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第百五十六話 演者勇者と筋肉大迷宮(マッスル・ラビリンス)16

「ふっ……ふっ……ふっ……!」

 とある日の朝。ハインハウルス城、第二訓練場。ライトは一人、師匠であるアルファスから渡されている剣で素振りをしていた。――すっかり日課の一つとなっていた。

「朝から精が出ますわね」

「エカテリス?」

 と、ライト一人だった訓練場に姿を見せたのはエカテリスだった。

「エカテリスも素振り?」

「ええ。基礎を疎かにして向上など望めませんもの。お隣、失礼するわね」

 愛用の槍を持ち、ライトとぶつからない程度の距離で並び、エカテリスも素振りを開始。それからしばらくお互い集中して素振りをする。

「ふーっ……」

 先に始めていたライトがいつも決めている回数に達したので、剣を下ろし、体を休める。そのまま座り、何となくエカテリスの姿を眺める事に。

(凄い……よな、一つ一つが鮮麗されてて……)

 剣を習い、振るう様になって改めてわかる、周囲のレベルの高さ。当然エカテリスもその一人。槍を振るうその姿は美しく、ただの素振りとは思えず、見惚れてしまう。

「ふーっ」

 やがてエカテリスもある程度の回数をこなしたか、手を休める。

「お疲れ様」

「ライトも。――素振りをじっと見られるのも恥ずかしいですわね。ライトから見て何か気になる所でもあったかしら?」

 当然見られているのには気付いていたらしく、そんな事を尋ねてくる。

「まさか。俺が口出し出来るレベルじゃないのがわかる位だよ」

「それでも、ライトは以前よりも逞しくなりましたわ。努力の賜物ですわね」

 そう言うと、エカテリスはスッ、とライトの手を取り、ライトの手の平を探るように触る。

「ほら、手も固くなって、豆も出来てます。頼もしい証拠」

 嬉しそうにそう告げるエカテリスの表情に、ライトも少し鼓動が速くなる。――いかんいかん。手を触られた位で。

「まあ、俺に出来るのはせめて少しでもそれっぽく見せる為に頑張る事だけだし」

「あら、他にもありますわ。――私達を、導くという事」

「導く、って……そんな大げさな」

 エカテリスは笑顔だが、冗談を言っている様には見えなかった。

「ライトは演者勇者でも、私達の団長である事は本当ですもの。いつか私が迷った時も、手を差し出して導いてくれると信じてますわ」

「ありがとう、信頼に少しでも応えられる様頑張るよ。――最も、エカテリスはそんな簡単に迷ったりなんてしないって俺は信じてるけど」

「ふふっ、お互い期待を裏切らないようにしないとですわね」

「ああ」

 そんな朝の鍛錬後の何気ない会話。でも、それは大事な約束で――



「マスター……!?」

「ライト様、一体……!?」

 エカテリスにわざわざ槍を差し出すライト。その光景は仲間達からも予想外の行動だった様で、危険だ、守らなきゃ、といった感情を一瞬忘れさせ、唖然とさせた。

「…………」

 ライトは動かない。ただ、エカテリスの反応を待った。――エカテリスの反応に、全てを賭けていた。

「狙いはわかりませんけれど……そんな仕草で、この私がほだされるとでもお思いなのかしら。舐められたものですわね!」

 対するエカテリスはライトの行動を挑発と受け取ったか、ガッ、と力任せにその槍を受け取る。

「しかもその台詞! わざわざ私が好きな「新説・勇者物語 第七巻 ミクロス城攻防戦」からでしょう! 勇者様が周囲の反発を受けて孤独に攻められる王女に伝え、励ます言葉! そんな物語の引用で騙される程私、は……」

 そこでエカテリスの表情に困惑が走る。まるで、自分自身で何を言っているのかわからないとでも言いたげな。――私の好きな物語? それの引用? 一体、何の話……? 私はそんな本、読んだ事など――

「約束を果たしに来たよ、エカテリス。眠ってる君を、導きに来た」

 ライトは更にエカテリスに一歩近付き、その手を取る。

「あの日の……約束……」

 エカテリスは一瞬されるがままに手を取るが――バシン!

