第百五十五話 演者勇者と筋肉大迷宮(マッスル・ラビリンス)15
「消えろぉぉぉ! 貴様らを全員消した後で、私は新しい人生を歩みますわ!」
エカテリスが怒りの表情で一気に影触手を増やし、縦横無尽に部屋中に行き渡らせた。
「ヨゼルド様!」
非戦闘員であったヨゼルドはハルが、
「母さん!」
アクラはムキムが、
「マスター!」
ライトはネレイザが初動で敵の攻撃を防ぎ、ひとまずは体制を整える。
「ライト君。暗部の彼女も、十分に強いのだろう?」
「はい、レナに引けを取りません」
「わかった。――状況の打破を。あれに止めを刺すのも止む無し」
「!?」
そして、ヨゼルドはライトに冷静にその指示を出す。――止めを刺すのも止む無し、だって? 待ってくれよ、止めを、刺したら……
「国王様、それは――それだと、エカテリスが!」
「覚悟の上だ。下手に躊躇してこの場の全員を――立場的に君を、死なせるわけにはいかない」
「命令して下さい、エカテリスを救えって! そうしたら、俺は、俺達は――!」
「ライト君。君は、「私が選んだ」勇者なんだ。――死なせはしないさ」
「っ!」
ライトは根っ子を辿れば、民間人で、安全な区域で勇者を演じる人間、そういう契約なのだ。その君を、死なせるわけにはいかない。例え娘を失っても。――それが、ヨゼルドの答えだったのだ。
「クレーネル殿。私が貴女に言える立場では無いが、もし聞いて貰えるのなら……全力で、制圧をお願いしたい」
「構わないのですね?」
「うむ」
そして、クレーネルの実力を汲んだ上で、全力での戦闘を依頼。――クレーネルは一瞬だけヨゼルドに対して悲しそうな顔を見せたが、直ぐに冷静な表情となり、
「切り裂け、孤高の刃」
ズバズバズバッ!――影触手に対抗する様に魔力の刃を展開。いち早く戦闘を開始する。
(クソッ……戦うしか、倒すしか……終わらせるしか、無いってのか……!?)
一方で覚悟が出来ないライト。――助けたい。助けられない。助けるとは。今、自分がすべきことは。
「マスター!」
「っ!」
バァン!――再びライトの所にも飛んで来た影触手を、ネレイザが魔法で弾き返す。
「ごめんネレイザ、助かっ――」
「迷わないでよ!」
そしてネレイザは、ライトのお礼を自分の強い意思で被せる。
「傲慢だった私に説教をしてくれたマスターは何処行ったの!? 私を救ってくれたマスターは、私が尊敬するマスターは、こんな時、やる事なんてすぐに決まってるじゃない!」
「ネレイザ……」
「ホンマやで。レナが代わりに守ってくれ言うだけの価値ある姿、見せてーな。あんたの覚悟がないと、ウチら意味ないやん」
「フュルネ……」
二人に叱咤され、ライトは自らを奮い立たせる。――そうだ、何もしないで諦めてどうする。諦めない。諦めて……たまるか!
