第百七十話 演者勇者、立会人になる11
「オラァァァ!」
「おおぉぉぉ!」
ズバズバ、ズバッ!――ソフィの援護を受け、ドライブは真正面から大型と渡り合う。彼の両手は一層光り輝き、全身がオーラで包まれている。
「……レナ!」
「うん?」
「どうして、どうしてあんなに儚いんだ……!?」
でも、その姿を見れば見る程、ライトに過ぎる想い。矛盾した表現だが、ハッキリと感じる抽象的な儚さ。
「このままじゃ駄目だ、絶対に駄目だ! このままじゃドライブさん……!」
その光りは、まるで命の最後の灯にしか見えなかった。怪我をしているからとかそんなレベルじゃない。その力強いはずの光りが、ライトの目には儚くしか映らない。――本当に、このままじゃ「最後の」戦いになる……!?
「落ち着いて勇者君、皆居るから。私の感想は言ったけど、でも私達が負けるとは――」
「俺の護衛が甘くなってもいい、レナも積極的に戦ってくれ!」
「あのねえ、気持ちはわかるけど」
「頼む! これで終わりなんて絶対駄目だ! 彼を助けないと、この先ずっと本当に禁忌に縛られる事になる!」
ライトの必死の想い。もしもこのままドライブが大型に破れ、散るだけの結果しか残らないのなら、その事実はやはり両民族にいつまでも根付き、不和を改善する事など到底出来ないだろう。
ライトとてわかっている、レナが自分を守る為にいるのだと。ドライブが犠牲になっても優秀な自分の仲間達なら状況を打破できる可能性が高いと。でもそれでは駄目だ。――何の為に、俺達は来てるんだ!
「……はぁ」
レナは溜め息。――まったく、これだから。……ま、でも。
「じゃあ、一緒に行こうか。君を守りながらあの二人を援護する。それでいい?」
「レナ……ありがとう、すまない」
「まったくだよ。帰ったら何か美味しい物奢って貰おうかな」
それが君らしいし、その君らしさが「嫌じゃない」って感じる私がいるんだよ。……ホント、困ったもんだよ。
ライトを守る為に距離を置いていたレナはライトを引き連れ、そのまま中央へ。――勿論仲間が全力で戦闘中。ソフィは言わずもがな、ソフィ以外は後から出現していた人並みサイズのモンスターと交戦中。これも決して弱くはないのに数がおり、時間をかけさせられていた。
「レナさん!? アンタはマスターを守るのが仕事でしょ、何してんの!? マスターに何かあったらどうするのよ!」
「少なくともネレイザちゃんに会いにではないかな、っと!」
そんな軽口を叩きながらもレナが宙を舞う。大型とドライブが真正面からぶつかり合う中、大型に横から奇襲斬撃。――ズバッ!
