第百八十三話 演者勇者とワンワン大進撃10
「ごめんねネレイザちゃん、買い物付き合わせちゃって」
「いえ、大丈夫ですよ。元々用件を持ち出したのは私の方ですし」
ハインハウルス商店街の一角。こちら珍しい、サラフォンとネレイザという二人組だった。事の発端はネレイザが騎士団単位で扱える魔道具の相談・提案にサラフォンを訪ねた所、優秀な魔導士であるネレイザに買い物のアドバイスをお願いしたいとサラフォンが提案。利害が一致した為こうして一緒に出て来ていた。
「ネレイザちゃんは買い物好き?」
「嫌いじゃないです。それにほら、自分が好きな人、憧れてる人には可愛いって思って欲しいじゃないですか。その為には品物で自分を磨くのも必須だと思いますし」
実際サラフォンから見ても、ネレイザの私服は可愛らしくお洒落だった。――つい自分と見比べてしまう。
「ボクもハルに教わってるんだけど、やっぱりまだよくわからなくて……お給金はつい工具とかに使っちゃうし」
「うーん……実際、サラフォンさん本気出したらいい意味で化けますよ。今でも小柄で可愛いのに。――その辺りの買い物もお付き合いしましょうか?」
「いいの?」
「はい。私も自分のを見たりもしますし」
そんなこんなで女子二人で買い物をしばらく楽しんでいると。
「あれ?」
「どうしたの?」
「あそこにいる人……ドライブさん、ですかね」
少し離れた位置にドライブらしきシルエット。確信が持てないのは距離があるのと、格好が若干違うのと、
「女の人と……一緒?」
という点があるからだった。あまり女性と……というイメージが沸かない。
「あ、本当だ、あれドライブさんだよ。女の人はこの前フラワーガーデンに行った時にいた人じゃないかな」
「へえ、サラフォンさん、目が良い――」
良いんですね、と言いながらサラフォンの方を見てネレイザは言葉を失った。そこにいたサラフォンは決して視力が特別良いわけではなく、
「うん、この距離でも問題なく確認可能、と。色々なシチュエーションで試したかったんだ」
狙撃銃のスコープを覗いていたからだった。確かに遠くが見えてバッチリ――
「――じゃなくて! 何でそんなの持って来てるのっていつの間に組み立てたの!?」
「使い易くする為に組み立て易さも重視してるんだ。ネレイザちゃんも組み立ててみる?」
「そういう問題じゃない!」
街中で狙撃銃を構える女子二人。想像しても怪しさ満点である。何せ一人でさえ怪しさ満点なのだから。
「でも、商店街を二人で歩いてるって事は……で、ででっデートかな!?」
「まあ、可能性はありますよね」
興奮するサラフォン。でもスコープから目を離さない。そして持つ手は一切ブレない。プロだった。――いや何のプロなのよ!?
