第百七十七話 演者勇者とワンワン大進撃4
「あらためてだけど、お察しの通り私は「フラワーガーデン」所属の源氏名「アジサイ」の正体です」
場所を近くのカフェに移し、ライトとレナはシンディの話を聞く形に。
「えっと、あそこで名前を出してすみません。確かに迂闊でした」
こちらの非があると思ったライトは素直に謝罪。確かにああいうお店で働いてる人は昼と夜とで生活を使い分けている可能性がある事を考えなかった。
「言い訳をすれば、こういう形で再会出来たのが嬉しくて……ほら、名刺もちゃんと持ってる」
鞄からあの日貰った「アジサイ」の名刺を取り出し見せる。ヨゼルドから意味合いも聞いていたので大事に持っていた。
「大事にしてくれてるのは嬉しいけど、あれ以来お店には足を運んではくれなかったですね」
「う」
ジト目で見られる。確かにあれ以来足を運んでいない。理由としては、
「ちょっと……一人で行くのは勇気が……国王様と一緒とかも色々問題になるし……」
というのがあった。決して「アジサイ」の事が嫌でも印象が薄かったわけでもない。寧ろ好印象で出来ればまた会いたいとは思ってはいた。でもライトは性格上どうも夜のお店に一人で足を運ぶ勇気が湧かなかったのだ。――かと言ってヨゼルドと一緒に行きましたなんて事になったらもう色々な意味でとんでもない事になるわけで。
「そんなに身構えなくてもいいのに。ウチのお店はあの辺りでも特にしっかりしてる事で有名なんだから。その名刺持ってれば私の事指名してくれれば優先的にお相手出来るし」
「まー、許してあげてよシンディちゃん。勇者君一応忙しいし何よりピュアだからさ」
「まあ確かに、あの時お話して純粋な人だな、って思ってはいたけど……え? 勇者君……って、え?」
と、そこであらためてレナのそのフレーズがシンディの中に引っかかる。
「えっと、まあその一応、そういう立場でして、レナもドライブも騎士団の一員で」
流石に演者である事を彼女に喋るわけにはいかないが、勇者を演じるのはライトの仕事なのでそこを隠すのはお店を訪ねた時とは違うだろうと思い名乗る事に。
「本当に!? えっ、私凄い、勇者様に接客したんだ!」
説明を受ければ先程の不満気な表情は何処へやら、キラキラした目でシンディはライトを見る。
「内緒ってわけじゃないけど、まあでも実際俺はこんなだから、畏まったりとかしないで今まで通り普通に接してくれると嬉しいかな。名前で呼んでくれた方が気が楽だし」
「わかった。じゃあその事を話してくれたから、全然お店に来てくれなかった事は許してあげます。――でも、本当に今度遊びに来て下さいね? 一人じゃ駄目なら、レナさんでもドライブさんでも、それこそ他の皆さん全員でも一緒でいいですから」
「約束するよ」
笑顔でそう言ってくれるシンディにライトも一安心。やらしい話、演者勇者としての給金は余っているし、女性陣も連れて足を運べば怪しまれないし大丈夫だろう。
「さて、それじゃシンディちゃんの話にしようか。マックさんにバレたら駄目なん?」
「叔父さんは許してくれないと思うんです、夜のお店のバイトなんて。そういう所堅い人ですから」
「あー、だろうねー」
同意するレナ。ライトも会って間もないが確かにそんな空気を持つ人という印象を受けていた。
「そもそもが費用も生活費も援助するからバイトなんてしなくていいって言ってくれてて。でも私は何から何まで援助して貰うのって何か嫌で、少しでも自分で工面したいと思ってたんです。でも昼間養成所に通ってると中々昼間のバイトなんてなくて、結果としてそういう事に」
「真面目だねえ。マックさんの稼ぎなら全然痛くないから気にしなくてもいいのに」
「レナが払ってるんじゃないんだから適当な事を言うんじゃない。――でも、マクラーレンさんはそんなに稼いでるのか?」
「元王妃様のバディ、現最前線の指折り主力幹部。そして近年安定してきているハインハウルス王国。稼げる要素尽くしだよ。更に言えばマックさんは絶対やらないけど例えば王妃様に相談したら王妃様がポケットマネー出してくれる位の信用度はあるよ」
「うん、まあ、凄いという事がよくわかった」
ネレイザが呼んでいた堅騎士、の異名の意味がよくわかった。王妃様の信頼も厚いのだろう。
「私の家、私が物心つく前にお父さんが死んじゃって、私は父の記憶がない母子家庭です。女手一つで私を育てる母を叔父さんは随分と助けてくれていて、私としてはこれ以上、誘惑に負けて甘えちゃうと、この先もずっと甘えるのが当たり前になりそうで。でもそれって何か違う、ここから先は、本当に困った時だけにしたいな、って」
シンディの表情からは本当にそう思っているのであろう、申し訳なさそうな表情が伺えた。――レナの感想が良くわかる。真面目な血筋なのかな。
「……あれ、それじゃシンディさんに質問なんだけど、シンディさんの気持ちはわかったし俺自身は反対もないんだけど、マクラーレンさんにバレるリスクを考えたら、マクラーレンさんの援助を受けてでも回避、っていう考えでも良かったんじゃないかな?」
それこそバレたら故郷に強制帰還とか言うかもしれない。
「確かにそうかもしれない。でも私、あそこのお店で働いてみたい、って思っちゃったんです。現に人気三位になったし」
三位は誇りなのだろう。嬉しそうな勝ち気な笑みを少し見せる。――って、
