第十三話 演者勇者と聖戦士5
ソフィが牛頭を撃破すると、次第にモンスター達の勢いも弱くなり、敗走を始めた。やはり牛頭がリーダー的存在だったらしく、それを失った為に統率も乱れ、そこからはあっと言う間であった。
建造物数件の被害こそあったものの、人的被害は出ず、結果として、ライト達はウガムの町をモンスターの襲撃から守ることに成功した。それぞれがそれぞれの役割を果たしたが、やはりソフィの活躍が一番大きかったであろう。
引き換えに、ソフィは大きなダメージを負った。今は肌を露出して治療しなければならない為、部屋を閉め、同性のレナに治療の手伝いをして貰っている所。
「……ふぅ」
そしてライトは、心配で何となくドアの前で待っている状態であった。――やはりソフィのダメージは大きかった。あの時回復薬を渡すことしか出来なかった自分が歯痒く感じる。
「勇者君、入っていいよー」
レナのその呼びかけに、ライトはドアを開ける。ソフィは姿勢正しくベッドに腰かけていた。
「具合はどうなの?」
「んー、それなりに酷かったけど、多分後に残ったりはしないと思う。直ぐに勇者君の薬飲んだのも良かったんじゃないかな」
「そっか……」
そのレナの言葉で、ライトはほっと胸を撫で下ろした。女性に一生物の傷跡はやはり残して欲しくない。
「ご心配をおかけしました。ライトさんが来てくれなかったら、ここにこうして居なかったかもしれません。ありがとうございます」
そして流れるように続いてソフィがライトに頭を下げた。
「いや待ってそんな事を言ったらソフィがいなかったら俺達全員、町の人含めてどうなってたかわからないよ。お礼を言うのはこっちだ」
「でも私がいても、ライトさんが居なかったら結局は」
「いやあそこで俺がいたところで、結局ソフィが居なかったら」
「それでも」
「だって」
「あーもー何なのよ二人とも、皆頑張りました、それでいいじゃんもう」
呆れ顔でレナが間に割って入った。
「そうだよな。レナも頑張ってくれたし。ありがとうレナ」
「ええ、レナがいなかったら今頃私達はどうなっていたか。ありがとう、レナ」
「やっぱりレナだな、こうしてちゃんと話もまとめてくれるし、今回もソフィが全力出し切った後も戦ってくれたんだし」
「そうです、やっぱりレナですね。私達が今回生き延びているのもレナのおかげで」
「だああああ何なんだ二人とも落ち着けえええええ」
ドンドンドン、とテーブルを叩きながらレナが再び割って入る。
「褒め合いはもういいっての。これからどうするか決めないと」
その言葉にハッとする。これからどうするか。――そう、モンスターの襲撃は撃退出来たのだが、根本的な問題解決には至っていない。
「さっきマークが報告に来てくれたけど、坑道前の兵士達とは連絡が取れたみたいだ。特に問題もなく全員無事」
「つまり、今回の襲撃は、当初問題視されていた行路の工事停止とは別物」
「でも、このタイミングで襲われる時点でまったくの無関係とも考え難いんだよねー」
「そうだとすると、問題なのは行路工事ではなく、この町ってことになるけど……」
「――この町自体の調査が必要ですね。兵士の増援を本国に依頼して、その間に私達だけで出来る限り原因を探ってみましょう。このままだと、第二、第三の襲撃も十分にあり得ます」
あのスケールの襲撃がもしも連続で来てしまったら、流石に耐えきれないだろう。そうなる前に止めなければいけない。ソフィの判断が妥当であった。
「んじゃ私はマーク君連れてちょい町の周り調べてくるわ」
「待ってくださいレナ、外部の調査なら私が――」
「おいコラ、怪我人が何言ってんの」
ペシン。――立ち上がりレナを制止しようとするソフィに、レナはおでこに軽くチョップ。
「何でもそうやって自分が抱え込むのは宜しくないぞー。今回に限っては真面目にやらないと私も帰れないからね、その辺りも心配はしなくていいし」
「でも、私だけ動かないというのも」
「ジッとしてるのが気になるなら、勇者君と町の聞き込みじゃない? この町に原因が隠れてるなら、何か心当たりがある人がいるかもしれないし。それこそ勇者君の真実の指輪の出番でしょ」
そういえば結局あの坑道では一回も使わないで終わったな、と今更ながらライトは気付く。
「それに、最悪また何かと戦うことになる時の為に、体力温存して貰わないと、ってわけよ」
「……そうですね、体力の調整も前衛の務めです。ありがとうレナ、お言葉に甘えます」
「俺も出来る限り何とかしてみるよ。ありがとうレナ」
「やっぱりレナですね、私の駄目な所も見抜いてしっかりと指摘してくれる」
「うん、さりげなく俺にも無理のない指示を出してくれているんだ。流石だよレナ」
「ありがとうレナ、今回の作戦にあなたがいてよかったです」
「ありがとうレナ、君が俺の護衛で本当に良かった」
「しつこいわああああ! 嫌がらせか! 二人で前もって仕込んだかの如く!」
