第十四話 演者勇者と聖戦士6
「勇者様に騎士様! 原因はわかりましたか?」
合流後、四人が向かったのは――町長、ムーライの家であった。
「その事でお話があります。中へ入れて貰えますか?」
最初、それから次に訪ねた時はソフィが中心となっていたが、今回はライトが前に出て口を開く。――言い出しっぺだし、実際にこれに関してはライトが言わないと説得力がなかった。
「それで、原因は何だったのです? 一刻も早く取り除いて――」
「本当に何も心当たりがないんですか?」
焦るムーライの言葉を、冷静なライトの言葉が遮る。
「一体何を言って……先程尋ねられた時に何もないと申し上げたではありませんか」
一呼吸置いてそう答えるムーライに、ライトは真実の指輪を見せる。
「……それは?」
「真実の指輪、と言います。勇者専用の装備です。魔力を込めると、相手の事や感情等、一部のことを知ることが出来ます。これを使いながら今回、町の皆さんの話を聞かせて貰いました。皆さん、俺達の質問に対し、困惑や悲しみを見せたんですが……あなただけは、動揺を見せた。逆に言えば――あなただけだったんですよ、俺達の質問に動揺したのは」
「そ……それは」
ムーライが返事に戸惑う。――そう、ムーライだけが、ライトとソフィの訪問、質問に対して「動揺」という感情を見せたのだ。ライトは、それが何か後ろめたいことを隠しているせいではないかと考えたのである。
「加えて、この町に異変が起きたのは、あなたが町長になってから。テレニスアイラとの行路可能なルートを発見して、工事を開始したら坑道のモンスターに異変が起きた。でもよくよく考えてみると、これも少しおかしい。――マーク」
ライトに促され、マークは地図を広げ、説明を始めた。
「坑道がおかしい、ということは以前から坑道は利用していたんですよね? 行路の工事現場は、坑道の入口付近からギリギリ見える位置にありました。僕らも坑道に行った時は考えませんでしたが……冷静に考えると、何故以前からあの坑道は利用しているのに、今になって行路が発見という形になったのか。まるで、あなたが町長になってから不自然な形で生まれたかのようなんです」
「……!」
ムーライの表情が、ピクリと固まる。――さり気なくライトは真実の指輪を使う。……ムーライの感情に、「焦り」が読み取れた。
「一体、あなたが町長になってから……いえ、あなたが町長になる時に、何があったんですか? あなたは、何を隠しているんですか?」
「…………」
ライトの駄目押し再確認。――ムーライは俯いて黙ってしまった。
「……ふーっ」
流れる長いようで短い沈黙を破ったのは――ソフィだった。気持ちを落ち着かせるように大きく息を吹くと、
「三人共、いざとなったら制止をお願いしますね」
そう告げると、ムーライの家に来る前にライトから受け取った小瓶の蓋を開け、中身を一気に飲み干す。
「……テメエは」
そして飲み干して空になった小瓶をライトに放り投げると、既に薬の効果が出始めていた。
「テメエはよ、何の為に町長になったんだ?」
ライト、レナ、マークの三人は思わず軽く顔を見合わせてしまった。――ソフィが、狂人化している。そう、ライトが渡していた薬は「勇者の高揚薬」と言って、一時的に体内のホルモンを高揚させ、動きを活発にするアイテムだったのだ。本来ならばそれで戦闘能力を一時的に上げて戦闘を有利にするアイテムだったのだが、ソフィの場合、狂人化に繋がってしまったのである。そしてそれをソフィはあえて選んだのだ。いざとなったら、無理矢理にでもムーライに喋らせる必要性がある、と。
ライト達としては半信半疑ではあったが、実際に口調が変わったのを確認すると、薬の効果を嫌でも実感する形となった。
「な、何の為に、って、この町の住人の為に」
「っざけんな、どの口がそれを言ってんだコラァ!」
バァン!――両手でテーブルを叩き、ソフィが勢いよく立ち上がる。
「さっき説明したよな、アタシとライトで町周った時、ライトが困惑と悲しみが見えたって! そりゃそうだ、奴ら自分の住んでる町が自分の住んでる町の住人が襲われてるんだ、悲しいに決まってる! でもな、それでも尚、奴らはテメエを信じてた! テメエは頑張ってる、テメエのおかげで町が変わった、そんな町を助けてくれってな! そんな住人に向かって、自分は何も知らない、自分は何も悪くないって胸張って本気で今言えるか!?」
「そ……それは……」