「ね、ねえネレイザちゃん、これライトくんに報告した方がいいかな?」
「うーん……プライベートな事ですから、団の活動に支障が出ないんだったら別にそこまでしなくても」
「じゃあ、とりあえず一発狙撃しておこう」
「ストップストップ人の話聞いてた!? 黙認様子見って言ってるのに何で狙撃しちゃうの!?」
「ほら、釘を刺すってあるでしょ? ボクもハルによく釘を刺されるんだ。だからしておいた方がいいかな、って」
「百歩譲って刺すとしても刺し方がおかしい! 物理的に刺してる最悪死んでる!」
「ゴ……ゴム弾でも駄目かな」
「撃つ事から離れて! とりあえずその狙撃銃ばらして!」
何となくハルの気持ちが凄くわかるネレイザだった。――ハルさん、いつもこれやってるんだ。
「じゃあネレイザちゃん、物って遠くに投げられる? この手榴弾、煙だけのタイプだから安心――痛っ!」
パァン!――響くハリセンの音。ハッとして見れば、
「ハルさん!? いつの間にっていうか何でハリセン持ってるんですか!?」
私服姿のハルが走ってそのままサラフォンにハリセンツッコミ。そして、
「(スッ)」
「え? あ、え?」
ハリセンをネレイザに多少強引に手渡し、再び走り去って行った。――って、
「待って待って渡されても困る! 私この役無理! というか何が起きてるの!? ちょっとー!」
困惑のネレイザの叫びが、虚しく響くのであった。
「いや、前も言ったが、私としても特別な品を買っているわけじゃないんだが。それにセッテの品が駄目だったわけじゃないだろう」
「それでもです。私より上が近くにいるとわかった以上、私はその上を目指すんです。努力を惜しんでは駄目ですから」
「まあ、その心意気は買うが」
さてこちら、武器鍛冶アルファスの店の従業員、セッテとフロウ。本日の夕食当番がフロウであり(三人による交代制、アルファスは自分とフロウの交代制にするつもりがセッテが強引に割り込む)、フロウが食材の買い出しに来ているのにセッテが同行している形。セッテは先日フロウの料理の腕に驚き、それに負けられないと奮起していた。
「フロウさんは何処でお料理覚えたんですか?」
「自然と身に付いたな。流れの剣士をやっているとどうしても外で野宿、自炊もこなさなきゃいけない。限られた食材で美味しく食べるには、とやっていると、いざ色々揃っていると自由に出来るからな。疲れていれば甘い物も欲しくなる、その辺りの調達も会得していたから先日のおやつも上手くいったんだろう」
「成程……」
「セッテは? 誰かに教わったのか?」
「ああいえ、私も独学です。母は料理が出来ない人だし、子供の頃は出て来るのが当たり前だったしで、大人になってから覚えました」
「そうか」
何気なく頷くが、フロウは若干の違和感を覚えた。母親は料理が出来ないが、子供の頃はちゃんと出て来ていた。つまり幼少期は整った環境、それなりに裕福な家庭に暮らしていた可能性が高い。が、今は違う。自分で料理をしなくてはいけない環境になってしまったから覚えた、という風に聞こえた。
(……考え過ぎか)
深入りすべき話ではないかもしれない、とフロウはこの事は一旦忘れる事に。――そのまま二人で商店街を回っていると。
「? 兄者……?」
偶然視界に入ったのはライト。だが若干動きがおかしい。何かあったのか。
「周囲に……レナはいるか。それと、あれは……」
「国王様お付きのメイドさんのハルさんと……この前来たお客様ですよ。珍しくいきなりアルファスさんの合格を貰った」
「何の組み合わせなんだ……?」
アルファスの合格を貰った客が一緒というのが気になったフロウは念の為に確認に行く事に。勿論セッテも後に続く。
「兄者」
「フロウ!? 悪いっ、今ちょっと静かにして欲しくて」
「大丈夫だ、ここへ来て兄者の視線を追って察した。恐らく前にいるあの二人組の」
「二人で小物を見てる……! もう二人で一緒に暮らす事を考えてる……!? 一緒に暮らすって事は、その……キャー!」
…………。
「――前にいる二人組の様子を見て興奮しているこの女が厄介だから消そうとしている、と。私がやろうか?」
「気持ちはわかるけどギリギリ違うんだ大丈夫だ」
フロウが腰の太刀に手を伸ばした。本当に頼んだらやってくれそうで怖い。――ライトは急いで事情を説明。
「成程。相変わらず兄者は色々忙しいな」
