第百六十一話 演者勇者、立会人になる2
「うおおおおおお! 勇者様ああああ!」
ズドドドドド、と轟音を地面に響かせて全力で駆けて来る集団。エカテリス、リバール、ソフィ、ハルが馬車を降り、身構える――
「ようこそいらっしゃいました古虎族の集落へ! 古虎族、古虎族はこちらです!」
「勇者様、道をお間違え無い様! 古獅子族の集落はこちらです! あちらは罠です!」
「罠とは何だ! 我々が罠なら貴様らなどほら吹きだ! 嘘吐き猫族だ!」
「誇り高き獅子を馬鹿にしたな!? この縞模様ペイントめ!」
「虎の誇り高きあの文様をペイントだとぅ!? 許さん! 今日と言う今日は許さん!」
「それはこちらの台詞だ! 決着をつけてやる!」
――そして、身構えた数歩先で、身構えたメンバーを無視して、一大決戦が始まってしまった。二つの民族による入り乱れの大乱闘。流石に武器を抜いての殺し合いではないが、それでもあちらこちらで取っ組み合いで大乱闘。
少なくとも彼らはこちらに対して敵意があるわけではなく、そして問題の古虎族と古獅子族であり、勇者を出迎えに来ていた事は何となくだがわかった。――だが、現状それ以上の把握が不可能な状態。
「いやー、熱い歓迎の舞いだねえ勇者君。終わったら見事じゃ、とか言って褒めてあげなよ」
「絶対違うよな!?」
緊張感が無くなったのか、レナがいつもの(?)状態に戻る。
「団長、許可くれれば全員ぶちのめしてくるぜ」
「それその後この人達に話聞ける?」
「保証はしねえ。でも馬鹿だろこいつら、つーか団長を前にしてこの態度が気に入らねえ、やっぱり取り敢えず全員ぶちのめしてだ」
「気持ちは嬉しいけどぶちのめす以外の選択肢が欲しいな、ソフィ」
「それ以外……ぶっ飛ばすか、叩き潰すか……」
「全部結末同じだよねそれ!?」
ソフィが指を鳴らしながら臨戦態勢に入る。こちらも斧こそ出さないものの今止めなければ乱闘が悪化するだけな気がする。
「お待ちなさい、ソフィ。――古虎族、古獅子族の者達よお聞きなさい! 私達はハインハウルス軍、私は第一王女、エカテリス=ハインハウルスですわ! 今すぐ争いの手を止めるのです!」
見かねたエカテリスが腹から響くような声を出し、圧倒的オーラで制止に入った。流石の迫力に、
「!? お、王女様だ! 王女様もいらしてるぞ!」
「王女様の命令だ、手を止めろ!」
「お前が先に止めろよ!」
「お前らが止めたらこっちだって止める!」
「何だと!?」
「この野郎!」
数秒間だけ、乱闘は止まった。――そして再開された。
「姫様の……姫様の指示を……無下に……最早生きてる価値無し」
「先輩ストップです、目が本気です。――ライト様、止むを得ません、サラを使って下さい。サラ、手段は問わないわ」
「サラフォンを?――サラフォン、何か方法あるの?」
「えっと……多少強引になるけどいいかな?」
「死人とか出ないなら」
「それは大丈夫。――ニロフさん、ネレイザちゃん、手伝ってくれる?」
「承知」「私で良ければ。何すればいいの?」
「うんとね――」
サラフォンが素早くニロフとネレイザと打ち合わせ。
「では」「行くわ!」
直後、ニロフとネレイザが短めの詠唱で魔法を発動。
「みんな、伏せて!」
更に直後、サラフォンがロケット砲を持ち出し、一発乱闘の中央の上空へ発射。――どっぱーん!
「あばぁ!」
「ぬぼぉ!」
更に更に爆発直後、あれだけの大乱闘をしていた二つの民族達の動きが止まった。その場に制止する者、尻もちをつく者、膝をつく者。様々だったが、少なくとも直ぐに乱闘続行は不可能と思われる状態に持ち込んだ。
「えっと……サラフォン、何をしたんだ?」
「あれ、ボクが作った特殊大砲で、ショッキングボムって言うんだ。名前の通り、一定範囲内に外圧から激しいショックを与えて行動不能にするの。お年寄りや体の弱い人、子供にはちょっと危ないかもだけど乱闘してる人はみんな元気な大人だったから命に別状は無いし、みんなにはニロフさんが守る魔法、必要以上に周囲に漏れないように防壁の魔法をネレイザちゃんに張って貰ったの。――まあ、みんなのレベルなら効かない位の威力だけど」
「それって……まあいいや、流石だよサラフォン」
ちなみに「それって」の後には明らかに俺喰らったらアウトだよね、の言葉があったが飲み込んだ。言っても虚しくなるしニロフに守って貰ったので言う必要性も無いし。
「さて。勇者君、出番出番」
「あ、そうか」
ポン、とレナに背中を押され、ライトは馬車を降りる。未だうーん、と言いながらふらついたりしている民族達の方へ向き直り、
「皆さん、聞いて下さい! 俺はライト、ハインハウルス国王からの依頼で派遣された勇者です! 皆さんの話を公平に聞く為に来ました! 手を止めて、俺に話を聞かせて下さい!」
そう呼びかけた。
「ちなみに今乱闘を止めてくれたら今の乱闘は不問にします! 後順番に話を聞きますが、ちゃんと両方の話を聞いた上で色々判断しますので順番は関係ありません! それから話を訊くのはこちらが尋ねた時だけ、気持ちは分かりますがそちらから俺達の方に足を運んでは来ないで下さい! それからそれから」
続けて思い付く限りの制限を口にする。隙あらば揉めそうな気がするからだ。――結果、
