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第百五十八話 演者勇者と筋肉大迷宮(マッスル・ラビリンス)18

 ゆっくり振り返り、ポートランス城を見る。――真の筋肉大迷宮マッスルラビリンスの騒動が嘘の様に、城も、広がる城下町も、普段通りだった。

「……無駄足、でしたかね」

 無意識にそう呟くと、再び視線を前に戻し、クレーネルは再び歩を進める。迎えの馬車がもう直ぐ来る頃だろう。――主要の人物達には挨拶をした。ストムにはもう少しゆっくりしていって構わないと言われたが、予定をずらすつもりはなかった。

「なんや。何もオモロイもんが手に入らなくて、つまらんー、みたいな顔やな」

「……貴女は」

 気付けば隣にフュルネがいた。――いつの間に。

「いいんですか? 暗部なのに、勇者様の傍にいなくて」

「レナがいれば問題ない。あくまでウチはレナがいない時用やし」

「というのは建前で――本当は、暗部なんかじゃないんでしょう?」

 ふと表情を確認してみれば、してやったり、という笑顔。――騙し通せそうな相手じゃない。フュルネは軽く息を吐く。

「何者ですか? 普通に暗部と言われても遜色ない、寧ろ相当の実力者とお見受けしましたが。だからこそ他の方は騙せたのでしょう」

「まあ確かにウチは暗部やない。――ウチは、あいつらの友達や」

「友達?」

「そうや。友達のピンチやったから助けに来た、それだけやねん。――クレーネルやて、友達のピンチやったら、手が届く範囲なら立場云々関係抜きに助けるやろ?」

「それはどうでしょう。その方の事を想うなら、助けない、というのも必要な選択肢ではないでしょうか」

「堅いなあ」

「それに」

 そこで不意にクレーネルは軽く空を見上げ、遠い目をする。

「私には友達も、仲間も、家族も、恋人も――大切な人なんて、いませんから。私にあるのは、神に仕える心のみ」

 そう呟くクレーネルの表情は、寂しさを通り越して、何かを悟った様な表情だった。――なんやねん。なんでこんな台詞、当たり前の様に呟けるねんコイツ。

「クレーネルが望むならウチが友達になってもええで。勿論、「色々さらけ出してくれるなら」やけど。上っ面の友情なんていらんし」

「お気遣いだけ頂いておきます。ですが私には必要ありません。私には神のご加護がありますから。――勿論、神が貴女との友情を望むのであれば、それに従いますが」

「そんなん本物の友情やあらへんやんけ。言われたから友達とか。親の付き合いに流される子供かいな」

「ですから必要ないと申し上げたのです。――まあ、もう貴女と関わることは無いとは思いますが、私にこれ以上余計な詮索と介入はお勧めしませんよ。――惜しいでしょう?」

 何が惜しいのかは言わない。生活か、自由か、仲間か――命か。

「そうやね。ウチも無理矢理云々するつもりはあらへん。クレーネルの人生はクレーネルのモンやしな。せやからクレーネルも、ウチの友達に不用意に手を出す様なら」

「留めておきましょう」

 それで会話は終わりと言わんばかりにクレーネルは歩き出す。

「レナ辺りは思っとるやろな。どれがホンマの表情か読めへん奴や、って。でもウチは違う」

 が、再びフュルネの言葉。振り返りはせずとも、足は止まる。

「ウチは、全部がホンマのクレーネルやと思うとる。優しい顔も、真面目な顔も、冷え切った顔も。それでいて、多分まだ見せてない顔がある。――不安定極まりないやんけ」

「……何が仰りたいのですか?」

「ウチの気持ちは変わらん。クレーネルが全部をさらけ出してくれるなら、ウチは友達になってもええ。アンタを助けてもええで」

「…………」

 クレーネルはそのフュルネの言葉に返事をすることは無く、群衆の中に消えていくのであった。



「あらためて今回の騒動に巻き込んでしまった事、この国を代表して、そしてミルラの義兄として謝罪しよう。――すまなかった」

 時間は少し遡り、ポートランス城、玉座の間。ストムとアクラが、ハインハウルス陣営に対し、深く頭を下げた。

 真の筋肉大迷宮はレナがコアを破壊し、魔力路を通じて脱出すると、直ぐに城は元の姿に戻り、再び行く事は出来なくなっていた。色々あるがまずは各々、特にエカテリスの静養が必要なのでそちらを優先。数日後エカテリスの体調も良くなり、こうして正式な面会、会談の場が設けられたのだ。