「二人共、力を貸してくれ。エカテリスを、救う」
「勿論! 今度は私が助ける番だもの!」
「そうこなくっちゃなあ! ウチも本気出したるで!」
そしてライトは自らの意思を取り戻し、ネレイザ、フュルネがそのライトの前で改めて身構える。――頼もしい背中だった。
「何とかして元に戻す方法を探す。俺には勇者グッツもあるしな。――二人は」
「とりあえず影はぶっ叩いてええやろ。本体も多少ダメージ被せるのは流石に我慢してもらわなアカンな。弱らせないと多分話にならんやろ。影はクレーネルも攻撃してるから……仕掛けてみるか。ネレイザちゃん言うたな、フォロー頼むで」
「任せなさい! マスターの事務官は伊達じゃないから!」
それはまるっきり戦闘向けの職業では本来ないのだが、現場の空気がその言葉を当然の如くの様に染め上げた。
「ふーっ……」
フュルネ、身構えて大きく息を吐くと、
「っはああああああ!」
バリバリバリバリ!――周囲、そして持っていた剣に激しい電撃を纏わせ、
「王女様、ちょい痛いのは堪忍な! 行っくでえええええ!」
ズバァン!――圧倒的迫力、速度でエカテリスに向かって突貫。周囲に展開し続けているクレーネルの攻撃魔法、ネレイザの援護を掻い潜りながら、一気にエカテリスに接近。
「小賢しいですわね!」
ブウォン!――エカテリス、影触手を目前に展開し、フュルネの突貫をガード。
「ほんなら、どっちがより小賢しいか、勝負やで!」
ズバズバズバズバァン!――フュルネはその影触手のバリアに対し、圧倒的速度で斬撃を展開。エカテリスに後一歩の所での激しい攻防が繰り広げられる。
「アクア・ブラスト!」
更にネレイザの援護。シンプルながら威力重視のネレイザらしい攻撃魔法が展開。周囲の影触手を削っていく。
「ハル君。――私は大丈夫だ、「ライト騎士団」として、動いて構わない」
「しかし、それでは――」
「ならヨゼルドは俺が守ろう。アクラは息子達に任せているから大丈夫だ」
「ストム様……」
「恩に着る、ストム。――お礼は任せておくといい。ムフフとウフフ、どっちの展開がいい?」
「お前のそのお礼は色々な意味で危険だからいらん!」
更に、そんな少しだけ緊張感のない会話をする二人を残し、
「ふうっ!」
スタッ、ズバババッ!――ハルも参戦。フュルネとは別方向からエカテリスへの攻撃を仕掛ける。
「無駄ですわ! 何人束になろうとも、今の私には!」
だがその一斉攻撃もエカテリスには届かない。全ての攻撃に影触手が対応し、見事に防がれ、反撃され、ジリ貧となる。
「ふふっ、大分この体にも慣れてきましたわ。こういうのはいかがかしら?」
そしてエカテリスは更に両手をかざし、魔法陣を展開。風魔法を触手に纏わせ、更なる強化を施す。――風魔法。
「あいつ……エカテリスの力を……!」
「成程、王女様は風魔法が得意なんか。――ならウチとの根比べと行こか!」
バリバリバリバリ!――フュルネ、更に周囲に電撃を纏わせ、再度突貫。その威力迫力速度はどれも圧倒的であり、
「……っ……!」
初めてエカテリスを押し切る。深くはないが明確なダメージと共に、エカテリスが後退。
「マッチさん! 助けて下さい!」
直後、エカテリスはマッチ――エカテリスの姿に迷いが消せず、動けずにいた――に、言葉を投げかける。
「ひ、姫……いや、叔母上……!?」
「私はエカテリスですわ! マッチさんならわかってくれるでしょう!? 私と一緒に行きましょう? 私の手を取って下さいませ!」
エカテリス(ミルラ)としては手駒を増やしたいのか、人質に取りたいのか。少なくとも、「利用」する為にしか見えない。
「俺……俺は……その……!」
それでもマッチには迷いが走る。状況が判らないわけではない。それでも気持ちが動かされるのは、エカテリスへの想い。二十数年生きてきて初めて感じた想いが、マッチを苦しめる。
「兄貴、惑わされんじゃねえ!」
「!」
ガバッ、とそんなマッチを庇うようにエカテリスに立ち塞がったのは三男・ボディビ。
「俺達を繋ぎ止めたのは何だ!? 俺は、兄貴の筋肉を鍛える姿に格好良さに惚れて、あんたを兄貴と決めたんだ! それを何だ、苦労もせずに新しい体を手に入れようだなんて奴に騙されんな! うおおおお!」
「ボディビ! 待ってくれ、駄目だ!」
マッチの制止も聞かず、ボディビはエカテリスに向かって突貫。自慢の筋肉を振り上げるが、
「邪魔ですわ、外野は消えなさい!」
「がはぁ!」
ドカッ!――風魔法により強力となった影触手に押し負け、吹き飛ばされる。勢いのまま壁に叩き付けられ、戦闘不能に。
「ボディビ!」
「不愉快ですのよ。筋肉筋肉と。気持ちが悪い」
そのボディビを冷たく見下すエカテリスの目が――マッチの記憶を呼び起こす。
『貴方のその自慢の筋肉が、自慢の弟達と、尊敬する父親に巡り合わせてくれたのでしょう? なら胸を張って貫き通せばいいですわ。その野次すら黙らせる立派な事をその筋肉で成し遂げればいいこと』
『私は筋肉は詳しくありませんが、それでも筋肉に誇りを持つのは、十分魅力的な事だと思いますわよ?』
(ああ……俺は、何て事を……この人は……こいつは……!)