「――とまあ、意気込んでみたものの、俺ちゃんと指輪使いこなせてないんだよな」
レナを見送り、一歩遅れてライトとソフィは出発。まずは町長のムーライにあらためて話を聞いてみようと、町長の家に移動中である。
「具体的には、どういった感じにわかるんですか?」
「名前と職業は高度な魔力で隠さない限りはわかる。通り名というか二つ名というか、そういうのもわかったな。後、最初の時思いっきり頑張ったら、国王様はエロいって見えた」
「成程……国王のスケベがわかるなら、可能性は十分ありますね」
「と言うと?」
「国王のスケベは本能です。軍では公認ですが流石に外部まで有名ではないです。それを初対面で見抜けるなら、何か相手の本能的なものがわかるかもしれないという事。そういうのが、事件の原因に繋がってる可能性は十分ありますから」
「成程……」
冷静にソフィは判断を下す。――ヨゼルドのスケベが公認なのはご愛敬と思うべきか。
そんな会話をしつつ、二人はムーライの家に到着。再び応接室に通された。
「まさか、直接町にモンスターが来るなんて……騎士様と勇者様が居て下さって本当に助かりました」
そう言うムーライの表情は流石に昨日に比べると暗かった。
「あの坑道に何があったのか……そんなに恐ろしい所ではなかったのに」
「それの事なんですが、今回はもしかしたら原因は違うかもしれないんです」
「え?」
ソフィは簡単に、自分達の推測を説明。
「そ、そんな! この町自体に原因だなんて!」
「あくまで可能性の話です。何か心当たりはありませんか?」
「私は生まれも育ちもこの町ですが、そんな事には無縁の田舎町です。思い当たることなんてありませんよ……」
そうムーライが言った時に、ライトは真実の指輪を使ってみることに。名前と職業以上わかるように、少し気合を入れてみる。
(「ムーライ……ウガム町長……動揺している」……か)
そのままライトとソフィは、一応他の町人に話を聞いて回る事を説明して、ムーライの家を後にした。
「どうでしたか?」
「意識してみたら、相手の感情というか、そういうのが見れそうだった」
「それなら、無意識の内に感じてる物が何かあったら読み取れるかもしれませんね。色々な方に訪ねてみましょう」
「――というわけで、気になる事、隠している事があれば、お話して欲しいのです」
続いて尋ねたのは、前町長であったというブランカという老人の家だった。――高齢で引退したというのは確かな様で、見た目からもかなりの年齢を感じ取れた。
「いえ……思い当たることは何もありません。私が町長を務めていた頃は本当に何もない田舎町で、事件など起きることのない平和そのものでした。ムーライが町長になり、テレニルアイラとの行路を繋げると言い出してからなんです、モンスター騒ぎが出始めたのは」
「そうですか……」
会話の途中で、ライトは指輪を使う。
(「ブランカ……ウガム前町長……悲しんでいる」)
ああそうか、平和だったこの町が、こうした騒ぎに巻き込まれていることが、純粋に悲しいのだろう。ライトとしても心が痛んだ。同時に何か本当に知っていれば隠さず話してくれそうな人だということも。
ライトは軽く首を振って、ソフィに合図。
「わかりました。何かありましたら、直ぐに私達の所へ遠慮なく」
「ありがとうございます。――騎士様、勇者様、どうかこの町を救ってくだされ。ムーライはこの町の未来を想ってしてくれていることは我々も理解しとるのです。私のような老いぼれはいい。でもまだ未来がある町人の為にも、宜しくお願いします」
ゆっくりと、でも大きく、ブランカは頭を下げるのだった。
「――というわけで、気になる事、隠している事があれば、お話して欲しいのです」
続いて尋ねたのは、人の往来が多そうな酒場。店員である若い女性が対応してくれていた。――ちなみに店員として来てはいるが、流石に今日夜営業するかどうかは店主が決めかねているとのこと。
「うーん……わかんないなあ。確かにあたし、この店で毎日色々この町の人と話すけど、変な人とかいなかったと思うし」
「そうですか……」
やはり会話の途中で、ライトは指輪を使う。
(「ミラ……ウガム酒場店員……困惑している」)
実際、ブランカの言う通りモンスターの襲撃云々とは程遠い町で、こういった事態にどうしていいかわからず、困っている。素直にそう受け止めてよさそうだった。――ライトはソフィに首を振って合図。
「どうしてこうなっちゃうんだろうね。ムーライさんが町長になって、凄い盛り上がってたんだよ? この町に新しい風を吹かせるー、ってさ。でも蓋を開けたらこんなじゃない? あたし学がないからわからないけどさ、新しい風を吹かせるって、危険と背中合わせなのかな? 折角みんな頑張ってるのにさ」
酒場の店員・ミラは、寂しそうに独り言のようにそう口を開く。
