第百七十五話 演者勇者とワンワン大進撃2
「何をしてるんじゃお前はああああ!」
ライト騎士団団室に団員は全員緊急招集。ライトの説教で会議の幕が開く。
「土手で犬を見ていただけなんだが」
「ドライブ君ドライブ君、あれテイマー出来る魔獣で正確には犬じゃないらしいよ」
「レナ問題はそこじゃないから!」
勿論議題はドライブについて。――結局、シンディを土手で毎日見ていたのはドライブだった。正確にはドライブ本人が言っている様にドライブとしてはシンディを見ているつもりは微塵もなく、彼はシンディが散歩している犬系統の魔獣を見ていた。犬好きとして、あそこにあの時間いると犬の散歩が見れるとわかったのでついふらりと毎日通う様になってしまったのだ。
「お前が犬好きなのはわかるけど、冷静に考えて毎日無言無表情で見られたら怪しいに決まってるだろ!」
「すまない、どうも表情を変えるのが苦手で」
「そういう意味合いでもなくて!」
笑顔だったら許されるとかそういう話ではない。
「姫様ご安心下さい、私は姫様に全力で愛情をアピールしながら見守らせて頂きます」
「そこの比較対象アピールは後でやって!」
しかも比較対象として度合いがまた違い過ぎたり。
「ドライブ殿、この仮面を被れば正体がバレずに済みますぞ。しかもこの格好良さ」
「そこはそこで仮面仲間を増やそうとするんじゃない!」
更にしかも、仮面を被っていたら余計に怪しい。
「……誤解ではあるが、迷惑をかけたのは事実か。――改めて直接謝罪出来ないだろうか」
一呼吸置いて、ドライブも反省を口にした。この辺りの常識はある様子。
「団長、マクラーレンさんに頼みに行きましょう。しっかり話をすればわかってくれる方です」
「まずはそのマクラーレンさんへの謝罪も兼ねて行くか……」
何をするにももう一度マクラーレンに会わなければ、という事で会話も一区切り、部屋を出ると、
「話は纏まったか?」
「マックさん。流石、部屋の前で待っててくれたんだ」
壁に軽く背中を預け、腕を組んでマクラーレンが立っていた。団員が部屋から出るとマクラーレンは壁から離れ、
「王女様、ご無沙汰しております」
まずはエカテリスに挨拶。勿論エカテリスは王女、まずマクラーレンが挨拶をするのは当然の行為だろう。
「ええ、元気そうで何よりですわ。戦功の話も耳にします」
「ありがとうございます」
「ただ――前から言っているけど、どうしてマクラーレンはお母様は名前で呼び捨てなのに、私には敬語を使うのかしら? お母様にタメ口なら娘の私にも余所余所しいのは変ですわ」
「自分も以前から申し上げてますが、ヴァネッサとは彼女が王妃になる前からの付き合いなのです。勿論王妃になったら変えましたが、元に戻せ、戻さないのなら軍から追放すると脅されまして致し方なく」
その時の様子が容易に想像出来た。ヴァネッサらしい。
「また、王女様に対しての呼び方話し方に関しては自分の意思を尊重する、とこれもヴァネッサから言われていますので、今のままで通させて頂きます」
そう先に釘を刺され、エカテリスは不満気。立場上中々対等でタメ口で話せる相手はいない。マクラーレンが頑なに譲らないのが不満なのだろう。――あれ? そうすると俺ってかなり特殊? とライトはつい考えてしまう。
「あの、この度はウチの団員が姪御さんにご迷惑をかけまして……」
「誤解とはいえ申し訳ない事をした」
その考えはとりあえず置いておいて、まずは目先のマクラーレンにライトは謝罪。ドライブも横で頭を下げた。
「成程、お前がライトか。前線でも噂は聞いている。内陸部らしからぬ戦力を手腕で揃え、見合った活躍もしているらしいな」
「俺の戦功じゃないです。俺の仲間達の戦功ですから」
マクラーレンはそう言い切るライトをジッと見ると、ふっと軽く笑う。
「本気で思っている様だな。これだけの人間を束ねるのはどんな輩かと思ったが、成程な。――改めて挨拶させて貰おう。マクラーレンだ。お前の事はヴァネッサからも良くしてやってくれと言われている。今回の事案に関してもそちらの意思はわかった、安心してくれ」
「そう言って貰えると助かります……」
実際ライトは一安心。ドライブに関しては自分が騎士団に引き込んだのだ。そのドライブがいきなり不祥事では流石に責任問題になりかねない。
「しかし実際大した物だ。俺はこれだけの戦力を上手く扱える自信はない」
本気か冗談かはわからないが、そう言ってマクラーレンはライト騎士団の面々を見渡す。そして最後に、
「久しぶりだな、「殲滅」」
ネレイザと視線が合い、そう挨拶。――殲滅、と呼ばれているネレイザを見てライトは思い出す。元々ネレイザは「殲滅魔導士」の異名を持ち、最前線で活躍する魔導士だったのだ。マクラーレンとは最前線にいた頃の顔見知りか。
「ええ。お久しぶり、「堅騎士」」
ネレイザも特に悪びれる様子もなく、マクラーレンを異名で呼び返す。そのまま一、二秒視線がぶつかったままだったが、
「もう、「殲滅」と呼ばない方がいいか?」
そうマクラーレンが不思議な事を言い出した。ライトからしたら意味がわからない質問だったが、
「異名は捨てない。この力が、マスターの、仲間の為になるなら、いつでも私は「殲滅魔導士」になるから」
ネレイザは意図を悟ったらしく、しっかりとした目付きでマクラーレンにそう返した。マクラーレンはその返事を聞くと満足気な顔になる。
