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第百六十九話 演者勇者、立会人になる10

 俺が捨てられた子だと知ったのは、まだ子供の頃。


「見ろよ、あいつ親に捨てられたらしいぞ、だから族長の家で奴隷として働いてるんだ」

「おい捨てられ奴隷、また捨てられたくなかったら家の掃除もしに来いよ!」

「……っ」


 そこまで広い街でも集落でもない、噂など広がれば一瞬だ。族長とその側近――イリガの親とナターシャの親が面倒を見てくれている、というのが嫉妬に繋がったのも今思えばあったのだろう。

 後から聞いた話では、俺を直接拾ったのはイリガの親だったらしい。今思えば何か思う所があったのか、監視する為だったのかはわからない。


「ふざけるな、何が奴隷だ! ドライブは俺達古獅子族の仲間だ、俺の友だ! これ以上の侮辱は許さんぞ!」

「ドライブ、気にしなくていいわ。私達がいるから。いつでも一緒にいるから」

「イリガ……ナターシャ……」


 でも、俺は辛くなかった。イリガがいた。ナターシャがいた。古獅子族として、彼らを支えていけたら。ずっとそう思っていた。


「!?……どうして……だ……どうして、俺の手に……虎の紋章が……」

「見てくれドライブ! 俺はちゃんと紋章が出たぞ! お前も――おい、どうした? 顔色が悪いぞ?」

「あ……ああ、何でもない。紋章を出すのに必死で、疲れたんだ」

「努力家のお前らしいな。でもちゃんと出たんだろう?」

「ああ……一応、弱いけど……」

『……前は……この地に眠……禁……破り……存在……』

「!?」

「? ドライブ、どうした?」

「今、何か聞こえ……いや、何でもない」


 でも、その影は徐々に、確実に忍び寄って来ていた。振り払えない悪夢が、近付いて来ていた。


「結婚おめでとう、イリガ、ナターシャ」

「ありがとう、ドライブ」

「改めてそうやって言われると、照れるわね」

「二人がこうして幸せになってくれて、本当に嬉しい。俺は――お前達がいなかったら、こうして前を向いて歩いていなかった。本当に、ありがとう」

「何を言ってるんだ、これからも俺達は一緒だ。三人で、古獅子族を守ろう」

「ええ。誇り高き古獅子族の誓いを、この胸に」

「…………」


 俺は、古獅子族であって、古獅子族ではない存在。――この地に眠りし厄災を呼び起こす存在。どれだけ力を隠しても、その兆候は徐々に表れ始める。


「……なあ、イリガ」

「どうした?」

「族長になったな? 族長としてのお前に尋ねたい。もしも今、古獅子族で禁忌を犯す者がいたらどうするつもりだ?」

「いかなる事情があろうとも、そんな者を見逃すわけにはいかない。族長として、厳しい処分を下す。それが我々の為だ」

「……そう、か」

「安心しろ。情に流されて仲間を窮地に追い込む真似などするものか」

「…………」

『……お前は……この地に眠りし……禁忌を破りし……存在……その力を……用いて……』

「? ドライブ、どうした?」

「いや。……期待通りの答えが聞けて、安心した」


 無かった事にしたかった。大切な仲間と、いつまでも古獅子族として生きていきたかった。もしかしたら、と思う事も何度もあった。でも。


「族長! また古虎族の奴らが! あいつら族長が若いからって舐めてます!」

「クソッ、馬鹿にしてくれる……! 古獅子族の誇りを、奴らに踏み滲ませるわけにはいかない……!」

「……イリガ」

「ドライブ、協力してくれ。お前が来てくれたら百人力だ」


 違う、違うんだ。俺のせいなんだ。――俺が、居るからなんだ。

 でももう終わる。終わる方法を、決意をやっと見つけられた。 

