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第百六十五話 演者勇者、立会人になる6

「禁忌を……犯した……?」

 共同鍛冶場、現場監督のソガに古獅子族との険悪関係の始まりを尋ねた結果、ついに口を割った。最初に出てきた言葉がそれであった。――禁忌。破ってはいけない非常に大きな決まり事。

「はい。――その二十四年前以前から、決して我々は仲良しこよしだったわけではありません。でも何て言いますか今の様な険悪な間柄ではなく、ライバルというか、切磋琢磨していく間柄でした。仲良くなってはいけない、というわけでもありません。お互い本当に困ったら助けていたはずだし、思い返せば良い間柄だったと思います」

「でもそうじゃなくなったんでしょ? その禁忌ってのやっちゃったから。具体的には?」

 落ち着いた表情ででもグイグイとレナが切り込む。――話してくれてるんだから待ちなさいよ、とネレイザが呆れ顔。

「言い伝えがあり、決められていたんです。――我々は、民族間を越えて、恋仲になってはいけない。もしも破られた時、災いが起きるだろうと」

 それが禁忌の内容だとするならば。

「二十三、四年前に民族間を越えて恋仲になった人達がいたんですね?」

「はい。古虎族のヤトトという男と、古獅子族のクリンという女が。――発覚した時には既にクリンのお腹には、二人の子供もいました」

 子供が出来て隠し切れなくなった、という所か。

「成程。物語ならロマンチックで済む話ですが、現実はそう上手くはいかないでしょうなあそれは」

「はい。勿論直ぐに話し合いの場が設けられました。実際に当時集落にいた人間の中で、禁忌を破った事案を体験するのは皆これが初めてで、実際どうなるかわからなかった。ヤトトもクリンも人柄も良く民族からの信頼も厚く、民族間の新しい一歩として祝福しようか、という話まで挙がった位です。――でも、災いが起きてしまった」

「具体的には、何が……?」

「鉱山の滑落事故、鍛冶場近くの川の洪水氾濫、そして疫病の発生。それがほぼ同時期に一気に起きたんです。両民族とも多くの被害者を出し、死者も出しました。私も洪水と疫病で両親を亡くしました」

 当時を思い出したのか、ソガは辛そうな表情を隠し切れない。確かにその三つが同時に起きたら壊滅の危機である。

「当時は絶望でした。絶望しかなかった。この状況を打破出来るなら。少しでも回復に向かってくれるなら。その想いで皆一杯でした。そして気付いたんです。――これは、あの二人が禁忌を破ったせいで起きた、災いなんだと」

「な……そんなの、ただの言い伝えじゃない! 確かに三つ同時に起きる確率は低いけど、でも不幸な偶然でしょ!? それを恋仲になった二人のせいにするなんて!」

 年頃のネレイザが敏感に反応、猛烈な抗議をする。――ポンポン、とネレイザの肩をレナが優しく叩く。

「今ネレイザちゃんが怒ったって仕方ないでしょ」

「だって……」

「続きを聞こうよ。――その二人のせいだとわかった結果、どうしたわけ?」

「……追放しました。衣服一つでそれ以上持ち出す事も許さず。戻ってくる事も許さず」

「っ!」

 ネレイザが怒りの表情で口を開こうとするが――

「ふーん。――よく殺しはしなかったね。てっきり殺してるもんだと思った」

「あ……」

 そのレナの冷静な意見にネレイザ、ライトはハッとする。言われて気付いたのだろう。やりかねなかった、と。

「確かにその案も出ていたみたいです。でも流石に憚れました。そこまではしなくてはいい、という意見があって」

「それだけじゃないでしょ。――それで治まったら御の字、治まらなかったら今度こそ追手を出して殺せばいい」

「…………」

 ソガの返事が止まる。レナの推理に対してのソガの無言は、ほぼ肯定を意味していた。

「最低……」

 ネレイザがそう呟きながら軽蔑の目でソガを見る。ライトは複雑な想いで、ニロフは落ち着いた様子で聞いていたが、

「でも、治まったんです、追放したら! 滑落も、洪水も、疫病も!」

 訴えるようにソガがそう言い放つ。――治まった?

