第百八十一話 演者勇者とワンワン大進撃8
「おいおい、どういう事なんだぁ!? 俺達の方が人数も多い、金も出すって言ってる、なのに何であそこで一人で来てる奴の周りの女がこっちに来ないんだぁ!? おかしいだろうが!」
ライト、レナ、リバールが個室を出て様子を見に行くと直ぐに聞こえる怒号に、感じる険悪な雰囲気。
「おーおー、勘違いメンズじゃん。いるよねえ何処にでも」
呆れを隠さないレナの感想は、ライトもリバールもほぼ同意見であった。――先程の怒号からするに、自分達の所に希望通りに接客嬢が来ないのが納得いかない様子。
「俺だって普通に金出して来てるんだ、あんたらにとやかく言われる筋合いないんだけど」
矛先となっているのはライト達が来店した時からいた一人客。対する勘違いメンズは五人。具体的には一人客に普通に接客嬢がついているのに対し、自分達は五人なのに接客嬢が三人なのが気に入らない様で。
「何だテメエ、俺達に喧嘩売ってるのか!? 俺達はこの辺りを取り仕切ってるサイレン一家だぞ! この辺で俺達に逆らうってのがどういう事だかわからせてやろうか!」
「!?」
「きゃあー!」
男が剣を抜いた。流石に驚きを隠せない相手の一人客、悲鳴を上げる周囲の接客嬢。
「レナ、リバール!」
ライトは直ぐに二人の名前を呼ぶ。流石に有無を言っていられない。――が。
「あ、大丈夫だよ勇者君。「あいつ」が動く」
「え?」
レナもリバールもその場を動かない。そしてレナのその言葉。直後――ガシャァン!
「え?」
「な……お、俺の剣が!? 俺の剣が壊れた!?」
男の持っていた剣が、柄の部分だけ残し、刃の部分が粉々に砕け散った。――やったのは。
「あー、その、なんつーか、駄目っすよ、直ぐそういう結論に行くの」
ヨゼルドのお付き、護衛として来ていたハインハウルス軍騎士、バルジだった。
「武器破壊人。それが彼の異名です。独特の剣術で、相手の武器を破壊する事を得意としています。生半可の武器を振りかざしても、彼からすれば素手も当然です」
「へえ……」
リバールの説明と広がる光景に、ライトも緊張を忘れつい感心。――流石にヨゼルドが連れて歩く位だから凄い人だった。
「――君達は、この店に一体何をしに来ているのかね?」
と、立ち上がって男達に近付き、そう問いかけるのはそのヨゼルドだった。
「お酒を嗜み、素敵な女性陣と会話を交わし、楽しくなる為だろう? こんな状況下で君達の希望が通り、心から楽しくお酒が飲めるとでも思っているのかね? 本気で女性陣が楽しませてくれるとでも思うのかね? 冷静になって考えてみたまえ」
「あぁ!? オッサンなんだテメエ、ぶち殺されてえのか!?」
「あー、駄目っすよ、この人にオッサンとか暴言とか駄目っす、ヤバイっすから」
バルジの窘めも届かない。まあ国王がこんな所にいるとは思いもしないのだろう。
「失礼致します」
険悪な空気が途切れない中、ついにサクラが男達の前に立ち塞がる。
「当店の対応に納得がいってないご様子ですね」
「当たり前だろうが! ああ、でもお姉さん凄い美人だな! そうだな、お詫びにタダでアンタが接客してくれるってんなら」
「お客様は神様、という言葉が接客業にはある様ですが」
男の言葉を遮り、サクラが冷静に口を開く。
「現時点でもう貴方方は当店のお客様ではございません。故に当然神様でもなく、言うなればただの騒音」
「な――」
「お帰り下さい。ただの騒音でいる内に。――それ以下になりたいですか?」
穏やかな笑みを崩さず、決して威圧感を醸し出すでもなく、サクラはただ冷静に、男達にそう告げた。
「テメエぇ! つけ上がりやがって!」
男は持っていた剣を振ろうとして――既に柄だけになっていた事に気付き、そのままそれを思いっきり明後日の方向に放り投げる。その明後日の方向には若干距離を置いて立ちすくんでいた、元々彼らの接客を担当していた女性陣が居たが――バシン!
「きゃあっ! あ……サクラさん! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫です」
サクラが抱き締めるように素早く彼女達を庇い、代わりに背中でそれを受け止める形になる。サクラは表情一つ変えないが、痛くないわけがない。
「お前ぇぇぇ! 姉御になにしやがる!」
「バラ、大丈夫です。止まって」
その行為にいち早く怒ったのがヨゼルドの接客を担当していた嬢の一人。長身の美人で、怯えてる他の嬢と違い怒りむき出しで男達に迫ろうとするが、サクラに窘められる。
「姉御、でも姉御の言う通りこいつらはもう客じゃねえ!」
「でも手を出してはいけません。私達は、そういう事を見せてはいけない」
「でもっ!」
「ならば――足なら、出しても構いませんね」
え、何、誰――と思った次の瞬間、ぶわっ、と店の中に風が吹く。――ドカッ!