 だから安心してくれ、俺の古獅子族としての「最後の」決意を戦いを、命を賭けて――



「ドライブ……お前、一体それは……!?」

 現状の危機を忘れ、イリガはドライブの状態から目が離せない。右手甲に獅子の紋章、そして左手甲に虎の紋章が同時に表れている。

 普通で考えたら有り得ない現象である。ドライブは古獅子族。当然獅子の紋章しか出せないはず。それなのに彼は虎の紋章を出した。しかも獅子の紋章と同時に。

「俺は恐らく、二十四年前に追放された古獅子族と古虎族の夫婦の息子だ」

「何を……何を言ってるんだ、ドライブ! そんなわけがあるか! お前は古獅子族だ、誇り高き古獅子族だ、俺達の――」

「辻褄が合うんだ。年数的にもそうだし、何よりこうして自由に両手に紋章が出せる。――今に始まった事じゃない。お前とナターシャと三人で、初めて紋章の出し方を教わって出した日の事を覚えているか?」

「当たり前だ。俺達三人、俺の親父の前で紋章を出してみせた。俺の親父もナターシャの親父も、俺とナターシャが紋章を出せたのと同じ位、お前が紋章を出せたのを喜んで祝ってくれた」

「ああ。あの日本当は、もう俺は両手に紋章を出せてたんだ」

「な……っ」

 驚きを隠せないイリガに対し、ドライブは落ち着いた表情のまま。

「怖かった。幼いながらも両民族がどういう物か位把握していたからな。本当の親の様に優しくしてくれる人が、本当の兄弟の様に過ごして来た友が、俺を見捨てるのが怖かった。だから、俺は出来る限り力を抑えた」

「まさか……お前の紋章の光が、いつも弱かったのは……!」

「その位にしておかないと虎の紋章が浮かび上がるからだ。ずっと抑えてただけだ」

 事実、ドライブの紋章の光は、鉱山でエカテリス達が見た時よりも断然強く輝いていた。

「信じたくなかった。本当は禁忌などないと思いたかった。でも、古虎族との間柄は徐々に確実に悪くなっていった。問題が徐々に大きくなっていった。仲が悪かったからじゃない。禁忌を犯している存在が――俺がずっと、居たからだ」

 不意にドライブが寂しそうに笑う。まるでそのままドライブごと消えてしまいそうな笑顔だった。でも反比例する様に、彼の紋章は輝きを増していく。

「ずっと演じていたんだ。古獅子族の血は弱くとも、努力で強くなった戦士を。古獅子族の誇りを持ち、戦う戦士を。お前達を守る為に立ち続けていた事を。――本当は、俺が全て悪かったんだ」

「お前は……お前は……何故だっ! どうして言ってくれなかったんだ! 言ってくれていたら――」

「許す事が出来たのか? 出来ないだろう? してはいけないんだろう?」

「っ……」

 言葉に詰まる。何を言えばいいのか。今何を言うべきなのか。それがもう、イリガの中ではわからない。

「安心してくれ、それも今日で終わりだ。俺の命を賭けて、あの厄災を滅ぼす。俺の命と引き換えに、厄災を封印する。それで、本当に平和が来る。騙していたせめてもの償いだ。――ナターシャ」

「ドライブ……私は、私は……!」

「イリガと、幸せにな。出来ればもう少し、お前達の傍で見守っていたかった。――ありがとう」

「待ってドライブ! 私達は――」

「族長、奥方、危険です! こちらへ!」

「! ドライブ、待て、ドライブ……!」

 五、六人の体格の良い男達に半ば強引にイリガとナターシャは後退させられていく。――ドライブはもう振り返らない。

「ガオォォォォ!」

 パリィン!――直後、モンスターがニロフが魔法で作り上げた鎖を引きちぎる。

「レナ、教えてくれ。あれは「やばい」のか?」

「んー、勇者君も何となく察してるよね? 急いで作ったとはいえ、ニロフの魔法を強引に打ち破る。そう簡単に出来る事じゃない。――声出しは自由だけど、私の傍から離れないでね」