ムーライが視線を泳がせ、反らす。――が、ソフィはそれを許さない。立ち上がった勢いのままムーライの所へ行き、胸ぐらを掴み、無理矢理立ち上がらせる。
「テメエは何を守りたかったんだ!? 町長としてのプライドと立場だってんならもうそれでもいい、でもな、テメエが守りたい町長としての姿ってのは、今のテメエがやってる、町を犠牲にしても自分自身を守ってる情けねえ姿か!? 自分自身で町を救うことも出来ない癖に、町人を騙してのうのうとしてる卑怯な姿か!? そんなことがしたくてテメエは町長になったのか!? そんな姿を目指してテメエは町長になったのか!? 答えろ!」
「ソフィ、ストップ、落ち着けって!」
「ソフィ、殴ったらこっちの負けだからねー、深呼吸深呼吸」
今にも本当にムーライを一発殴りそうなソフィを三人がかりで宥めると、ソフィはムーライの胸ぐらから手を離す。そのままドサッ、と床にムーライは座り込んでしまった。
「……見て頂きたいものが、あります」
そして意を決したようにムーライは口を開き、立ち上がり、一度奥の部屋へ。戻って来た時には、手に小箱を持っていた。その小箱をテーブルの上に置く。
「……開けても?」
ムーライがゆっくりと頷くのを確認すると、ライトは箱の蓋を開ける。――中には、手のひらサイズの鉱石が入っていた。黒をベースに、所々金色の筋が流れるように入っている、綺麗な鉱石であった。
「! まさか、これって」
「マーク君、知ってそうだね?」
「黒雷龍の魂、って呼ばれてる鉱石です。僕も本で読んだことがあっただけで、実際に目にするのは初めてですよ……というか、目にしたことがある人間自体、そういないと思います」
「名前とか珍しいとかはどうでもいい、結局原因がコイツがこの石を持ってるかどうかなのかだ。それはどうなんだ?」
「僕の読んだ本では、この鉱石は、手にする物に願いを叶える為の機会と、それを乗り越える為の試練を与えるという伝説を持っているそうです。もしもそれが本当だったら」
「今回の出来事の説明が出来る、か……」
町長となり、町の発展の為にテレニスアイラとの行路を求めたムーライ。願いを叶え、行路へと続く道を作り出すが、引き換えに坑道からモンスターを引き寄せた。そこでモンスターの排除を願った。願いを叶え、ハインハウルス軍が派遣され、坑道は一旦落ち着いた。だが引き換えにその軍の人間も手こずる新たなモンスターが、町を襲い始めた……
「うーわ、エンドレスじゃん。ほっといたらこの世界終わるんじゃないのこれ」
「はい。なので文献によれば、手にした人間は必ず途中で手放すか、試練の重さに命を落とすか、どちらかだそうです」
そうなのだ。レナの考える通り、結局ムーライが自力で解決していないので、いつまで経っても終わらず、規模が大きくなるだけなのである。
「……これを見つけたのは、町長選挙の一か月前のことです」
目を伏せ気味のまま、ムーライが口を開く。落ち着き、ゆっくりとした口調だったが、何処か重い口調でもあった。
「確かにこれを見つける前から私は町長になりたい、この町を変えたいと思ってはいました。そんな時、この町の古井戸の掃除をしていたら、偶々これを見つけたんです。元々あったのか何処からか流れてきたのかはわかりませんが」
マークの知識によれば貴重な品。なのに井戸という場所で簡単に発見されず騒ぎにもならなかったのは、この町が田舎だからかもしれない。
「不思議な物を感じました。手に取れば、何でも感じ取ってくれそうな空気を感じたんです。今思えば、そちらの方が仰った効果のせいなのでしょう。私は、町長選挙に勝ちたい、と願いました。結果として私は町長になれました。でも同時期に、結婚秒読みだった婚約者と不仲になり、別れました。当時は町長選挙に忙しくなったせいでのすれ違いが原因だと思っていましたが……」
思い返せば既に町長になる時から始まっていた、ということらしい。夢を叶える為に大切な人との幸せを守れるかという試練。確かに婚約者と別れただけでは拾った鉱石が原因とは思わないだろう。
「後は皆さんの推測通りです。私は自らの理想の為に願い続け、まるで私の力の様に振舞い、結果としてこの様な事態を招きました。薄々勘付いてはいたんです、何かおかしいなと。でも今皆さんがこうして問い詰めてこなければ、きっとまた願ってしまったでしょう。申し開きすることはありません……」
そのままムーライは項垂れたまま黙ってしまった。その姿はまるで罪の裁きを待つ罪人に見えた。訪れる沈黙。――動いたのは、ライトだった。テーブルの上に、全員に見える様に一枚の紙を置く。
