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第百四十八話 演者勇者と筋肉大迷宮(マッスル・ラビリンス)8

「ひゃっ……! っと」

 スタッ。――こちら、やはり謎のフラッシュ、転送に巻き込まれたネレイザ。体制を崩しつつも着地し身構えるが、

「マスター? レナさん? それから、えーっと……マッチョ?」

 周囲には誰もおらず。気配もしない。――マッチの名前を間違えているのは余談。

「これ、何かの転移魔法で別々に……って、それじゃマスターが危ないじゃない! 直ぐに――」

 急いでライトを探しに行こうとしてハッとする。思い起こされる転送前の光景。誰一人まともに身動きが取れない中、レナは必死にライトの下へ行き、守る様に抱き締めていた。

(あの瞬間に……直ぐあの判断を……)

 あの状態なら恐らくレナはライトと一緒の位置に転送されている事がネレイザにも推測出来た。あの状況下で出来る、最も効率的な行動と言ってもいいだろう。

「普段ちゃらんぽらんな癖して……! どうしてあんなに完璧にマスターの護衛として動けるのよ!」

 腹が立った。あの瞬間、誰よりもライトを守る為に動いていたレナに。いいや違う、同じくライトの側近なのに、何も出来なかった自分に。レナよりもライトの為に動けなかった自分にだ。

「何にせよ、マスターを探さないと――」

 探索……もとい、ライトの捜索を開始しようとした、その時だった。

「ォォォォ……」

「!」

 床に広がる影、そのまま具現化し、触手を繰り出す。――各方面で各々が出会っているのと同じ物が出現する。

「何だか知らないけど、私今ちょっとイラついてるし、何より急いでるの。――邪魔っ!」

 ズバァァァン!――膨れ上がったネレイザの魔力が炸裂するのは正にあっと言う間の出来事だった。



「ぐっ!」

 ドシン!――こちら、転送後見事な着地とはいかず、綺麗に尻もちをついたのは、ハインハウルス国王・ヨゼルド。

「痛たたた……いや違うんだ、これはだな」

 エカテリスやハルに見られたら、運動不足だと責められヴァネッサに告げ口されヴァネッサの愛情度が下がってしまう(ヨゼルドの推測)。直ぐに何か言い訳をしようとしたが――

「……私一人、か……?」

 周囲は誰も居なかった。確かにエカテリス、ハルと一緒にポートランス城内を移動していたはずなのに。――何にせよ格好悪い尻もちは誰にも見られずに済んだのでセーフ!

「ってセーフじゃない!? 私一人しかいない!? ハル君!? エカテリス!? 国王はここでーす!」

 彼は根っからの文官、政治家である。その手の実力は圧倒的だが、戦闘の才能はなく、ライトに毛が生えた程度だったりする。しかも若い頃は武芸魔法共に最低限の訓練を積んでいたが、この歳になってしばらくそんな事はしていない。その必要がなかったのだ。――そんな彼が謎の転送箇所に一人きり。誰よりも一番自分自身がピンチである事を認識していた。

「フフフ……知っているぞハル君、ハル君は目ざといからな! ここでこっそり持ってきてあるコンパクトサイズコレクションを見れば取り上げに来てくれるんだろう!」

 サッ、と胸ポケットから手帳サイズのスケベ本切り抜き集(ヨゼルド自作)を取り出し眺める。謎の場所で見るお気に入り写真に、背徳感も重なって不思議な感覚に――

「――ならんわい! 流石にならん! ハルくーん! 私が見ちゃ駄目な本見てるぞー! 来てくれー!」

 シーン。誰かが居る気配も誰かが来る気配も無かった。

(どうする……ここに留まるのは危険か……)

 流石にこれ以上おふざけ気味にしているわけにもいかない。――留まって誰かが通り掛かるのを待つべきか、動いて誰かを探すべきか。その二択を、

「よし」

 ヨゼルドは後者――動いて誰かを探す事を選ぶ。辺りを警戒しながら歩を進めていく。そのまま無言でしばらく歩を進めていた――その時だった。

「きゃあああ!」

「!?」

 女性の悲鳴だった。誰かいる、その誰かの危機。急いで走り、角を曲がると。

「あ……あ……」

「ォォォォ……」

 ポートランス王妃・アクラだった。影触手に囲まれ、追い詰められている。

「アクラ妃! くっ!」

 前述通り戦闘の才能は無いヨゼルドだが、それでもまったく何も出来ないわけではない。必死に魔力を練り、牽制の攻撃魔法を放ち、その隙にアクラを庇う様にアクラの前に立つ。

「ヨゼルド様!?」

「しっかり! 怪我が無ければ、私が居る間に遠くへ!」

「で、でも、それだとヨゼルド様が」

「ご心配なく、私はあの「天騎士」の夫! この程度でやられはしませんぞ!」

 二人一緒に逃げて助かる保証はない。だから精一杯の嘘で、アクラを何とか奮い立たせ逃がそうとする。まだその方が、アクラが助かる見込みがある。その判断の結果である。

「ォォォォ……」

 さあ影触手がどう動いてくるか。何にせよ覚悟を決めた――その時だった。

「はあああああっ!」

 聞き覚えのある――というより、耳に馴染んだ声が、気合を入れて飛んでくる。――ズバババァン!