「こういうのは望んでない忙しさだけどね……」
実際大変そうなライトについフロウは笑ってしまう。一方で、
「宜しかったら、私がお手伝いしましょうか?」
そんな提案をしてくるのはセッテ。
「手伝い、って、セッテさん、この状況で何を手伝ってくれるんです?」
「町内と言えばセッテですから。偶然を装って接近、二人にこの街のナイススポットをアドバイスしてあげます」
「でも、親切に教えてくれた女性が予想以上の接近で、シンディに不信感が生まれるんですね……「あの人とお知り合いですか?」「いや、そんな事は」「その割には鼻の下を伸ばしてました。あの人とデートがしたいならどうぞ」そう言って先に進んでしまうシンディ」
「ドライブさんは急いで追いかけるんですね。「誤解だ、俺は君一筋だ」」
「なら証明してみせて下さい」
「そう言われてドライブさんは無言で見つめて、抱き寄せて、そして……」
「「キャー!」」
興奮する二人。余計冷めていく周囲。
「フロウ。方法は問わない。セッテさん連れて今日は帰って欲しい」
「わかった。……何だか、済まなかった」
「いや、フロウが悪いわけじゃないから」
そのままフロウはセッテの服の裾を掴み、ズルズルと引きずっていく。
「え!? 待って下さいフロウさん、私もあの二人を見届けたいです!」
「晩御飯をハンバーグにしてやるから我慢しろ」
「私子供じゃありませんよ! ハンバーグ好きですけど! あーっ!」
そのセッテの叫び声が、遠ざかって行く。改めて尾行……と、サクラの制止に戻るハインハウルス陣営。
「まーでも、思ってるよりも普通というか平和だよねえ。ドライブ君がもっとぶっ飛んでくれるかと思ったんだけど」
「ぶっ飛びを期待するんじゃない、平和を願え。……まあでも、言いたいことはわからんでもない」
「私が一応念を押しておきましたので。サラにやるのと同じ感じで釘を刺しておいたんですが、上手くいってますね」
…………。
「ハルは恋愛マスターだったんだねー……勇者君、今度勉強の他に恋愛の授業も受けなよ」
「宜しくお願いします師匠」
「止めて下さい! ライト様まで!」
「あのっ、その授業、私も受けられますか!? 私もラブマスターになりたいです!」
「違うって言ってるでしょう! 貴女は大人しく前でも見てなさい!」
そんなこんなで尾行しているつもりでも結構目立つ四人なのであった。
「……?」
「どうかしたのか?」
「ああ、あっちの方、騒がしいな、って」
一方こちら、尾行されているドライブとシンディ。ギリギリ――本当にギリギリだが――尾行には気付かず、二人で移動中。
実際、ハルの指導が行き届いており、ドライブも下手な失敗をみせず、楽しく商店街を歩いていた。そして大きいのは二人の共通な「好きな物」。話題は絶えず、楽しい時間を過ごしていた。
「……確か、この場合は……Bの三番ルート」
「え?」
「少し店に入らないか? あそこに丁度いい食事処……カフェ、がある」
ドライブの脳内ではハルに受けた指示が番号で割り振られており、この場合何をすべきか、という選択肢が並んでいて、それを機械の如く選択していた。ドライブに天然のミスがないのはこのお陰である。
「ドライブさん、こっちに来てまだ日が浅いんですよね? 素敵なお店知ってるんですね」
「ああ、まあ……な」
「誰に教わったんですか?」
「同僚の使用人に……あ」
自然な流れについ返事をしてしまった。シンディが笑う。
「やっぱり。今日の為に色々急ごしらえで覚えたんですね?」
「……すまない」
「怒ってませんよ。寧ろ一生懸命になってくれたのは嬉しいです。でも……そうですね、素のドライブさんでも私は嬉しいですよ。――アドバイス無かったら、何処に行きますか?」
そう問われ、ドライブは必死に考えるが、シンディが喜んでくれそうな所など自分では思いつかない。
「……広い草原で、犬の散歩……とか」
結果、そこにしか辿り着かなかった。シンディが再び笑う。
「それじゃ、次会う時はそうしましょう。私が担当してる子達も連れて、遊べる場所に行きましょう」
「いいのか?」
「はい。こういうのもいいですけど、私もそっちの方が楽しかったりします」
そうして、自然と次の約束が生まれ、少し距離が縮まった……その時。
「よう、シンディじゃねえか! 奇遇だな!」
そんな男の呼びかけが、二人の間を引き裂こうとするのだった。