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第百七十八話 演者勇者とワンワン大進撃5

「テストの内容は想像通り。剣を振って、俺が俺の武器を渡してもいいと思えたら合格だ」

「わかりました、宜しくお願いします」

 アルファスの店の裏庭。アルファスと女はお互いアルファスがテスト用に用意した剣を持ち、一定間合いを置く。

「ああ、その前に質問だ。お前、名前は?」

「サクラ、と申します。フラワーガーデン、というお酒を嗜むお店で働いています」

「そうか、サクラ、ね」

「剣をご用意して頂けるのなら、お店の方でサービスさせて頂きますよ」

「そいつはどうも。でもそれで通る位ならテストいらねえだろ」

「それもそうですね」

 ふふっ、とサクラは穏やかに笑う。

「じゃ、もう一個質問だ」

「はい、何でもどうぞ」

「お前――名前は?」

 それは可笑しな質問である。当然ではある、つい先程アルファスは同じ質問をして、サクラは自らの正体を語ったのだから。

 文章からしたら、アルファスがサクラが源氏名で、それで本名を尋ねた様にも聞こえる。だが、質問をした時のアルファスの表情からサクラはその二回目の名前の質問の真意を悟り――ゆっくりとサクラの表情から笑顔が消える。

「もう、捨てました」

 そして、落ち着いた口調でそう答えた。

「安心しろ、他言はしない。それに付け込むつもりもねえ。ただ、俺の武器を持つってのはそういう事だ」

「…………」

 アルファスの補足に、生まれる沈黙。でも視線は外れない。――そのまま数秒後。

「オウカ。――それが、以前の私の名前です」

 落ち着いた口調のまま、そう口を開く。

「そか。――安心しろ、俺がその名前で呼ぶ事はしない。……俺に見覚えは?」

「あります。――オウカとしての、最後の日に」



 ハインハウルス軍キャンプ地。まだ今よりも諸国との戦乱も勃発していた頃、その日は隣国の一つであるワズナルダとの大きな決戦が――どかっ。

「痛いっ!」

「何で勝手な事してんだお前は馬鹿か」

 ――決戦があったのだが、そのワズナルダの主力部隊撃破の際にひと悶着あった。

「敵将を捕えたんですよ!? 褒めることはあってもお尻蹴っ飛ばして馬鹿呼ばわりしますか普通!?」

 こちら尻を蹴飛ばされたのはハインハウルス軍騎士・リンレイ。当時兵士から格上げしたばかりのまだ新人。

「んなの結果論だろうが。状況を考えて俺か隊長を呼ぶのが正解だ」

 そしてこちら尻を蹴飛ばしたのはハインハウルス軍騎士・アルファス。当時まだ軍所属。

「あ、わかりました! 私が戦功を挙げてヴァネッサ様に褒められるのが悔しいんですね、そうですね」

「アホか。戦功が欲しかったらお前よりも全然早くこいつら捕まえてるわ。寧ろ単身突っ込むならお前時間喰い過ぎ」

「っ……よくもそんな適当な事を!」

「適当かどうかは模擬戦に一度でも俺勝ってから言うんだな」

 当時の二人の関係は、この会話を聞いてお察しと言った所。

「はいはい、そうやって直ぐ喧嘩しないの」

 パンパン、と手を叩きながらやって来たのはこの部隊の長、ヴァネッサ。当時既に王妃並びに天騎士。

「ヴァネッサ様ー! 違うんです、アルファスさんが苛めるんです! 私、敵将を捕まえたんですよ!? それなのに」

「うん、リンレイちゃん凄いわ。将来有望、私が見定めただけある」

「はい、ヴァネッサ様のご指導のお陰です! それから」

「でもね」

 リンレイの喜びの言葉を遮り、ヴァネッサは両手でリンレイの頬をぐにぐにと触り出す。

「ふぁ、ふぁふぇっふぁさま!?」

「アルファス君の言葉もちゃんと受け止めなきゃ駄目。リンレイちゃんを見定めたのと同じ様に、アルファス君も私が見定めてこの部隊にいるんだから。どういう意味かわかるわよね?」

