第百六十八話 演者勇者、立会人になる9
エカテリスら現場に残った仲間達の奮闘によって、両民族の激突は一旦の収束を迎えていた。
だが、ライト達がやって来た初日に門の前で繰り広げた乱闘とは違い、明らかなる殺気が込められた「戦い」。簡単に無事にとはいかず、両民族共負傷者が大勢出た。やむを得ずライト騎士団の攻撃による物もあった。
現在はそうしてあまりの負傷者の多さに戦闘続行が不可能になり、何とか退散に持ち込めた形である。――つまり、戦いは終わったが何の解決にも至っていない。再びの戦闘開始も時間の問題となってしまっていた。
そしてライト騎士団はドライブ治療班、古虎族連行班、古獅子族連行班、それぞれが一度仕事を切り上げ、その現場となった広間に集まっていた。
「姫様ー、もう国王様に伝令飛ばして、強制的に管理しましょうよ。禁忌だか何だか知らないけど流石に駄目でしょこんなの。これ以上甘やかしてもつげ上がるだけですって」
呆れ顔でそう切り出すのはレナ。レナらしい意見である。
「レナさんの言い方心中は兎も角、私も意見には賛成です。介入して宥められる規模を越えてます。これ以上はマスターと王女様、ハインハウルスの名前に傷が付く」
ネレイザ。こちらは直接戦闘に参加していたのもあってか、厳しい面持ちだった。
「ボクも、両方の民族の意見を尊重してあげたいけど、傷付いて傷付けてまで押し切る意見じゃないと思う……」
「ですなあ。これは禁忌の問題ではなく、禁忌に囚われている人間達の問題。死者が出てしまうのも時間の問題かもしれませぬ。それこそ我々が本城に帰還した後では手の施し様がないですからな」
そしてそれに続いていく面々。多少心持がそれぞれ違ったが、大まかな意見は同じであった。――立会人としては限界の所に来ているのだ。
「…………」
一方で一人ライトは意見を聞きながら考えていた。――俺達はどうしたらいい。俺に何が出来る?
「ライト、何か意見はあるかしら?」
その様子に気付いたエカテリスがライトに話を振る。――ライトは全員の顔を見渡した。そして覚悟を決める。
「俺も大まかな意見は皆と同じだよ。このままじゃ禁忌云々の前に両民族が壊滅する。――国王様の力を頼ろう。それがあの人達の為でもある」
「わかりましたわ。伝令を飛ばしましょう。ハインハウルス到着、お父様の工作、更にそこから再びこちらへの伝令。数日あれば可能ですわ。その数日の間は、私達で監視して――」
「逆に言えば――数日は、俺達に時間はあるんだよな?」
エカテリスの言葉を遮るようにそう切り出すライトの顔を見て、レナが「うーわ出たよ」とでも言いたげな顔をする。サラフォン、ソフィ辺りが「待ってました」と言わんばかりの顔をする。
「マスターはその数日で何か特別な事がしたいのね。具体的に何したいの?」
「禁忌を打ち破ろう」
迷わずそう言い切るライトに、リバールが挙手。
「お気持ちはわかりますし、それがライト様の意思なら私達は全力を尽くします。ですが、もしも失敗した場合はどうなさるおつもりでしょう? 「禁忌」というのは不確定要素が多過ぎます。存在するかどうかの保証すら」
「違うよリバール。俺達なら打ち破れるんだ。だって俺達は勇者様と王女様と二人が率いる騎士団なんだから」
「!」
その含みのある言い方に、質問したリバール、そして周囲も合点がいく。
「ラ、ライトくん格好良い……! 本当の勇者様になったんだね……! ボクはついに本物の勇者様に仕える魔具工具師になれたんだ……!」
――サラフォン一人を除いて。目を輝かせていた。
「あ、いや、その、ごめんサラフォン、そういう意味じゃなくて」
「!? ほ、本物になったから力不足のボクはクビ……!?」
「サラ落ち着いて、そういう意味じゃないの。――ライト様は、ご自分の今の立場を精一杯利用して、両民族の心理状態をコントロールするつもりなのよ。つまり」
