第百七十一話 演者勇者、立会人になる12
コツ、コツ、コツ。――廊下に響く足音。屋敷は人数も少ないせいか、余計にその音が響いている。
「あっ、おかえりなさいませッス!」
一つの部屋の前に立っていた竜人族の騎士がその足音に気付き、笑顔でそう挨拶する。
「ご苦労。特に問題はない様だな」
「はいッス! 虫一匹通してないッス! トイレも我慢したッス!」
その返事を聞くと、足音の主――黒騎士は、竜人族の騎士に包みを一つ手渡す。
「これは?」
「急な頼みだったからな。土産だ」
包みの中には中々に立派な肉の塊。
「いいんスか!?」
「お前は良くやってくれているからその褒美も兼ねてる。部屋に戻って食べろ。トイレも行けよ」
「ありがとうございますッス! 晩飯にしますッス!」
竜人族の騎士は嬉しそうに包みを抱え、その場を後に――
「ドゥルペ」
――した所で黒騎士に名前を呼ばれ、足を止める。
「お前は腕も立つ。普段こそあれだが、戦闘時の判断力も悪くない、優秀な戦力だ」
「お褒め頂き光栄ッス!」
「何故「こちら側」についた? 「あちら側」からも引く手数多だっただろう」
「理由ッスか? そうッスね……」
うーん、と数秒ドゥルペは考えたが、
「多分、あっちより、イルラナス様と黒騎士様の方が格好良かったからッス!」
「……それだけか?」
「はい! こう、なんつーか、ビビッと来る物があったんスよ! 魔族だって格好良い方がいいッス!」
そう、あっけらかんと言い切った。
「そうか。――お前は馬鹿だな」
「はい、重々自覚してますッス! でも馬鹿も悪くないッスよ! 頭使うだけでトイレ我慢出来るッス!」
「そうか。――行っていいぞ。トイレ行けよ」
「はいッス!」
ペコリ、と軽く頭を下げると、今度こそドゥルペはこの場を後にする。
「本当、馬鹿だなお前は。――私と、一緒だ」
そう呟くと、黒騎士は先程までドゥルペが守っていた扉を開き、中に入るのだった。
「厄災を……封印した……!?」
騒動を落ち着かせ、二手に分かれて両民族に報告。こちら古獅子族の方には、ライト、レナ、ネレイザ、ソフィ、ニロフの五人が来ていた。
「はい。この地に古くから根付く存在なので消滅こそさせられませんでしたが、かなりの力を抑えての封印という形は取れました。今後は多少の事では揺るがないでしょう。これでこの地も、両民族の関係も改善していけると思います」
「そうか……流石勇者様だ……古獅子族を代表して、心より感謝する」
その言葉と共に、イリガが頭を下げる。横に居たナターシャも同じく。――そして。
「あの……ドライブは、ドライブはどうなりました?」
直ぐに頭を上げて、ナターシャが懇願する目でそう尋ねて来る。
「……彼の力が、厄災に関わっていたのは事実でした」
「!」
「でも逆に彼以外に、この地で決定打が打てる人間はいませんでした。両方の血を受け継ぐ彼だからこそ、出来たんです。我々だけでは、到底封印など出来ませんでした」
「ドライブさん……!」
ズバァァァン!――厄災とドライブの攻撃が真正面からぶつかり弾け飛び、激しいフラッシュにライトは目を奪われる。何が起きているのか確認出来ない。
「彼の意思を……無駄には、致しませぬぞ!」
だがその攻撃衝突は、確実に厄災の動きを止めた。ライトは視界を奪われたままで確認出来ないままだが、直後ニロフが大きく魔法陣を展開。「吹き飛ばす」為の魔法を展開し始める。
「姫様、お掴まり下さい! 転移術を使います!」
「わかりましたわ!」
既に小型を片付けていた面々、リバールが忍術でエカテリスと共に厄災を追いかける為の移動に入り、
