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第百五十四話 演者勇者と筋肉大迷宮(マッスル・ラビリンス)14

 開き直ったのか、それとも余程の自信があるのか、穏やかな笑みを浮かべるエカテリス。その笑みは、ライト達が知っている笑みで――知らない笑み。

「ふざけんな、何が自分がエカテリスだ……俺達の知らないエカテリスだって……偽者だって、認めてるじゃないかよ……!」

「皆さんが知らないエカテリスだとは認めます。でも、私は偽者ではない」

「お前……っ! この状況で、良くもそんな事が言えたもんだな……!」

 ライトも腰の剣に手を伸ばす。強硬手段止む無し、このメンバーならどうにでもなる。――そう思った矢先。

「勇者君アカン。こいつの言うてる事がホンマなら、確かにこいつは王女様や」

 フュルネの制止。臨戦態勢を解く事はしないが、その状態でライトを宥める。

「どういう……ことだ?」

「肉体は王女様。でも中身が別物っちゅーことや」

 中身が別物。中身。――心。

「魔法か何かで混乱、洗脳させられてるって事か……!?」

「勇者様、恐らく事態はもっと深刻かと。元の王女様の精神を弄ったのではなく、まったく別の物で上書きされている」

 クレーネルの指摘。――それは、つまり、

「エカテリスは……本当のエカテリスは、消されたって事か……!?」

「…………」

 クレーネルは明言を避ける。だがその行為が、十分に肯定を意味していた。

「――わかった! あの影モンスター、最初から取り込むに相応しい人間を探してたのよ! だから狙いを定めた王女様以外の相手には程々で撤退、ストム国王、筋肉兄弟には興味も沸かないから私と合流するまで遭遇もしてなかった!」

「逃げ足が速いと思っていたら、そういう事だったんですね……」

 ネレイザの考察に、ハルが同意する。――パチパチパチ。

「お見事です。私は、この体が欲しかった。若く美しく乱れ一つないこの体、完璧の様なこの体が。他の皆さんの体も魅力的でしたが、やはり想像通りこの体が一番素敵でしたわ」

 賞賛の拍手を返しつつ、落ち着いてエカテリスはそう答えた。

「それで? 君は私の娘の体を手に入れて、何をしようと言うのだね? 悪いが私は親ではなく国王として――君を葬る指示を出す覚悟程度はあるぞ」

 ビリビリ!――直後、ヨゼルドの威圧が部屋を覆う。ネレイザの騒動の時にも一度感じた、圧倒的存在感。……本気、なのだろう。エカテリスを葬るという選択肢が、頭の中にある事も。

「まあ、そんなに怖い顔をしないで下さいませお父様」

「貴様っ、何処までヨゼルド様を侮辱すれば――」

「ハル君」

 今にも飛び掛かりそうなハルを、ヨゼルドが制止する。

「ふふっ、ごめんなさい、目的でしたわね。――そうですね、目的など特にありません。ううん、既に目的は達成されました」

 だがそんなヨゼルドの威圧にもハルの剣幕にもまったく動じる様子をエカテリスは見せない。――目的が、無い?

「私はあくまで、エカテリス=ハインハウルスになりたかっただけですわ。この整った完璧な体で、この先また新しい人生を歩み直したいだけですもの。ですから、皆さんに危害を与えたいとか、そんなつもりは一切ありませんわ。寧ろこの様なイベントに巻き込んでしまった事を謝罪致します」

 エカテリスになりたかっただけ、だって……? これから先、エカテリスとして生きていく、だって……!?

