第百八十四話 演者勇者とワンワン大進撃11
「何だよ、俺からの誘いは忙しいって断る癖に、こうして出歩く余裕あるんじゃねえか」
「こ、こんにちは、シンディさん」
近付いてくる二人組の男達。一人は大柄で派手め、もう一人は芯が細く、気弱な印象を受けた。
「……何か用?」
そして、シンディの表情が、先程までの笑顔が嘘のように冷静な物に変わる。
「そんな顔すんなよ、偶然だっての。偶々お前を見かけたから話しかけただけだぜ?」
「ご、ごめんねシンディさん、邪魔なら直ぐに行くから……」
「まあ待てって。――相手は見ない顔だな? 紹介してくれよ、俺達の事」
気弱な男を押し退け、派手な男がテーブルに手をつく。――シンディは溜め息をつくと、
「五月蠅い方がゼルク、靜かな方がトーム。二人共、同じテイマー養成所に通ってる」
と、分かり易い紹介をしてくれた。
「これは……三角関係……本当にあったんですね……! 絡み合う男女の視線、嫉妬!」
「勇者君、早く早く! これは会話を聞かないと判断出来ないから!」
「わかってる、えーっと……あった!」
一方のライト達。勿論この光景を遠目に見て気にならないわけがない。でも会話までは届かない。なのでライトの勇者グッツで会話が拾えるアイテムを用意している所。
「これでどうだ、「勇者の聞き耳」! 一定時間一定範囲の音を離れた所から拾える……んだけど、どうやって設置しよう」
当然近くにいって設置しないと音は拾えない。でも近くに行けばバレる。でもでも悩んでる間に会話は進んでしまう。多少強引にでも設置しに行くべきか、と思っていると。
「貸して下さい」
「ハル? 何かいい案が」
「案というか、任せて頂ければ」
そのままライトはハルに勇者の聞き耳を渡すと、ハルは手に気功を纏い、
「ふっ!」
振りかぶってそのままシンディ達の方へ投げた。見事なフォームで投げられたそれは綺麗に一直線、シンディ達が使っているテーブルの脚にピタッ、とくっつく。
「ハル、凄いな……」
「勇者君、そんな事よりスイッチ入れて! 会話会話」
「あ、うん」
「あ? 何か今通ったか?」
「風が吹いただけでしょ。それよりも紹介はしたんだから、もういいでしょ」
「連れない事言うなよ。折角なんだからちょっと位いいじゃねえか」
「ゼルク、迷惑だって……行こうよ」
「五月蠅え黙ってろって」
トームが必死にゼルクを宥めようとするが聞く耳を持たない。見た目通りの関係性なのが良くわかる光景だった。
「お兄さん、シンディとのデートは十分楽しんだんだろ? 俺達もシンディに用事あるんだよ。ほら、養成所の事とかでさあ。シンディがテイマー目指してるのは知ってるだろ? 養成所の事を蔑ろにするわけにはいかねえからさあ。なあトーム、先生から特殊課題出たんだよな?」
「え……えっと、その……う、うん……」
「……トーム、本当なの? 本当に、特殊課題が出たの?」
「その……」
「出たんだよ! だから親切にこうして教えに来たんじゃねえか! というわけでお兄さん、悪いけど」
「……そうか。まあそういう事なら仕方が無いな」
「うわ、ドライブ君席立っちゃったよ。信じちゃってるよあれは。絶対嘘でしょあんなの。やばいなあ」
「シンディ、駄目です、ここで引き下がったら駄目です! 後ろから抱き着いて! 今夜帰りたくないって言うのです!」
段々と隠れる素振りが無くなるライト一行。
「ドライブのこういう所はいい所でもあるけど悪い所でもあるよな……流石に俺でもあれは食い下がるぞ……」
「……何を」
「うん?」
「邪魔をして済まなかったな。謝罪の品も渡せたし、色々話も出来たし、俺はこれで」
「あ、ドライブさん、待って下さい! そのっ!」
ドライブは立ち上がり、伝票を取り、その場を後にする。
「へえ、何か貰ったのか。何貰ったんだよ?」
一方ではゼルクがドライブがシンディに渡した袋を少し開け、中身を勝手に見始める。
「なんじゃこりゃ? 犬用の玩具にオヤツ……ははっ、何か勘違いしてんな! テイマーはペットの飼い主じゃねえっての! 主従関係で従わせて動かすのにこんなもんいるかよなあ!」
「っ、ちょっと、何勝手に――」
「お? 何だ、ハンカチも入ってる。これはシンディへのプレゼントか……って、ははは、これも犬の絵が入ってる! 餓鬼じゃねえんだっての!」
「いい加減にして!」
ガバッ!――シンディは無理矢理ゼルクから紙袋を奪い返す。空気がどんどん険悪になっていく。
「何をしているんですかドライブ様! 戻って、直ぐに戻ってシンディ様を助けなさい!」
「ハル!?」
そしてハルが叫んだ。勇者の聞き耳に向かって叫ぶ。
「あの輩共、許せない……これからって時に……! 今すぐ、今すぐに戻って一発ドカッと! 後処理は国家権力があります!」