「具体的な禁忌像をでっち上げ、それを撃破。その事実と若が組み上げた両民族間でのしっかりとした約束事を用意すれば、この先そう揉め事は起こらない。ライト殿の狙いはそれでしょう」
ニロフの説明にライトは頷く。――結局両民族とも何処かでいつでも禁忌に怯えるという精神的に追い詰められている状態なのが良くない。その不安が消えれば、国家のしっかりとした決め事に乗っ取り、手を取り合っていける。そう考えたのだ。
「まあ、その案もあまり時間をかけてる場合じゃないんだけど。――皆、急いで支度に入ろう。シンプルに、でも派手な感じがいいんじゃないかな」
「勇者君……金のパンツ一枚とかは流石に……」
「見た目の話じゃなくてね!?」
百歩譲って見た目考えたとして何故その案なのか。――こうして、ライト達は「禁忌打ち破りました風味計画」を急いで練る事となる。そして……
ザワザワ。――翌日。再び同じ広間に、ライト達は両民族の主要者達、更に遠巻きには観覧者の許可も出す。ただ前回と違い、ライト騎士団は最初から武器を持ち、完全に威圧をかける状態。これでは簡単に乱闘騒ぎは――
「サラフォン、ニロフ、これクッキー君だよな? え、何したの?」
「フルアーマークッキーくんヘビーカスタムだよ。兎に角武装、戦闘に極振りしたんだ。――怖がらせちゃうかもしれないけど、でもこれ以上、誰も傷付いて欲しくないから」
――起きないだろう。各々考えて用意している。やり方は兎も角。
「ハァァァァイ」
ちなみに普段のクッキー君よりも大きくなっており、声も普段よりも低く響く。最早知らない人からしたらクッキー君が禁忌厄災である。
また名前の如く強化されており、肩に大砲、手も四本に増えており、上右手に大剣、下右手に長剣、上左手に槍、下左手に何かの雑誌――ヒュン!
「あれ?」
何かの雑誌を持っていたと思ったら素早くハルが回収していた。
「ハル、今のって」
「何でもありません。――中身の確認はされてませんよね?」
「まあ、何かの雑誌かな、位で」
「ではお忘れ下さい。何もなかった事に。ライト様がお話の通じる方で安心致しました」
「…………」
強制的に話が通じる男になるライト。これ以上はハルが怖くて踏み込めない。――チラリと様子を伺うと、「処分しなさいって言ったでしょ!」「だってクッキーくんが気に入ってて……」というハルとサラフォンのやり取りが聞こえた。……何を持っていたんだろうか。
「待たせて申し訳ない」
最後に姿を見せたのは古獅子族族長イリガ、妻のナターシャ、そして、
「!? ドライブさん! 無理はしないで下さい!」
「大丈夫だ。大事な話なんだろう、聞かせてくれ」
支えられながら歩いてくるドライブ。勿論傷が完治しているわけがない。それでも辛そうな表情は見せず、こうして来ていた。
「勇者様、王女様、まずは報告させてくれ。――指示通り、ドライブを刺した男、娘に関してはしっかりとした設備で監禁、監視している。これ以上の暴走は起こさせない。自殺云々もさせない」
「こちらも、古獅子族の女と関係を持った者は現在監禁監視状態においてあります。族長の名にかけて、ご指示通り」
これに関しては、ライト達がドライブの治療に集中している間にエカテリス達が施した処置の様子。暴動を抑え込み、具体的な処分を勝手にさせる前にそう命令したのだろう。放っておいたらそれこそ追放だのしてしまうかもしれない。
「では説明を始めます。――改めて、我々はハインハウルス王の命により、両民族がしっかりとした関係を持てる様、中立的な立場で立ち会い、和平をして貰う為にやって来ています。にも拘わらず、滞在期間中にこうした事態を招いてしまったのは、我々にも責任があると感じています。それに関して、まず謝罪させて下さい」
ライトはまず冷静な謝罪から入った。勿論本当の気持ちでもあるし、しっかりとした挨拶から入れば落ち着いて話を再び聞いて貰えるという裏の顔も多少はある。
