第百五十二話 演者勇者と筋肉大迷宮(マッスル・ラビリンス)12
「ここ、は……?」
クレーネルに促されて入った部屋は中々に広く、テーブル、椅子、更には棚には食器類、水回りも完備してあった。休んで下さいと言わんばかりの場所である。
「ボディビ、奥にソファーがある。叔母さんを寝かせてあげよう」
ムキムの言う通り、更に奥には立派なソファーが。気を失っているミルラをそこで横にする。
「……まるであの怪物が蔓延るような場所にある調度品とは思えません。どうなっているんでしょうか」
一方で仕事柄かハルが水回り、食器の様子を眺めながら感想を零していた。
「なー、これとかこれとか、結構な値段するで?」
「盗むんですか?」
「いや流石にせんて」
同じく流石は怪盗、フュルネもその価値に感心。つまりはかなり立派な品、という事らしい。――ちなみにフュルネに関しては他の面々にもライト直属の暗部と説明してとりあえずは話が通った。ヨゼルド、ネレイザにもライトが後でちゃんと説明する、と弁明。私も美人の暗部が欲しいっ、とヨゼルドが発言してハルに睨まれた。……ライトとしてはヨゼルドなりにライトの嘘を受け入れてくれたと信じたい所だった。
そんなこんなで他の面々も部屋を見て回っていると。
「……! あなた、これ……!」
「アクラ、どうした」
「この椅子も、テーブルも、御城の第二応接間にあった品よ!」
「な……?」
「そう、何か違和感を感じると思ったのこの部屋。まるでポートランス城の部屋の一部分を切り取って、繋げたような……!?」
そのアクラの発言で、ライトの仮説は間違いではないと証明された。
「皆さん、聞いて下さい。俺達が、途中で辿り着いた仮説です」
そこでライトは全員の顔を見渡し、ここが元はポートランス城で真の筋肉大迷宮が復活した事により、イレギュラーで合併、ダンジョンとなってしまったのではないか、と説明。
「なので、ポートランス城の内部の一部がこうして部屋として出来てしまっているのも説明がつきます」
「た、確かに、今私は御城にある品だと言いました……いや、でも……」
「俺達は窓からポートランス城下町の景色も確認しました。残念ながら窓は開きませんでしたが、それでもあの景色はポートランス城下町でしょう」
「……何てことだ……古くから伝わる真の筋肉大迷宮が、こんな残念な形で現れてしまうとは」
国を預かる身として、ショックを隠し切れないストム。ふーっ、と息を吹きながら椅子に座る。
「ムキム兄貴、どういう事なんだ?」
「えっと……つまり、この部屋なら筋トレしても大丈夫ってことだよ!」
ムキム、ボディビはやはり残念な筋肉であった。――はぁ、と溜め息をつきながらマッチが二人の所へ。
「二人共、よく聞け」
「兄さん?」「兄貴?」
「少しは状況を考えろ。――筋トレは、静かにな」
いや止めるんじゃないんかい、と周囲は心の中でツッコミ。――兄マッチは、本当に多少マシなだけだった。
「ストム様、それからアクラ様、お二人は逆に今の俺の仮説を抜きにして、今のこの状況に思い当たる節はありますか?」
「いいや。確かに真の筋肉大迷宮の可能性は考えてはいたが、この様な形でポートランス城と融合するなどという話は文献でも見た事もない。あの影のモンスターもそうだ」
「そもそも、復活の方法がしっかりとわかっているわけではありません。あくまで言い伝えで今年復活ではないか、と言われているだけで。私達夫婦もそれ以上の事は……」
ストム、アクラ共に考えながらもそう答える。
「つまり、これは本来の真の筋肉大迷宮の復活の形ではない。――誰かが介入、捻じ曲げた形で真の筋肉大迷宮を復活させたとしたら」
「!」
「勇者ライトよ。君の言い方ではまるで、我々の中に――ポートランス側の中に、犯人がいる様に聞こえるが?」
当然、少し考えればその可能性に辿り着く。ストムとライトの視線がぶつかる。
「可能性として、視野に入れるべきだとは思います」
「その発言が、ハインハウルスとポートランスの関係を変えてしまう物だったとしても、か?」
「っ!」
ドォン、という重い威圧がライトを襲う。――ストムとしては身内を疑われて気持ちが良いわけがない。鋭い視線で、ライトの覚悟を試しているのだ。
「ライト君。私の考えは君に委任しよう。君次第で私は君の武器となり――ただの重しにもなる」
そしてヨゼルドの言葉。ライトの発言をハインハウルス代表として全力で支援出来るが、それもライトの覚悟次第と、ヨゼルドなりにライトをやはり試しているのがわかった。
覚悟。――演者勇者として、覚悟。
「――やはり、視野に入れるべきです。全員ここから無事に脱出する為にも、この城をそして真の筋肉大迷宮を本当の形に戻す為にも」
怯みそうになる心を奮い立たせ、ストムを真正面から見据える。――ストムも当然国王なのだ。ライトとは場数が違うだろう。一歩でも下がったらそこで負けてしまいそうになるが、負けるわけにはいかない。
「ストム。私も彼を伊達や酔狂で選んだわけではない。こちらも最大限の配慮はする。今我々に必要なのは何だ? 足掻いて無事にまず脱出する事だろう。考える事は、必要だ」
「……ヨゼルド」
そしてライトが怯まなかった事を確認して、ヨゼルドがライト側に立つ。ストムとは違い冷静に落ち着いた目だが、それでも流石の貫禄で視線をぶつけ合う。