「ハル、落ち着いて! これ一方通行だから! 向こうの声聞こえてもこっちの声届かないから!」
何かが途切れてしまったのか今まで断トツで冷静だったハルがここへ来て一番のヒートアップを見せ始めた。国家権力をここぞとばかりに乱用しようとするハル。
「レナ!」
「う、うん、大丈夫、いざとなったら本気で止めるから」
予想外の展開にレナまで若干狼狽えている。
「シンディよぉ……いい機会だから言っておくけど、いつまであんな甘ったれな方法でやってるんだよ? 獣魔はペットじゃねえましてや家族じゃねえ。お前が目指してるのはテイマーじゃねえ、ペットのブリーダーか?」
「私は私のやり方でやってみせる。あの子達は私の大切な仲間、家族。貴方にはわからないでしょうけど」
「はは、偉そうに! ああわかんねえな、成績下位の気持ちはな! 悪いな、俺この前の模擬も三位だったもんでな!」
「っ……!」
「お前が素直に俺に頼むんなら、試験のコツだって教えてやってもいいぜ。お前が俺の女になって抱かれるんなら、俺が将来作るパーティに入れて大金稼がせてやってもいいぜ。だからそんな馬鹿みたいな夢、さっさと切り替えちまえよ! あははは!」
シンディの目に涙が溜まる。悔しさと怒りが入り混じり次の行動をどうしていいかわからない。
「ほら立てよ! とりあえず、俺の部屋来い!」
ガシッ、と強引にゼルクがシンディの腕を掴む。
「ライト様、ここはお任せ致します」
「いやお任せ致しますってハルはどうするつもりだよ!?」
「通りすがりに一発、いや二発」
表情は冷静なままだが、ハルの全身から怒りのオーラが駄々洩れだった。
「のわー! 駄目だって! 気持ちはわかるけど! レナ!」
「ハル、ブレイク! どうどう! 落ち着いて!」
「落ち着いています。私は冷静に判断した上で通りすがりに五発を」
「増えてる回数増えてる! いやそうじゃない一発だって駄目だから!」
そのままズンズンと向かって行こうとするハルをライトとレナの二人がかりで喰い止める。恐るべし恋愛マスター。最後は暴力で解決……しちゃ駄目だろ!
「! 大変です!」
「サクラさん何!? 出来ればこれ以上のハプニングは勘弁なんですけど!」
「あの方が……」
「おい」
「! ドライブさん!」
「あ? お兄さん何だよ、忘れ物か?」
立ち去ったはずのドライブが気付けば戻って来ていた。ゼルクの前に立ちはだかる。
「夢を追いかけて何が悪い?」
「は?」
「他人の夢をあざ笑う権利なんて誰にも無いだろう。ましてやシンディは真剣にその夢に向かって努力している。何故それをお前が馬鹿にする?」
ギリギリ会話が届いていたか。ドライブはシンディを否定するゼルクに対し、正面からその言葉をぶつける。
「はっ、俺はな、養成所で成績上位なんだよ、もう直ぐテイマーとして引っ張りだこ確定なんだよ! その俺が言うんだ、そんなテイマーなんてなれやしねえ、いやしねえんだよ!」
「なら最初の一人になればいいだけじゃないのか?」
「な……」
「前例がないから不可能なのか? やってみなければわからないだろう。――悪いが、俺は、俺の所属する部隊は、努力を馬鹿にする奴を絶対に許さないんでな。実力ない努力を無駄だと馬鹿にする輩を、許さない部隊なんだ」
「っ!」
そこであくまで冷静だったドライブからビリビリ、と威圧が迸る。勿論ストレートにゼルクに向けて。――ゼルクが、怯む。
「ドライブ……お前……」
オブラートに包まないドライブの言い回し。それはライトを、ライト騎士団をまだ日が浅いながら大事に想っている事を感じ取れる言葉。ライトもつい感傷に――
「浸ってないで手伝って勇者君! ハルを! 私一人じゃ止められないんだから!」
「ドライブ様! そこで一発! 右ストレートを! 紋章を出して!」
――浸る暇も無かった。ハルのヒートアップが続いていた。レナが最早力尽くで喰い止めていた。
「テメエ、偉そうに……! なら俺の実力を見せてやる! 来い!」
「!? ゼルク、こんな街中で何を――!」
バッ、とゼルクが魔力を込めて、地面に魔法陣を浮かび上がらせる。使役している獣魔の召喚用だろう。シンディが止めようとするが間に合わない。
「…………」
だがドライブは既に動いていた。両手を地面につき、紋章を浮かび上がらせる。
「な……!?」
次の瞬間、ゼルクが作り上げた魔法陣が消えた。――ドライブが魔力で相殺したのだ。
「自分で言うのもあれだが、俺は弱くはないぞ。お前にどれだけ才能があるかは知らないが、まだ養成所所属の訓練生だろう。その程度だったら、本気を出せば指一本で倒せる」
「こ……こいつ……ふざけやがって! ぶっ飛ばしてやる!」
その挑発にいとも簡単にゼルクは乗ってしまう。拳を握り、ドライブに殴りかかる。――バシィ!