「……わかった」

 あれが厄災なのか、禁忌を守る者なのか、詳細はわからない。それでもその圧倒的存在感が、レナの冷静な意見が、仮説を確信へと変える。――あのモンスターは、危険。今ここで自分達で処理しなければ、それこそ両民族に計り知れない被害をもたらすだろう。

「勇者様、そして仲間の騎士団。――巻き込んでしまってすまない。あれは俺が封印する。だが流石に俺一人で「外野」までは抑えきれない。そこのフォローだけお願い出来ないだろうか」

「ゴォォォォ……」

 モンスターが片手を上空にかざすと、周囲無差別に同じ姿だが身長だけ同じサイズの小型化されたモンスターが無数に出現し、あれを全員で抑えて済む話では無くなってしまう。当然一体でも放っておいたら集落に被害が出る。それがわかったドライブだから、ライト達に周囲だけを頼んだ。

「駄目だ、貴方の傷で何が出来る! ここは俺達に任せて、貴方はイリガさん達と一緒に――」

「一緒に行って騙していた事に関しての断罪を受けろ、と?」

「それは――そうじゃなくて……!」

 イリガとナターシャがそんな事をする様には見えないが、それでも断言出来る程彼らの内面を知っているわけではないライトは返事を言い淀んでしまう。

「俺は助かりたくて戦うんじゃない。全てを終わらせたくて戦うんだ。命の保証など、いらない」

「……っ」

 これ以上は言っても止まらない。その覚悟を感じ取ってしまった。――パシン。

「……?」

「飲んで下さい」

 ライトはドライブにお馴染みとなりつつある痛み止めを投げ渡す。――本気を出してどうなるかは知らないが、だからと言って傷が塞がるとは思えない。説得の方法ももう思いつかなかったので、せめてとライトはそれを投げた。

「貴方一人で戦わせはしません。貴方の望む終わりが何だかは知りませんが、俺は、俺達は俺達の望む終わり――ハッピーエンドを目指します。怪我人の貴方に休んでいて欲しい位ですが、でもそれは貴方のプライドが許さないでしょう? だったら戦力を投入して、貴方と一緒にあれを倒すまで」

「俺のフォローは要らない。だがその心遣い、感謝する」

 渡された物が痛み止めだとわかったのだろう、ドライブはお礼を言い、薬を飲み干す。ゆっくりと、まるで周囲に何も起きていないが如く、真っ直ぐにその大型モンスターの前へ向かって行く。

「悔いは無い。この命、あいつらの為に使えるのなら」

 ボワッ!――やがて目前へと辿り着くとドライブは確かめるようにそう呟き、両手がより一層光る。ゆっくりと背中の薙刀を取り出し、身構える。

「俺のせいでお前は怒っているんだろう? なら、俺と一緒に眠ろう。静かに、眠ろう」

 ズサッ!――そして再び確かめるようにドライブはそう呟くと、大型モンスターへと突貫。薙刀を振り抜いていく。その勢い、怪我人の姿では無かった。ライトの目からしても、仲間達と同等か、もしかしてそれ以上か。

「っらああああああ!」

 ズバッ!――そして大型モンスターとドライブの戦いにいち早く乱入する人影。

「格好つけてんじゃねえぞ! テメエの戦士としての覚悟は買った、でもテメエが死んだら意味ねえだろうが!」

「お前は……!」

「生き残れ! 生き残って見返してやれ! 大切に想ってるなら尚更だ! 助けて貰ったお礼だ!? んなの、テメエが生き残らなきゃ意味ねえんだよ!」

「っ……!」

 ソフィである。ドライブの意思を汲み、ドライブの勝利の為に、戦士として加担する。

「意地を見せろ! アタシもお前も、そう「何度も」負けてばかりじゃいられねえ! そうだろ!?」

「!」

 思い起こされる、黒騎士との戦い。――ソフィもドライブも、圧倒的実力差に敗れている。

「そこまで言うのなら――足を引っ張ったりは、するなよ」

「お前もな!」

 そして二人は地を蹴って――大型へと向かって行くのだった。

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