「ハル! ボク達も飛ぶよ! とっておきがあるから!」
「方向は!? 大丈夫なの!?」
「大丈夫かな!?」
「私が訊いてるの! っ、先輩に、先輩に追尾出来るようにセット出来る!?」
「そうか、それなら出来るよ、任せて!」
サラフォンの魔道具で転移、それに便乗するハルも移動に入り、
「ニロフ! アタシごと飛ばせ! アタシの事は気にすんな、寧ろそれでついて行く!」
「了解致しました、気張って下され!」
ギリギリまで斧を振るい、厄災事移動する覚悟を決めるソフィとニロフ。
「マスター、掴まって! 転移魔法使うから!」
「あれ? ネレイザちゃん、私は?」
「っ、連れていくわよ! 掴まってなさいよ! ってマスターに掴まらないで私に掴まるの!」
ネレイザの転移魔法で移動するネレイザ、レナ、そしてライト。
「レナ! ドライブさんは……」
「わかってる、全員ぶっ飛んだ後で確認しに突っ込むから。……でも、覚悟はしてね」
覚悟。この場合の覚悟。――痛い程、意味がわかる。
「レナさん! もっと言い方が――」
「いや、いいんだ。寧ろ言ってくれた方がいい。――覚悟、決める。行こう!」
こうして、全員がガラビアから離れた地に移動、改めての討伐となる。
結果、ライトの目論見は成功した。厄災はガラビアを離れればライト騎士団の攻撃もダメージとなった。総攻撃での討伐を開始。そして……
「彼は、あのボロボロの体で、自分の全てを賭けて、俺達の助けも拒み、自分で全て背負って――自らと共に、全てを終わらせました」
ライトはネレイザを促すと、ネレイザがドライブの愛用の薙刀――見る影もない位粉々に砕け壊れた薙刀の欠片を、イリガとナターシャに差し出した。
ガラクタと化した薙刀「だけ」を差し出す意味。ライトの言葉の意味。――重ね合わせて、導かれる結論。
「あ……ああ……ああっ……!」
直後ナターシャは、泣き崩れた。持っていたはずの覚悟も、望んでいた希望も打ち砕かれ、ただ涙に崩れた。
「そうか。……これで、全て終わったんだな。禁忌は守られ、厄災は封印された。……これで、良かったんだ」
「……あぁ?」
一方のイリガはただ淡々と、落ち着いた様子でそう言い切った。そこに感情は感じられず、喪失感も感じられず。――狂人化していたソフィがいち早くその様子に反応する。
「テメエ、他に何か言う事ねえのか? あいつは――」
「禁忌を破り、厄災を招いた責任を感じ、戦って散った。あいつなりのケジメなのだろう? 終わったのなら、それでいい。被害が出なかったのだから、俺から言う事は無い」
泣き崩れるナターシャとは対照的に、何処までも事務的な言葉を並べるイリガ。――ちょっと待て、この人とナターシャさんとドライブさんは、三人で一緒に今まで――
「――テメエェェェ!」
バキッ!――三人で一緒に今まで頑張ってきた仲なのにどうして、とライトが考えるより先に、ソフィが動いていた。渾身のストレートをイリガの顔面に。当然イリガは吹き飛び転がる。
「あいつはなぁ、ずっと苦しんでたんだぞ!? 望んであいつがあんな状況に立ってたとでも思ってんのか!? テメエらが大切だから、大切なテメエらの為に、あいつは命を賭けて戦ったんだ! 禁忌だ厄災だ!? んなもん、そもそもアタシらに頼る前にテメエらでどうにかしようとか考えなかったのか!? 逃げるんじゃなく、立ち向かう事をしなかったのか!? だからあいつは一人で立ち向かったんだ! それなのに、テメエは……っ!」
怒りのままそう叫びながら、更にイリガの服を掴み持ち上げ、二発目を――パシン!
