第十五話 幕間~作成! ライト騎士団団室
「さあ、ここがライト騎士団専用の団室ですわ!」
ウガムから帰還した翌日。ライト騎士団は全員、副団長であるエカテリスに集合を命じられて、漏れなく全員指定された場所――とある部屋の前――にいた。
ちなみにライトの初任務に同行出来なかったエカテリスは純粋に心配だったようで、帰還時に城門で自ら出迎え、無事と成功を喜び、ソフィの加入を聞いて大喜びし、ソフィがライトの事を団長と呼んでいるのを聞いて大興奮した。「ついに始まりましたわね!」とライトと謎の握手を強引に交わした。レナとマークの予想通りの展開にライトは若干気が重くなった。
「え……わざわざ専用の部屋まで用意したの?」
「当たり前ですわ。名前だけの騎士団なんて意味がありませんもの。人数が増えたら、ゆくゆくは駐屯所の計画もありますわ」
ゆくゆくというか確実に作るだろうな、だったらもう最初から駐屯所で良かったんじゃないの、と思ってライトは周囲を見てみると、他のメンバーも全員その想いが表情に何処となく出ていた。――それでも嫌な表情ではなく、エカテリスなら仕方ないな、という雰囲気を汲み取れるのは、彼女の人柄があるからだろう。
促され、そのまま全員部屋に入る。中は思った以上にシンプルでスッキリだった。というよりも、
「物が全然まだないね」
簡単なテーブル、椅子があるだけで、他の家具は一切なかった。
「みんなの騎士団ですわ、私一人で決めるわけにはいきませんもの。今日は、この部屋の内装についての意見交換、それからエンブレムと腕章のデザインについて話し合いましょう。エンブレムと腕章に関しては知り合いのデザイナーにいくつかサンプルを考案して貰いましたから、そこから詰めていくとして……まずはこの部屋ですわね。具体的な希望に関して意見があれば出し合いましょう」
「はい」
そのエカテリスの言葉の後、まず第一に挙手をしたのはハルだった。
「はいハル。積極的で嬉しいですわ。それで、どんな案かしら?」
「小型の焼却炉を設置して頂きたいです」
「……はい?」
エカテリスが思わず聞き返す。焼却炉。勿論騎士団の団室に置くような品ではない。無論他のメンバーも頭に「?」が浮かぶ。
「……ハル? ちゃんとした理由があるのよね?」
「はい。一般使用人が使う焼却炉は、既にヨゼルド様に警戒されているので、別ルートを確保したいです。王女様がガードすれば、ヨゼルド様はこの部屋には入れないでしょうから」
「ハルは一体お父様の何を知っていて何を燃やしたいの……!?」
もしかして秘密のスケベ本かな、とライトは思ったが寸での所で我慢した。口にしたらこの会議は中止となりヨゼルド討伐任務が新たに下るに違いない。
「姫様、僭越ながら私も提案が」
続いて挙手をしたのはリバール。
「はいリバール。遠慮なんていらないのよ、貴方も公平に騎士団の一員なのだから」
「勿体なきお言葉。――将来は兎も角、現段階でライト騎士団の知名度は高くありません。そこでまず部屋に貫禄が必要かと。現段階で勇者であるライト様、更に姫様までいる部屋に貫禄がつけば、その知名度は一気に上がります」
「そうね……でも貫禄のある部屋って何かしら? ただ無意味に高級品を置いても、逆に貫禄がなくなりますわ。具体的には何か考えがあるのかしら?」
「まず部屋の目立つ場所に、特大の姫様の肖像画を飾りましょう」
エカテリスとリバール以外のメンバーが大小あれどガクッ、とその場でこけそうになる。――確かに現状騎士団で一番貫禄があるのはエカテリスなのだが、リバールの案は趣味に走り過ぎではなかろうか。というか団長を差し置いて副団長の肖像画が飾ってある騎士団団室とは一体。
「毎日この部屋に入ると直ぐに姫様の笑顔の肖像画が目に入るのです。姫様の笑顔に包まれる幸せを感じていたその時、振り返ると本物の姫様が! こんなに素敵な団室はありません。肖像画も素敵ですがやはり直に見る姫様の笑顔の眩しさは格別です。るーるるー」
「リバール、素敵なのはいいけど貫禄と言い出したのは貴方よ、貫禄から離れてないかしら……? そもそも貴方時折自分の世界に入るけど、一体どうなっているのかしら……?」
目を閉じて歌を口ずさみ自分の世界に入るリバール、幼少期から近くで過ごしていた為か逆に未だにリバールの世界がわからないエカテリス、そしてそんな状況を最早暖かい目で見ることしか出来ない他のメンバー、という構図であった。