「がはっ……!」
そして次の瞬間、カウンターでドライブにおでこにデコピンを喰らい、思いっきり吹き飛んだ。――本当にドライブは指一本でゼルクを倒した。
「悪いな。正当防衛だ」
「そう、それです! ライト様、見ましたか今のドライブ様のカウンター!」
「み、見たかったけど半分位はハルのせいで見れてない……」
ハルはドライブの再登場、堂々とした態度、そしてカウンターでのデコピンにボルテージも最高潮。嬉しさのあまりライトに抱き着き飛び跳ねながら喋っている。当然そうなるとライトの視界がハルで一杯に。色々ハルの良い匂いとか柔らかい感触が――
「ハルー、わかったから落ち着きなって。勇者君このままだと」
「え?」
ハッとして見れば、ライトをぬいぐるみを愛用する子供の様に抱き締めていて。
「も、申し訳ありません! つい、興奮してしまって……」
そこでハルは理性を取り戻し、パッ、とライトから離れ、謝罪。理性の復活が速いのは流石。……その反動だったのだろうかタガが外れたハルは。
「ああ、うん、大丈夫大丈夫。別に嫌じゃなかったし」
「オホンオホン」
「……?」
嫌じゃない所か若干嬉しそうだったライトに対してレナはわざとらしく咳払いをする。――いやあだって仕方ないだろ。うん。
「――って、現場はどうなった?」
「ゼルク! ゼルク! だ、大丈夫?」
吹き飛ばされ倒れたゼルクを必死に呼ぶトームだが応答がない。完全ノックアウト状態だった。
「そいつをさっさと連れて行け。悪いが目障りだ。それからリベンジしたいならいつでも受けて立つ。だが次は本気を出すと伝えておけ」
「は……はい、すみませんでした!」
その細い体で必死にゼルクを支え、ふらふらとトームがその場を後にする。
「勝手な事をして、申し訳なかった」
そして直ぐにドライブはシンディへの謝罪に入った。
「ううん、寧ろ助けてくれてありがとうございます。戻ってきてくれて、追っ払ってくれて、助かりました」
「だが、課題とやらが」
「そんなのゼルクの出まかせに決まってます。そうじゃなかったとしても、彼に教わっても嬉しくとも何とも。何より……ドライブさんの言葉が、凄い嬉しかった」
「俺の……言葉?」
「時々不安になるんです。夢、追いかけてていいのかな、って。私の成績が悪いのは本当だし、テイマーとしてどうなんだろう、って。でも、ドライブさんの言葉を聞いたら、私、頑張ってていいんだな、って思えたんです。ドライブさんに、勇気を貰いました」
本当に嬉しそうにシンディはそう告げる。それは今まで見てきたシンディの笑顔と同じ様で何かが違う、そして一番の笑顔。――そんな気がした。
「いや……別に、俺はただ思った事を言っただけで。俺が何をしたわけじゃない」
そして本当にそう思って、何故感謝されてるか何処かわからないようなドライブの表情に、シンディの心に不思議な感情が芽生え始める。――ああこの人は、本当に純粋で。
「ドライブさん、次の計画、立てましょう」
「次……それって」
「私がお世話してる子達との、散歩です。ちょっと遠出しませんか?」
「する。ぜひしよう」
一気に喰い付くドライブ。――こうして、自然と次の約束が、デートの約束が、生まれるのだった。