第百四十九話 演者勇者と筋肉大迷宮(マッスル・ラビリンス)9
「ここは……?」
筋肉三兄弟次男、ムキム。彼も漏れなく転送され、謎の箇所で佇んでいた。自室で一人、夕食前の筋トレをしていたら転送されたのだ。
当然彼にも転送された理由、ここが何処かなど微塵もわからない。そしてどうしたらいいのか。
「よし! 困ったらまずは筋肉チェックだよね! ほっ!」
むきっ。――筋肉に違和感は感じられない。それでも何か寂しさと違和感を感じるのは、
「やっぱり……鏡か見せる相手が居ないと……意味がない……!」
という理由からだった。――彼は中々に緊張感のない残念な男であった。と、そんな彼に近付く気配。
「こっちから、筋肉の予感がするぜ! 何処のどいつだ!」
ガバッ、と姿を見せたのは、
「ボディビ!」
「ムキム兄貴か! そりゃ筋肉の気配がするわけだぜ!」
三兄弟三男、ボディビだった。やはり彼も漏れなく転送されていたのだ。
「ふっ!」
「はっ!」
むきむきっ。――そして挨拶替わりの筋肉ポーズ。
「ボディビも来てたんだね。でも無事で良かったよ」
「当たり前だろ。俺の筋肉が駄目になるわけがねえ」
「うんうん」
筋肉ではなく彼自身の身を案じたのに、筋肉の無事を報告するボディビ。そしてそれに納得するムキム。――三男も、漏れなく残念な男であった。
と、そんな彼らに近付く気配。
「何やらこちらから上質な筋肉の気配がするな……! 何者だ!」
ザザッ、と姿を見せたのは、
「父さん!」
「親父!」
「ムキムにボディビか! それなら納得だ、良い筋肉の気配だった!」
ポートランス国王、ストムだった。やはり彼も漏れなく転送されていたのだ。
「はっ!」
「ぬっ!」
「おっ!」
むきむきむきっ。――そして挨拶替わりの筋肉ポーズ。
「いや、しかし、お前達二人の無事が判ったのはいいが……ここは一体」
「僕らにもさっぱり……さっき僕もボディビも再会したばかりで」
「ああ。ここで筋肉を確認してた所だ。そこに親父も来た。親父の筋肉も流石だぜ。俺も将来、親父みたいな筋肉になってみせる」
「僕もだよ!」
「ムキム、ボディビ、お前達……くうっ! 俺も、まだまだ鍛えなければな! だっ!」
「さっ!」
「たっ!」
むきむきむきっ。――三人、感動の筋肉ポーズ。感動はいいのだが、論点がずれた。ストムも筋肉が絡むと残念になる男であった。
「俺達の筋肉は……不滅だ! そうだろう息子達よ!」
「うん!」「おう!」
こうして、場所を無視した筋肉トークはしばらく続くのであった。
「……ここは……」
タカクシン教幹部、クレーネル。彼女もまた、夕食の招待に応じ、正に移動しようとしていた時に強制転送に巻き込まれた。身に覚えのない事案、景色。
「私を狙って……は考え過ぎですかね。では私を狙ったわけではない……として」
ゆっくりと手をかざし、魔力を練ってみる。基本動作に問題は無さそうだったが、
(召喚魔法に私の転送魔法は反応しない……強引な打破は不可能、か)
使えれば状況をひっくり返そうな一部魔法が見事に制限されていた。原因は勿論解らないが、
「「健全的な方法で」打破すべきとのお導きですね。畏まりました」
そう受け取り、心の中で「神」に祈りを捧げ、移動を開始。状況確認、他者の存在の確認。他の人間が辿り着く差し当たっての行動と同じ結論に達していた。
「ォォォ……」
「おや」
そしてやはり他者と同じく出現する影。ズズズ、と触手に取り囲まれる。
「ここが何処で、どちら様で、何の意図で。――お尋ねしてもお答えして貰えそうにはなさそうですね」
「ォォォ……」
「にしても、醜い歓迎ですね。神に仕えるこの私に対してその姿。――悔い改めよ」
ズバズバズバズバッ!――鮮麗された魔力の刃が一気に影触手を切り刻む。現れた触手の半数近くが一気に消え去る。
