第百八十話 演者勇者とワンワン大進撃7
「はーい、それじゃそこは私の席ね」
「えー、私がこのお兄さんは目をつけてたのに」
「ごめんごめん、でも私のお客様だから」
ライトの隣に座っていた接客嬢をどかし、ライトの隣に改めてシンディが座る。
「それじゃライトさん、あらためて乾杯しましょ。かんぱーい」
「乾杯」
カン、とグラスを合わせてアルコールを口に。
「どうですか? 二回目のご来店は」
「他のこういうお店行った事ないから比較は出来ないけど、でも改めて見て見ると思ってる以上に親しみ易いというか、入り易い雰囲気だなって思った」
「でしょ? 今度はちゃんと一人で来てね」
「あはは、状況が許せばね」
誤魔化したがまだ一人で行く勇気は無かった。……下手に嵌ってしまうのも怖かった。
(まあ、でも)
よくよく考えればヨゼルドが贔屓にしている時点でこの店がおかしな訳がないのだ。彼の国王としての実力は確かな物であり、例えばこの店に何か問題が生じている様であれば見抜き、直ぐに解決に繋げるはずである。
「シ……アジサイさんはどうしてテイマーになろうと思ったの?」
ライトは不意に気になった事を尋ねてみることに。
「小さな頃から動物は好きで。でも家は母子家庭だったから動物飼いたいなんて我侭言えないから、将来何か関わる仕事がしたいって思ってて」
「へえ」
「それにその頃、近所にテイマーのお兄さんが住んでてね。今思うと決してテイマーとしてレベルの高い人じゃなかったと思うけど、でも優しくて、格好良くて、憧れだったな」
「小さい頃の憧れ……か」
奇しくも今、自分は小さい頃憧れた職業を「演じていた」。――そういう意味じゃ、俺は任務終わったら日陰の人間なのかもな。
「立派なんだな」
と、そんな声がシンディの向こうから聞こえる。
「――ああ、すまない。つい聞こえてしまったんだ」
声の主はドライブだった。丁度シンディを真ん中にライトが左、ドライブが少し間を置いて右、という形で座っていたのだ。
「長は勿論知っているが、俺は実の親の顔も知らない、そういう環境で育てられたからな。親代わりになってくれた人は俺にしてみればもう親で、あの人達も俺を本当の息子の様に育ててくれたから勿論感謝しかないが、それでも動物を飼ってみたいとか、そんな我侭を言う勇気はなかった」
アルコールは決して弱くないのか、ドライブはグラスを空にする。
「そっか……ドライブさんも私と同じなんですね」
「違うさ。俺は大人になって、自分で道を切り開く事をしなかった」
シンディは寂しげにそう言うドライブの方に数歩分ずれ、ドライブの空いたグラスに新しいアルコールを注ぐ。
「ねえ、ドライブさんはどんな犬が好き? 大きいの? 小さいの?」
「俺か? 好きなだけで詳しくはないんだが、この位で、毛並みが――」
「あっ、それはね――」
そのまま二人は自然と犬談義を始める。お互い犬好きなのに加え、知らない知識を教わる事が出来るドライブ、自分の知識を教えるのが楽しいシンディ。表情の変化に乏しいドライブだが、それでも楽しそうなのが伺え、ライトを忘れて盛り上がってしまうのに時間はかからなかった。
(すっかり仲良くなれて良かった)
でも決してライトはそれを嫌とは思わなかった。ファーストコンタクトを考えたら、仲睦まじい二人の様子が嬉しい。ドライブが自分を我慢しなくていいのは嬉しい。
「それじゃ、代わりに私がお相手させて頂きますね」
と、ライトがフリーになってしまったのを見逃さず、直ぐに別の接客嬢がライトの隣に座る。
「ってサクラさん!?」
ライトの隣に座ったのは、人気一位のサクラだった。
「あら、ありがとうございます。お名前、憶えていて下さったんですね」
「アジサイさんから聞いています……の前に、忘れませんよ、その存在感。――その台詞からするに、サクラさんも俺の事を覚えている?」
「勿論です。一度接客したお客様は忘れません。それに、あのおじい様と皆様はインパクト絶大でしたから」
「まあ……そうでしょうね」
傍から見ても珍しい組み合わせだっただろう。店の入り口で最初困惑されたし。
「あの、俺の隣に来てくれるのは嬉しいんですが、大丈夫なんですか? サクラさんを指名するのって中々大変なんじゃ」
ただでさえ三位のアジサイをこの部屋に居させっぱなしにしているのに。特別料金とか発生しないよな?