「……これは?」
「勇者チケットです。国からお達しが来てますよね? これ一枚で、この鉱石を買い取らせて下さい」
そう。ライトが置いたのは、初めてヨゼルドに会った時に渡された勇者グッツの一つ、勇者チケットだった。勇者に関する功績を挙げた証拠で、一枚でもかなりの価値がある。
「これでもうあなたに特別な力はありません。そういう意味では最後の試練かもしれませんね。これからあなたがどうするかは我々は関与しません。そのチケットを持って真正面から町人と向き合うも、逃げるもあなたの自由です」
「そ、そんな……! それなら私は……!」
「勘違いしないで下さい。俺達はこの町に起きてる異変を取り除きに来たんです。そして原因を突き止め、今解決した。それだけですよ。それ以外の事に関与する必要はないでしょう。――最も、俺はあなたならこのチケット一枚でこの町をやり直すことが出来ると思ってますけどね」
そのライトの言葉を聞くと、ムーライは泣き崩れた。ライトはそのまま三人を促し、黒雷龍の魂を回収し、部屋を後にする。
「勇者様……! ありがとうございます……! 勇者様……!」
ムーライは、ライト達の背中が見えなくなるまで、頭を下げ続けていたのだった。
「まーったく、格好付けちゃって」
それから少ししてライト達は帰り支度をし、ウガムの町を後にした。今は帰りの馬車の中。
「わかってるって……似合わないことしたし、今になって凄い恥ずかしいんだからさ……」
要は、ムーライに対する処分に関して、レナに弄られていたのである。――勢いでやってしまった自負がライトにもあった。
「マークもソフィも勝手にやってごめん……ソフィは無理矢理に狂人化までやって貰ったのに」
「大丈夫ですよ、あそこで下手に我々が処遇を決めてしまったら、今後ずっとあの町にテコ入れをしないといけなくなります。あの人ももう特別な事は出来ませんし、僕も冷静に考えたらあれが一番の答えだと思いますから」
「私も迅速で最適な判断だったと思います。お役に立てたなら私は気にしていませんよ」
「そう言ってくれると助かるよ……」
こうして、短くも濃いライトの初任務は終わりを告げた。慣れていないせいもあるだろう、今になってドッとライトは疲れが出てきた。レナじゃないけど、少しこのまま横になろうかな……などと考えていると、
「ねえソフィ。――あんたさ、軍、辞めるの?」
突然走るレナからの衝撃の問い。――ソフィが、軍を辞める?
「町長の家に行く前に、勇者君から薬貰ったじゃん? あの時「これで最後」って言ったよね? 私には、あれはこの任務で軍は最後、っていう意味合いに聞こえたよ」
「ソフィ……そうなのか?」
ソフィは否定をしない。――代わりに大きく息を吐くと、口を開く。
「――わからなくなってしまったんです」
「わからなく……なった? 何が?」
「私は、弱き人を守る為、弱き人を守る人を少しでも助ける為に、聖魔法を会得しました。でもあの日、狂人化に目覚め、前線で自ら戦うことを覚えて、いつからか私はただ戦いたくて、軍にいるのでは。そう、思うようになってしまったんです」
ソフィがそのまま立て掛けてある自分の両刃斧を見る。今までのことを思い返しているかの様だった。
「弱き人を守りたいという想いを忘れたわけではありません。でもそれはこの状態での私での話。狂人化してる時、私は確かに戦いを楽しんでいます。命のやり取りに高鳴りを覚えています。そしていつか、弱き人を守る為という想いを建前に、戦いを楽しんでしまう。最後には戦いの為に弱き人を守ることを忘れてしまう。そんな気がして、怖いんです。ただ戦う事だけが好きな偽善者とされてしまうのが……怖いんです」
ソフィは寂しそうに笑った。誰の目からしても、無理して笑っているのが一目瞭然だった。
「任務前に話して、余計な気を使わせるわけにはいかなかった。――ごめんなさい」
「そういうことだったのねー。ま、謝ることないでしょ。ソフィが悪いことしたわけじゃないんだし、ソフィの人生じゃん、好きに生きなよ」
「ありがとう、レナ」
相変わらずレナの言葉はストレートだったが――裏表もなく、レナなりの優しさをソフィは汲み取る。
「ライトさんも、ごめんなさい。折角の初任務達成なのに、最後に私の事で汚してしまって」
「ちょ、汚すだなんて言うなって! 誰一人欠けたって今回達成出来なかったんだ、そのソフィの話が邪魔なわけないじゃないか! それに……俺にソフィを止める権利はないけど、俺が思うに、ソフィはきっと誰かを守る為に戦い続けられたよ」