「ハル君! 来てくれたのか!」

 ハルの気功による波動砲が、影触手を数本まとめて消し飛ばす。そのままハルは飛び掛かり、影触手との接近戦を展開。

「ふうっ!」

 ドガッ、ズバッ、バシッ!――激しい格闘戦で更に数本ハルに触手を折られると、

「……ォォォ」

 ズズズ、と影はそのまま地面へと逃げ、姿を消した。ハルとしてもこの場にヨゼルド、アクラも居るので深追いはしない。

「お二人共、お怪我はございませんか?」

「うむ、ハル君のお陰で大丈夫だ。良く来てくれた」

 実際そこまで転送位置が遠く無かったのだろう。不幸中の幸いと言った所か。

「私はヨゼルド様のお陰で助かりました。ありがとうございます、お二人共」

 アクラも助けて貰い気持ちも落ち着いたか、二人に感謝の言葉を告げる。

「安心致しました。……仕える身でありながら、救出が遅れて申し訳ございません」

「なに、こうして事実ちゃんと助けてくれたではないか。君のお陰で助かったのだ、文句などないさ。それにハル君がいれば百人力だ、この調子で他の――」

「ヨゼルド様」

 スッ。――士気も上がっていざ出発、と思いきやハルがヨゼルドの前に片膝をつき、頭を下げる。

「ハル君?」

「状況とお言葉から察するに、アクラ様を助ける為にヨゼルド様が無理に庇った物と思われます。根本的な理由を辿れば私が転送に気付き、傍に居れなかったのが原因なのですが、それでも、もう少しご自分の身を案じて頂けないでしょうか」

「君の言いたいことはわかる。だがあの場で私が出なければ、アクラ妃が危険だったのだ」

「わかっています。今の私の発言が、アクラ様に対して大変失礼極まりない事も重々承知しております。それでも、もしヨゼルド様に何かあったら、私は皆様に、王女様に、ヴァネッサ様に申し開きが出来ません。私自身を一生許せなくなります。貴方様は、我が国に、私達に、絶対に必要な存在なのです」

「……ハル君」

「どうが、ご自愛下さい。この通りです」

 俯いているからハッキリとは伺えないが、それでもハルの表情は辛そうだった。ヨゼルドに対しても、アクラに対しても、自分に対しても、言葉の通りなのだろう。

「アクラ妃。ハル君の発言、許容して貰えないだろうか」

 そのハルの想いを、ヨゼルドは汲み取る。

「私は助けて貰った身ですから言える立場ではないですよ。それに仕える立場としては当然の感情でしょう。寧ろ、それを包み隠さず言える、素晴らしい臣下ではありませんか。羨ましい限りです」

 アクラも笑顔でハルを宥める。ハルはアクラに対しても深く頭を下げると、やっと立ち上がる。

「ありがとうございます。――それでは、ここから先は私がお守りする形となりますが」

「他の皆の安否が気になる所だな。――アクラ妃、この場所に心当たりはあるかね? 私としては、もしやここが隠された真の筋肉大迷宮マッスルラビリンスではないか、とも思うのだが」

 そのヨゼルドの言葉にハルも頷く。二人もその仮説に辿り着いていたのだ。――しかし。

「いえ……その可能性は、低いかと」

 この中では現地の人間であるアクラの予測は否、だった。

「確かに、今年言い伝えによれば復活するという説もあります。私も何処か信じている節がありました。でも……私達が今いるここは、言い伝えとは違う」

「具体的には?」

「この様に突然強引に転送され、危険な目に合うような場所ではないはずなのです。特に襲って来た影が……モンスターが生息していたとしても、あの様な具現ともそうでないとでも言いきれない曖昧な存在は、筋肉とは真逆の存在です。あの影が牛耳っているのなら、とても筋肉大迷宮とは呼べない」

「ふむ……」

 アクラの言う事にも一理あった。敵が出て来るにしても筋肉大迷宮の名に相応しい、分かり易い相手が出て来るのならまだしも、怪しい影が相手。そう言われるとヨゼルドもハルも仮説の組み立て直しをせざるを得ない。

「それでは、大迷宮云々は無視して、アクラ様はあの影の怪物に心当たりは」

「それこそありません。この国にあんな物が居たのなら、もっと騒ぎになっているはずですから」

「ハル君、君は戦ってみてどう思った?」

 その質問をヨゼルドにされ、ハルも影に関して考察。

「……本気でない、もしくは本体ではない」

「どういう事かね?」

「あくまで牽制の戦いで、何処か私を品定めするような動きでした。最初から撤退するつもりだったかもしれません。あの特性からしてほぼ確実に撤退出来るのですから、もっとギリギリまで攻めてきてもいいはずなのに」

 ヨゼルドとアクラを助けるのに必死だったが、冷静になって考えてみれば特に致命傷を与えるでもなく相手は撤退していった。――これはもしや。

「もっと何か、別の目的があるのかもしれません。狙いが無差別ではなく、特定の誰かだったとしたら」

「優先的に狙われる可能性から考えた上で、私とアクラ妃が狙いではなかったとすると」

主人ストム、マッチ達、後は……勇者様」

「動きましょう。一秒でも早く、全員の無事を確認すべきです。脱出はそれからでも」

「うむ。――アクラ妃、付いて来れるかね?」

「大丈夫です」

 こうして、ハル、ヨゼルド、アクラの三人パーティは、改めて出発――

「あ、ちなみにヨゼルド様、その隠している小冊子は後で処分させて頂きます」

「ノオオォォォォ! あの時居なかったのにどうして今気付くかな!? もう終わったんだよ過ぎた事だよ! 集中しようよ!」

「ですから後で、と申し上げたではありませんか。――こんな所にまで持ち込むとは失望もいい所です」

「さっきのハル君は何処!? 私を尊敬していたハル君と今君は同一人物だよね!? 疑っちゃうよ!?」

 ――出発するのであった。ちなみにヨゼルドは落ち込んでいた。

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