ネレイザ? どうした?」
そんなドライブと今回組んだネレイザがライトを引っ張り、ドライブから少し離した所で口を開く。
「驚く位に何もないんだけど」
「……まあ、ドライブらしいって言えばドライブらしいか」
先日、偶然にもドライブとシンディのデートの一旦に関わったネレイザ。当然事情を尋ねられ、隠すわけにもいかずライトは正直に説明。そしてドライブが影響を及ぼし浮かれていたり上の空だったりだったら困るとさり気なくネレイザがドライブの後衛に入ったのだが、結果はネレイザの一言が全てであった。
「まあでも、任務に支障がないならそれはそれで」
「何迂闊な事言ってるのよマスター! 本気でドライブさんが何も思ってなかったらそれはそれで何とかしないと! 相手堅騎士の姪御さんなんでしょ!? あいつド真面目なんだから絶対に問題になるから!」
ネレイザはマクラーレンに対し、ライト達よりも遥かに極端な印象を持っている様子。――前線時代に何があったのかな。
「でも必要以上に俺達が手を出すのも何か違うだろ……」
「じゃあマスターがドライブさんに確認取って来て!」
「……俺が?」
「私が訊いたら変でしょ」
ネレイザがお見合いを勧める親戚の人に見えてくるライトだった。――ニロフ辺りに相談すべきかな、と思っていると。
「長、ちょっといいか?」
「ドライブ、どうした?」
そのドライブが話しかけてくる。
「軍に所属するのは初めてだからわからないのだが、特別に休暇を申請したい時とかはどうしたらいい? 寧ろそういう事が可能なのかどうかすらわからないんだが」
「!」
これはつまり、用事があるから休みたい日がある、と。これはつまり、その、もしかして!
「そういう時は私に話を通して、遠征中や先の任務が決まってなければ書類申請すれば通るから!」
ザザッ、と素早く口を挟むネレイザ。既にその手には書類が。
「ああそうか、事務官を通せばいいんだな、わかった。迅速な対応感謝する」
その場でドライブは日時の確認をして、書類にサイン。ネレイザはその書類を鞄に仕舞いつつ、ライトを見る。――うん、これは流石に自然な流れで訊けるな。
「何か用事でもあるのか?」
「ああ。シンディ――マクラーレンの姪御と出かける約束をしている」
「!」
その瞬間、他の団員も全員ピクッ、と反応し、気付けば数歩近付いて来ていた。――君達反応良過ぎ。いやまあわかるけど。でもこれは。
「この前はマクラーレンさんの口利きで会ってたんだろ? 今回それ抜きって事はあれか? 正式なデートか?」
からかうでも馬鹿にするでもなく、自然に訊けた。
「デートではない。一緒に犬の散歩に行く約束をしただけだ」
なのでドライブの返事も特に動揺するでもなく自然に聞けた。何だデートじゃないのか。一緒に犬の散歩か――
「――いや待て待て待て。ドライブ君、冷静に考えよう」
「何をだ?」
「経緯を訊いてもいいのか? 何故そういう話になった?」
「前回会った時に、また一緒に何処かに行こうと誘われた。二人共犬が好きだから、なら散歩にしようと言われた。断る理由は無かった」
「うん、言葉にすればそうなんだろう、そうなんだろうけど」
そういうモンじゃないだろうよぉ!――先日の様子を見ていたライトからしたらその想いで一杯だった。
「仕方ない。――ニロフ、カモーン!」
「ふふふ、お任せあれ」
ライトはそこで最終にして最強兵器、ニロフを投入。待ってましたと言わんばかりにニロフが来る。
「ドライブ殿。デートとは、一体何を意味しているとドライブ殿はお考えですかな」
「? お互い好意、恋愛感情を持っている相手と何かを楽しむ事を言うんじゃないのか?」
その認識はあるんだな、良かった。――ライトはまず一安心。
「仰る通り。なので、デートの内容も人によって様々です。デートとそうでない事案との線引きも人それぞれです。――さて、ドライブ殿はシンディ殿を見て、どう想われていますか? 具体的でも抽象的でも、思った事を素直に」
