第百六十話 演者勇者、立会人になる1
この世の全てが「力」で決まるとしたら、どれだけ平和になっただろう。
「申し上げます! 奴ら、こちらの要望には応じず、独断での取引、作業を開始した模様!」
「またか! その方法は今は良くても将来駄目になると何度説明すればわかるんだ……!」
だってそうだろう。力ある物が勝ち、上に立つ。負けた物も自分が非力だから、で納得がいく。知識、情、歴史、そういった物の全てがその仕組みを崩し、余計に解決への道を遠ざける。
「これ以上はもう無理だわ! 強硬手段に――」
「駄目だ、今それをやったらこちらの体制も危うくなる。親父達が築き上げてきたものを台無しにするわけにはいかない」
俺とて情はある。皆の言いたいこともわかる。だからこそ、俺はここに居るのだから。
「ドライブ、頼む。先に現地に行ってくれないか。いざという時の抑止力が欲しい。お前なら」
「わかった。取り敢えずの事は任せてくれ」
「ありがとう、ドライブ。貴方が居てくれて本当に良かった」
「それはお互い様だ。言いっこ無しだろう。――行ってくる」
もしも、この争いを治める方法があるのなら、俺はそれを「選べる」のだろうか。
俺の全てを失ったとしても、彼らが幸せになれる方法があるのなら、俺はそれを「選べる」のだろうか。
「あ、ドライブさん! お出かけですか?」
「視察にな。また騒ぎが起きてるらしい」
「了解です、御気を付けて!」
結局、知識、情、歴史なんて物に一番流されているのは、俺なのかもしれない。
でも、守りたい物が守り切れるのならば、俺は――
「民族間同士の立会……ですか?」
新しい任務があると通達があり、玉座の間に集められたライト達。ヨゼルドから通達された内容が、
「うむ。勇者という権限、立場を使って事態を早めに収束させて来て欲しいのだ」
という物だった。事前に用意してあったか、テーブルの上にハルが資料を並べていく。
「我が国の南方にガラビアという鉱山都市があり、その名の通りそこには大きな鉱石採掘場がある。我が国の資源としても重要地点であり、二つの民族が昔から共同での採掘や管理を行っているのだが、近年はその折り合いが悪くてな」
「折り合い、ですか」
単純計算で言えば、二つでやっていた物を一つだけでやればそれだけの収入や功績が手に入る。国が重視していれば尚更。些細な事から争いが起きるのはありがちな話かもしれない。
「放っておいて内戦でも始められたら困るのでな」
「え、そんな危険な所なんですか?」
「ああいや、話がまったく通じない人間達ではない。ただ放っておくと直ぐに問題になるから、定期的に立会が必要なのだ。行って話を聞けば大抵収束するし、それをライト君がやれば勇者の功績として残る。難しい任務ではない。以前から私やヴァネッサも立会に行ったことがあるしな」
いくら周囲が優秀でも、ヨゼルドとしても不用意に危険な場所にライトを送るつもりは無い様子。ライトとしても一安心だった。
「ちなみにヨゼルド様は一方に若い女性の接待を受けて片方に流れかけ、また別の時ヴァネッサ様は採掘された鉱石で作られた珍しい大剣を譲られて片方に流れかけた過去がございます」
「ハル君、しーっ! それを言ったらライト君が向こうで何か貰えると誤解するじゃないか!」
「心配の仕方が失礼極まりないんですが!? 真面目にやりますよ!?」
てっきり自分の威厳を心配するのかと思いきや。
「あっ、そうか! ガラビア鉱山ってことは、古虎族の人達の事だ!」
「? サラフォンは知ってるのか?」
「昔から加工を生業としてきた民族の人達で、武器防具に限らず鉱石の加工が凄い上手なんだよ! 一度本場を見てみたいと思ってたんだ!」
同じく加工を生業としているサラフォンが目を光らせている。職人の血が騒ぐのは構わないのだが、
『サラフォンさん、こちらお受け取り下さい』
『!? こ、これって物凄い貴重な鉱石! これがあれば凄い物が作れる! も、貰っていいんですか!?』
『はい。その代わり、国王様にお口添えを――』
『任せて! 国王様にちゃんと古虎族の人達の方が良い人達ばかりだったって伝えるから!』
「…………」
「現場で新しい鉱石とか手に入れば、ライト君の新しい勇者グッツも何か作れるかも……って、あれ? 皆どうしたの?」
サラフォン以外の全員が、落ち着いた目でサラフォンを見ていた。――どうも同じ結論に全員達したらしい。賄賂を賄賂と知らず受け取るサラフォンの姿。
「ハル、勿論俺達全員で気を配るけど、いざという時は」
「承知しております、お任せ下さい」
流石にあれだけ目を光らせているのに連れていかないという選択肢も選べないので、いつも通りハルに頼る事に。――ありがとうハル。本当に頼りになる。
「あれ? という事は勇者君、うちの騎士団、ハルが賄賂に流れたら壊滅するんじゃ」
「怖い想像止めて!?」
何だかんだで国王の側近までこなすハルが堕ちたら確かにもう終わりな気がした。――ダークネスなハルとか嫌だ。
「ふむ、という事は古虎族に相反する民族となると、古獅子族ですかな」
「もう一方はニロフが心当たりがあるのか」
「ええ、美男美女の多い戦闘民族でしてな。力自慢美貌自慢が盛んだとか。――ライト殿、公平な目で、非常に公平な目で、物凄い公平な目でなら、接待を受けても構わないのではないでしょうか」