「変わったな、いい意味で。タンダーが必要な犠牲だったとは言わんが、それでもそれを乗り越えてそうなったのならそれでいい。頑張れよ。――ライト、殲滅……ネレイザを頼む。こいつはまだ成長期だ。お前の舵取り次第でどうにでもなる」
「大丈夫です。ネレイザは俺の、俺達の大事な仲間で事務官ですから」
「そうか」
「……ふん」
ネレイザが少しだけ恥ずかしそうにそっぽを向く。――言動からするに、マクラーレンは最前線にいる頃のネレイザの不安定さを気にしていたのがライト達にもわかった。ネレイザの休暇帰還中に起きたタンダーの事件、そして今日の再会。前を向いているネレイザを見て、安心したのだろう。
「堅騎士マクラーレン。改めて、貴殿の姪御に直接謝罪させて貰えないだろうか。やはり迷惑をかけたのは彼女にであって、貴殿にではない。なので貴殿だけに謝罪して終わりというのは」
会話も一区切りついた所でドライブがマクラーレンにその申し出。――うん、冷静になってくれれば本当に真面目な奴なんだよな。
「わかった、話を通しておこう」
「本当か。――恩に着る」
「こういうのは少しでも遺恨を残すと良くないからな。お前が謝罪したいというのなら、するに越した事はないからな」
そして翌日。マクラーレンの案内で、シンディが通うテイマー養成学校へ出向き、謝罪をする事になった。メンバーはマクラーレン、ドライブの当事者案内者二名に加え、保護責任者(?)でライト、ライトの護衛でレナ、
「いやいや、近年のテイマー事情も気になっていたのです。当時と比べて発展しているかどうか」
「本当、色々な物に興味を持つよな……そういう所が実力に繋がってるんだろうけど」
純粋に見学に行きたいと申し出たニロフ、以上の五名である。――ネレイザは行きたがっていたが仕事があって行けず。
「しかし、かのガルゼフ殿の相方までいるとはな。俺の事は知っていただろうか」
「勿論。あの当時お嬢のバディを務めておりましたな。我もマック殿とお呼びしても」
「構わん。呼び方は相手に一任する事にしている」
マクラーレンはベテラン、ニロフの存在も認識していたらしい。そしてニロフの言葉からするに、
「マクラーレンさん、昔王妃様と一緒に戦ってたんですか?」
という事が推測出来た。
「ああ、ヴァネッサが王妃になる前からなって王女様を産んでそこそこの間位はな。その後今後の戦力を考えてお互い別部隊として動く事になったが、今でも時折前線で一緒になる、大事な戦友だ」
「もしかして……一度、ヘイジストに来た事がありませんか? 王妃様と一緒に」
「ヘイジスト……ああ、あの辺りは確かにヴァネッサと組んでいた頃出撃しているな。――俺の事を知っていたのか?」
「お見かけした事があります。その頃俺そこに住んでいて、王妃様とお話させて貰いました」
以前ヴァネッサと再会した時に大分蘇った当時の記憶。ヴァネッサと前線で一緒に戦っていた屈強な男のシルエットが、話の流れでマクラーレンと繋がったのだ。
「そうだったか。不思議な縁だな。しかもよく話をしていない俺の事まで覚えていたな」
「色々あって、あの時の事はよく覚えているんです」
そう言ってライトは苦笑。――王妃様と再会するまでは忘れてたけどな。
「…………」
そして、そのライトの「苦笑」に少し違和感を覚えるレナ。――苦笑? 何で苦笑なの? 王妃様とマックさんが出向いているなら、きっと助けて貰ったとか感動したとかそういう事のはずなのに。何で苦笑なの?
自分が知らないライトがやはりいる。当たり前の話のなずなのに、少しだけ寂しくなる。――君は、どうして「勇者君」なんだろうなあ。
そんなレナの思惑を余所に、一行は目的地であるシンディが通う養成学校――「ハインハウルステイマー養成スクール」に到着する。
「あいつ――シンディは、父親を早くに亡くしていてな。母親、つまり俺の姉貴と地方で二人暮らしだった。子供の頃からテイマーになるのが夢らしくてな。幸い俺がこうして稼げる立場にいるから、出来る限りの支援をしてやっている。俺の存在が不幸中の幸いになればと思っていてな」
「マックさんらしいねえ」
「ただまあ、あいつは出来る限り生活面では迷惑をかけたくないから、世話になったお金はいつか返すと言っていてな。俺としては気にしていないのだが。――こういうのを受け取らない方法は無いものだろうか」
「マックさんらしいねえ。――第三者として私が貰いましょうか?」
「お前に相談した俺が馬鹿だった」
真顔のレナに呆れ顔で溜め息をつくマクラーレン。そんな会話をしていると待ち合わせ場所だというロビーに到着。こちらを見て軽く手を振る女性が。彼女がシンディだろう。
「……あれ?」
と、そこでライトに不思議な感覚が過ぎる。
「済まなかったな、わざわざ出てきてくれて」
「大丈夫、事情が事情だから」
マクラーレンと会話する姿。その様子を見て、記憶の糸を手繰り寄せる。――何だろう。何処かで会った事がある気がする。でも何か違和感がある。何だこれ?
「初めましての方もいらっしゃいますね。――シンディといいます。叔父がお世話になっています」
笑顔で挨拶するシンディ。明るい笑顔が魅力的だった。まるであの日の笑顔――
「あ!」
そこで、ライトの記憶の中でその笑顔が一人の女性と重なった。
「アジサイさん! アジサイさんですよね!」
そのライトの発言は、その場を色々な意味で固まらせるのであった。




