第百七十六話 演者勇者とワンワン大進撃3
アジサイ。――以前、ガルゼフと共に墓参りの帰りにヨゼルドの紹介で行った「フラワーガーデン」で働いていた女性。人気ナンバー三でライトの接客をしてくれ、楽しく話もお酒も進み、ライトは名詞も貰った。
店の時の様な煌びやかさとは勿論違うが、それでもその明るい笑顔が見事にライトの記憶とマッチした。……のはいいのだが、
「アジ……サイ……?」
周囲の皆からしたら果ていきなり何の事、状態。
「勇者君知り合いだったん? あれ? でも私も何か何処かで……?」
レナはその際に同行している。こちらもライトに言われて少しずつ記憶の糸を――
「っちょっはっだっえーっ……だーどーん!」
――手繰り寄せようとした所で、シンディが謎の語源を発しながらライトとレナを掴み、
「ちょっ、ちょいと待ってて叔父さん! この人達と大事な話っ!」
そのまま引きずるようにマクラーレン、ニロフ、ドライブから距離を取り、会話が届かない距離まで連れていった。
「あれ? もしかして違った……? あの、俺ライトです。以前お店で」
「合ってるし覚えてます! そっちの騎士さんとメイドさんとおじいちゃんと四人で来てくれたのしっかり覚えてます! でも今は一旦忘れて! 源氏名でも呼ばないで!」
「……あ、そか、あの時勇者君の相手してくれた子じゃん。私は気付かなかったわ」
その一言でレナも合点がいく。
「兎に角、その件に関しては後で話しましょ! 今は内緒、もしくは忘れて! お願いします!」
「わ……わかった」
ライトとしてもそこまで必死に言われたらとりあえず呑まざるを得ない。事情がありそうだ。――三人は再びシンディがライトとレナを引っ張る形でマクラーレン達の所へ戻る。
「おい、どうした? 何があった?」
「ごめん叔父さん、この人達私の友達のバイト先で知り合いだったみたいで。友達、そこでバイトしてるの内緒だから、迂闊に口にしないで欲しくてつい焦っちゃって」
「?……?」
マクラーレンとしては些か納得のいかない回答である。頭の上に「?」を出し、更なる追及を――
「まあとりあえず、いつまでもここに立っているのもあれですな。話を進めましょうぞ」
――しようとした所で何かを察したニロフがそう切り出した。この辺りのフォローは流石であった。
「ドライブという。誤解ではあるが、不必要な手間と不安を与えた事に違いは無い。謝罪させて貰いたい。――本当に、申し訳なかった」
そのまま話は本筋に戻り、ドライブが頭を下げる。
「頭を上げて下さい、事情は叔父さんから聞いています。こちらとしてもそちらが何をしたわけでもないのに大事にしてしまってすみません。お互い誤解があっただけですから、お互い様でおあいこ、にしませんか?」
「……それでいいのか?」
「はい。――あ、でもあの土手で無言で見て来るのは怖いので止めて下さい。これでもう知り合えたんですから、見かけたら普通に声をかけて」
「約束する」
笑顔でドライブを嗜めるシンディ。――これにて和解は成立。ライトとしても一安心だった。
「でもビックリですよ。犬が好きだからってあそこまで毎日同じ場所で見てるなんて。――そんなに好きなんですか?」
「ああ。訳あって最近長――ライトに誘われこちらに越して来たんだが、以前住んでいる場所は犬やテイマーされた犬型魔獣など無縁の街でな。本などでしか見た事がなくて、実物、しかも多頭で歩いているのを見てつい」
「好きなのに本でしか見た事ないんですか? 良かったら、いつも私が散歩してる子達に会ってみます?」
「いいのか!? 俺は迷惑をかけた身、貴女の犬達に恨まれているかもしれない、いやでもそれなら犬達にも正式な謝罪をすべきだな。……案内してくれ」
「大げさですって」
謎の覚悟を決めたドライブにシンディも苦笑。かくしてライト達はシンディの案内で、現在は施設内の広場にて放されているというシンディが世話を担当している犬型魔獣達の所へ。
「みんなー、おいでー!」
シンディが声を出して呼ぶと、総勢六頭の犬魔獣達が駆け寄ってくる。――というか、
「確かに、これ言われなかったら大型の犬だなあ」
ライトとしても犬魔獣は初めて見る。長毛短毛、細見で速度重視、体格がよくて筋力がありそう等特徴は様々だが、知らない人からしたら大きめの犬であった。
「ほう、シルバーファング種に、レッドフード種に、中々珍しい種類のもおりますな」
「ニロフはこの辺りにも詳しいのか」
「犬型は比較的テイマーとしては扱い易い種類ですが、中には難しい物もおります。今挙げた二種は犬型でも難易度が高めかと。それを懐かせているのなら、シンディ殿は才能がありますぞ」
「へえ、凄いんだなシンディさん」
「そんな事ないんです。私、成績もそんなに良くなくて。この子達とは偶然仲良くなれて……わわっ! もう、こらっ!」
呼ばれた六頭は、嬉しそうに尻尾を振りながらシンディの周りを駆けて、シンディにじゃれつく。成程あれが懐かせるのが難易度が高いのならばまだ訓練中のシンディは今は成績が悪くても希望の星という事になるだろう。
「初めまして、ドライブという。この度は貴殿達の主に多大なる迷惑をかけてしまい、その謝罪に足を運ばせて貰った」
そして真剣に犬魔獣達に謝罪するドライブ。一瞬何のギャグかと思いきや先程の言葉もあり、本人は真剣なのが察せられた。――謝られた犬魔獣達は
