第百六十四話 演者勇者、立会人になる5
視界に入る、漆黒の甲冑は、圧倒的存在感。否応無しに走る緊張感。
「黒騎士……!? まさか……お母様が決着を着けなくてはいけないと言っていた……!?」
「ええ。アタシは前線に居た頃、何度か見かけた事があるから間違いないです。あの鎧、オーラ」
その気配に感じる物があったか、既に狂人化していたソフィが厳しい視線をぶつける。
黒騎士。ヴァネッサが休暇でハインハウルス城に戻ってきて、前線に戻る時に言っていた言葉を各々が思い出す。――魔王軍最強と呼ばれ、漆黒の甲冑で全身を覆い、圧倒的な強さを見せる神出鬼没な騎士。
魔王軍。――つまり、明確なる「敵」である。各々直ぐに臨戦態勢に入り、様子を伺う。落ち着いた速度で黒騎士は近付いて来る。
「貴様、何者だ」
が、ハインハウルス側が次の一手を探る前に、直接対峙したのはドライブだった。黒騎士の前に立ちはだかる。
「部外者以外は立ち入り禁止と言われたはずだ。言葉の意味もわからないのか?」
「その位の言葉の意味はわかる。だが所用があったので通らせて貰っただけだ」
「そうか。お前が解らないのは言葉じゃなくて礼儀らしいな」
そこでドライブが背中の武器――彼の武器はこの世界では珍しい「薙刀」である――を取り出し、身構える。ドライブの右手の甲が光ると、反応するように薙刀の刃も部分も光った。
「今すぐ突き飛ばした奴らに謝罪して帰れ。今ならそれだけで許す」
「お前に許して貰わなくても構わん」
が、そのドライブの警告を無視し、黒騎士は再び奥へ向かおうと――
「そうか、なら――許さん」
――して足を動かした瞬間、既にドライブは動いていた。素早い速度で大きく薙刀を迷わず黒騎士へと振り抜く。――ガシッ!
「!?」
が、そのドライブの攻撃を、黒騎士は左手で直接刃の部分を掴んで防ぐ。全身甲冑、勿論手も全て覆われており、確かに掴めば防げるのかもしれないが、ドライブは早かった。そのドライブの攻撃を、何の迷いもズレもなく見事に左手だけで防いだ。
(馬鹿ヤローが、先走って勝てる相手じゃねえんだよ!)
その光景を見ていち早く動いたのはソフィ。やはり愛用の両刃斧を全力で振るう。
「とりあえず、一旦止まりやがれ!」
ソフィの一撃は聖魔法の強化も加えており、速度、威力、相当量の物になってはいるが――ガシッ!
「礼儀を語るなら問答無用で攻撃してくるそちらが礼儀知らずではないのか?」
「っ!」
今度は空いている右手でソフィの攻撃を防ぐ。
(こいつ……アタシが全力で振りに行ってるのに、ビクともしねえ……!)
しかも一方でドライブも振りに行っているのに、である。当然ながらソフィの攻撃は鋭く超一流。簡単に防げる物ではない。そのソフィの攻撃を当たり前の様に防ぎ、
「邪魔をするな」
「っ!」「ぐっ!」
ブォン!――武器共々、ソフィもドライブも放り投げる。勢いよく投げ飛ばされ、二人共間合いが開けての着地。
「お待ちなさい」
その間に立ち塞がるのは、
「私の名はエカテリス=ハインハウルス。ハインハウルス第一王女ですわ。黒騎士、我が軍に相容れぬ者を通すわけにはいきませんわ」
エカテリスである。槍を構え、静かな気迫を漂わせる。
「ほう、貴様王女か。成程、貴様らハインハウルス軍だったか。私の事は知っている様だな」
「勿論ですわ。我が軍に仇成す、強者の一人」
「成程。だが、そうだな。――戦闘ゴッコ、子供の遊びなら他でやれ。知識と格好だけで何が出来る」
「――っ!」
が、黒騎士はやはり動じない。それどころか挑発をしてきた。――エカテリスは地を蹴り、圧倒的速度で突貫。
「姫様への愚弄、この私が許しません」
更に背後からリバールの援護。ソフィ、ドライブが威力勝負なら、二人は速度勝負といった所。特にリバールの速度は速く、恐らくは黒騎士の速度も越えただろう。――ガキィン!
「!?」
だから黒騎士は「避けない」。首筋を狙うリバールの二刀流短剣による斬撃を、鎧でそのまま受ける。その甲冑の圧倒的防御力に、更に魔力で防壁を混ぜた。――最初から、下手な行動よりも防御が有効である事を見抜いたのだ。勿論、黒騎士の装備、魔力、センスがあっての結果ではある。
「私はあくまで貴様らの実力を考えての話をしているだけだ。その結果他でやれ、と警告はしたまでの事」
更にはリバール程ではないもののそれでも圧倒的速度を誇るエカテリスの突貫に対して、何処からともなく黒い大剣を取り出し、その大きさに見合わぬ速度で振るう。――ガキィン!
(っ……重っ……!?)