空気がそのまま険悪になりかけたその時だった。――ぱん。
「折角一度休憩なさっているのですから、皆さんお茶でもいかがですか?」
軽く手を叩いて、穏やかな口調でそう切り出したのはクレーネルだった。迷わず立ち上がり、食器類が入っている棚の方へ。
「人数分ありますね。――アクラ様、こちらの食器、お借りしても?」
「え? え、ええ、構わないですが」
「ありがとうございます。では失礼しますね」
突然の事に呆気に取られるアクラに許可を得ると、クレーネルは棚を開け、皿とコップを取り出して行く。
「お手伝い致します」
意図を察したハルがクレーネルの元へ。協力を申し出る。
「ふふ、本職の方のお仕事を取る形になってしまいますか?」
「いえ、そういうわけではないのですが」
「冗談ですよ。ご心配なく、これでも昔は良くこうしてお茶を淹れて――」
ぱん。
『はい、お茶が入りましたよ。これで皆さん一旦落ち着いて下さい』
『クレーネルちゃん!』
『おいチビ共、わざわざクレーネルちゃんを呼ぶ事はないだろ!』
『だってお父さん達、そのままじゃどうせまた夕方まで怒鳴り合いじゃん!』
『まずは落ち着いて、それからもう一度お話から始めましょう。皆さんこの街の為を想っているのは同じなのですから、ちゃんと話し合いをすれば大丈夫ですよ。勿論私もお聴きしますから』
『……クレーネルちゃんにそう言われちゃ敵わねえや』
『クレーネルちゃんは凄いよなあ。美人だし頭も良いし魔法の才能もある。こんな田舎町の出身だとは思えない子だ。将来は王都で凄い人になれるよ』
『王都、ですか。私はそういうのあまり興味ないです。――この街で、皆さんと楽しく過ごしていけたらそれで』
「…………」
一瞬、クレーネルの動きが止まった。表情も固まる。
「クレーネル様?」
「っ」
当然隣にいるハルは疑問に思い声を掛ける。その呼びかけにクレーネルは分かり易くハッとしていた。まるで、自分が動きも表情も固まっていた事に初めて気付いたかの如くだった。
「ああ、ごめんなさい。それじゃ、お手伝いをお願い出来ますか?」
だがそれも一瞬の事で、直ぐに「いつもの」穏やかな笑みを浮かべると、ハルと共に作業を再開した。
食器、水回りの他に茶葉、茶菓子も軽く用意されており、二人はテキパキと人数分用意。瞬く間に目の前にお茶が置かれる事に。――やはりそれぞれ精神的にも疲れていたのだろう、お茶、茶菓子に手を伸ばし、緊張を解す。
「すまなかったな、ライトよ。お前の意見も最もなのは重々承知していはいるつもりだったんだが、つまらん意地を張った」
「いえ、とんでもないです。こちらこそ無礼な発言をしました」
気持ちが落ち着いたか、ストムがライトに謝罪する。ライトとしてもここで仲間割れをしたかったわけでは当然無いので、一安心だった。
「ヨゼルド、いい人材を見つけたな。これで筋肉がもっとあったら我が国に欲しい所だ」
「やらんぞ? ライト君は我が国に相応しい、美女美少女を集める才能に長けているのだ」
「何ですかその誤解を招く才能!? 偶然だって言ってるじゃないですか!」
お互い筋肉と美女が基準なのかこの同盟国は。
「さて、それじゃ立場を抜きに打破の方向性を考えるか。誰かが意図的に操作したとして、その場合未だこの場所に居ないヨゼルドの娘と、その娘を探しに行ったというライトの護衛の存在が気になるな」
「僭越ながら。――私達が遭遇した影のモンスターと同じ物に遭遇しても、敗北するお二人ではありません」
ハルである。二人の実力をストムに説明。
「そうなると、二人がホンボシである可能性もゼロではないが、普通は俺達がまだ見ぬホンボシに巻き込まれた、と考えて動くべきだろうな。そしてそのホンボシを抑えない限り俺達の無事は保証出来ない」
「親父殿、姫を探索させてくれ。ここで待機する非戦闘員と姫を探索する行動班に分けよう」
マッチである。エカテリスがやはり他の面々よりも気になる様子が隠せない。
「マッチ、ヨゼルドの娘が気に入ったか。あれはハードルが高いぞ。あれの母親も、それから何だかんだでこの父親も相当だからな」
「どうもパパです」
「い、いや、俺はただ!」
「臆するな。その高いハードルに挑んでこそ俺の息子だ」
バン、とマッチの背中をストムが叩いた。一瞬出来たマッチの躊躇いも、その後押しに消される。
「国王様、俺も行きます」
「わかった。――エカテリスを頼んだ」
ハインハウルス側からはライト。――ライト自身は戦力になるとは思ってはいないが、自分が行くとなれば、
「ほんなら、当然ウチもやな」
「私もよ。マスターを一人にさせない」
フュルネ、ネレイザの二人が付いて来てくれる。戦力としては相当だろう。
「勇者様、どうぞご無事で」
「こちらの事はお任せ下さい。微力ながらお守りさせて頂きますので」
部屋にはハル、クレーネルが残る。この二人も強い、簡単に残された人間が窮地に追い込まれることもないだろう。
「……行くか」
「ああ。宜しくな、マッチ」
方針も決まり、改めて意思を確認し、四人は部屋を後にしようとした――その時だった。
「残念ながら、その心配はいりませんわ。皆さん、私を心配して下さっているのでしょう?」
ガチャッ。――ドアを開けて、部屋に入ってくる人物が。
「エカテリス……!」
それは、渦中の人、エカテリスその人だった。




