第百五十三話 演者勇者と筋肉大迷宮(マッスル・ラビリンス)13
「エカテリスぅぅぅ! パパ心配したぞぉ! 無事で何よりだぁぁ!」
表情には見せなかったが、当然誰よりもエカテリスが心配だったヨゼルド。感激のまま抱き締める為に両手を広げて駆け寄る。――ガシッ!
「もう、大げさですわ。このエカテリス、この程度のアクシデントに負ける様な存在ではありません」
そのヨゼルドを、あやす様に抱き返すエカテリス。――あれ?
「へえ、仲良しなんやなあ。ウチのイメージやと王族になると親子関係でも結構いざこざが……あれみんなどうしたん? 何その間抜けな表情」
「エカテリスが……ヨゼルド様を、抱き返してる……!」
「道中何か良くない物でも召し上がってしまわれたのでしょうか」
「マスター、ハルさん、偽者よきっと! 姫様の偽者!」
「ええええ何で感動の再会しただけでそんな疑われるん!? 普段どんな親子関係なんあの二人!?」
しかしそれは普段を見ているライト達からしたら中々のレア影像であった。リバール辺りに見せたらどうなってしまうだろう。――まあ、兎も角。
「無事で良かったよ、エカテリス。見つからないから心配してたんだ」
「ご心配おかけしました。でも、こうして無事に合流出来ましたわ」
「うん。――あ、でもレナと会わなかった? エカテリスを探しに行ってるんだけど」
「レナ? 会いませんでしたわ。何処かで行き違っているのかもしれません」
「そうか……」
レナの不安は外れたのか。まあエカテリスが無事だし特に何か言うわけではないが、何処か拍子抜けしてしまった。
「それよりも、現状を説明して頂けます? 気になる事があるのです」
「わかった」
ライトはここが真の筋肉大迷宮で、ポートランス城と融合してしまっている可能性、そしてそれが何者かによって意図的に行われた可能性について説明。
「成程……一理ありますわね」
「エカテリスの気になる事っていうのは?」
「皆さん、あの影のモンスターとは遭遇なされたのでしょう? あれの目的は、恐らく私達の捕食ですわ」
「捕食……!?」
「戦闘になった時、私を捕えて食べようとする動きがありましたの。幸い上手く撃破して回避出来ましたけれど、場合によっては今この場に居なかったかもしれません」
ふーっ、と大きく息を吐くエカテリス。実際激しい戦闘をこなして来たのか、その様子を思い出しているのか。
「…………」
「…………」
そのエカテリスの言葉を、何となく隣り合って聞いていたフュルネとクレーネル。お互いチラッと横目で視線を合わせたのは――二人以外に誰も気付かない。
「この空間に長く居れば居る程、あれに捕食される可能性が高くなりますわ。早急に、ここから脱出しないと」
「うん、その方法を手分けして探そう。これだけ人数が居ればまたいくつかグループ分けしても」
「そこは心配要りませんわ。――皆さんと合流する前に、脱出ルートと思わしき箇所、発見しましたの」
「え!?」
ガタッ、と全員に驚きが走る。――全員あれだけウロウロしてやっとの思いで見つかったのはここがポートランス城というヒントだけだったのに、脱出ルート見付かったのか!
「影モンスターとの戦闘痕に違和感を感じて少し探ってみたら、奴らが使っている特殊な魔力路がありましたの。それを使えば、少なくともこの迷宮の外には出られるのではないかしら」
「成程……」
確かに影触手はある程度ダメージを負うと地面へと消えて行った。あれがもし特殊な魔力路を使ったものだったとしたら、その先に脱出の道があっても可笑しくはなかった。
「直ぐにでも調べて、脱出しましょう。ここは非戦闘員のお父様、アクラ様、何より気を失われているミルラ様が危険ですわ。さあ皆さん」
エカテリスは出発を全員に促す。――って、ちょっと待て。
「エカテリス、その前にレナと合流しないと。まだ俺と別れてから音信不通だ」
そう簡単にやられるとは思ってはいないが、それでも他全員と合流出来たのにレナだけ居ないのは、ライトには不安要素として圧し掛かる。
「気持ちはわかりますが、今は脱出を優先させないと」
が、ここでライトからしたら予想外の返事が返って来た。――脱出を、優先させる?