「真面目な努力家だ」
「成程。人として魅力は」
「十分にあると思う」
「極端な話、好きか嫌いかで言うならば」
「好きに含まれる」
「そう、そうです! つまり、ドライブ殿は少なからず好意を抱いている相手と、お互い楽しめる事をしに行くのです! 即ち、今度の約束はシンディ殿とのデート!」
「にはならないだろう。俺は彼女の世話をしている犬魔獣の散歩に同行させて貰うだけだ。俺も一緒に行ける計画を練って貰った。つまりこれは彼女のテイマーとしての鍛錬に同行するのであってデートとは程遠い」
…………。
「しかしですなドライブ殿。シンディ殿から誘って頂けたのでしょう?」
「ああ、ありがたい話だ」
「それはつまり、シンディ殿もドライブ殿に対して少なからず好意を抱いていると言っても過言ではありません」
「まあ、でなければ散歩に同行などさせないだろう」
「という事は、お互い好意を持っている同士のお出かけ、という事に。確かにテイマーとしての使命もありますが、同時進行でデートという事!」
「にはならないだろう。彼女は真剣にテイマーを目指しているんだ。そんな邪な気持ちで鍛錬任務をこなしたりはしない」
…………。
「ドライブ殿、少しストレートに行きましょう。ドライブ殿はシンディ殿とデートがしたいとは思いませんか?」
「俺も男だからな、魅力的な女性と仲良くしたくないと言えば嘘になる」
「そうでしょうそうでしょう。人間そういう気持ちがあって当たり前なのです。決してそれは間違いではない。その気持ちをシンディ殿にアピールするのも欲望をむき出しにしなければ何の問題も無い、寧ろ隠すのは場合によっては失礼に当るかもしれませぬ。そしてそれはシンディ殿とて同じ事。ドライブ殿と一緒にいて何も想わないでいるわけがない」
「……成程、そういう考え方もあるのか」
「です! つ・ま・り! 次回のお出かけは」
「気持ちを整えて、邪な気持ちを消して行けばいいんだな、彼女の鍛錬を邪魔しない様に。――ありがとうニロフ、参考になった」
…………。
「ライト殿。ドライブ殿は、シンディ殿と犬魔獣の散歩に行くのであって、決してデートではありませぬ」
「うおおおいい負けるなニロフ! 折れるなニロフ! お前が頼りだったのに!」
何かを悟ったような表情(実際仮面でわからないがオーラが出ていてそんな気がする)でニロフがそう結論付けた。
「……前途多難もいいとこじゃん、これ」
呆れ顔のレナ。――こうして、どうする事も出来ないまま、日付は過ぎていき。
「ドライブさん!」
ドライブとシンディのデート……もとい、散歩当日。シンディが待ち合わせ十五分前に行くと、そこには既にドライブの姿が。
「シンディ。それから――皆、今日は宜しく頼む」
「ワン!」「ワオン!」
ドライブはシンディと犬魔獣達に挨拶。シンディは一緒に犬魔獣4頭を連れて来ていた。さながら「この前の変わったお兄さんだ」「でも僕らに対しては凄く優しい、そんな匂いがする」「じゃあいい人間だね」とでも言わんばかりに鳴いた。
「それじゃ、出発しましょう。――はい、これ」
シンディはそのまま持っていた四本のリードの内、二本をドライブに差し出す。
「……いいのか?」
「一緒に行くんですよ。寧ろ当然です。この子達もドライブさんならいいって」
「ワン!」
四頭の中でもリーダー格だろうか、一番大きく銀色の毛並みを持つ魔獣が、シンディの返事に合わせて一緒に返事をする。
「名前を訊いても?」
「今返事をしたこの子がシルバー、リーダーです。で、この赤い毛並みの子がレイ、サブリーダー。小柄なこの子がチルリー。スマートなこの子がシャン」
「いい名前だ」
「ワフ!」
「当たり前だよ」とでも言わんばかりに四頭が鳴く。そのままドライブはシルバーとシャンのリードを持ち、念願の散歩がスタートするのだった。