「どうしたら皆さんがまた落ち着いて以前の様な生活が送れるか、考えました。皆さんの奥底にはやはりこの地に根付いている禁忌、厄災への恐怖があると思います。なので我々が、その力を大きく弱め、封印に近い形を取ります。そうした中で、ハインハウルス王の取り決めた条約を守れば、皆さんまた無意味な争いなく暮らしていけるのではないですか?」
ポイントとしては「完全には取り除かない、取り除いていけない」という点。ほんの数ミリの緊張感を持って貰う事で、逆に気を引き締めて貰うというのが一つ、本当に禁忌が存在している場合、それを破らせないというのが一つ。
実際に禁忌を調査して本当に撃破するのも考えたが、今この切羽詰まった状態で時間がかかってしまった場合を考えたら、両民族に落ち着いた気持ちで過ごして貰う事を優先させる為にはこの案が一番と考えたのだ。禁忌の力を「弱める」事で、多少の事は大丈夫になる。
そして実際、二十四年より前はそうして暮らしていたのだろう。ならば第三者である勇者がその作戦を行使する事で落ち着いてくれるのではないか。――ライト達の狙いは、そこにあったのだ。
「…………」
話を聞きに来た両民族も顔を見合わせ少し話をする素振りは見せるも、大きな反対の声は上がらない。
「本当に……この地に眠る禁忌を、抑えて頂けるのですか」
「完全なる封印ではありません。あくまで力を弱めるだけです。完全なる封印には時間も労力も危険も伴います。ですので、後は皆さんの心持次第、という事になります」
「お願いします。我々とて、それで落ち着いてくれるのならそれ以上望む事はありません」
テルガムが最初に案を呑む。流石に先の争いで疲弊しているのだろう、周囲も逆らう様子はない。
「俺からもお願いする。これ以上、族の皆を傷付けたいとは思わない。それで治まるのなら、古虎族ともう一度手を取り合う」
続いてイリガ。そしてやはりこちらも疲弊が響くのか、周囲が逆らう様子はない。
「――両民族からの承諾を得ました。これから儀式に入ります。――皆」
「はーい、皆さん少し離れてくださーい」
「邪魔する奴はこの場でぶっ飛ばすぞコラァ」
レナ、ソフィらが観客となりうる両民族を少し離れさせ、
「それじゃ、パパっと用意しちゃいましょ」
ニロフ、ネレイザらが広間の中央に魔法陣を用意する。勿論演技用の魔法陣で、それなりに派手な演出はするが危険の無い品を用意。準備は順調に――
「……待ってくれ」
――進んでいた所でそんな声。近付いてくるのはドライブだった。
「ドライブさん? どうしました?」
「無理だ。禁忌の力を弱めるのは、無理だ。――最初から、無理だったんだ」
「? 一体何を――」
詳しく話を訊こうとした瞬間、パッ、と用意した魔法陣が激しく光り出す。
「ニロフ、ネレイザ、待ってくれ、ドライブさんが――」
「マスター違う! 私達、まだ何もしてない!」
「え?」
ライト方向転換、先にネレイザに話を訊こうとすると――
「ガオオォォォォォ!」
「!?」
用意した魔法陣から、五メートルはあろうかという角が生えた巨体モンスターが現れる。圧倒的迫力、威圧感。先のネレイザの言葉から察するに――
「パワーライド・チェイン!」
ジャララララ!――地面から一気に魔法の鎖が飛び出し、モンスターを一時拘束する。放ったのはニロフ。
「ライト殿、今の内にレナ殿の傍に! この異物、我が呼び出した物ではありません!」
「どういう……ことだ……!?」
「恐らくは――」
「厄災だ」
ニロフの回答を遮ってそう切り出したのは、ドライブ。――ゆっくりと鎖で抑え込まれているモンスターの前に行き、身構える。
「厄災を抑える事など出来ない。何故なら――禁忌は、ずっと破られ続けて来たのだから」
直後、ドライブの手の甲が光る。右に獅子の紋章が、そして――左に、虎の紋章が。