「大丈夫ですよ。私がお話してみたくて足を運んだんです。ご安心下さい」
そんなライトの表情を見てサクラは笑い、ライトのグラスにアルコールを注ぐ。
「まさか、二回目のご来店もこんなに大勢でインパクト絶大とは思ってませんでしたよ」
「まあ俺も仲間全員連れてくる事になるとは思ってませんでした」
しかもあの時よりも増えてるわけだし。
「それに、あちらにいらっしゃるのは王女様ですよね?」
「……わかります?」
「はい。最も、お客様としてきて頂いている以上、楽しんで貰いますけれど」
エカテリスと言えば、リバールと並んで座り、更にその二人を挟むように接客嬢が二人。ガールズトークに花を咲かせている様だった。身分を隠しているせいで身分抜きに喋れるのが楽しいらしい。――これはあの二人もエカテリスが王女だと見抜いてたらプロだな本当に。
「勿論、下手にばらしたりもしませんよ。お得意様の娘さんですから」
「助かります。俺としても仲間としてそうして貰えると嬉しいです」
まあ確かにお得意様の娘さんである。そのお得意様が少々ぶっ飛んでいる立場の人間であるが。
「アジサイの特別紹介でいらっしゃったとか」
「ええ。その、プライベートのアジサイさんと偶然知り合いまして」
「あら、そうなんですか?」
「聞きました。サクラさんにスカウトされたって。サクラさんの弟子だって自慢気に話してましたよ」
「ふふ、嬉しい事を言ってるんですね」
実際、サクラは嬉しそうに笑った。
「凄いですね、そうやってサクラさんがスカウトに時折出てるって。見る目というか」
「アジサイに関しては偶々上手くいっただけです、失敗した事も何度もありますよ。――そういうライトさんも、素敵な皆さんが傍にいらっしゃるじゃないですか。ライトさんが団長で、皆さんをお集めになったんでしょう?」
「団長は確かに俺ですけど、俺自身は大した事してないですよ。俺は本当に何もない。仲間に助けられてばかりです」
ライトとしては何気ない一言、でも本音でもあった。本来ならば勇者を演じなければいけない所だが、少し酒が進んで気が緩んでいたのかもしれない。
「――忘れたい事、消せない物、後悔。そして今。人間ですもの、葛藤の連続ですよね。葛藤は、疲れます。無かった事になんて、絶対に出来ないんですから」
「……サクラさん?」
「私はライトさんの抱えている過去や葛藤を消すことは出来ませんが、でも少し位なら忘れさせてあげられます。辛くなったら、お店に来てくださいね。沢山、お話しましょう?」
何も知らないはずなのに、何かを知っているかの様なその優しい言葉に、ライトは不思議な暖かさを感じた。これが彼女なりの技術なのか、それとも本当に何かを見抜いているのか。――もしかしたら、彼女も何か抱えているのかもしれない。
「ありがとうございます。何だか、そう言って貰えると足を運びやすくなりそうだ」
「それでしたら、こちら、どうぞ」
スッ、とサクラが差し出したのは、淡いピンク色の名刺。「サクラ」という名前が記されている。そこに更に直筆でペンでサインを書いた。
「えっ、いいんですか? サクラさんの名刺は中々貰えないって国王様言ってましたけど」
「そうですね、私が渡す価値のある、と判断した方にしか差し上げません。こう見えて疑り深いもので。――でもライトさんになら渡しても構わないと思いました。今度は、それを持って私を指名して下さいね」
「ありがとうございます」
サクラの意図はわからないまま。でも変な裏がある様には思えなかった。素直に光栄と受け取る事に。
そのままライトはサクラのお酌でサクラと楽しくトーク。シンディの時も楽しく話をしたが、敢えて比べたらそれ以上の「腕」の持ち主だろう。兎に角話が弾み、お酒も程よく進む。
(これは……いっその事、マクラーレンさんをこのお店に連れてきて体感させた方がいいかもな……)
マクラーレンがこちらに居る期間は限られている。ヨゼルドに相談して何とかして貰おうか。――ああ、でもその前に。
「サクラさん。実は俺、この店に今回来たのはアジサイさんの紹介ってのもありますけど、もう一つ目的があって」
「目的ですか?」
「はい。サクラさんに、話だけでも聞いて貰えたら」
目の前のサクラに相談しよう。きっと何かヒントが貰える、そんな気がする。そう思って話を切り出そうとすると――ガシャァン!
「失礼。――ライト様」
「リバール、どうした?」
「今の音、恐らく不意に落として何かを割ったのではなく、故意に叩き付けて割った音かと思われます。音の度合いが」
部屋の外でガラスが割れる音。勿論ドアが閉まっているのでそこまで大きくは聞こえなかったのだが、流石リバール、忍者としてそこまで音の違いを聞き分けたらしい。
故意に叩き付けて割った音。誰かが店の中で。――どう考えてもトラブルだ。
「ライトさん、申し訳ありません。少しだけ、席を外しますね。――アジサイ、お客様をお任せします」
「はい。――皆さん、大丈夫です。厄介なお客様でしたら、男性店員が直ぐに対応出来ますから」
穏やかな笑みを崩さず、サクラが様子を見に席を立つ。シンディも笑顔を切らさず説明。普通の客だったらそれで良かったかもしれない。
だが、ここに居たのはハインハウルスが誇る精鋭達。じゃあそうですね、で様子を待つだけの存在ではない。
(でも、全員で出ていくのも……まずは確かに事実確認が必要か……)
ライトは全員の顔をぐるりと一度見て、
「レナ、リバール、一緒に来てくれるか? 様子を確認しよう」
「ほーい」
「承知致しました」
自分の護衛役も兼ねてレナ、狭い場所でも瞬足でトラブル解決に動けそうなリバールを選ぶ。二人が返事と共に立ち上がる。
「ライトさん、あの」
「大丈夫、任せて」
ライトが立ち上がる事で初めてシンディが笑顔を途切らせる。不安がないわけがない。その不安を掻き消す為に今度はライトが笑ってみせる。――大丈夫。まあ俺は何も出来ないけど、でも俺の仲間なら。
「行ってくる」
こうして、ライト、レナ、リバールはドアを開け、音がした方へ。そこでは――