「そう言って貰えると、気休めでも救われます」
「気休めじゃないよ。――確かに初めてソフィの狂人化を見た時は驚いたよ。でもウガムの町が襲われた時、ソフィは身を挺して子供を助けてたじゃないか。あれを見た時思ったんだ。きっと根っ子で繋がってるんだな、って」
「根っ子で繋がってる……?」
「今のソフィと狂人化のソフィ、まるで別人格の様に皆受け取ってるし、実際そう見えてしまうけど、でも、どっちもちゃんとソフィなんだよ。現に今のソフィは戦いが楽しいってことを感じてるし、狂人化のソフィはソフィでウガムで悩んでるって言ってたじゃないか。ちゃんとわかってるじゃない、お互いのことを。それってつまり、根っ子にあるものは同じで、一つなんだと思う。――ソフィが悩むってのはわかる。悩むなっていうのは無理だと思う。でもそんなソフィを外部の人間が貶すようなことがあれば、きっと俺は許さない。ソフィと知り合って、俺はそう思えるよ」
実際に気休めでもない、本音の言葉であった。ウガム襲撃時、子供を助け、抱きしめていたソフィの顔は、口調こそ粗暴だったが、今の優しいソフィの表情だった。その時にライトは思ったのだ。どちらになっても、ソフィはソフィなのだと。
「……そういう、ことだったんですね」
「え?」
一方でソフィは、この任務に携わる前――ヨゼルドに、軍を辞めることを告げた時の事を思い出した。
『そうか……君が軍を辞めたいというのなら仕方がない。君は十分に今まで貢献してくれたからな。私は笑顔で君を見送ろうと思う』
『ありがとうございます。私の我が侭に対して、勿体ないお言葉です』
『だが……辞める前に、最後に一つだけ、簡単な任務を請け負って貰えないかな?』
『最後、と仰るのでしたら構いませんが……どういった内容でしょうか?』
『勇者を演じてくれる人間が先日決まってな。彼の外部での初任務となる。――任務、というよりも、彼に一目会って欲しくてな』
「最初からこうなることを、お見通しだったんですね、あの方は」
普段こそスケベで思春期の娘を溺愛するがあまり嫌われる情けない人物だが、大国の国王としての手腕、そして人を見る目は確かなのだろう。ソフィはあらためて実感する。
あらためて、ライトを見る。――決意が、出来た。
「あの……ソフィ? 独り言、どうした?」
一方で色々言ったら独り言を呟くソフィにライトは困惑。――俺余計なことをまた何か言ってしまったか。
「ライトさん。――騎士団を作ったって伺いましたけど」
「え? ああ、うん、作ったっていうか、作らされたっていうか、俺の知らない間に形になっちゃったっていうか」
スケジュールが合えば首謀者もこの場にいたんだろうな、などとライトはつい呑気な事を考えてしまった。だが続いて出てきたソフィの言葉は予想外の物。
「その騎士団、私が入る枠はありますか?」
「! それって」
「仰る通り、きっと私はこれからも悩み続けます。でも――ライトさんの近くなら、悩みながらでも、この斧を迷わず振るっていける。そんな気がするんです。そしていつか、悩まなくて済む。……そんな気が、したんです」
「ソフィ……」
悩み続けると告げるソフィの目は、矛盾していたが迷いのない目にライトは見えた。その真っ直ぐな目を、拒む理由など見当たらない。
「うん。ソフィさえよければ、俺は大歓迎だよ」
「ありがとうございます。――あらためて、これから宜しくお願いします、団長」
「うん、こちらこそよろし――え?」
今、何て呼ばれた? 団長? 断腸? ダンチョウ?
「団長って……もしかして俺の事?」
「はい。他の皆さんはわかりませんが、私にとってあなたは所属する騎士団の団長なのですから、当然の呼び方です」
「ええ……」
油断していた。騎士団を作られても、騎士団長になっても、仲間が増えるだけでこういう変化があるとは思っていなかった。勇者は演技と割り切れる所もあるが、団長は何故か割り切れない恥ずかしさが込み上げてくるライトである。
「これはあれだわー、姫様大喜びの案件だわー」
「ですね、ソフィさん加入だけでも大きいのに、そのソフィさんが完全にライトさんを尊敬して持ち上げてますから」
「そこの二人客観的に見てないで打開案を何かプリーズ!」
「無理」「無理ですね」
「返事早過ぎない!?」
こうして、新たな仲間を加えたライト騎士団は、ハインハウルス王国へと帰還するのであった。