「その辺にしときなって」
「レナ!」
迷わず繰り出したソフィの二発目のパンチを止めたのはレナだった。
「何で止めんだよ! お前はこいつがムカつかないのか!?」
「だから一発目は手出さなかったじゃん。――もうこれ以上は二発も三発も意味ないでしょ」
「……っ!」
ソフィがそのままイリガを離す。イリガは力なく、その場に膝をつく。ギン、とイリガを睨みつけると、一足先にソフィは部屋を後にする。
「……俺達からは以上です。後いくつか事後処理を行った後、帰還します」
ライトのその言葉を封切りに、ニロフ、レナ、ネレイザも部屋を後に。――最後になったライトは部屋を後にしようとして、もう一度振り返る。
「族長って、大変そうですね」
「……は?」
そして、イリガに最後の言葉を投げかけ始めた。
「大勢の人達を守らなくちゃいけないんですものね。時に大きな決断を迫られ、悩んで最善を尽くさなくちゃいけない。――先程のドライブさんへの態度は、そうする事で民族の皆を守る事が出来る。彼一人が、消えた彼一人が全てを背負う事で民族が平和になる。彼への想いを全て捨てるのが最善。そう、考えたんじゃないですか?」
「…………」
イリガは答えない。否定もしない。
「格好悪いですよ」
「な、に?」
だから、ライトは追い打ちをかける。
「自分が大切に想っていた人一人の名誉を守れなくて、これから先全てを守っていけるんですか? 厄災さえなければ後は何もないんですか? そんなわけないでしょう。――俺なら足掻きます。周りから非難を浴びても、周りがわかってくれるまで、足掻きますよ。後悔なんてしたくないですから。それが、リーダーのあるべき姿なんじゃないかと、俺は思います」
そう言い切ると、イリガの表情を確認する事無く、ライトも部屋を後にする。――訪れる、静けさ。
「……ドライブ……」
イリガが呟く様に名前を呼んだ。――返ってこない返事を待つ様に、ただ茫然と、そこから動けないままで。
見上げる空は青く、遠い。――大の字になってそこに寝転んで空を見ていると、それがまるで永遠の時の様な感覚になる。そう、まるで自分が死んでしまったかの様な。
でもそれはあくまで「例え」。何故なら、
「お待たせしました、ドライブさん」
結局死ねなかったのだから。――その声に体を起こすと、そこにはライト騎士団の面々。
「傷はどうです? 勿論完治してるわけないですけど、でも良くなりつつは」
「誰が助けてくれと言った。誰が治療してくれと言った。……どうして俺を助けた?」
「貴方が死ぬ必要が無かったから、ですかね」
最後、全ての力をかけて決死の特攻を見せたドライブ。厄災もそのドライブの攻撃に集中する余り、ライト騎士団の行動にまで気を配れなかった。そもそも気を配る必要も無かった。何せ、ライト騎士団の攻撃はダメージにならないのだから。
だからライトの発案した作戦通り、全力で吹き飛ばした。ガラビアの敷地外まで、全力で吹き飛ばした。直後、瀕死のドライブを救出、改めての戦闘開始。
思念、怨念、根付いている物がガラビアにあるのか完全なる撃破までは辿り着けなかったが、かなりの痛手を与え、封印する事に成功。そしてドライブを助け、両民族と話が終わるまでここで待っていて貰ったのだ。――ちなみに逃げない様にハルが治癒を兼ねて監視していた。
「死ぬ必要が無い、か。確かに死ぬ必要は無いが……生きる理由ももう無い。――イリガは、俺を見放しただろう?」
見抜いていたのか。――ライトは驚きの様な、ショックを与えないで済む安堵の様な、複雑な感情が過ぎる。
「……ええ。内心はわかりませんが」
誤魔化しても仕方がない。ライトは正直に認めた。
「それでいい。情に負け俺を迎え入れても何の為にもならない。そもそも厄災が完全に消えたわけじゃない。その地に、禁忌を犯した存在の俺が戻るわけにはいかない」
それはライトとは違う答えだった。背負った本人だからだろうか。現実をただ見ているのだろうか。……彼を、友を信じるからこその答えなのだろうか。