「ォォ……ォォォ……!」
「おや、怯む程度の感情はお持ちですか。差し詰め黒幕に仕える下僕といった所ですね」
ズバズバズバズバッ!――クレーネルは体制を立て直す暇を与えない。更に魔力の刃を展開、圧倒的速度威力で触手を切り刻んでいく。
「ォォォォォ……」
そして影本体は触手を犠牲にその隙に逃走。地面へと消えて行った。
(逃げる余地もある……この謎の建物全てがテリトリー、ですか)
今の影単身相手なら負ける要素は見当たらなかったが、大前提として相手の空間に連れ込まれている時点で不確定要素が多く、不利が覆せたわけではない。「最悪の手段」も用意すべきか、と考えていると。
「こっちや! こっちから気配がするで!」
「気配って、誰のだ!? 味方か、敵か!?」
「美女の魔力や! きっと素敵なお姉さんやで! お近づきになるでー!」
「だからそれは敵なの味方なの!?」
そんな声が近付いてくる。直後、姿を見せたのは、
「勇者様!」
「! クレーネルさん!」
ライトと、ライトの護衛に現れたフュルネの二人組だった。
「良かった、クレーネルさん無事だったんですね。襲われたりとかは」
「影の怪物と戦闘になりましたけどご心配なく。これでも魔法の心得はあるもので」
「やっぱり美人やん。流石やウチ。この調子でガンガン合流やで勇者君」
…………。
「……あの、こちらの方は? 護衛の方と同一人物……ではないですよね?」
クレーネルからしたら当然の疑問ではある。フュルネは当たり前の様にいる見知らぬ存在。
「ああすみません、緊急事態なので姿を見せる形にして貰いました。彼女、ハインハウルス軍の暗部なんです。レナが別行動中なので、代わりに俺の近くに」
「よろしゅうな。あれならお姉さんの事もウチが守ったるでー。せやから今度、プライベートで痛っ」
「状況考えて!? 誰彼構わず声を掛けるんじゃない!」
「誰彼構わずなわけないやん! 魅力的だと思う相手にしか声かけへん! なんやヤキモチか? 安心してーな、ウチは勇者君もウェルカムやでー。さあ」
「任務失敗、と。レナに報告な」
「場を和ます冗談やんもうー」
フュルネは手を広げてオーバーリアクション。緊張感のないやり取りに、一瞬呆気に取られるクレーネル。
「勇者様直属の暗部となると、随分とオープンな方になるのですね」
「すみません、腕は確かですので」
というか俺もこんな暗部は嫌だ。暗部じゃなくて良かった。――と、クレーネルもここで一応(!)フュルネに自己紹介。
「神様かー、ごめんな、ウチ神様はあんまり興味ない。ああでも否定はせんで。人それぞれ信じる物があって当たり前やしなあ」
「ちなみに暗部の方は、何を信じていらっしゃいますか?」
「ウチ? ウチはそうやね、自分の信念やわ。なんやかんや言うてそれが一番大事や。他の誰かのせいにしたくない」
「成程、お強いのですね。神にすがってしまう私とは違います」
尊敬の眼差しを見せるクレーネル。――と、不意にライトの手元に一枚の紙切れが。何処から来たのかわからないが、見て見ると――
『この女に気を許したらあかん。底が見えへん』
「……!?」
「勇者様? どうかなさいました?」
「え? あ、ああ、いえ、何でも」
ライトは必死に冷静を装う。――紙切れの内容。文体からするにフュルネであり、指摘しているのはクレーネルの事だろう。
(クレーネルさんが……? フュルネ……? お前、一体……)
確かに時折クレーネルは不思議な表情を見せており、ライトも確認している。しかしそれは危険と呼べる程の物でもない。少なくともライトはそう感じた。
しかしフュルネはこの僅かなやり取りで、クレーネルを危惧した。緊張感のない奴だが、それでも実力と芯を兼ね備えているのはライトも何となくわかる。そのフュルネの警告。