「それこそ偶然じゃない! いつかは治まるに決まってるでしょ、馬鹿じゃないの!?」

「違います! 追放して一、二日でピタリと! 綺麗に止まったんです! だから、これはやっぱり禁忌を犯したせいだと、誰もが……!」

 ネレイザの怒りに対しても更に必死の反論。――方やライト、レナ、ニロフは顔を見合わせる。

「ネレイザちゃんの言う通り偶然という可能性もゼロではないけど、事実だとすると突然止まるのは確かに変だね」

「誰かが意図的に……仕組めるような現象でもない……よな? ニロフ、そういう禁忌とかってわかるか?」

「可能性の話をすれば「ある」でしょうな。そこら辺に転がってはいませんが、それでもそういった呪いの類の品は確実に存在はします。それこそ彼らの腕の紋章もそれによって引き出されている力、という可能性すら」

「禁忌と引き換えの力、っていう事か……?」

「……あ。勇者君、思い出してみなよ。ほら、何て言ったっけあれ。フーセンガムでさ、噛んで美味しい?」

「! ウガムで見た黒雷龍こくらいりゅうの魂か!」

「そうそれ。ああいうのだったら可能性あるでしょ」

「どうでもいいですがライト殿はよく今のレナ殿のヒントでそこに辿り着きますな」

 それは初めてソフィと一緒になった任務。珍しい黒雷龍の魂という鉱石の力で不可思議な問題が勃発していたのを解決している。もしも同じ様な類の品があったら、禁忌、と呼ばれる事案が発生していてもおかしくはない。

「しかし成程、黒雷龍の魂ですか。我も知識だけならありますな。確かにそのレベルの品が関わっていたら可能性はあるでしょうな。……ただ、その手の品での問題は大抵」

「中途半端に人間が関わってる場合でしょ。結局ウガムでもそうだったもん」

「それでいて最悪、今回は住んでる大勢の人が加担しているかもしれないんだよな……」

「あー、違うよ勇者君。本当の最悪は、「住んでいる大勢の人が加担している事に気付いていない」だよ」

「! そうか、発生するまでそこまで気にしていなかった事が本当なら」

「知らず知らずの内に悪い方向に気持ちが固まり始め、最早我々の様な第三者が言ってもどうにもならない可能性すらありますな」

 結局ウガムに関しては町長ムーライ一人の行動によるもので、説得して抑える事が出来た。もしも今回ライト達の推測通り規模が違っていたら、果たして抑え込む事が出来るのだろうか。

「まー、それが原因ってまだ決まったわけじゃないし、調査が必要かもね。王女様達とも相談だし」

「そうだな……」

 新しい事実がわかり、仮説が浮かび上がった。解決の糸口になるかもしれない。

「それで!? 結局どうなったのよ!」

 一方で怒りが治まらないネレイザは未だソガを問い詰めていた。

「後は責任の擦り合いです……そっちから手を出した、そっちから誘惑した……今の険悪は、そこから始まってると思います……何処かで下手に和解すればまた同じ事が繰り返されるというのもありましたし……」