「これが発見されたミルラの手記と研究資料だ。研究資料に関しては今後も分析を続けていく。二度と同じ事故が起きないようにな」

 研究資料には真の筋肉大迷宮の復活に関して、そして影触手の使役に関しての研究がびっしりと記されていた――様子。ライトは正直見てもわからなかった。……読んで俺が解る様なら苦労しないよ。

 一方で手記にライトは手を伸ばす。そこにはこの筋肉の国における自分の姿に対するコンプレックスが生々しく記されており、目を通していて複雑な気持ちになる。

 弱い自分。そこから抜け出せない自分。――ミルラのしたことを許すつもりはないが、それでもまったく同情出来ないと言えばライトは嘘になってしまう。

「姉として、ミルラの気持ちに微塵も気付けなかった事、後悔しかありません。後一歩でも寄り添えていれば、皆さんに迷惑をかける事も無かったかもしれないのに」

「致し方あるまい、アクラ妃。――家族とて、一人一人の人間だ。分かり合えない物はあるものだ」

 ヨゼルドの慰めに、アクラが再び頭を下げる。――目には、涙が浮かんでいた。

「ミルラに関しては、今後取り調べ等を行った後、王族権を剥奪、厳重な監視下の元、無期限での監禁処分とする。甘いと思われるかもしれんが――死罪だけは、許して欲しい」

 そう言ってストムはレナを見る。迷宮内のやり取りで、レナが納得いかないのを認識しているのだろう。レナとストムの目が合う――

「……はぁ」

 と同時に、ライトがレナの手をそっと握った。――何が言いたいのよ勇者君。いやわかるけども。ああもう。

「……私は、国王様と勇者君の意思の範疇を越えてどうこうしたいとかはもうありません。皆が納得してくれてるなら、それで」

「ありがとう」

 ストムのお礼が出ると、ライトはゆっくりと手を離した。ふと今度はライトとレナの目が合う。何を言うわけでもないが、不思議な瞬間が、二人だけの瞬間がそこにあった。

「何……何なの二人して……え? レナさん、マスターをたぶらかし……え?」

「ネレイザ様、深呼吸しましょう。落ち着きましょう」

「ひっひっふー、ひっひっふー」

 そんな二人の様子を見ていたネレイザとハルのやり取りは兎も角。

「そして、勇者ライト。――お前の心意気は、十分と目に焼き付けさせて貰った」

「え?」

 そして不意に話題はライトの事になる。ストムがニッ、と笑いライトを見る。

「最初に会った時は悪いが普通の若者にしか見えなかったが、中々どうして骨のある男じゃないか。エカテリス姫を救出する姿、見事だったぞ。やはり勇者たる者、人の心に寄り添えなければならないだろうからな。筋トレでは心までは鍛えられない」

「父さん! 僕の心は筋トレで鍛えられたよ!?」

「親父、俺のもだ!」

「お前達は黙っていなさい」

 心まで筋トレで鍛えられた(?)次男三男がアクラに窘められていた。

「ハインハウルス、そしてお前個人にも大きな貸しを作る形になったな。これからも苦労する事は起こるだろうが、我が国で手助け出来る事なら何でも言ってくれ。俺でも、息子達でも、必ず何処へでも助けに行こう」

「ありがとうございます」

 そこでライトはストムと握手。ストムの言葉には、演者勇者としての苦労、という意味合いも込められているだろう。それを認めた上で、自らが助けになると言ってくれている。個人としても国としても、大きい存在であった。