「レナか!」
「悪いねソフィ、参戦するよ。勇者君の頼みだから呑んでね。――あんた援護なんて戦い、出来るんだね?」
「安心しろ、駄目になりそうな時点でアタシがぶっ潰す!」
「おー、それは安心だわ。いつも通りで何より」
こちらでも軽口を叩きつつ、ソフィとは左右で分かれる形でフォーメーション。ソフィもレナと、レナに依頼したライトの意思を汲み改めての動きとなる。
「お前もか! どいつもこいつも手は出さなくていい、余計な事をするならこいつは俺一人で戦う!」
勿論その様子はドライブの視界にも入る。ドライブからしたら、これ以上の参戦は本当に自分の意思に反していた。――自分が倒さなければ意味がない。
「んなこと言ったって頼まれたんだからしょうがないの!……んん?」
そんなドライブに反論しつつ斬撃を与え、反撃を回避してライトの所へ着地するレナは何故か疑問顔。
「レナ、どうした?」
「折角切ったのに傷が回復する。自己治癒力にしては異常だよ」
ハッとして見れば、つい今し方レナが斬撃を与えた場所が、もう塞がっている。――そんな馬鹿な。
「んー……ニロフ! 来れる?」
「バッキー君、クッキー君を頼みましたぞ」
「イエッサー!」
レナに呼ばれ、カスタム化されたクッキー君のフォローをバッキー君に頼むという謎の光景を残しニロフが二人の所へ。
「私が与えたダメージが消える。もう一回やるから、探り入れて欲しい」
「承知。ライト殿の護衛もお任せあれ」
「助かる。――よっ!」
再びレナが宙を舞う。見事に先程とほぼ同じ位置に斬撃を入れると、
「儚く何処までも凍れ」
バリバリバリッ!――こちらも見事、ピンポイントでその傷口をニロフが魔法で凍らせ、塞がらない様にする。……しかし。
「嘘だろ……凍ってる中で、傷口が塞がってるぞ……!?」
氷で固められた状態で、その傷は確実に塞がっていく。更に塞がった直後、氷も砕け散る。
「……成程。まさかとは思いましたが、本当に厄災なのかもしれませぬ」
「どういうことだ?」
「この地に古くから根付く存在で、外部に被害をもたらす事はありませんが、禁忌と引き換えにこの地限定で圧倒的な力を持つ。つまり外部から外野が来ようと内部で自分に反意を翻す者が現れようと、この地において奴は負けることは無い。この地において、神に近しい存在なのでしょう。本当に厄災かどうか確かめる術もそもそも今確認している余裕も無いのですが」
「普通に戦っても意味が無いって事か……!」
どれだけライト騎士団が強くても、不死身なら勝てない。ジリ貧だ。――ドガガガガッ!
「ガアァァァァ!」
「っ……!」
その短い考察の最中も、ドライブが大型と激しい攻防を繰り広げている。――って、
「ドライブさんの攻撃は、効いてる……!?」
ハッとして見れば、先程のレナの攻撃とは違い、ドライブが与えた傷は簡単に塞がる様子は無い。
「成程。古獅子族の力、古虎族の力、又はその両方。この地に関連しなければならないという事でしょうか。――何にせよ、彼無しでの撃破は不可能か」
「それって……!」
ドライブでないと倒せない。でも、逆に考えればドライブならば倒せるのだ。――突破口は、あった。
だがそのドライブは苦戦。当然だろう、先日の傷もほとんど回復などしていない。それでいてその状況下で、ドライブはあの大型と相打ち、お互いここで散ることを狙っている。
確かにそれが今狙える最善の結果だろう。厄災と、禁忌を犯した存在、両方の消滅。――でも。
(それだけの覚悟がある人を……それだけこの地を仲間を大切に想う人を……見捨てるなんて出来るか……!)
ドライブが何をしたと言うのか。ドライブが不幸にならなければならない理由なんてない。彼はただ、愛し合った両親から産まれ、家族を仲間を愛し戦っているだけ。
そんな人が、一人で犠牲になっていい理由なんて、何処にも――ペシン。
「痛っ」
ハッとして見れば、レナが両手でライトの両頬を軽く叩いた。
「まったく、自分の事みたいにそんな必死な形相しないの」
「レナ、でも俺は彼を」
「助けたいのはわかったって。――何か案、思い付ける?」
「……え?」
「一回だけだよ。一回だけ、全力で試してあげる。――そうでもしないとどうせ納得しないでしょ」