「ぐはぁ!」
気付けば騒いでいるリーダー格の男が吹き飛び、見事に吹き飛んだ方角が店の入り口で、そのまま外に転がり出た。
「うーわ、屁理屈屁理屈。そういうのは私の得意分野なのに」
「まあ、私ここの従業員じゃありませんし」
「なら手ぇ出しても良かったんじゃないの?」
そんな会話がライトの左右から。先程の声、今の会話からするに、
「リバール……だよな? え、あれ、でも何で俺の横にいる?」
「少々「風」を蹴らして頂きました」
どういう事よ。いや忍術なんだろうけど。そもそも――
「な、何すんだぁ!? 関係無い奴が何を――」
「あら、ではそちらの皆様は私が何をしたかおわかりに?」
「そ……それは」
――何かをしたかさえ、蹴るモーションすらライトにはわからなかった。それは男達も同様の様子。
「んー、じゃあさ、次は私がそっちが「ギリギリ見える」位の速度で――どうにかしてあげようか」
「!?」
そしてレナの追い打ち。こちらは明らかに威圧感をむき出しにし、腰の剣に手を当てる。そして、
「ちなみに私が今ここで暴れても罪には問われないよ。――ねえ国王様? いいですよね?」
「うむ。――ああ、でも皆がスプラッター耐性があるわけじゃないから、その辺りに気を配ってくれ」
「ほーい」
ヨゼルドに許可を得て、レナが一歩一歩前に出て行く。――って、
「国……王……?」
「どうも。コク=オウです」
「いや今更その誤魔化しは無理があるのでは」
周囲の女の子皆知ってるし。――と、呆れ顔でライトがツッコミを入れていると、男達は意味が浸透して来た様で、顔色を変え始める。
「嘘……だろ……ふ、ふざけんな、そんな嘘に騙されねえぞ!」
「嘘じゃないわよ! この人、国王様なんだから!」
「そうよそうよ! あんた達なんてひと捻りよ!」
「むふふ」
ささっ、とヨゼルドの背中に隠れた接客嬢が声を上げる。ヨゼルドとしては頼られて気分がよく声が漏れた。――頼っていい人間の顔では無かった。
「国王様、締めをお願いしていいっすか」
「おほん。――まあ、私もプライベートで来ているので大事にはしたくはないが、君達がどうしても大事にしたいというのなら」
バルジに促され、再び真面目な表情に戻し、ヨゼルドは男達に最後の通告。
「っ……ぐ……くそっ!」
勝ち目が無い、どうにもならない。――悔しさと共にその答えに辿り着いた男達は、店を後にした。
「皆さん、お騒がせして申し訳ありませんでした」
直後、サクラが謝罪し、店に安堵の空気が流れる。――決してサクラがこの店が悪いわけではないのに、サクラのその謝罪と共にその場にいた接客嬢達はサクラと並んで頭を下げた。サクラの教育が行き届いているのだろう。
「お詫びに本日は特別サービスと特別価格でのご提供とさせて頂きます。どうぞお楽しみになっていって下さいね」
そして更にその言葉で、店の雰囲気が安堵から賑わいに一気に変わる。従業員も直ぐに対応し、酒など色々な物を運んでくる。
「サクラ君。ああいった輩はよく来るのかね?」
勿論ハインハウルス陣営としてはやったラッキー、だけで終わらない。ヨゼルドがさり気なくサクラに尋ねる。
「この店は他とは違う自負はありますが、それでも夜の店であることは事実。どうしても誤解からのああいったトラブルは偶にあります。でも、今までも問題なくやってこれましたから、ご心配なく」
「そうか。でも今回は私も出たし、困ったら遠慮なく頼ってくれ。私個人としてもこの国の主としても、見過ごすわけにはいかん。ここにいるライト君でも構わんぞ。彼と仲間達も私の信頼する仲間達だ」
ライトもその促しに優しく頷く。――この後更なるトラブルなんて目覚めが悪くて仕方ない。
「まあ、ありがとうございます。ライトさんに名詞を渡しておいて正解でしたね」
「なぬぅ!? ライト君もう名詞貰ったのか!? サクラ君からの名刺は激レアなのに……! このテクニシャン!」
「その評価なんか凄い嫌です!」
テクニシャンて。
「とりあえず私達も部屋戻ろうよテクニシャン君。疲れちゃった」
「その呼び方止めてくれ!」
そんなこんなで、ひとまず楽しいお酒の席は再開するのであった。
「ありがとうございました、またお願いしますね」
しばらくして、フラワーガーデン閉店の時間。ライト達は流石にギリギリまではおらず、そこそこの時間で帰っており、その他数名の客を見送り、閉店準備に入る。
「今日は、ありがとうございました」
その内の一人、サイレン一家と揉め事になった一人客の男性が店を出て少し歩いた所でそんな声が。
「? 大丈夫かい、まだ閉店の仕事があるだろう?」
「大丈夫です、少しだけ挨拶に来ただけですから。わざわざ足を運んで頂けたのが光栄で」
そう嬉しそうに告げるのはアジサイ――シンディだった。
「君は熱心な子だからね。一度どれだけ頑張っているか、見て見たかったんだ」
「私なんてそんな。――でも、どうしてわざわざ? 来て頂けたのは本当に嬉しかったんですが。私なんてその、全然貢献もしていませんし」
「お告げがあったんだ」
「お告げ……ですか?」
「ああ。君は将来、とても重要な存在になる。大事にしておくべきだ、とね」
その言葉に、シンディは驚きと、でもそれ以上に喜びの表情になる。
「本当ですか!? 私、頑張ります、これからも見て貰えるように、認めて貰えるように!」
「ああ。頑張って、何か困った事があったら相談していいから。君の頼みなら、お忍びでまた来るよ。素敵なお店だったしね」
「ありがとうございます、「教祖様」!」
ガバッ、とシンディは大きくお辞儀。
「俺への感謝はいらないよ。神に感謝しよう。俺達の、神に」
「はい。――神様、感謝致します」
胸の前で手を組み、シンディは祈りを捧げる。
「我が心は神と――タカクシン教と、共に」
そして、そう誓いを述べるのであった。