「……ふぁい」

「なら後でどうしてアルファス君が注意をしてきたのか、話を聞いてくる事。いいわね?」

 そこでヴァネッサはリンレイの頬から手を離す。

「隊長、別に今隊長から話してくれたらそれでいいんじゃないすか。その方がこいつにとっても説得力があるでしょ」

「それじゃ駄目なの。君から直接話をしなさい。二人共、命令」

「……うーい」「……はい」

 この二人の関係が改善されるのはまた別のお話。

「さて、と」

 そのままヴァネッサは二人を引き連れ、リンレイが捕えた敵将の所へ。

「初めまして。私はヴァネッサ=ハインハウルス。この部隊及びこの辺り全域の指揮を執ってるわ。――「桜騎士さくらきし」、オウカちゃんね? まだ若いながら貴女の武勇はこちらにまで届いてるわ。その様子からして、補給物資もままならないまま戦っていたのでしょう? それで、よくぞここまで戦ってたわ。敵ながら見事」

「…………」

 オウカはボロボロであった。装備も体も。ヴァネッサの見立て通り、援護も補給もほとんど貰えないまま彼女の部隊は戦っていたのである。

「……ヴァネッサ様。貴女を見込んで、お願いがございます」

「何かしら?」

「どうか、どうか我が国の王の命だけはお助けを! 国王は、残る民の為に兵の為に未だ城で戦っておられるのです! あの方の為なら、私の命など!」

 彼女に残っていたのは忠義のみ。残されたその忠義という名の気力だけでハインハウルス最強の部隊と戦っていたのだ。

「……オウカちゃん、よく聞いて」

 そして、そんな彼女に突き付けられる、

「ワズナルダ国王は、とっくの昔に逃亡してるわ」

「!?」

 非常なる現実。

「一番強い貴女を最前線で粘らせる事で逃げる時間を稼ぎたかったのね。補給も援護も届かなかったのは城で手一杯だったからじゃない。――最初から、貴女を捨て駒として使う為よ」

「馬鹿……な……」

「まあ、そんなに時間もかからずに捕まえると思うけど。――ごめんなさいね、夢を壊しちゃって」

 瞬間、オウカはガクッと項垂れ、崩れ落ちる。――逃げた? 私を捨て駒にして逃げた? この国の為というのは嘘だったの?

「その様子からして色々ある事無い事吹き込まれてるな。さぞかしお前が知ってるハインハウルス軍は名声を利用して悪い事し放題なんだろうな」

「っ!」

 アルファスの言葉に思い当たる節はあった。――言われて来た。ハインハウルスは敵だと。正義はこちらだと。その想いに打たれ、命を賭けて戦っていた。でもそれも嘘だというのなら。

「私は……何の為に……私達は……何の為に……」

 振るってきた剣は、全て無意味。寧ろ世界の為なら逆効果だった。非常なる現実は、絶望という重みに変わり、彼女に圧し掛かる。

「……せめて、せめて私の命と引き換えに、部下の命は助けて貰えないでしょうか。皆私と同じ。信じて騙されてここにいるのです。罪は、私が背負います」

 そしてオウカに残された想いはそれだけになる。一緒に戦って来た仲間達が、一人でも多く生きながられられるなら。

「待ってくれ隊長! 俺達は国王の為に戦ってきたんじゃない! あんたに付いて来て戦ってきたんだ!」

「……え?」

 だが、その想いは違う方向から壊される。

「俺達みたいな一般兵にも優しくて、オウカ様は俺達の憧れだったんだ、そんなオウカ様を犠牲に生きてなんて俺達いけねえよ!」

「オウカ隊長を見てると、死んだ娘を思い出すんだ……これ以上、娘を目の前で失いたくない……!」

「隊長、犠牲になるのは俺達です! 隊長は、隊長だけは……!」

「皆……さん……そんな……私は……私は……!」

 オウカは慕われていた。兵士達にとって、追い詰められた絶望の中の唯一の光だったのだ。

「安心して。敵意の無い者達を殺す理由はハインハウルス軍にはないわ。――この国も、勝利後はハインハウルスが統治する。復興に時間はかかるかもしれないけれど、決して見捨てないわ。私も、何よりヨゼルド――ハインハウルス国王が、ね。だから、命を無駄にしないで。この地の為に、この地に残している家族の為に、愛する人達の為に、生きなさい」

 そのヴァネッサの言葉に、兵士達は涙を流す。――当然、彼らも極限状態、限界だったのだ。それが、解放された瞬間だった。

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「俺達、故郷に帰れるんだ……!」

 口々にヴァネッサにお礼を言う兵士達。ヴァネッサは笑顔で頷く。

(皆さん……良かった……本当に、良かった)