「んん? ウチの顔に何かついてる? 見つめ合う二人は危険なシチュエーションで燃え上がる恋? 素敵やん」
「何の話だよ!? まあでもそういう風に考えてるって事は一応「覚えておく」よ」
少しだけ「覚えておく」に力を込める。――フュルネの警告を頭に入れておく、というライトなりの合図。
「大事やでー、そういうの頭に入れておくの。いつか役に立つから」
フュルネもライトの合図を汲み取ったか、クレーネルには分からない様にライトに返事を出した。
「何にせよ、他の人が心配だ、急いで探そう。一人でいる人がまだいるかもしれない。――クレーネルさんも、それで大丈夫ですか?」
「はい。脱出するにも人手が必要でしょう、微力ながら協力させて下さい」
こうして、クレーネルを加えて三人パーティとなり、再び移動を開始。――少し進むと、
「ォォォォ……」
影触手、再び。地面から触手を展開し、三人を取り囲もうとする。
「ちょい突っ込むわ。毎回逃げられるのも癪やし!」
「援護します」
即席のフュルネ、クレーネルのツーマンセル(当然ライトに出る幕はなかった)。素早さと電撃斬撃で見事な突貫を見せるフュルネに、鋭い魔法の刃を縦横無尽に展開させるクレーネル。それぞれ単身でも十分勝てたのが更に圧倒的に追い詰める形となる。
「ォォォォ……」
「ちょおい待ちーな! ちっ……」
それは影触手も十分に感じ取っていたのか、こちらも先程よりも更に早く撤退。追い詰める暇もなかった。
「あかん。絶対におかしいでこれ」
「まあ確かに謎だらけだけど」
「そうやない。――クレーネル、忖度無しでウチの実力どう思った?」
「相当の物だと思います。中々そこまでの方はいらっしゃらないでしょう」
「ウチもクレーネルに対して同じ感想持っとる。宗教の人の実力やない、超一流の魔法使いや。その二人を前に、まるで牽制して終わりのような出方。――あの触手、ウチらを始めハインハウルス軍何人も閉じ込める実力はある癖に、いざウチらを前にしてあの程度。そんなわけないやろ。絶対おかしいわ」
「そうですね。私達が眼中にないのか、それとも何か目的があって、邪魔されない為の時間稼ぎか」
フュルネ、クレーネルの仮説にライトも合点がいく。――確かに違和感だ。
「何かないかな……せめて、ここが何処なのかハッキリとわかったりとか……あれ?」
と、ライトは「とある物」を見つけた。――どうしてあんな物が?
「ところでなクレーネル、あんたウチと何処かで会うた事ない?」
「流石に軍の暗部の方と会うのは初めてですよ? それとも、新しい口説き文句の練習ですか? また勇者様に怒られてしまいますよ」
「そうやのうて……んー……あんたの魔力、何処かで感じた事あるねん。何処やったっけ……」
「……私の……」
フュルネのその言葉に、一瞬、ほんの一瞬クレーネルは鋭い視線をぶつけ――
「!? ライ、クレーネルさん、大変だ!」
――そうになったその時、ライトのその声。二人も会話を中断し、ライトの下へ。
「どないしたん?」
「これ、見てくれ!」
ライトが促すのは、
「……窓?」
窓だった。広々とした窓で、見晴らしも良い。
「成程……窓があるということは、何処かの建物で」
「違う、そういう事じゃないんです! 窓の外の景色を」
「景色……?」
焦るようにライトが促すので、二人も素直に外の景色を見る。そこには、日も暮れて夜の賑わいを見せるポートランス城下町が――
「――は!?」
「な……」
その事実に気付いた時、フュルネもクレーネルも驚きを隠せない。上記の通り、広がる景色は夜のポートランス城下町。つまり、
「ここは……ポートランス城なんだ……!」
謎の衝撃の事実が、三人を襲うのであった。