「あ、じゃあはーい」
続いて思い出したように手を挙げたのはレナ。
「はいレナ」
「ベッド欲しいです。寝心地のいい高級なのがいいです」
「仮眠用ということかしら? うーん……ここにいるメンバーは城に個室を持っているからこの部屋にベッドは必要ではないですわね」
「じゃあいらないなら私の部屋に置くので下さい」
「その要望おかしくないかしら!? まだ買ってもいませんわよ!?」
至って真面目な表情で意味不明な要望をエカテリス相手にも遠慮なく出すレナである。彼女が遠慮する相手は世の中にいるのだろうか、と冷静な疑問が過ぎるライトであった。
「あの、じゃあ僕からも」
続いてマーク。
「はいマーク」
「やはり今後活動を広げるにあたって、本格的な作戦会議や日誌を付ける機会もあると思うので、もっと大きなテーブル、専用の本棚が欲しいです」
「普通過ぎてつまらないですわ」
「僕だけ扱い酷くないですか!?」
「予想と覚悟はしてたけど、やっぱり意見全然まとまらなかったな……」
個性的メンバーの集まりであるライト騎士団の団室内装会議は結局まとまらないまま終了。現在は三手に別れ、「会議で決まらないなら行動あるのみ」として城内部で物資調達に動く班、部屋で物を置きながら更に考える班、城下町で物資調達と情報収集に動く班の三班に別れて行動開始した。
「私も含め団室などに所属したことのない人しかいません。いざ……と言われても自分の理想を掲げてしまうのは仕方ないかもしれません」
「成程ね」
ちなみにこちら、城下町班のライトとソフィである。ライトの護衛であるレナが近くから外れてるのは城下町の調査がレナではあてにならない、サボりそうという判断だからだろう。レナはエカテリス、マークと共に部屋班である。本人はせめて城内部班にしてくれと懇願したがエカテリスに却下されていた。
城内部班はリバールとハル。やはり仕事柄内部の細かい情報に詳しそうだったからである。結果として城下町班がライトとソフィの二人になった。ソフィがいればライトの護衛も十分務まるという所もある。
「ソフィは意見出してなかったけど、何か希望はなかったの?」
「趣味のハーブ栽培は自室でしてますし、その……斧を振り回したくなった時は訓練場に行かないと、部屋では狭いので」
「ふむ……」
冷静になって考えれば、団室に特別な品と言われても困る話ではある。マークの様な普通の案が妥当なのだが、エカテリスは騎士団に所属、団室作成という特殊なシチュエーションにテンションが上がっているらしく、何か個性的な物を求めてしまっている様子。――気持ちはわからないでもないんだけどな。
「そういえば、ハーブ栽培が趣味って今言ったけど、この前の任務の時にご馳走になったハーブティーのハーブも、自分で育てたやつを?」
「はい。狂人化との差というか、反動ですかね。気持ちが落ち着くゆったりとしたのを育てるのが好きで」
「そっか、ソフィのハーブティーとクッキー美味しかったからな……ってそうだ!」
「どうしました?」
「団室で直接ソフィがお茶とお菓子が作れるようにしようよ。淹れたて出来立てがやっぱいい」
ウガムへ行く途中でご馳走になった味を思い出す。ライト自身舌が肥えているわけではないが、純粋にレベルは高いと感じた。
「団長にそう言って貰えるのは嬉しいですけど、ハルとリバールがいるのに私が率先するのも差し出がましいのでは」
「うーん……いやでも、ハルもリバールも使用人としてじゃなく騎士団の仲間としているんだから立場は同等でしょ。あの二人が作るのは構わないけどソフィが作ったっていいし、変な話俺が作ったっていい」
だからと言ってライトには作る技術はないのだが。
「というかさ、大事な事が一つ」
「なんでしょう?」
「団長としてその位決めさせてくれ。一つ位権力を行使しないと影が薄すぎる」
さっきの会議も何の意見も出せなかったしな。――と、一呼吸置いてソフィが軽く笑う。
「わかりました。その位じゃ私の団長への尊敬が薄まることはないですけど、でもそう仰るのならあの部屋でも育てられそうなハーブ、見に行きましょう」
それから二人は天気の良い午後の市場を歩き、ソフィ行きつけの花屋へ。嬉しそうにハーブの説明をするソフィにライトはあらためてドキドキしながら、数種類のハーブを買った。