 オウカはその様子を嬉しくも寂しく見ていた。――そう、皆には帰る場所がある。私にはもう無い。もう、生きる意味も、ない……

「おう、自分は何も残ってないからこっそり死のうとか考えるんなら止めとけよ」

「!?」

 アルファスだった。いつの間に。それよりも――心を、読まれた。

「俺個人は別に自由なんだから構わねえと思うが、ウチの隊長が許さねえんだよそういうの。でまあ、あれだ。ウチの隊長が許さない事を許すわけにはいかないもんでな。――目的無いから死ぬなんて言ってみろ。ウチの隊長に何されるかわかんねえぞ」

「そうですよ! ヴァネッサ様に助けられた命を無駄にするなんて許しません!」

 更にいつの間にかリンレイまで。――三人は気付いてないが、その様子をヴァネッサは優しく見守る。

「大切なモン、見つけてみせろ。案外その辺に転がってるもんだぜ。辛い事の後には、結構幸せが待ってたりするかもだしな」

 ポン、と軽く肩を叩くと、アルファスはその場を後にする。

「あ、アルファスさん! その……お時間いいですか」

「あん?」

「先程の戦いの……アルファスさんの見解を……お聴きしたくて」

「あー」

「勘違いしないで下さい、ヴァネッサ様に言われたからです! 決して私は今回自分のミスなんて無かったと思ってますから!」

 そしてアルファスに続くリンレイ。――その背中を見送りながら、オウカは……



「…………」

「あの……フロウさん。大丈夫でしょうか」

 アルファスにフロウを呼んでおけと呼ばれセッテは素直に招集。するとフロウは店番をするではなく、太刀を腰に、立って裏庭の方に意識を集中させていた。――流石にその様子を見れば戦闘の素人のセッテでも何かあるのではないかと気付く。

「ああ、安心しろ。セッテには傷一つつけさせない」

「いえ、そうではなくて、アルファスさんは」

「店長は心配いらない。お前が知っている以上に私が知っている以上に、あの人は強い。――私が呼ばれたのは、万が一飛び火してお前が傷付かないようにする為さ」

「ですよね……ですよ、ね」

 アルファスを信じていないわけじゃない。フロウを信じていないわけじゃない。それでも初めてのパターンに、セッテは少し不安になる。

「やはり店長の事だ、あまり無いのか? いきなり裏でテストは」

 それを察したフロウがそう尋ねて来る。

「はい。軍関係者、紹介者は初日でテストはありましたけど、私が知っている限り初見さんでいきなりテストは……しかも初めて来た時のフロウさんの様に見た目からして剣士の方なら兎も角、普通の綺麗な女の人だったんです。格好も本当に普通で」

「そうか……」

 フロウとしても裏庭の気配をここでも少し感じ取れる。さてどんな結果になるか、と思ってしばらくの間待っていると。

「あー、疲れた」

「私も久々でした、「あんなに」動いたのは」

 アルファスとサクラが店の中に戻ってくる。いつもと変わらぬアルファスの姿にセッテも一安心。

「お疲れ様でした。宜しかったら」

 そして直ぐに二人に冷たい飲み物を用意する。

「おう、サンキュ」

「ありがとうございます。遠慮なく頂きますね」

 優しい笑顔でお礼を言うサクラ。――やはりアルファスの武器テストをする様な人には今も見えない。

「店長、それでどうだったんだ?」

「ああ、そうだな。――フロウ、あの右の棚上にある箱の長剣、渡してやってくれ」

「! これをか……」

 指示された品は、一流レベルの人間がメンテ中に借りる用の剣。つまり最上級に程近い一品。

「お前さんの武器はオリジナルを俺が作るが、それまでの間はこれを持ってろ。繋ぎには十分なはずだ。完成次第連絡する。代金はその時でいい。――連絡先は」

「こちらでお願いします」

 サクラは自らの名刺をアルファスに手渡す。――サクラはそのままアルファス、セッテ、フロウにお辞儀をすると、レンタルの剣を持ち、店を後にした。

「アルファスさんの試験、合格したんですね……何者なんですか、あの人。お知り合いだったりします?」

「さあな。俺の「知らない」奴だよ。――守りたいモンがやっと出来た。それだけなんだろうよ」

「?」

 そう言ってサクラの背中を見送るアルファスの顔は、とても穏やかだった。

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