第百七十二話 幕間~drive to the brand new world 前編
「はいこれ、必要書類。王女様も認めてるし認可は絶対下りるけど、一応提出しておく必要があるから、明日までに書いてきて」
ガラビア、古獅子族、古虎族の騒動収束、無事帰還した翌日、ライト騎士団団室にて。ライト騎士団に加入するにあたって、ネレイザが手続きを行う為にドライブに書類を渡していた。
「読み書きは出来る? 代筆が必要なら私書くけど」
ちなみにこれは馬鹿にしているのではなく、地方の生活環境によっては教育を受けていない場合がある為である。
「大丈夫だ、出来る。――今この場で書いていいのか?」
「ええ。書くのに難しい事案もないから、ここで待つわ」
テーブルに座り、書類にペンを走らせる。
「事務官」
「ネレイザでいいわ。肩書要らない。先輩後輩とかも私は気にしないから」
「わかった。――ネレイザは、勇者ライトの事が好きなのか?」
「ぶっ」
突然の質問に吹き出すネレイザ。――な、何で私の名前も覚えてないのにそんな事訊いてくるのよ!?
「な、な、な、何よ突然!」
「いや、帰りの道中の様子を見ていたらそんな気がしていただけだ。――これから加入するにあたって、知っておいた方が変な言動に出なくて済みそうだったんでな」
真顔でドライブが尋ねている。――こいつ本気で訊いてきてる! また変な人が入るのもう!
「そっ、そんなわけないでしょ、私はあくまで事務官としてマスターの事を尊敬しているだけで、別に好きとか嫌いとか!」
「成程、了解した。今後はそういう認識でいく。あれなら勇者ライトにもそれとなくそう伝えておく――」
「余計な事はすんなあああああ!」
「ま、待て、何故首を絞める……書類が……書けない……!」
ガチャッ。
「ネレイザ、今回の報告書に関して、少し伝えておきたい事があるのだけど――」
ネレイザに用事があってエカテリスが部屋に入ると、
「と、兎に角、私とマスターを見ても、余計な思想を抱かない様に! わかった!? 先輩命令よ! 年齢は私が下でも私が先輩だから!」
「さ……さっきは先輩とか気にしないと……」
「いいから! この件だけは絶対!」
ネレイザが焦りの様子でドライブの首を絞めていた。首を絞められながらもドライブは何とかペンを走らせようとしている。
「……ネレイザ、パワハラは良くありませんわよ」
「王女様!? 違うんです、セクハラなんですドライブさんの!」
「何処が……?」
「ようこそ! ここがボクの工房になります!」
じゃじゃーん、といった感じでサラフォンが魔具工具室を案内。――ライト騎士団団室で書類を(何とか)書き終えた後、廊下を移動中ドライブはサラフォンに遭遇。新しい仲間に自分の作品を見て貰いたいサラフォンの誘いに、ドライブが素直に乗った結果である。
「成程……魔具工具師が何故勇者の騎士団に、あの戦闘の様子からして工具師はおまけなのかと思ったが確かに良い腕をしている様だな。驚いた」
「わかりますか、ボクの作品!?」
「曲りなりにも古虎族の腕を近くで見てきたからな。ここまでの品は中々無かった」
素直に関心するドライブの反応が嬉しくてサラフォンはつい興奮して各品々の説明をする。ドライブも嫌いではなく感心して各作品について見ていく。
「でも……ボク、やっぱり色々自信が持てない所があって……皆や、ドライブさんみたいにもっとガッ、と凛々しく居たいんですけど、中々」
「俺も決して自信があるわけではない。寧ろ自信は無い」
「そうなんですか?」
「ああ。感情を表に出すのが苦手なだけだ。いつも大切な人の背中を見ては、自分に思う所を感じていた」
思い起こされる、もう会う事のない親友達。――今頃、どうしているだろうか。
「ハル……あっ、騎士団にも同行しているメイドさんで、ボクの幼馴染なんですけど……に、いつももっと自分の作品以外にも自信を持ちなさい、しっかりしなさいって言われるんですけど、どうしたらいいか」
「自信、か。……俺は良く、自分の悪い所を見つめ直していた」
「どういう事ですか?」
「自分の欠点を見つめて追い詰める事で、逆に自分の長所が光る。それが自信に繋がるんじゃないかと」
「な、成程、そういう考え方があるんですね! ちょっとやってみます!」
…………。
トントン、ガチャッ。
「サラ、お昼一緒にしようって言ってたのにどうしたの? また何か作るのに夢中になって――」
ハルが魔具工具室を訪ねると、そこには、
「背も小さい……スタイルも良くない……」
「人と話すのが下手だ……直ぐに人を傷付けてしまう」
「頭が良くないんです……勉強、苦手で……」
「絵が下手なんだ……音痴でもあるし、芸術面は絶望なんだ」
「ああ……ボク達、欠点だらけですね……」
「そうだな……挙げだしたらキリがない……」
何故か絶望の淵に立たされている様な表情のサラフォンとドライブが。――え、いや、待って、何これ。新しいパターン。
「もうボク達、生きてる価値もないのかも……」
「死んで償いをすれば……許して貰えるのか」
そしてそのまま二人は心中を――
「って待ちなさい待ちなさい待って! 何が起きたの落ち着いて! ストップ!」