そして気付いた。――目の前のエカテリスは……「エカテリスではない」ということに。自分達の筋肉を励ましてくれた、自分が惚れた人ではないということに。
「ライトぉ!」
マッチは覚悟を決め、剣を抜き、ライトを呼ぶ。
「俺は姫を取り戻す! この命に賭けて、姫を取り戻す! それが俺達の筋肉を見下した、こいつへの俺なりの勝利だ!」
「マッチ……!」
「お前がどう思っているかは知らん! だが、俺の邪魔はするな!」
「だったら共闘だ! 馬鹿にするなよ、俺達がエカテリスを取り戻したいと思ってないとでもお前が考えてるんなら論外だ!――皆!」
「任せてーな。――マッチョ、足引っ張るんやないで!」
「今だけ援護してあげる! 勘違いしないで、マスターの指示だからよ! 私はぶっちゃけ筋肉気持ち悪いと若干思ってるから!」
戦闘再開。後方からクレーネルとネレイザの魔法が、そしてフュルネ、ハル、マッチの三人が接近戦を挑む。
「どいつもこいつも……何がそこまで気に入りませんの!? 私は、私はエカテリスとして生きてあげると言っているのに!」
「お前のその言葉が気に入らないんだよ! エカテリスを馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
「この……っ!」
だがエカテリスは怯まない。影触手は更に加速し、これだけの人数を相手に互角以上の戦いを見せ始める。ダメージが重なり始める前衛陣。
(見極めろ……見極めろ、何かあるはずだ……! エカテリスを取り戻す方法は……!)
表情も醜く崩れ始めるそれは、もうライトの知っているエカテリスからは随分と離れ始めていた。戦い方も槍一本で正々堂々と挑む姿からは離れ、まるでモンスターの一部の様で……
「!」
そこでライトは気付く。「エカテリス」を呼び起こす可能性を。――駄目元だ、何でも試すしかない。
「皆、フォロー頼む!」
意を決してライトは走り出す。当然近付けば影触手の餌食だが、
「ライト様! お通り下さい!」
「ハル、助かる!」
ライトの意図を動きでいち早く察したか、移動ルートをハルが確保。守る様に影触手を薙ぎ払う。
「だあっ!」
そしてライトは目的の品を拾い、身構える。ライトが拾ったのは、
「ふっ……あはははっ、今更何ですの!? もう私にはそれは必要ありません、この力があれば、それで戦う事はもうありませんもの! 残念でしたわね!」
エカテリス愛用の槍だった。今のエカテリスは確かに微塵も槍を使わず、その辺に転がっている状態だったのをライトは拾ったのだ。エカテリスとしても実際今更それを拾われた所で自分の戦力ダウンにはならない。
だが――ライトの目的は、決して戦力ダウンではなくて。
「!?」
「な……おい、ライト、何をしてる!?」
呼吸を整えると、落ち着いた表情で、エカテリスに近付き――その槍を、「差し出した」。
「何の真似……ですの……?」
一瞬動揺するエカテリス。攻撃を忘れ、ライトを見る。
「僕は――僕だけは、君の誇りを忘れない。例えどれだけ周囲が忘れても、必ず僕は、君の誇りと共に戦い続けるだろう。だから君も、その胸に抱える誇りを、忘れなくていい。消さなくていいんだ。戦ってくれていいんだ。僕は……君の、仲間だ」
そしてライトは、エカテリスに向けて、落ち着いた口調でそう告げるのであった。