「ホント最低! これだけ大人がいて誰もちゃんとしようって何で思わないのよ!」

「ネレイザ、落ち着いて。一旦宿に戻ろう。エカテリス達と話し合いが必要になる」

「そうね! どっちから叩きのめすか決めないと!」

「気持ちは汲むけど俺達何しに来たのか思い出してくれ」

 彼らの行動は決して国に対する反乱ではない。

「そうだよネレイザちゃん、私達は勇者君が貰った賄賂のおこぼれを貰いに来たんだから。印象を悪くしちゃうと」

「レナはネレイザよりももっと違う方向から見直して欲しいな!」

 決して賄賂を貰いに来たわけでもない。――そんな会話をしていた時だった。

「ライトくん! みんな!」

 走って声をかけてくるのは、

「サラフォン? どうした?」

 サラフォンだった。全力で走って来ており、息も絶え絶え。

「鉱山で、採掘場で……敵が……!」

「え……!?」



「皆!」

 バン、と勢いよくドアを開けると、そこではお互いを治療し合うエカテリス、リバール、ハル、ソフィの姿が。

「ライト! そちらは特に何もなかったのかしら?」

「うん。普通に話を聞いていた所で、サラフォンが来たんだ。採掘場で敵が出て、苦戦して逃がしたって」

「本当ですわ。……私達は、完全に見逃された形です。向こうがその気だったらもっと被害が出ていましたわ」

「そんな……」

 エカテリスが悔しそうな表情を浮かべる。ハッとして見ればそれはエカテリスだけではない。各々悔しさが隠し切れていなかった。――ライト騎士団は精鋭揃い。一流の戦闘力を誇るメンバーが五人もいて、敗北した……?

「一体どれだけの数が……」

「ライト様、敵は一人。――黒騎士、でした」

「!? 黒騎士……だって……!?」

 そのハルの言葉に、ライトは勿論、レナ、ネレイザ、ニロフも驚きを隠せない。――黒騎士の事を語ったヴァネッサの事はライト達とて当然覚えている。その黒騎士が、ここに現れた。

「目的……ううん被害は!? 古獅子族の人達は」

「幸い彼らの被害は大きくありません。ドライブさんが唯一私達と同程度のダメージを負いましたが、命に別状は無いでしょう。目的は不明です。鉱石をいくつか持ち去りましたが、それが目的だったのかどうかはわかりません。……索敵を施しましたが、無理でした。命がけでも追尾すべきでしたが、現状それにより更なる危機が迫ることを考えると」

 リバールである。黒騎士は大物。素性、目的等を探るチャンスではあった。だが格上相手に無事帰還出来る保証はない。

「いや、それでいい、リバールの索敵を簡単に回避出来る相手に深追いは出来ないよ。……とりあえず、皆が無事で良かった」

「良くありません」

 各々ダメージはあるが命に別状はない。それに関しての労いの言葉を遮ったのは――ソフィだった。

「私は……私の中の「アタシ」は、こういった時の為にあるんです。もしあの場に団長がいたら。「アタシ」は団長を守れなかった可能性だってあるんです。……それでは、駄目なんです」

「ソフィ……」

 ギュッと手を震わせながら握り締めるソフィ。遭遇した五人の中では特に悔しさを滲ませている。

 ソフィは全力も全力で戦い、奥の手の聖刃双生せいばそうせいまで使ったが、ほとんどダメージを与えられなかった。それはアタッカーとして致命的で何よりも屈辱な事実。

「……ソフィは駄目なんかじゃない。俺は知ってるよ」

「団長、でも……」

 ライトはその強く握り締められたソフィの手を優しく自分の手で包む。

「それに、今の戦いで全てが終わったわけでもない。これからも、まだまだ戦わなくちゃいけない時が来る。――次、勝とう。大丈夫、ソフィ一人じゃない。俺達皆で、勝とう。無かった事にはしなくていい、悔しさは持ってなきゃ駄目だ。その悔しさを一緒に乗り越えよう。俺達なら――ソフィなら、出来る」

 精一杯の励ましの言葉。そして嘘偽りない想いをライトは伝える。――仲間を、ソフィを信じている。俺の仲間は、そう簡単に何度も負けるような奴らじゃない。

「……そうですね。団長も日々あんなに努力しているんです、私も「アタシ」も、もっと強くなってみせます。――ありがとうございます、団長。私と一緒に、歩いて下さい」

「うん」

 力強く頷くと、ソフィの握り締められた手がゆっくりと解け、ライトに優しい笑みを浮かべる。――良かった。

「ネレイザちゃんネレイザちゃん、今の何だかプロポーズっぽいよね」

「考えない様にしてたのに!」

 そんなレナとネレイザの小声での会話。……は兎も角。

「皆、治療が落ち着いたらミーティングがしたい。俺達が古虎族の人から聞いてきた話があるんだ」

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