「ふざけないで! 私は、私は何も知らない……何も、何も……っ!」

 直ぐにライトの手を強く振り払い、間合いを開く。――困惑が、彼女を襲い始めていた。

 知らない記憶が過ぎる。知らない記憶? 違う、これは、この記憶は、想いは……もしかして……っ!

「五月蠅いっ! 私が、私がエカテリス=ハインハウルス! 過去などいらない! 大人しく、眠れ……! 諦めなさい……!」

 そして頭を抱え、誰にでもなく、自分に向かってそう叫ぶ。

「まさか……あれの中の本物の王女様が、マスターの声に反応し始めてる……!?」

「流石やん勇者君! 勇者の名は伊達やないやん!」

「でもまだだ、まだ取り戻せない! もう少し、もう少しで……皆、力を――」

「っあああああ!」

 そしてエカテリスが叫んだ。その声は最早ライト達の知るエカテリスの声からはかけ離れている。天井に向かって仰ぐように大きく叫ぶと、

「ォォォォォ!」

「影……! くそっ、ここに来てか!」

 一瞬動きを止めていた影触手が、暴走する様に縦横無尽に動き出し、無差別に攻撃を始めた。

「っ、アカン!」

「待ってくれフュルネ、後少しで――」

「阿呆、あそこで突っ立っててもやられて終わりや! 一旦この状況をどうにかせんと!」

 フュルネに庇われるようにライトは一旦後退、間合いが更に開く。

「く……っ、先程よりも、速度も威力も上がってる……!」

 そして否応無しに戦闘再開。ハルのその感想は他の面々も同じな様で、先程よりも苦戦を強いられる。

「私が……私が……私がぁぁ!」

 エカテリスは暴走していた。内なるエカテリスとの戦いなのか、それとも。――とても無事には見えなかった。こちらが影触手に押され切るのが先か、エカテリスが壊れるのが先か。

(そんな二択……許せるもんかよ……!)