呆れ顔のレナの手は暖かく、ライトに勇気を与えてくれる。そしてその勇気が気持ちを落ち着かせ、一つの作戦を思いつく。――頷いて、レナの手をポンポン、と触れると、一瞬優しい笑みを残してレナが手を離す。
「皆、聴いてくれ! 試したい作戦がある!」
思い付いた作戦をライトは勇者グッツの中から「勇者の緊急会談」――多少離れたり音が激しく周囲の声が聞き取り辛い状況でも、指定されたメンバー同士で一定時間会話が出来るアイテム――を使って戦闘中のメンバーにも声が届く様にする。
「あいつを、厄災を引き剥がそう! 戦闘場所を変える!」
そして、その発案をする。
「この地から、引き剥がす……!? ライト、どういう事ですの!?」
「この場所だとドライブさん以外の攻撃ではダメージが与えられない、このままじゃドライブさんは勿論、俺達も持たない。でもこの場所で俺達がダメージを与えられないなら、この場所以外に一回吹き飛ばしてそこで倒せばいいだけじゃないか?」
ライトの案はこれであった。厄災はあくまでこの地にいるから厄災であって、この地から引き剥がせばただの大型モンスターであり、ただの大型モンスターならばライト騎士団総出なら倒せる。
「確かに、シンプルで盲点ではありましたな……」
「いや言いたいことはわかるけど実際どうやんのよ。ちょっと場所移しませんかとか説得出来る相手じゃないじゃん」
「それは……そう、だけど」
だが発案しておいて、だが当然ライトとてわかってはいた。そんな簡単に出来る話じゃないと。しかもこれも自分で言っているがこの地においてライト騎士団ではあの大型にダメージを与えられない。更に更にいつもの事だが自分は戦力外。悔しさと恥ずかしさが込み上げて――
「やろう、やろうよ! ボク達なら出来るよ!」
――謝罪、撤回しようとした所でそう声を上げたのはサラフォン。
「そうやって、無茶を通り越してボク達は助けて助け合って来たんだよ! やりもしないで駄目なんて、違うよ!」
ドガガガガ!――必死に銃弾を撒き散らしながらサラフォンは叫ぶ。
「ですわね! 私達は勇者様の騎士団ですもの、その位やってみせないと!」
「私の意思は姫様と共に、皆様と共に」
「ここまで来たなら何もかもぶっ飛ばさねえとなぁ!」
「マスターがやるって言うんだもの、出来ないなんてさせない!」
「微力ながらこのハル、全力を尽くします」
そして次々と挙がる同意の声。
「ニロフ、あれだけの奴を吹き飛ばすってことは、そういう特殊な魔法が必要だ。何も出来ない俺が頼むのも筋違いだけど、でもニロフにかかってる。出来るか……?」
「フフフ、馬鹿にして貰っては困りますなあ。――このニロフ、世界一を目指す魔法使いです。やってみせましょう、お任せあれ」
そしてライトの依頼にニロフが同意の声。
「……はぁ。何で皆そんな熱いのよ」
最後の一人――レナは、溜め息から入る。
「レナ――」
「やるよ。どうせやらなかったら別の案でああだこうだなんだから。約束だしね。――やってあげるよ」
口ではそう言いつつ、レナは少しだけ穏やかに笑ってみせた。――集まる全員の同意。生まれる覚悟。
「ガオォォォォ!」
「が……はっ……!」
「!」
ドガガガガ、ズサッ。――そして、ドライブはその時既に限界ギリギリだった。元々の傷というハンデは大きく、そもそも圧倒的強者である厄災を相手に、傷は開き、膝をつき、満身創痍。瀕死であった。
「ドライブさん、下がって下さい、貴方はもう限界だ! 俺達に作戦がある、後は俺達が!」
「……その後に……何が残る……」
「え……?」
それでもドライブは立ち上がり、身構える。
「もう、俺には何も無い……奴を倒して……それで……終わりだ……!」
「――っ!」
そして察する。思えば言葉の端々から感じ取れた。――ドライブは、死に場所を探していたのだと。彼にとって、厄災は自分自身なのだと。勝っても負けても、この戦いで死ぬのだと。
ボワッ。――光るドライブの両手。それは彼の最後の光。命の灯。
「はあああああああ!」
「ドライブさん――!」
ドライブは地を蹴る。全てを賭けた最後の突貫。そして彼は――全てを、散らした。




