第十六話 演者勇者、武器を求めて1
「うーむ」
ライト騎士団団室作成から数日経ったある日、その団室にて。――ライトは軽く唸りながら考え事をしていた。
「あら、騎士団に何か新たな問題かしら? 今ならハル以外ならいるし、ハルを呼んで会議でも開く?」
ちなみにハルはヨゼルドの専属使用人との兼任なので、顔を出す機会は若干他の団員より少ない。
「あ、ごめんエカテリス、騎士団の事じゃなくて、俺個人の事で」
「大丈夫だよ勇者君、多少の事案はリバールに頼めば内密に揉み消してくれるよー」
「何にもしてないしその案怖いよ!?」
リバールも「お任せ下さい」的な表情をチラリと見せた。いや違うから。
「いやその、何て言うかさ、流石に俺、戦闘方法を持ってなさすぎな気がして」
そうなのだ。孤児院での騒動、それから初任務時ウガムでの騒動。ライトは直接戦う術を持っておらず、有り合わせの奇襲と仲間のフォローのみで終わってしまったのだ。
「気にしなくていいよー、勇者君守るのは私の仕事だし、見える範囲内に居てくれる時はちゃんと守ってあげるから。流石に手の届く範囲で死なれるのは気分悪いから手も抜かないし」
「ああうん、レナの事を信頼してないわけじゃないんだ」
相変わらず裏表のないストレートな言葉ではあるが、逆に言えば本当に見える範囲ならしっかりと守ってくれるのだろう。その事は十分に感じ取れる。……取れるのだが。
「万が一、って時のことを考えるとさ……ほら、ウガムの時は別行動だったろ? 確かに俺は後方で戦ってないけどさ」
この先に、何が突然起きるかわからない。その時に丸腰なのはいかがなものか、という考えが、ウガム以来ライトの頭に過ぎるようになったのである。
「真面目だねえ。――この剣は使えないんだっけ?」
レナは立てかけてあったエクスカリバーに手を伸ばし、鞘から抜こうとして――
「! ストップ危ない! それ抜こうとすると――」
「ああホントだ抜けないや。よく出来てるねえ」
――抜こうとして抜けなくて、諦めてまた元の場所に戻した。……あれ? 電流は?
「ごめんソフィ、ちょっとこれ抜けるかどうか試してくれない?」
「はい」
そのままライトはエクスカリバーをソフィに手渡す。ソフィも言われるままに抜こうとするが――
「駄目ですね、抜けないです。聖魔法の加護でも無理ということは、本当に勇者本人でないと無理なのでしょうね」
「…………」
――電流が流れることなく抜けることもやはりなく、諦めてライトにそのまま返した。……あれあれ? もしかして電流流れなくなった?
流れでライトも抜いてみようと――
「あばばばばば!?」
――したら電流が流れた。ライトだと流れるらしい。
「って可愛い女の子とか綺麗な女の人だと流れないのかよ!? スケベかよ国王かよ!?」
本当はエクスカリバーもヨゼルドが作らせたのではないかと疑問に思う結果がわかった。――まあそれは兎も角。
「何にせよ、いざという時に直接攻撃手段が何もないのはどうなんだろうと思って」
「勇者君いろいろ珍しい道具持ってるじゃん、あれにはなんかないの?」
「ああ勇者グッツか。直接攻撃に使えそうなのはないんだよ」
脳内でグッツが入った鞄を漁ってみる。勇者の煙玉、勇者の解毒薬、勇者の乾燥非常食、勇者の閃光玉……等々、便利そうなアイテムもまだまだあるのだが、相手に直接ダメージを与えられそうな品は入っていた記憶がない。
「ライト様はどの程度武器の扱いの経験がございますか? 姫様との模擬戦の時を思い出させて頂く限りでは失礼ながらあまり豊富にはお見受け出来ませんでしたが」
「うーん、リバールの想像通りかな……剣を握ったり振ったりしたことがある回数は限られてる。大人になってからはほとんどないや。だから上手くなりたいとか上手くなれるとかじゃないんだけどさ」
「でしたら、剣以外の才能ならおありかもしれません。ご自分に合った武器を探してみるのはいかがでしょう」
「剣以外の武器か……」
一般的にこの世界で一番ポピュラーな武器は剣、長剣であり、兵士、剣士、冒険者等の内断トツに使用率は高い基本武器となっている。なのでライトも武器を持つ=剣を持つ、というイメージが何処かに出来ていた。――剣以外の才能か。
「でしたら、訓練場で今から皆で色々試してみないかしら。ライトに似合う武器を探してみましょう」
「さて、模擬戦用とはいえ色々な武器を用意してみたけれど……あまり奇抜なのを選んでも仕方ないですわ。あくまでライトはレナがいない時の護身用として考えていますのよね?」
そのまま揃って訓練場に移動した。とりあえず色々な種類の模擬戦用の武器を立てかけて並べてみている。
「うん。レナがいる時は下手に俺が手を出すと邪魔になるだろうから今の所手を出さないでいようと思ってる」
日々剣を振るってるわけではないのだから、連携など取れるはずもない。
「剣以外のも色々あるよな……エカテリスは槍か。槍ってどうなの? リーチが長いから牽制とか出来そう」
「そうですわね……ライトにはあまりお勧め出来ませんわね。弱点があるのがわかるかしら?」
「弱点?」
「有利となる間合いのキープがシビアですわ。相手が剣ならば立ち回り次第で有利に事を進められますけれど、懐に入られると一気に厳しくなりますわ。それをカバー出来る何かがないと」
「そっか」
エカテリスの「飛竜騎士」という称号を思い出す。リバールがエカテリスは風魔法での移動をすると説明してくれた。そういうアシストもあり、エカテリスは槍を使いこなしているのだろう。
「次は……斧か」
「アタシとしては斧は結構アリだと思うぜ」
ライトが斧を手に取ると、訓練場の空気に染まったのか、狂人化したソフィがそう口を開く。
「一見槍と同じで間合いのキープが面倒そうで無理そうに見えるけど、一撃が重いっていう違いがある。団長の目的は緊急時の自己防衛だろ? 一発デカイのを当てて逃げるって手もありだろ」
「でも重いな……振るだけでも大変だ」
槍と同程度の長さだったが、あちらより重みが感じ取れた。持って歩くだけなら兎も角、振り回すことが出来るかどうか。
「力で振るんじゃねえんだよ、遠心力で振るんだ。こうな」
ブオン、ブオンとソフィが振り回してみせる。成程、柄がしなって少し曲がって見える。遠心力か。
「こ……こうかな」
ライトも試しに振ってみる。――ブオン、ブオン、ブォォン!