「さて、後は何が必要かな……うん?」
そして花屋を出た所で、目に留まる人だかり。何だろう、と二人で何となく覗いてみると。
「さあさあ、挑戦者はいないかい? アームレスリングチャレンジ、五人抜きで最高級牛肉の塊をプレゼント!」
市場主催か肉屋主催かわからないが、アームレスリングのイベントが催されていた。屈強な男が五人、腕の筋肉をこれでもかと観客に見せつけている。あの五人を全員倒すと牛肉が貰えるらしい。
「俺達に勝てる奴はいないか? 俺達に戦いを挑む戦士はいないか? アームレスリングは戦いだ!」
「うわー、挑発してるな……でもあれじゃ誰も逆に挑戦しないよな……うん?」
「…………」
ライトの横にいるソフィが、俯いてプルプル震えていた。――まさか。
「……ソフィ? 大丈夫? もしかしてもしかしなくても」
「だ、大丈夫です。あ、アタシはこの程度の事でいちいち反応しないぜなのです」
狂人化しかけていた。思いっきり戦いという雰囲気とワードに反応していた。一生懸命我慢しているらしい。
「ソフィ、無理しない」
「団長?」
「折角騎士団に入ったんだから、狂人化する時はしちゃっていいんだって。俺の前で無理とかしなくていいから。それこそ俺のソフィへの尊敬がこの程度で薄まるわけない。――五人抜き、出来るの?」
「……言ったな?」
瞬間、ソフィの震えが止まり、口調が変わった。
「見てろよ団長、余裕で終わらせてやる! 筋肉=力じゃねえってこと、奴らに叩き込んでやるぜ!」
勝気な笑みをライトに見せ、ソフィはズンズンとそのイベントの中心へ向かって行った。
「おおっと、そこの可憐なお嬢さんがまさか挑戦者か? ハンデで小指でやろうか?」
「ほざけ! 経験と本能の差を見せてやるぜ!」
「――すっかり遅くなっちゃったなあ」
気付けば夕暮れ時。ソフィはハーブを、ライトは牛肉の塊を持って城へ帰る途中である。
「すみません、本当にすみません、つい調子に乗ってしまって……」
結局五人抜きして牛肉を手に入れたはいいものの、その見た目とのギャップにソフィに挑戦したいというギャラリーが続出。勝負になりそうな人間と片っ端から戦い、片っ端から勝利していった。
主催者は大手の肉屋だったようで、筋肉によいブランド肉の紹介というイベントだったのだが、最早ソフィの独壇場。肉のアピールも何もなくなり、最終的に商品の肉を倍にするからお開きにさせてくれという事でイベントは終了。イベントが終わった事でソフィの狂人化も途切れ、今に至る。
「実際でも凄かったよ。ソフィが筋肉が凄いようには見えないのに」
「アームレスリングは、力を入れるタイミング、入れる箇所で大分話が変わってきますから。そういうのを無視したら普通に私は勝てませんよ」
「そんなもんか……」
これで普通にやってソフィに負けたら俺はどうなるだろう。――怖いのでライトは考えるのを止めた。
「その……団長、私の狂人化を認めてくれるのは嬉しいんですけど、駄目な時は、ちゃんと止めて下さいね」
「……ソフィ?」
「お伝えしましたよね、見境が無くなるのが怖いって。優しくして頂けるのは嬉しいです。でもやっぱりこうして素に戻った時に、怖くはなるんです。団長の事を信じてはいるんですけど、それでも」
長い間、ソフィは狂人化とのギャップに苦しんでいたのだろう。いくらライトが認めてくれたところで、はいそうですかと簡単に不安は消えるものではなかった。
だったら――不安が消えるまで、彼女の近くで、自分を信じさせればいい。それがライトに出来る、唯一かつ確実な方法であった。
「約束するよ。もしも、万が一ソフィが見境ない暴走をするようなら、それこそ団長権限で騎士団全員で止めてあげる。だからソフィも、俺の言葉と、何より自分自身の信念を信じて」
力強くハッキリとそう伝えると、ソフィは嬉しそうな笑顔になる。
「ありがとうございます。これからも、「私」と「アタシ」を宜しくお願いします」
あらためて生まれた絆を確認し、二人は帰路を急ぐのだった。そして――
「どうして城下町に必要な品と情報を調べに行って肉の塊を抱えて帰ってきましたの!? 遠征用の食糧の前に団室ですわよ!?」
――そして、帰って騎士団全員で牛肉のハーブ焼きを食べながら、エカテリスに説教を喰らうライトとソフィがいたのだった。