「何を自分勝手な事言ってるんだよ……!? エカテリスは、お前が乗っ取ってるエカテリスはな!」

「勿論、タダで、とは言いませんわ」

 ライトの怒りを抑えるかの如く言葉を重ねてくる。そしてスタスタ、とマッチの前へ。

「マッチさん。マッチさん、私に惚れているのでしょう?」

「な、何を――」

「マッチさんさえ宜しければ、私マッチさんと結婚しても構いませんわ」

「!?」

 驚く周囲を他所に、エカテリスはマッチの手を取る。

「ポートランスの長男たるマッチさんと、私の結婚。ハインハウルスとの同盟、絆がより強固に、確実な物となります。これから手を取り合って、この世界の平和の為に立ち向かって参りませんか?」

「俺と……姫が……結婚……?」

「ええそうです。夫婦となるのです。つまり――この私を、自由にしていいという事ですわ」

 ぐい、と更に一歩エカテリスはマッチに迫る。

「あ……お、お、俺は……その……っ!」

 動揺を隠し切れないマッチ。――致し方ないかもしれない。見た目も、声も、エカテリス。自分が一目惚れしたエカテリスなのだ。そしてマッチからしたらハインハウルス側とは違い、そこまで以前と何が違うのかと言われてもわからない。

 そのエカテリスが――姫が、俺と……俺の物に、なる……!?

「……せよ」

 エカテリスの誘惑、マッチの動向に全員の視線が向いた隙だった。――バチン!

「!?」

「勇者君っ!?」

 ライトだった。エカテリスの前に行き――問答無用で頬を平手打ち。フュルネが急ぎ制止するが時すでに遅し。

「……勇者様? 嫉妬は見苦しいですわよ?」

 流石に笑顔を消し、赤くなった頬を庇いつつ、エカテリスはライトを見る。

「……目を覚ませよ」

 一方のライトは、そのエカテリスを「見ていない」。

「目を覚ませよ、エカテリス! いつまでこんな訳の分からない奴に乗っ取られてるつもりだよ!」

 そして――いると「信じている」本物のエカテリスに向かって、叫ぶ。

「君は、君の想いはこの程度の変な奴に乗っ取られて終わるような物じゃない! 戻ってこい、取り戻せ! 俺達が待ってる、ヨゼルド様を悲しませるな! 君は、ハインハウルス第一王女は、ライト騎士団副団長は、俺の仲間は、こんなのに負けるような存在じゃない!」

「マスター……」

 ライトの叫びが部屋に響く。各々思う事はあるが、

「……無駄、ですわよ」

 エカテリスには届かない。再び笑みを浮かべ、ライトを見る。

「何度も申し上げてるではありませんか。もう私が、「エカテリス」なのだと。以前の私? そんな物はもう、存在しないのです。――私は、勇者様と敵対するつもりも一切ないのです。手を取り合って、この世界の為にこれからも尽力致しましょう」

「っ……!」

 ある意味非常に厄介な案件である。確かに以前のエカテリスではない。だがエカテリスの言葉を鵜呑みにすると、今後もエカテリスとして悪事を働くでもない。寧ろ友好関係を築いたまま。例えばもし妥協して今のまま戻ったとしても、ハインハウルスの均衡が崩れたりはしないだろう。

 でも。それでも。だからと言って――諦める、わけには……! はいそうですか、で、エカテリスを手放すわけには……!

「勿論、ハインハウルスの皆様のお気持ちもわからないでもないですわ。――話し合いには応じます。出来る限り、皆さんの知っている以前の私の事も考えますわ。とりあえず、この迷宮から脱出しませんか? お話は、それからでも」

 確かにこのままでは埒が明かない。その提案はひとまず呑むしかないのか――そう思った矢先。

「一つ、お尋ねして宜しいですか?」

 クレーネルだった。

「ええ、構いませんわ。何かしら?」

「例えばハインハウルスの皆様が貴女の提案を呑んだとして、王女様がそのまま貴女になったとしたら――」

 スタスタスタ。――クレーネルは言葉を続けながら部屋の奥へ移動し、

「ここにある、以前の貴女の体は、もう必要ないのでしょうか?」

「っ……!」

 スッ。――奥にあったソファーの手前で止まり、指摘。指摘されたソファーで、眠っているのは。

「叔母殿……!?」

「まさか……ミルラ、お前なのか……!?」

 影触手に襲われ、気絶している「はず」の、ミルラであった。――エカテリスに、動揺が走る。

「一応私、この手の魔法にも「ある程度」精通していまして。貴女の抜け殻から、魔力の残り香を感じるんですよ。王女様の体を乗っ取る為にあの影を使役。でも普通では貴女の実力では使役出来ない。だから、この特殊なステージと後はそうですね、特殊な何かと契約を交わした。違いますか?」