「ところで、マッチはどうした? 俺は確かあいつにも来る様に言ったと思ったんだが」

「父さん、兄さんなら多分――」



「素敵な場所ですわね」

 更に少し時間は遡り、ポートランス城下町の外れ。マッチが話がある、とエカテリスを連れ出してここまで来ていた。木々や花々に囲まれ、まるで何処かの御伽噺の世界の様な風景に、エカテリスも素直に感銘。

 中心には、趣を感じさせるテーブルと、椅子もあった。マッチはゆっくりと歩き、そのテーブルに手を置く。

「ここは、俺達兄弟が兄弟としての契りを交わした場所なんです」

「まあ、そうでしたの?」

「はい。俺もムキムもボディビも戦争、紛争に巻き込まれ血の繋がった家族を失いました。俺達は誓ったんです。鍛えて鍛えて、誰よりも筋肉を鍛えて、俺達の様な人間をこれ以上出さない様にしよう。俺達の筋肉を、この国の為に使おうと。――志と筋肉を誓った場所が、ここなんです」

「マッチさん……」

「そして俺達は親父殿に見初められ、今に至ります。この場所に来れば、あの日の誓いと勇気が湧いてくる。そんな気がするんです。――だから、この場所で貴女に伝えたかった」

 エカテリスに向き合う。視線がぶつかる。伝える想いを言葉を考えただけで、緊張で張り裂けそうになる。逃げ出してしまいたい。無かった事にしてしまいたい。

 それでも、伝えなければ一生後悔する。勇気を、覚悟を――絞り出す。

「俺達は――俺は、親父殿の息子として、これからもこの国の為に生きていくつもりです。その俺を、隣で支えて欲しいと思う人に、出会えました」

「……それって」

「エカテリス姫。俺は……俺は、貴女の事が……好きです!」

「!」

「国とか、立場とか、色々あるけど、でも、真っ直ぐに俺を見てくれた貴女が、好きです! 真剣に、考えて貰えませんか……!」

 言った。ついに言い切った。生まれる沈黙。ほんの僅かな時間なのにまるで永遠の様に感じる時間が痛い。

 エカテリスは視線を外さない。マッチはもう外してしまいたいのを必死に堪える。――そして、

「……見届けたい人が、いますの」

 ゆっくりとエカテリスが口を開く。

「出会って直ぐの頃はその人の事を軽蔑していました。立場に溺れる不届き者だと。でも、彼はその立場に相応しい努力家で、今も日々その使命を背負って歩いている、心優しい人でした。今回も、弱く捕らわれた私を、導いてくれましたわ」

「それって」

「マッチさんの好意は嬉しく思います。でも今は、その人を微力ながら支え、彼の物語を見届けたいと思っているのです。ですから、お気持ちにはお応え出来ません。――ごめんなさい」

 ゆっくりと、エカテリスが頭を下げる。

「謝らないで下さい。頭を上げて下さい。姫は、何も悪くない」

 マッチのその言葉に、再びエカテリスは頭を上げ、マッチを見る。

「寧ろ正直に言ってくれて良かった。姫の、本音が聞けて良かった。――姫が見届けたい相手、しっかりと見守ってやって下さい。悔しいけど、でもそいつも姫が認める人間なら、俺は満足です」

「マッチさん……」

「俺は大丈夫です。これからもハインハウルスとポートランスと世界の為に、一緒に頑張って行きましょう」

 マッチが手を差し出す。エカテリスがその手を握り、握手。暖かいその手が、あの日心を動かしたその手が、変わらぬ温もりが――切ない。

「さあ、俺からの話は終わりです。時間を取ってくれて本当にありがとうございました。――すみません、先に戻っていて貰えますか。俺、ここで親父達……天国にいる方の親父達に、報告してから戻りますから」