「勇者様、食事はしてもいいですか」
「服は着ていてもいいですか?」
「トイレは、風呂は」
「水は飲んでも」
「呼吸はしても……」
「じゃあお前等俺が死ねって言ったら死ぬのかよ畜生めえええ!」
「マスターが壊れた……」
そんな幼稚な取り決めがしばらく続くのであった。
「うーん、美女なら服は脱いでいても……あ、ハル殿、嘘です、我なりのジョークです」
「勇者様、王女様、ウチの若い集がご迷惑をかけまして」
ガラビアの検問を通り、公平に二つの民族の集落の中央辺りにある宿を取り、一度休憩。落ち着いた後、まずは古虎族の集落へライト達は足を運んだ。出迎えたのは立派な髭を生やした、五十代位と思われる男。
「私は古虎族の長を務めております、テルガムと申します。足を運んで頂き恐悦至極」
奥の部屋に通され、落ち着いた環境で話が出来そうだった。――族長も荒っぽかったらどうしようかと思っていたライトは一安心。
「私達古虎族は主に鉱山で採掘された鉱石の加工を生業としております。当然ですが鉱石は原石のままでは何の意味もありません。私達が加工して一般鍛冶師や工具師でも扱えるようにして出荷しているのです」
「成程、大切、大変なお仕事ですね」
「いえ、それが昔から我々の生きる道ですから。他の事は苦手でも、それだけは他の人間には負けません」
実際、原石を「はいどうぞ」で貰ってもライトとしては当然何も出来ないし、そもそもそれが貴重かどうかもわからない。重要な課程を持つ事は勿論わかった。
「それなのに、古獅子族の奴らは我々がそれしか出来ないと自分達の優位を主張、鉱山の権利や売り上げの分配の変更を要求してくるのです! 馬鹿にしおって……!」
「成程……」
本当に悔しい想いをしているのだろう、テルガムの表情に苦みが滲み出ていた。
「とりあえずは……ネレイザ」
「うん。――族長さん、公平さ等の確認の為に、仕事の記録、外部や古獅子族との取引、契約、帳簿等をお借り出来ますか?」
「勿論です。我々にやましい部分はありませんからな。――おい」
テルガムは近くにいた人間に指示を出す。
「にしても、流石は勇者様、王女様の御一行だ。素晴らしい装備をお持ちで」
と、気持ちも少し落ち着いたか、テルガムはライト達の武器に目が行った様子。
「ああ、私達の中にも少数ですが鍛冶師工具師もおりましてな。鉱石を更に加工して武器防具工具にしているので、腕の良い職人技を見るとつい」
「専属の職人がいますの。国自慢の職人ですわ。よろしかったら持ってみても」
アルファスの武器は当然分かる人には分かる、最高級の技術の武器である。テルガムも気になっていたらしく、エカテリスがアルファス作の愛用の槍を手渡す。
「宜しいのですか、では失礼して……」
テルガムはその申し出を喜んで受諾し、丁寧に槍を受け取る。
「! こ、これはっ……! こ、この槍は……ほわあああああああ!」
「!?」
そして叫んだ。――いや待て待て! 何で叫んだ!?
「素晴らしい、何て素晴らしい腕だ! ここまでの腕の持ち主は見た事がないっ! 見事なまでに鮮麗された技術、素材を一切無駄なく使いこなしている! 芸術、神の品だ! ああ、いい匂いがする! 食べてしまいたい! はぁはぁ」
「やばい変態じゃん。そりゃ揉め事起きるわ」
全員が瞬時に思った事をレナだけは遠慮なく口にした。――誰だこの人は。さっきまでの人と本当に同一人物か。
ちなみに放っておいたら本当に舐めそうだったので誰よりも早くリバールがエカテリスの槍を取り返す。「いい匂いなのは認めますがそれは姫様の匂いで武器の匂いではありません」と言っていたが最早それ所ではない。
「勇者様、この鍛冶師にこちらを! 鉱山で採れた最高級の品です! その者ならこれを使えば神を越える!」
「あ、いえ、そういうのを受け取るわけには」
「こちらです!」
ライトの制止など聞く耳を持たず、何処からともなくテルガムは鉱石を取り出し前に置く。
「ほわあああああああ!」
そしてサラフォンが叫んだ。――いやおい!
「す、凄いよライトくん、ここまで鮮麗されたグリーンバーグ鉱石は見た事ないよ! これがあればあれも作れる、これも作れる……! ボク、この石なら舐めてもいい!」
「わかりますか! お見受けした所工具師の方ですな!」
「はい! これの価値がわかる人に悪人はいません!」
二人だけで異常な盛り上がりを見せるテルガムとサラフォン。――誰よりもハルが頭を抱えていた。
「……こういうのに関わる人ってみんなこうなのかな」
「いや流石に違うでしょ。アルファスさんこんなだったら勇者君どうするよ」
「だよなあ」
叫ぶアルファスは想像出来なかった。
「ふむ、そうなるとこの我の秘蔵コレクションの鉱石はどの程度の価値が。古代迷宮でしか採掘出来ない品でして」
ゴトッ。――そんな二人を見て何処からともなくニロフが二人の前に紫に光る鉱石を置いた。
「ほわああああああああああ!」「ほわああああああああああ!」
直後、二人は同時に目を狂わせて叫んだ。
「成程、二人合わせて二十ほわあですな」
「単位だったんだそれ!? なら納得……出来るかい! 遊ぶなニロフ!」
余談だが、本当に物凄い珍しい鉱石だったとの事。――いや、その辺りは流石だけど。