「……私は」

「気持ちはわからないでもないですよ。「選ばれし」人間になりたかったのですよね? でも」

 クレーネルは一瞬ミルラを見て、そして再びエカテリスを見る。

「選ばれし人間は、最初から決まっているのです。取って代わろうと考えている時点で、貴女は――見放されし人間です」

「!?」

 そして再びエカテリスを見た時のクレーネルの表情は、酷く冷え切った、氷の様な表情だった。その表情に、今度は誰もがゾッとする。まるで感情の欠片も無い様な。

 クレーネルさん、貴女は、一体……!?

「ふふふ……あはははは!」

 そして――直後、エカテリスは高らかに笑い、

「ええそうです、認めますわ。そこに転がっているのが以前の私! 老いて醜い以前の私!」

 正体がミルラである事を、堂々と認めた。

「ミルラ……どうして……? どうして、こんな事を……!」

「姉様にはわからないですか? ああ、わからないでしょうね。結婚して、王妃として、堂々たる地位を築いたのですから! この国では、鍛えられた体が物を言う国です。元々そこまで体力も美貌もない私が、王妃の妹という中途半端な立場を手に入れ、後は老いていくだけ! 耐えられなかった! 私も、美しい体を手に入れて、もう一度やり直したかった!」

「だからこんな暴挙に出たのか……? ここは、真の筋肉大迷宮なのか……!?」

「お義兄様が迷宮の管理を私に任せてくれたお陰で、研究は自由に出来ました。そしてついに完成したのです、魔術を織り交ぜ、モンスターを囲う事で、新しい私になる方法が! 確かにお義兄様には真の筋肉大迷宮の事を黙っていたのは申し訳ないと思っています。でもご安心下さい、本当に無事ここから出れますし、出た後はどうぞ真の筋肉大迷宮をこの国の為に役立てて下さい」

「ミルラ……!」

 その答えを聞くと、ストムはミルラ――ソファ―で倒れている方のミルラへ歩み寄った。ゆっくりとしゃがみ、手を取る。

「――まだ遅くない。その体を、本人、ヨゼルドの娘に返せ」

 そして、落ち着いた口調で、そう告げた。

「お義兄様……? 例え私はこの体になっても、この国の為に尽くしますわ。マッチと結婚してハインハウルスとの国交をより強固にし、この美貌、体でポートランス国を更に強くする為のお手伝いをします。その為に、真の筋肉大迷宮だって――」

「お前は勘違いしている」

 ストムは再び立ち上がり、エカテリスと向き合う。――表情は悲しく、残念なのを隠せない。

「我が国が誇る美しい体、筋肉は、見た目が全てじゃない。その過程、本人の努力、心意気があってこそだ。お前だって、十分立派な体を手に入れる事が出来たんだよ。それこそ、俺よりも立派な体に――人間に、なれたんだ」

「何を……何を綺麗事を……!」

「ミルラ! やり直しましょう! 私達がいるわ、一緒に、やり直しましょう! ね?」

「姉様……姉様までも……!」

 ストム、アクラの説得に、エカテリス――ミルラは、わなわなと震える。

「……ふざけるな……ふざけるなよぉ! 認めない、認めないわ! 今更手に入ったこの体、誰にも渡さない! 認めないのなら、この場にいる全員を消し去るまでよ!」

「!?」

 ミルラの叫び。直後、ミルラの周囲をあの影触手が覆い始める。

「お別れです、お義兄様、姉様! 二人亡き後のポートランスは私にお任せ下さい!」

「ミルラ……! お前という奴は……!」

「ミルラ、お願い、私達の話を――」

「死ねぇぇぇ!」

 ブォォォォ!――部屋中を這う影触手は、悲しい戦いの幕開けの、合図なのだった。

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