――しようとしてハルに制止させられ、以後この「ネガティブ訓練法」は一切禁止になるのだった。
「……なあ、ライト」
「あ、いえ、俺としても無理を承知でのお願いなのはわかっているんです。でもやっぱり一度アルファスさんにお願いしたくて」
ドライブ、一通り城内でのイベント(?)を終了した日の午後。今度はハインハウルス城下町、武器鍛冶アルファスの店にて。
「ああ、別に俺をそういう方向で頼って来るのは構わねえんだ。俺の仕事だしな、武器作るのが。勿論知っての通り持ち手は選ばせて貰うが、その条件を呑んでくれるなら文句は無い」
「あの、でしたら何です?」
「いや、お前普通に野郎の仲間も見つけて入れるんだな、と。女か人外だけかと思ってたわ」
「アルファスさんまで俺にそういう事言うんですか!?」
アルファスは真顔だった。
「違うのよアルファスさん、ほらこの彼クール系じゃん? 彼に惹かれて集まった女の子を勇者君は厳選して懐に入れたいわけよ」
「お前……なんつーか、染まっちまったな」
「俺は決して釣り餌としてドライブを仲間にしたんじゃない!」
何に染まったのかは最早聞くまい。
というわけで、ライトがレナを護衛にドライブを連れてアルファスの店に専用の武器を作って貰いに頼みに来た所、アルファスの第一声がこれだったのである。
「悪い悪い、冗談だ。――で? そいつに武器を作って欲しいと?」
「はい」
ライトはそのままドライブを促すと、ドライブが一歩前に。
「話は伺っている。勇者ライトの師匠であり、この国随一の武器職人との事。――薙刀は作れるだろうか?」
「薙刀ぁ? また随分珍しいモン担いでたんだな。こいつの太刀より珍しいぞ」
促す先ではフロウが店番。――客はいないので普通にライト達の話を聴く形にはなっているが。
「ま、系統は似てるけどな。両方とも東国の由来品らしい。自慢じゃねえが武器だからな、俺なら作れる。……が、だ。説明は受けてるか? 実力テストをさせて貰う。俺が認めない限り作らない」
「わかった」
そのまま裏庭へ。二人共訓練用の武器を持ち、
「よし、どっからでもいいぞ。来い」
くいくい、と指で開始の合図をアルファスが出す。ふーっ、とドライブは一度息を吐くと、
「ふっ!」
ダッ、と速度を上げて移動、アルファスに向けて武器を振るう。――カン! という訓練用武器がぶつかり合う音が裏庭に響き始める。
「流石だな……」
ライトからしたら訓練、模擬戦とはいえ数段上の戦い。いつもアルファスに稽古を付けて貰っているからこそ余計にわかるその実力差に感心。……なのだが。
「……あー、これはこれは」
珍しく寝ないで(!)見ていたレナは微妙な表情を浮かべる。
「レナ? どうした?」
「んー、ドライブ君、不合格かも」
「え? 何でだ、あんなに凄いのにか?」
「アルファスさんが強さだけじゃ武器作ってくれないのは知ってるでしょ?」
「つまり……強さ以外の何かが、足りない」
「そゆこと。まあ私は偉そうな事言える程立派じゃないけどさ」
カァン!――レナとの会話が一区切りつくのとほぼ同時に、アルファスとドライブの間合いが一度開く。
「そこまで。――んー、いい腕してるだけに惜しいな。お前、何に怯えてる?」
「怯える……?」
「お前は何かを恐れて戦ってる。慎重になるのは悪い事じゃねえが、いざって時に躊躇する様な事案があるならこれから先々でそれはお前の足を引っ張るぞ。そんなんで俺の武器持っても宝の持ち腐れだ」
「…………」
ドライブが言葉に詰まる。――ドライブが怯えている事。ドライブの恐れる事。
「ドライブ、大丈夫だ、本気を出せ!」
直ぐに察したライトは、ドライブに向けて声援を送る。
「もう誰もお前の存在に怯えたりはしない! 寧ろ、俺はお前の本気の力が欲しくて誘ったんだ! 俺の仲間も、ここにいるアルファスさんもフロウも、お前の本気を認めてくれる人だ! お前が本気を出せる世界に、お前が本気を出しても受け入れられる世界に、俺が連れてってやる、安心しろ!」
ドライブは何処かで本気――彼にとっての本気は、両方の印を使う事、すなわちガラビアにおいて禁忌を犯す事である――を使う事がトラウマになっていた。抑えるのが当たり前になっていた。この力を使ってしまったらどうなるのか。それをいつでも考えていた。
そして言われて気付く。――彼は、新しい世界に導いてくれると言った。自分を全てさらけ出せる新しい道を見つけていいんだと言った。
(俺は……まだ、恐れてたのか……この力を使う事で、全てを失う事を)
でも、これからは、この力で、自分の新しい道を切り開き――新しい仲間を、守れる。
「……ふうっ!」
ボワッ!――それに気付いた時、ドライブは両手の甲に紋章を出していた。迸るオーラを纏う姿は先程とは別人の様で。
「ふぅん、ちゃんと覚悟持ってるじゃねえか。――いいだろ。お前の為に武器、作ってやる」
「……いいのか? 改めて模擬戦をしなくても」
「お前が強いのはさっきからわかってんだからその状態だったらますます強いだろ。後は気持ちの問題だったんだから、それが克服出来るんならもう模擬戦はいらねえよ」
「……宜しくお願いします」
合格を貰い、ドライブは力を再び抑え、アルファスに礼と感謝の言葉を告げた。