「だから、俺にはもう生きる理由はない。目的もなく生きて、何になる」
「なら、見つければいい」
でも、そこでとりあえずの話は終わり。ここからは、これから先の話だ。――ライトとドライブの目が合う。力強いライトの目に、「この先」など無いと信じて疑わないドライブは驚く。
「たった一回生きる目的失くした位で、諦めるなんて弱過ぎる。また一から探せばいい、歩き始めればいい。もう「古獅子族のドライブ」を演じる必要もない、全力で生きていけるんだ。本当の自分で、生きていけばいい」
「綺麗事だな。そう、まるで何かを演じている様な台詞だ、勇者様」
ドライブとしてはそこまで深く考えないで放った言葉だった。――でも、それは。
「なら、俺が何かを演じている人間だったら、理解してくれるか?」
「? それはどういう――」
「俺、勇者じゃない。本物の勇者じゃ、ないんだ。本物が見つかるまでの、繋ぎだ」
「は……?」
その言葉に、レナが「あーあ、また言っちゃったよ」とでも言わんばかりの顔。――わかってる、そんな無闇にばらしていい話じゃない事位。でも、彼なら。
「この世界の為に、最後に偽者だってバレたとしても、覚悟の上だよ。仲間達に恵まれて助けられてはいるけど」
ハッとして周囲を見れば、ライトの言葉を否定する人間はいない。なのに、全員ライトを信頼している。ドライブの目にはそう映った。……本当、なのか。それに、
「……背負って、生きてるのか」
というのが、わかってしまった瞬間であった。
「自分で選んだ道だよ。選択肢はあったけど、俺が自分でやるって決めたんだ。だから、ドライブの気持ちも少しはわかるつもりだ。心苦しい時だって何度もある。でも、逃げないって決めてる」
「……そうか」
ドライブは再び大の字になって寝転び、空を見上げた。――見上げる空は青く、遠い。何処までも、遠い。
「……すまない。俺は、お前達程強くはない。言いたいことはわかる。でももう一人で、何かを見つける自信はない。……もう、いいんだ」
でも、もう立ち上がれない。今日の為に生きて来た。その為に死にに行った。そして生かされても、もう――
「なら俺達と一緒に来い」
だがその煮え切らないドライブの意思をこじ開ける様に、ライトが力強く呼びかける。
「お前が次の新しい道を見つけるまで、俺達と一緒に居ればいい! 一人で何も出来ないなら、俺達が一緒に居てやる! 人は強くない、弱くなる気持ちもわかる、だからお前がちゃんと前を向ける時まで、俺達が一緒に居てやる!」
演じる辛さも知ってる。目的が消えた辛さも、一人の辛さも知ってる。そして――再び、一人じゃなくなった時の暖かさも、知ってる。だから――助けてやる。傍にいてやるよ。お前の人生、ここからもあるって、証明してみせるさ。
俺が出来るんだから、出来ないわけがない。――そうだろ、俺。
「ガラビアから外に出た事がない、田舎者だぞ」
「俺だってハインハウルス城下町に最初驚きっぱなしだったよ」
逃げ道を探すように、ドライブはライトに反論をする。
「武器は壊れた」
「俺の師匠がハインハウルス一の武器職人だ、お願いして作って貰う」
だがその逃げ道全てに、ライトは立ち塞がる。
「犬が飼いたいとか言い出すかもしれん」
「それは……よ、要相談だ!」
誰と相談なのだろうか。――は兎も角。
「全部ひっくるめて――面倒な人間だぞ」
「安心しろ、俺達は一筋縄ではいかない人間の集まりだから」
「そうか」
そこでムクリ、とドライブが起き上がり、ライトの前に。
「そこまで言うなら見せてくれ。お前の生き様を。俺に、新しい道が見つかる様な生き様を」
再び目が合う。――ドライブの目に、力が宿り始めていた。何処かライトを試すようなその目に言葉に、
「望む所だ」
ライトも逃げずにそう答える。こうして、ライト騎士団に、新たな仲間――ドライブが加わるのであった。