「エカテリス、レナはエカテリスを探しに動いてるんだ。それを放っておくわけにはいかないだろ」
「彼女はハインハウルス軍の騎士です。いかなる覚悟があって当然でしょう?」
「!?」
何を、言っている……? まるで、
「レナを……仲間を、見捨てろって言うのか……?」
という風に、ライトには聞こえた。落ち着いた表情のエカテリスが、異常な程冷たく感じる。
「見捨てるだなんて言ってませんわ。あくまで私達の脱出を優先、脱出後に救出作戦を練れば良いでしょう?」
「ごめんエカテリス、俺の中でそれは「見捨てる」だ」
とりあえず自分の身が第一。――それはライトの中で仲間とは呼べない。……エカテリスがふぅ、と息を吐く。
「わかりました。そこまで仰るなら二手に別れましょう。私は非戦闘員の方々を脱出させます。ライト様は手勢を連れてレナを捜索して頂けますか?」
エカテリスが仕方ない、といった感じで妥協案を出したその瞬間、ライトの背筋に悪寒が走る。
「ライ、ネレイザ!」
直後、一歩下がりつつ側近二人の名前を呼ぶ。二人は応じるようにライトを守る様にライトの前に立ち、フュルネは剣を抜き、ネレイザは杖を持ち直し身構える。チラリと見ればハルもヨゼルドを庇うように前に立ち身構えていた。更にはクレーネルも厳しい面持ちでエカテリスを見ている。
一方で呆気に取られているのはポートランス側の人達。そして肝心のエカテリス。
「もしかして、私がレナを後回しにしたのが、そこまでお気に召しませんでしたか? お気持ちはわかりますし、態度に出ていたのなら謝りますわ。でも――」
「そうじゃない。いや、正確にはそこも含めてではあるんだけど」
ライトの握る手に汗が滲んだ。――最悪の、事態かもしれない。その覚悟をして、口を開く。
「君は……一体、誰だ?」
「は……?」
その質問は、ポートランス陣営、そしてエカテリスの頭上に「?」マークを出す。――逆に言えば、エカテリスを除いたハインハウルス陣営、そしてクレーネルはライトと同意見に至っていた、という事でもある。
今、ライトが話している人間は、エカテリスは――「エカテリスじゃない」。
「何を言っていますの……? 私はエカテリス、ハインハウルス第一王女」
「違う。――確かに声も姿もエカテリスだけど、君はエカテリスじゃない」
「言っている事が飲み込めませんわ。その目で耳でエカテリス、と認識しているのでしょう? 何を言っているのか――」
「一つ目。国王様と再会した時に、素直に抱き返した」
思い返してみれば――あの時点から、もう何か違っていたのだ。
「大切な父親と窮地の末に再会して、抱き合って何がいけませんの?」
「駄目だ。もっともっと追い込まれていたのならまだしも、お互い特に大きな怪我もなく再会してる。この程度なら……そうだな、ネレイザ」
「おほん。――「この程度の事でいちいち暑苦しいですわ! その辺の椅子とでも抱き合っていて下さい」位かしら」
「ライト君、ネレイザ君。――私はもう、あの時抱き返してくれるこの子がエカテリスでもいいぞ。この子ならきっとパパ大好きとかその内言ってくれ……はいすいません冗談です、冗談だから睨まないでハル君」
ヨゼルドを庇いつつ、ハルはチラリと後ろを見てヨゼルドを睨んだ。――何にせよ、ヨゼルドも目の前のエカテリス? に疑問はしっかり持っている様子。
「二つ目。エカテリスは仲間を、ましてや自分の為に動いている仲間を蔑ろにはしない」
この状況下、非戦闘員を脱出させる手筈は組んでも、最初から別動隊でレナを探すチームを作る事を提案しただろう。そして自分自身もレナを探す側に立候補したに違いない。――そういう人間だ。それなのに目の前のエカテリスは、両方とも真逆の案を出している。
「ですから、レナの事は――」
「最後に三つ目。これが決定打だったよ。――エカテリスは、俺の事を「ライト様」なんて呼び方はしない」
『ライト様は手勢を連れてレナを捜索して頂けますか?』
「!?」
その指摘に、エカテリスは動揺する。――流石に予想外だったのか。
「た……偶々ですわ、そう偶々! ポートランスの皆様がいる前でしたから、つい」
「ならいつも通り呼んでみてくれ。俺の事を、いつも通りに。勇者の俺を、いつも通りに、だ」
緊張が走る。――ふぅ、とエカテリスが溜め息。
「わかりました。そこまでそのお立場に拘りがあるとは思ってませんでしたわ、少々幻滅です、「勇者様」」
少しオーバーに、呆れ顔でエカテリスは語尾を強めてライトを「勇者様」と呼んだ。――決定打が、撃たれた。
「満足しましたか? さあ、でしたら」
「ああ、大満足だよ。偽者さん。――エカテリスが俺の事を勇者様と呼んでるとでも思ってたのか? それは「絶対にない」」
「な……」
何せ、エカテリスにとって勇者様は特別だからな。そして俺は本物じゃない。いくら認め合ったとは言え、俺を勇者様と呼ぶことは絶対にない!
「俺の事は名前で呼び捨てだよ。俺達は、仲間として対等に見るって約束したんだ」
「!?」
ライトの「エカテリス」呼びは普通はあり得ない。相手は第一王女なのだ。それが出来るというのは普通で考えたら余程の存在。そして自分が勇者である事への強調。――以上の事から、見事に目の前の「エカテリス」は騙されたのだ。
当然ハインハウルス側全員、それが決定打となって目の前のエカテリスを疑う形となっている。
「ちなみに、ハインハウルスの人間でなくても、行動中を良く思い返してみればわかることですよ」
クレーネル。街からポートランス遺跡での道中での会話の中でしっかりと覚えていた様で、ハインハウルス側と共に存在に疑問を呼び掛けていた。
「ウチは呼び方云々までは兎も角、あんたからオーラを感じないねん。見た目は美少女でも、何か違う。これがかのハインハウルスの王女、天騎士の娘なんて嘘やん」
フュルネ。レナの代わりにライトを守るように真剣な面持ちで剣を構える。
「もう一度訊く。君は――お前は、誰だ?」
体制を整え、ライトは再びその質問を切り込む。その質問に対し、エカテリスは――笑みを、浮かべる。
「誰か、と訊かれたらこう答えるしかありませんわ。私は、エカテリス。エカテリス=ハインハウルス」
「ふざけんな、いつまで嘘を――」
「皆さん誤解していらっしゃいます。――まあ確かに、私は皆さんが知っているエカテリスではないかもしれません。でももう、私は――私が、エカテリスなのです」
勝ち気な笑みを浮かべて、「エカテリス」は、そう言い放つのであった。