「それだけ念を押されたらまったくもって公平な目で見てるとは思えないけど!?」
美女に接待されたいオーラが駄々洩れのニロフであった。
「団長、解決方法に困ったら「アタシ」がアームレスリングで決着を着けると言っています」
「そこはそこで勝負がしたいだけだよね!?」
一方で戦闘民族と耳にして血が騒ぐソフィ。
「ライト様ご安心下さい。結局の所、姫様の美貌に敵うわけがないので、美貌自慢も無意味に終わります」
「寧ろそれを向こうで自慢したら余計な火種になる!」
そして行く目的が変わって来そうなリバール。
「とりあえず話して納得させればいいんでしょ。いざとなったら勇者君がチケットをチラつかせれば終わりじゃん」
「……何だろう。レナが凄いまともに見えてくる」
「喧嘩売ってる?」
というわけで、次のライトの任務は、民族間の立会人に決まったのであった。
そして数日後。準備を終え、ライト騎士団はハインハウルス城を出発。現在馬車に揺られて移動中。
「わあ、見て見てマスター、結婚指輪に使える鉱石なんかも採れるんですって!」
「今度、特注で何か作って貰おうかしら。――ライト、私にはこちらとこちら、どちらがより似合うかしら」
「あっ、王女様ずるいです! マスター私にも選んで!」
「いや、あの、えーっと」
資料を見ながらファッション関係にも使える宝石系統も採掘出来ると知り、テンションが上がるネレイザとエカテリス。年頃の女の子らしかった。――何故か二人に挟まれるライトは困惑中。アクセサリーのセンスなど考えた事もない。
「まあまあ落ち着きたまえ二人共、勇者君が困ってる。――ここでファッションのお土産を買っても、二人よりもまず必要な人がいるでしょ」
「誰?」「誰かしら?」「誰だ?」
「アルファスさんとセッテ。――いやあ盛り上がりそうだ」
「それやったら俺二度とアルファスさんに剣術教えて貰えなくならないか」
二人のお土産に結婚指輪。想像しただけでとんでもない事になりそうだった。
「姫様、アクセサリーが必要でしたら、このリバール、姫様の為に全身宝石を纏って!」
「先輩は一体何を言ってるんですか」
左程大変ではないと聞かされていたせいか、馬車の中は平和で楽しく(?)、目的地を目指していた。
「にしても、何でその二つの民族、そんなに仲が悪いんだろ」
「我の推測になりますが、民族同士の争い、というのは案外原因がわからなかったりするものです」
「どういう意味?」
「逆に言えば、原因がわかっていればそれを取り除けば良いだけ。しかし頻繁に揉めているというのは、恐らく昔も昔、何代も前からのいざこざであり、最早原因もわからず相手を敵視するのが当たり前になり、結局直ぐに揉め事が起きるのでしょう。歴史上、長い争いを和平で終わらせた、という事例は限られます。武力で勝ち負けを決めてしまう方が結局楽なのですから。その結果、大きな被害が出てしまったとしても」
「つまりは、戦争……か」
「悲しい話ですな。分かり合える方法を諦めてしまうというのは」
ヨゼルド、ヴァネッサらが介入してある程度治まるだけマシ、という事なのだろう。――この任務が、ちゃんとした「任務」である事を再確認させられる話だった。
「マスター、話を聞くだけ聞いてみたらいいじゃない。もしも根本的な物が解決出来たら、って思ったんでしょ?」
「……顔に出てたか?」
「ううん、でもわかるもの。言っておくけど、レナさんよりもマスターの事、把握してるつもりよ?」
「はーい勇者君の性癖発表しまーす、第三位から」
「待てぃぃぃ止めろぉぉぉ!」
「というか把握してるのされてるの!?」
謎の対抗心でぶつかり合うレナとネレイザ、把握されてるつもりはないが万が一が怖いライトであった。――そんな会話が続いていると、
「ライト様、ガラビアの門が見えて参りました。間も無くの到着です」
ハルの指摘に外を見て見ると、街の検問所、門が見えてきた。地方とは言え資源の重要さがあるのか、中々どうして大きめの街の様子。――って、
「何で門の外にあんなに旗が立ってるんだ? 中にあるなら兎も角」
無数の旗が門と一緒に見えてきた。手勢にしたら結構な数になるだろう。
「歓迎してくれてるんだよ、ライトくんを。勇者様だもん」
「門の外……でか?」
話をしてる間にも、近付いてくる門、そして無数の旗。近付けば近付く程わかる、旗と共に大勢の人影。
「!(ぴくっ)」
「ソフィさん、どうしました?」
「「アタシ」のスイッチが入った。こっちへ向けてかどうかはわからねえが、戦闘の気配がする。――全員、武器持ってろ。レナは団長を頼む」
「はいよ。相変わらずナイスセンサー」
狂人化のスイッチが入るソフィ、そのソフィの注意で各々が武器を準備。レナがライトを連れ後方に。一気に馬車内に緊張感が走る。――でも。
「どうして……戦闘……!?」
「私達の到着が遅かったのかもしれませんわ。被害を出さずに収束は無理かもしれません。――リバール、出ますわ」
「はっ」
前衛陣が馬車を降りて数歩先行。ニロフ、サラフォン、ネレイザ、レナ、ライトがまだ馬車で待機。速度を少し緩め、ゆっくりと近付く。
そして、ついに一定の距離まで近づいた、その時。
「! 勇者様、勇者様だ! 行けえええええ!」
見えていた旗と、その手勢が一気に押し寄せて来たのだった。