「ぎゃあ!」
「うわ危なっ」
そして悲鳴と共にライトは斧ごと数メートル飛んだ。――勢いに体がついて行かず持っていかれた形である。
「ま……マスターすれば空も飛べるかな! ソフィも飛べるよな?」
「悪い団長それは同意出来ねえわ……」
倒れたままヤケクソの笑顔で言ってみるライトを、申し訳なさそうにヒョイ、とソフィが簡単に立たせる。その持ち上げ速度といい、アームレスリングといい、見えない箇所にやはりしっかり筋肉はありそうだった。
「ライト様、軽くて扱い易いのが宜しければ、短剣などいかがでしょう。リーチは短いですが持ち運びも邪魔になりませんし、素早い始動が可能です」
「短剣か……」
短い武器は想定していなかった。短剣、即ちナイフ。最低限の自衛という意味なら選択肢に入るかもしれない。
「リバールは短剣二刀流の使い手ですのよ? ライトに二刀流は難しいでしょうけど……一本なら」
「そうですね。私で宜しければレクチャーも可能かと思います」
リバールはエカテリスの専属使用人の裏で、忍者という職種も持ち合わせている。ライトとしても短剣二刀流の使い手というのは言われると納得がいった。一本でも少しでも何かテクニックがあるなら教わりたいとも思った。
「ではまず、その辺りに立って頂けますか」
というわけで、簡単なレクチャーを受けてみることにした。数歩離れてライトとリバールが対峙する。
「この距離ですと、一般的な長剣の間合いであり、短剣では届かず不利に見えます。でもそれを短剣ならではの身軽さで覆すことが可能です」
「へえ……具体的には?」
「まず、こうして」
リバールが足を一歩前に出す。
「こうです」
そしてその言葉を発する時にはライトの後ろからライトの首筋に短剣を当てていた。まったく見えなかった。――っておい!
「待てい! それ短剣の技術じゃなくてリバール個人の技術じゃないの!? 間は!? こうしてこうですの間がないよ!」
「リバール、ライトが正論ですわ。ちゃんと細かい説明をして」
流石のエカテリスも呆れ顔。リバールが今度は見える速度で(!)歩いて先程の位置に戻る。
「失礼致しました。では詳細に説明させて頂きます。――まず、この時点でライト様には見えない位置で短剣は握っています」
「ふむ……」
一見すると普段の凛とした立ち姿で、礼儀正しい使用人にしか見えない。
「そのまま、一歩だけ足を出して、一瞬相手の間合いに入ります」
リバールが足を一歩前に出す。
「後は首筋に短剣を当てるだけです」
そしてその言葉を発する時にはライトの後ろからライトの首筋に短剣を当てていた。まったく見えなかった。――って、
「だから間は!? 何で足一歩前に出したらもう俺の後ろにいるの!? その間に何してるの!?」
「申し訳ございません、本能に身を任せるとこうなってしまうもので」
技術は凄いが何故それで俺に教えようと思ったんだよ。――ライトは心の中で溜め息。
その後も色々試行錯誤で色々な武器を試してみるが、どれもこれも中々上手くいかない。さてどうしたものか――と思い始めていたその時、
「あのさあ、一ついい?」
既に眠そうに座ってそれを見ていたレナが提案を出してきた。
「正直、勇者君に足りないのは経験だから、どれ使っても同じでしょ。だったらもう振り出しに戻って普通の長剣が一番分かり易いんじゃない?」
「……あー」
遠いようで近かった正論を突かれた気がした。――ライトは弱かった。ただそれだけだった。下手な小細工は意味がない。今色々試してみて、ライト本人も痛い程実感する。
「――そうですわ、ならこういうのはどうかしら!」
「エカテリス?」
「ライト専用の長剣を作って貰いましょう! 少しでもライトが使い易い武器をオーダーメイドで作って貰えば、また違ってくるかもしれませんわ!」
こうして、ライトに似合う武器探しは、ライト専用の武器作成へとステージを移動させるのであった。