「勇者様、騎士様、頼っていいんだよね? あたしに出来ることなら、お酒でもご飯でも何でも用意するから、だからお願い! この町を、みんなの笑顔を、守って!」
ブランカとは違い、勢いがあったが、それでもやはり大きく、ミラは頭を下げるのだった。
「――というわけで、気になる事、隠している事があれば、お話して欲しいのです」
続いて尋ねたのは、道具屋。雑貨屋も兼ねており、やはり人の往来が多そうだった。応対してくれたのは店を切り盛りしているという夫婦。
「あたしは何も。店もおかしなことはなかったわ。――アンタは?」
「俺もないなあ。ムーライとは俺幼馴染だから良く知ってるんだけど、あいつ町長になってからホント頑張っててさ、坑道で騒ぎになった時、ついてないな、なんて思ってたけど……まさかこんなことになるなんてな……もし原因が酷い理由だったら、許せねえよ俺」
「アンタ、ムーライさんの事良く手伝ってたものね。――逆にアンタ、ムーライさんの為にこっそり何かマズイ事に手を出したりしたんじゃないの?」
「ばっ、馬鹿言え、冗談じゃない」
やはり会話の途中で、ライトは指輪を使う。
(「アーシャ……ウガム道具屋店員……困惑している」……「タイチ……ウガム道具屋店長……浮気している」……って)
「えぇ……」
ついライトは口に出して驚いてしまった。――向こうが困惑してガードが甘くなっているせいもあるかもしれないが、浮気までばれるのかこれ。いや確かに隠してる事を知りたいと念を込めたけども。
「ライトさん、何か反応があったんですか?」
と、そのライトの嘆き声を聞き逃さないソフィが素早い反応を見せた。
「いや……流石にこれは関係無いと思う……」
「決めつけないで下さい。何が原因に繋がってるかわかりません」
「でもなぁ……」
「大丈夫です、何も間違ってたからってライトさんを責めたりしません。だから、教えて下さい」
純粋な瞳で、迷いなくライトの目を覗いてくるソフィ。その瞳につい吸い込まれそうに――なってる場合ではない。
「じゃあ、とりあえず、こっそり、耳打ちで」
ライトは手招きし、正直にソフィに見えた物を耳打ちする。
「…………」
「ね、多分関係ないかと……ソフィ?」
「もしかして、その逢瀬の時に何か見てるかもしれません」
「いや見てたとしても流石に喋ってくれないし、俺達が浮気をばらすのもどうなのよ」
「忠告をしておけば大丈夫なのでは? 浮気をすると、刺されると聞いたことがあります。絶えず腹部に本を入れておくと安心出来ると」
「何そのバイオレンスな知識!? 対策も刺される前提だし! 浮気=狂気とか違うから!」
「確かに、こちらの夫婦にに刃物の争いが起きるなら、私が今狂人化してもおかしくはないですね……まさか、背中から一刺しなら争いにもならず、私の狂人化も発動しない……!?」
「リセット! ソフィその知識一旦全部リセットして! というか俺達何の調査に来てるの!?」
「目ぼしい情報はありませんでしたね……」
その後も色々な町人に話を聞いてみたものの、似たり寄ったりの回答しか得られず。この町の為にお願いします、と頭を下げられてばかりだった。真実の指輪でも、ほとんどが困惑、混乱、悲しみが見えるだけで、手がかりになるものはなかった。
「こっちも手がかりなかったよー、まいったねこりゃ」
そしてライトとソフィはレナ達と合流、一度報告のし合いとなっていた。
「兵士を増援した所で、原因がわからなければ意味がないですからね。もっと正式な調査団を組む必要があるかもしれません。僕の魔力察知だけでは、限界がありますし」
「確かに、私とレナがいればモンスターの討伐は出来ますからこのチームで派遣されたのでしょうけど、特殊な魔力が原因だとすると、専属の人間でないと手に負えませんね」
「考え方根本的に変えないと駄目ってことかー。……勇者君どした?」
三人で報告会をしている間、ライトは一人考えていた。――何かが、引っかかっていた。この町に来てからのこと、坑道での調査のこと、モンスターの襲撃のこと、町人への聞き取りのこと。
まさか。いや……でも、もしもそうだったとしたら。
「三人共、ちょっと聞いてくれ」
意を決して、ライトは自分が組み立てた仮説を三人に説明した。
「成程ねぇ。可能性はあるかもしれない」
「確かに、そういう物が存在するという話は僕も聞いたことはありますが……でもどうやって立証するんです? この状況下で証拠が出ないということは、簡単には見つからないですよ」
「でしたら……ライトさん、……みたいな物はありますか?」
ソフィに尋ねられ、ライトは鞄を色々漁ってみると……目的に使えそうな小瓶を発見する。
「でも……ソフィ、いいのか? ソフィは、そういうことしたくない気がするんだけど」
「解決の為ですから大丈夫ですよ。それに……これで、最後ですから。――行きましょう」
そして四人は、目的の場所へと歩き出すのだった。