 マッチはそう言い、何処か後ろ髪が引かれ気味なエカテリスを無理矢理先に返す。次第に見えなくなる背中。

「……っ」

 そして、完全にその背中が見えなくなると、視界が歪んだ。

「くっ……ううっ……」

 必死に堪えていた涙が溢れ出す。――わかっていた。結果なんてわかっていた。それでも、それでも。

「ひぐっ……くそっ……しっかりしろ、俺……!」

 マッチの遅かった初恋。そして失恋。この二つが、彼を一回りも二回りも強くする事を、

「っ……うわああああああ……!」

 今の彼は、まだ――知らない。



「……結局、マッチとは会えず仕舞い、か」

 そして、ライト達がハインハウルスに帰る日がやって来た。結局マッチは振られたショックからか、会談の席にも現れず、約束通り告白の結果だけを手紙で知らせると、部屋から出て来ていない。

「まー、今生の別れってわけじゃないし、またポートランスとの交流の時に会えるでしょ。結構ああいうのに限って次会ったら女の子何人もはべらせてたりするもんよ。今の勇者君みたいに」

「だから俺は意図的に君達を集めたわけではないのですがね!」

 次会う時に寧ろ一人彼女がマッチに出来ていてくれると妬まれないで済むな、頑張れマッチ。――いや俺はここにいる人達をはべらせてるわけでもないのに何の心配してるんだ。

「王女様、リバールさんには報告するんですか?」

「……出来ませんわよ。ポートランスとの国交が悪化しかねないですもの」

 ネレイザの質問にエカテリスは溜め息。ある意味リバールは来られなくて正解の任務だったのかもしれない。

「先輩の事ですから間者を使って把握してる可能性もあるわけですが」

「もうそうなったら手の施しようがないですわ」

「寧ろ私は国王様がリバールの変装の可能性がある気がするんだけど」

「本物だよ! 本物のパパだよ! ほら、抱きしめていいよ!」

「ああもう本物なのはわかりましたからくっつかないで下さる!?」

 エカテリスがあの抱擁で調子に乗った(?)ヨゼルドを押し返す。――そんな会話をしながら、馬車に乗り込み、いざ、という時だった。

「勇者ライトぉぉぉ!」

 ライトを呼ぶ声。ハッとして馬車から顔を出して見れば、

「マッチ!」

 マッチだった。走ってきたか、息を切らしているが、それでもその声は大きく、はっきり届いた。

「強くなれ、誰よりも強くなれよ! 筋肉よりも魔力よりも、大事な強さで、誰よりも強くなれ! それがお前の、姫の近くにいるお前の使命だ! お前がその為に戦うのなら、俺はお前の為に、この筋肉を使ってやる! 俺を、お前を見届けると決めた姫を、絶対に失望させるなよ!」

 マッチは力強い表情で、その言葉をライトに送った。――振り切れたのだ。新しい一歩を、歩き始めたのだ。

「ありがとう! 次会う時に、お前を失望させない、約束する!」

「絶対だぞ! 半端な結果なんて許さんからなぁぁ!」

 やがて馬車が動き出す。ライトがマッチに手を振る。――気付けば他のメンバーも、思い思いにマッチに手を振っていた。

「……そういえば姫様、マッチ君の事なんて言ってフッたんですか?」

「レナさん、デリカシーがないわ」

「えー、気になるじゃん。ネレイザちゃんは気にならないの?」

「そりゃ……気にはなる、けど」

「ふふ、流石に内緒ですわ。でも――そうね」

 スッ。――エカテリスが席を動き、ライトの隣へ。

「エカテリス?」

「ライト。マッチさんと――私の期待を、裏切らないでね? 約束よ?」

「っ……ど、努力します」

 覗き込むように見せたその笑顔に、ライトはドキッとする。――ああマッチ、わかるよ。俺もお前の気持ちが良くわかる。

「レナさん暗部の人もう一回呼んでよ。マッチョの告白の内容を調べさせて」

「まーた君は勇者君絡みで直ぐ暗黒面に墜ちる。成長しなさい成長」

 そんな会話がしばらく続く、馬車の中なのであった。

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