ぶつかり合う槍と剣。わずか一、二秒の押し合いで、エカテリスの心理に「敗北」が過ぎる。それ程重く、圧倒的な剣だった。
「散るがいい」
「っ……くうっ……!」
そのままエカテリスは押し切られていく。終わりかと思ったその時、
「王女様!」
ガッ!――ハルが気功術を使い、速度を上げエカテリスの体を抱きかかえながら避けさせる。間一髪、黒騎士の斬撃を回避。
「このっ!」
バシュゥン、バシュゥン!――更に距離を取ってサラフォンが狙撃。細くとも鋭い魔法波動が黒騎士の防御の隙間を狙って飛んでいく。
「成程、一撃で死なない程度の雑魚ではあるのか。我が軍の兵士相手なら十分戦えるだろうな」
だが次の瞬間、防御の隙間は防御の隙間では「なくなる」。魔力による防壁で、サラフォンの攻撃も完璧に防ぐ。
「なら……こうっ!」
自分の攻撃は防がれる、その事実を認識した上で、サラフォンは攻撃方法を変更。ダメージを与えるよりも牽制に専念、黒騎士の動きの制限を狙う。
「サラフォン! いざとなったらアタシごとぶっとばせ!」
そのサラフォンの攻撃を援護に、ソフィが再び突貫。空中から大きく斧を振りかざす。
「真空破邪」
更にリバールが少し間合いを置き、今度は忍術。見えない真空の刃を展開させる。
「ハル、お願い!」
「承知っ!」
更に更に、ハルの気功術を足場に利用し、更なる加速でエカテリスが突貫。
「邪魔だ」
その全てを黒騎士は物ともせず、大剣を横に回転するように一振り。黒い波動をたぎらせたその攻撃は、
「っ!」「ぐっ!」「く……!」
同時にエカテリス、ソフィ、リバールの三人を吹き飛ばす。ダメージと共に大きく後退。
「みんな! っ、この――」
「サラ、待って!」
サラフォンが再度牽制から直接攻撃を試みようとするが、ハルが制止。今単独で黒騎士を狙えば、カウンターを喰らうのはサラフォン一人。サラフォンは後衛職、防御力は高くない。――命の保証が、出来ない。その判断からである。
「…………」
黒騎士はサラフォンからの攻撃が来ない事を確認すると、歩を進める。手が出せないハインハウルス陣営を後目に少し進むと、
「ふむ。この辺りか」
腰が抜けて動けない古獅子族の作業員をこれまた後目に、黒騎士は採掘された鉱石を見定め、質が高い物を数個拾う。
(鉱石を拾いに来た……!? 何の為に……いや、目的は今はいい……いざとなったら自分が……)
手に汗をかきつつ、ハルが思考を巡らせる。――ハインハウルス軍、近接職でダメージが無いのは自分だけ。このまま再び相手が攻勢に出るなら、まずは自分が出て時間を稼がねばならない。もう一方にいる仲間達が気付くまで、せめてもの時間を。
そんなハルの思考を知ってか知らずか、黒騎士は自分を睨むハルをチラリ、と見ると特に何もせず、出口の方へ歩いて行く。――本当に鉱石を拾いに来ただけだった……?
「目的は資源泥棒か。それは俺の仲間達が汗をかいて取り出した物だ。仲間に客に手を出す貴様にやれる物じゃない」
と、再び黒騎士の前に立ち塞がったのは最初に吹き飛ばされたドライブ。武器を持ち直し、もう一度身構える。
「雑魚は雑魚なりに多少腕があると思ったのは勘違いだったか」
「……何だと?」
「実力差が見抜けないわけではないだろう。――貴様一人で何が出来る」
「――っ!?」
ドォン!――激しく重い威圧がドライブを襲う。一瞬でも気を抜いたら立ってはいられない。
わかってはいた。黒騎士の方が上である事位、最初の一撃で見抜いてはいた。それでもプライドが彼を奮い立たせたが、そのプライドごと威圧に塗りつぶされていく。――体が固まり、動けない。
そのまま黒騎士は歩いて行く。威圧で固まったドライブの横を、直ぐ横を、何事も無かったように通り過ぎて出口へ向かう。
「――待ちやがれえええぇぇ!」
そして何も出来ないまま出口まで後少し、といった所でその咆哮。気付けばソフィが再び突貫していた。聖刃双生を発動し、右手に愛用の斧、左手に光の斧。全身全霊をかけてラッシュ。
「…………」
ガキガキガキガキィン!――そのソフィの全力に対し、黒騎士は冷静に再び大剣を取り出し、対応。信じられない程の威力と速度で攻め立てるソフィの攻撃を、信じられない位確実に防いでいく。
「訓練がしたいだけなら仲間内でやっていろ」
「!?」
そして、軍配は黒騎士に上がる。刹那のタイミングを見切りソフィの斧を両方同時に大剣で抑え込むと、
「っ――がはっ……!」
ドカッ!――問答無用でのミドルキック。ソフィは吹き飛び、受け身も取れずに転がり倒れる。
「ゲホゲホッ!――クソッ……!」
「ソフィさん、駄目です、これ以上は!」
「ソフィ様、ここは落ち着いて」
「っざけんな! このまま終わりに出来るか! サラフォン、薬あったら寄こせ!」
「ソフィさん、薬は渡せますけど……でも、ソフィさんが無駄に傷付くだけの薬なら、ボクは渡せません……!」
「ソフィ、ライト達も居ますわ。――悔しいのは私達も同じ。退きましょう」
「……畜生……畜生……ッ!」
それでも無理矢理立ち上がりもう一度向かおうとするソフィを仲間達が止める。その声を背中に、振り返る事無く黒騎士は去って行く。
「さて……ん?」
手に入れた鉱石を確認する為に視線を動かすと、甲冑に傷が入っているのが見えた。――傷、だと? あの程度の攻撃で傷が……手入れを怠っていたか、油断をしたか。
「……いや」
ソフィの攻撃が想像を上回ったのだ。――あのラッシュで適格にこの部分を狙っていたのか。
「……ハインハウルス軍、か」
一瞬だけ立ち止まり考える素振りを見せると、今度こそ黒騎士は鉱山を後にするのであった。