 ライトは意を決して、鞄から勇者グッツを漁り、直後、一つの掌サイズのボールを手に取る。――「勇者の簡易プライベートルーム」と書かれていた。

「頼む皆、もう一度、もう一度だけ俺にチャンスをくれ!」

 勿論ライト単独で接近出来る様な状況じゃない。結局は仲間を頼らなければならない。――無理を承知で、依頼する。

「しゃーない、腹くくったるわ! どうせジリ貧やしなぁ! ハル!」

「貴女に気安く呼ばれる程仲良くなったつもりはありませんが……いいでしょう。――ライト様、突破はお任せ下さい!」

 前衛、フュルネとハルがタッグを組み、ライトの通る道を強引に切り開き始める。

「マスター、ここまでされたんだから徹底よ、徹底的に怒ってあげなさい! 王女様だからって遠慮いらないわ! 私の時みたいに、ビシッとよ!」

 ネレイザも攻撃魔法で参加。フュルネとハルの援護に入る。

「勇者様。数分間は、貴方の意思を汲みます。それ以上は持ちませんので、全て諸共打ち消す方向に切り替えます。――奇跡、見せて下さい」

 クレーネルが更に畳みかけてくる影触手を魔法で抑え込む。相当の技術であった。

「ありがとう、皆!」

 意を決し、ライトは走る。もうこちらを見てもいないエカテリスの元へ――

「ォォォォォ!」

「っ!」

 そのライトに、それでも何処からともなく影触手が襲い掛かる。まずい、と思った瞬間――

「ライトぉ!」

 ガシッ、ドカッ!――ライトにも向かって来ていた触手を、いち早くなぎ倒したのはマッチだった。

「お前なら姫を取り戻せるんだろ!? 行け、俺は盾だと思え! 絶対に姫を救え!」

「マッチ! 助かる!」

「お礼は後でだ! うおおおおおお!」

 マッチの必死の反撃で、更に道が開ける。――ルートが、見えた。

「エカテリスーっ!」

「!?」

 そしてついに辿り着く。有無を言わさずエカテリスを抱き締め、ライトは持っていた「勇者の簡易プライベートルーム」を使う。直後、ライトとエカテリスの周囲だけ光りの空間に包まれ、周囲の音が遮断される。

「何をするの……離しなさい……離せ……!」

「離すわけないだろ! これ以上思い通りにはさせるかよ!」

 エカテリスもライトを必死に影触手で攻撃しようとするが、そもそも既に暴走気味でコントロールも上手くいかず、更には前述の勇者グッツにはバリアの効果もある様で攻撃が届かない。

「エカテリス、聞こえてるか。皆が待ってる。皆そこにいるぞ。一緒に帰るんだ」

「離せ……離せっ……」

 もがくエカテリスをライトは抱き締めたまま離さない。

「俺達を信じろ。必ず助けてみせる。だから、エカテリスも頑張るんだ。負けるな」

「ぐ……ぐああ……あああ……!」

 サラフォンが作った勇者グッツは優秀でも、流石に制限時間は限られている。覚悟を決めなければいけない。必死の想いで、ライトは言葉を紡ぐ。

「……離して……もう、いいですわ……ライト、せめて……貴方だけ、でも……」

「!?」

 その瞬間、エカテリスの空気が変わった。勿論声も姿も変わらないが、今のエカテリスは暴走前の……本当の、エカテリスだ。乗っ取られてる体を、取り戻しかけてる。確証のない確信がライトの中に生まれる。

「エカテリス! エカテリスなんだろ?」

「今のこの状態も……長くは、持ちません……だから……皆を……私は……この体と共に、全てを」

「そんな事俺達が出来ると思ってるなら心外だな。君を見捨てる様な人間は、ライト騎士団にはいない」

「で……も……もう……!」

「それからもう一つ。――俺の知ってる本物のエカテリスは、この程度の事でへこたれたりしない。ライト騎士団副団長は、自己犠牲をそんな簡単に選ぶような奴じゃないさ」

「ライ……ト……!」

「いつか本物の勇者様に会えた時、胸を張って言うんだ! 伝説の迷宮すら乗り越えた、勇者様に憧れた努力の結果だって! それで勇者様に認めて貰うんだろ!? 絶対に会うんだろ!? 君が目指した勇者様の仲間は、この程度でやられるもんかよ!」

 ぐっ。――エカテリスを抱き締める力が、強くなる。伝われ、精一杯の想い!

「ぐ……あああ……私は……私、は……あああ!」

 そして再び苦しみ出すエカテリス。――ピシッ、ビキビキ!

(!? バリアが限界なのか……!?)

 何かにヒビが入るような音が聞こえる。時間一杯なのか、触手の攻撃に耐えられなかったのか、「勇者の簡易プライベートルーム」が壊れようとしていた。

「大丈夫だ。俺はここにいる。君と一緒にここにいるから」

 ライトも覚悟を決める。――これで駄目なら、俺ももう駄目でいい。でも大丈夫、エカテリスなら、大丈夫だ!

「っあああああああ!」

 パリィン!――エカテリスの叫びと共に「勇者の簡易プライベートルーム」はついに壊れ、

「ォォォォォォ!」

 ライト騎士団、クレーネル、マッチに削られて減った影触手だったが、それでもまだ多数残っていたのが一気に集中。エカテリスを抱き締めたままのライトに襲い掛かった。

「マスターぁぁ!」

 影触手に覆われ、ライトの姿は一気に見えなくなる。部屋にネレイザの悲鳴が響く。そして……

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