「この人誰? 僕らに向かって何してるの?」
とでも言いたげな顔で(流石に人語は話せない様子)シンディとドライブの顔を交互に見ている。
「このお兄さんと、あっちにいる人達は私の新しいお友達。皆もこれから見かけたら仲良くしてあげてね」
「ワン!」
人語は話せないが知能が高くシンディの言っている事はわかるのか、犬魔獣達は鳴いて返事をする。
「ドライブさん、よかったら触ってみます?」
「触っ……おいくらですか」
「いりませんって! 可愛がってくれるならタダです!」
シンディの苦笑しながらのツッコミを受け、ドライブはゆっくりと犬魔獣達に手を伸ばし、撫で始める。元々表情を変えない男なので表情はほとんど変わっていないが、
「勇者君、ドライブ君の両手、光ってない?」
「あいつまさか興奮して紋章出しちゃってるのか」
興奮か感動かわからないが感情が溢れている様で、ドライブの両手甲が若干光っていた。
そのままライト達も近付き、一緒に撫でさせて貰う。――うん可愛い。テイマーされる魔獣とは思えない。テイマー。
「あれ? そういえばニロフのクッキー君はそうなるとテイマーとかになるのか?」
ふとそんな疑問が過ぎった。
「ふむ、あれは似て非なる物ですな。あれは我が創作した物であって自然の物ではありませぬ」
パチン、とニロフが指を鳴らすと、魔法陣が出て、クッキー君が――
「ボクヲ、犬ト呼ンデ下サイ! コノ首輪ト鞭デ――」
「よくわからない対抗心が逆に良い子の皆に見せられない状況じゃないか仕舞ってくれ!」
――四つん這いで出てきたので直ぐにまた仕舞わせた。何だ僕を犬と呼んでくれって。犬は鞭いらんわ。
「でもそこまで喜んでくれるなら、特別に見せちゃおうかな。――皆さん、こっちへどうぞ」
シンディの更なる案内で、奥の厩舎へ行くと、
「じゃーん! 生後一か月の子犬魔獣です! 可愛いでしょ!」
そこにはまだギリギリ手の平に乗る位の大きさでヨチヨチ歩きをしている子犬魔獣が五頭、じゃれ合っていた。
「うわっ、可愛いなこれ!」
「うん、流石の私もこれには負けるよ。ねえ、抱っことかしていい?」
まるでぬいぐるみか絵本から抜け出してきたかの様な可愛さがそこにあった。言葉の通り流石のレナも目を輝かせて抱っこを要求。
「あちらで手を洗ってからでしたら大丈夫ですよ。優しくお願いします」
促された先で手を洗い、指示された様に優しく抱き上げる。――可愛い。それ以外の言葉がもう思い当たらない。ライトもレナもニロフも、マクラーレンでさえも零れる笑みを抑えきれない。
「って、あれ? ドライブは?」
「……長、手伝ってくれ」
「どうしたそんな所で」
「腰が抜けて動けない……」
「そこまでかよ!?」
実際にドライブは膝をついてうずくまりながらも必死にこちらに這いずって来ていた。仕方なくニロフと二人で支えて子犬魔獣達の傍まで連れていってやり、
「はい、どうぞ。優しくお願いします」
シンディにその内一匹を渡される。両手でゆっくりと受け取り、確かめるように目を合わせる。
「……無念、ここまで」
「死んだー!?」
そしてドライブは天に召された。享年二十四。――いやいや待て待て!
「帰ってこーい、おーい」
ぱしぱし。――レナが軽く往復ビンタをすると、魂が戻って来る(?)。
「いやいや、一歩間違えたらドライブ殿のストーカー疑惑ではなくシンディ殿が殺人容疑で逮捕される所でしたな」
「その場合俺達殺人ほう助にならないか?」
凶器子犬とか。どんなだ。
そんな感じで少しの間子犬魔獣と触れ合い。最後の方にはドライブの足取りもしっかりし始め(!)、見学ツアーは終了。
「謝罪に来たのにこちらが楽しませて貰う形になって感謝しかない。本当にありがたい経験だった」
「いえいえ、こちらこそあんなに楽しんで貰えたら何よりです。――良かったら今度一緒に散歩とかしてみます?」
「散……歩……! 散歩とはつまり……あれか、その、犬達と一緒に散歩をする、あれか!」
最早言語がおかしい。散歩の説明に散歩とは一体。
「はい、その散歩です。今度お誘いしますね」
シンディも短時間で慣れたか、笑顔でドライブの混乱を受け止める。
「勇者君勇者君、シンディちゃんはもしかしたら本気でドライブ君を殺しに来てるのかもしれない」
「あながち洒落にならなくなるからやめなさいその推測」
知らない間に見なくなって気付いたら飼われていたとかありそうで怖い。――気をつけよう。
「それじゃ、城に戻ろうか。――マクラーレンさんも仲介、ありがとうございました」
「気にするな。帰還休暇の時期と偶然被っただけだ。どちらにしろシンディの様子は帰還中に見にいくつもりだったからな」
というわけで、城へ戻――
「……ん?」
――ろうとした所で、ライトの服の裾が引っ張られる。ハッとして見れば、
「っ(くいくい)」
シンディがさり気なく移動し、マクラーレンには見えない様にライトの服を引っ張っていた。――ああそうか、「アジサイ」に関しての話があるのか。
「レナ」
となるとレナも居て貰わなくてはいけない。ライトもレナを呼び止める。
「どした? ドライブ君の前に勇者君がここで飼われるとか?」
「違うわい! 百歩譲ってそうだとしてもレナは俺の護衛だからな!」
「……うん私が悪かった。その図は加わるのシュールで嫌だわ」
というわけでニロフ、ドライブ、マクラーレンをさり気なく先に帰し、三人での密談が始まるのであった。