「そもそも、どうしてあのお店に? 夜のお店はあの一軒だけじゃないはず」
という根本的な事が気になった。――国王様はハシゴしてるし。
「偶然スカウトされたんです」
「スカウト? 店長さんか誰かに?」
「勇者君もしかしたら国王様かもしれない」
「そこにまで口出してたら最早何者なんだになるだろ……」
でも百パーセント可能性を否定出来ないライトがそこにいたり。まあ、見る目はある人だし……ってそうじゃなくて。
「私をスカウトして来たのは、あの店の人気一位のサクラさんです」
「……暇だなあ」
昼過ぎのハインハウルス城下町商店街、武器鍛冶アルファスの店。ほぼお得意様以外足を運ばないこの店、今日も今日とて暇だった。昼食後はアルファスがフロウに武器鍛冶の指導に入るので、店内はセッテ一人。このままライトがレナを連れて訓練に来る時間までセッテが一人暇を持て余すパターンが一番多かった。
「私も正式に従業員になったんだから、私のコーナーでも作って貰おうかな」
趣味は裁縫だった。武器を買いに来る人がついでに必要になるような物とか服とか作れば意外と売れるかも。アルファスもそんな自分を認めてくれてついに……なんて想像をしていると。――ガチャッ。
「あ、いらっしゃいませ!」
お客が一人来訪。少し油断していた。ニヤニヤしてた表情を見られたりしてないだろうか。――いけないいけない。
(って、うわ……凄い綺麗な人……)
入店して来たのは女性。決してドレスアップしているわけではないが、放たれる輝き、漂う圧倒的オーラに見惚れてしまう。――凄い、ソフィさんみたい。ソフィさんレベルの人がまだこの街にいたんだ……
女は店内を歩きながら置いてある武器を少し眺めると、
「こちら、手に取ってみても?」
セッテにそう尋ねてくる。
「え、は、はい、どうぞ!」
「ありがとうございます」
つい見惚れていたセッテは急に話しかけられドキッとしつつも返事。女は笑顔でお礼を言うと、店内の剣を手に取り、落ち着いた表情で見ている。
(誰かに頼まれたのかな……プレゼントかな……?)
ただその放たれる輝き、漂う圧倒的オーラは女性としての美しさであり、決して戦士剣士の物ではなかった。衣服も鎧を着ているわけでもなく、武器を欲している様にはまったく見えない。
女はそのまま剣を数本見定めていたが、
「この武器を作ったのは貴女ですか?」
その内一本を手に取り、セッテにそう尋ねてくる。
「いえ、私は従業員でして、作っているのはアルファスさん――ここの店主です」
「今はどちらに? お話がしたいのですが」
「工房にいます。今呼んでくるので、少しお待ち頂けますか?」
「わかりました、ありがとうございます」
再び女は笑顔でお礼。セッテは速足で工房へ移動、フロウに指導中のアルファスに事情を説明し店に来て貰う。
「こちらの方が」
「いらっしゃいませ。――確かにこの店の武器を作ってるのは全部俺だ。店員のこいつが何か余計な事言ったか? 失礼を働いたんなら責任とってクビにするが」
「今日は何も言ってませんよ!」
「いつも言ってんのかよ」
そんないつものやり取りを他所に、女は持っていた剣をカウンターに置き、
「この長剣よりも、「数段階上の」レベルの長剣が欲しいのですが。これを作られた方なら、作成可能なはず」
「…………」
女がカウンターに置いた長剣は、店に並べている中では一番の品。勿論あくまで店に並べている中では、の話であり、当然それ以上の品はアルファスは店には並べない。
だが女はその一番の品を選び、そのもっと上を所望。それが作れるはずだと断言。――アルファスの腕を見抜いたのだ。
「その長剣も普通に使う分には十分使えるぞ。何もドラゴンの討伐とかに行くわけじゃあるめえ。何目的の剣だ?」
「自衛です。万が一の為に用意しておきたくなりまして」
「ますますそれで充分じゃねえか。ハインハウルスの治安舐めるなよ。他の国のスラム街にでも行くのか?」
「そういうわけではないです。でも、折角ですからレベルの高い剣が欲しいと思いまして」
穏やかに笑い、アルファスを見る。ぶつかる視線。――こいつ、まさか。
「お金の心配も結構ですよ。一応それなりに持っていますから」
「はぁ。――確かに並べてないだけでそれ以上の品は一応あるし、場合によっちゃオーダーメイドで作る。だが悪いが俺は金を積むだけならそれ以上の品を売るつもりはない」
「貴方に認めて貰えればご用意して下さる、という意味合いですね? どうしたら認めて頂けますか?」
アルファスの説明にも退くつもりは一切見られない。――ああもう、仕方ねえな。
「付いて来てくれ。裏で実力テストする。――その恰好で大丈夫か? 着替えてきても構わねえが」
女は普通の上着に下はスカート。アルファスは気を使うが、
「ご心配なく。本気の切り合いをするわけではないのでしょう?」
その言葉はアルファスのテストを舐めているか、それとも本気を出さなくても十分伝わると感じているのか、どちらか。――まあでも、この様子だと。
「まあお前さんがいいならいい。万が一の事故があっても警告はしたぞ」
「アルファスさん! 言質をとってまで女性の下着が見たいならこのセッテが色々なシチュエーション、種類を――」
「五月蠅えお前店番してろ。――ああ、店番する前にフロウを呼んでおけ」
「? どうしてですか?」
「念の為、だ」
そう言い残し、アルファスと女は店の裏庭へと移動するのだった。